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(更新8)

【サウル】


午前の謁見を終え、謁見の間から執務室へ。


「爺、ガキに茶を持って来させろ」


「陛下、お茶でしたら是非私に」


「あ~…いや、貴様には…そう!小腹が空いた。菓子でも見繕ってくれ、リリア」


…いや、参った。


何が参るかと言えば、リリアだ。最近リリアは朝から晩まで何かと理由を付けて余に引っ付いておる。


どうやら奥に『殿の役に立つ様に』とかなんとか言われたらしい。


なにしろ王妃から愛妾になる事にお墨付きを貰った様なもの。一日へばり付かれるこちらの身になれ。


リリアは今頃菓子を作っている事だろう、やっと気が抜ける。


「…お茶をお持ちしました…陛下」


辛気臭い顔でガキが茶を持って来た。


…少し前からコレだ。何があった?


「…ご苦労、ガキ…あぁちょっと待て、こらすぐ帰るな」


こっちはこっちで問題だ。狐からの報告ではスキンの処で何かあったらしいのだが…


「はい…陛下」


「後でリリアが菓子を持って来るだろう、食っていけ」


「…はい」


「貴様どうした?悪い物でも食ったのか?」


「いえ…食って、食べてません」


…重傷だ。


「何か困った事でもあるのか?…スキンに何か言われたか?」


スキン、と言った途端にガキの目が潤んできた。こら泣くな。


「…言ってみろ、話くらい聞いてやる」


ガキは暫く突っ立っていたが、やがて喋り出した。


スキンには小飼の手下が居る。当然だな。


それとは別に特別な仕事を請け負う輩も居る。


そのうちの一人、その業界で一番の男が愛想をつかされた。放り出された訳だ。


理由はガキに感付かれたからだと云う。


誰にも知られてはいけない、見られてはいけない仕事だ。


それが小さな子供に『感付かれた』。


勿論証拠は無い。


しかしスキンはそれだけでその男を手離した。


「…ワタシは…恐いです…いつ…陛下……いらない…って」


「泣くな、ガキ!余がそんな真似をすると思うか?」


「…で…でも」


「いいかガキ!スキンにはスキンのやり方がある様に、余には余のやり方がある!余のやり方は余の懐にいる者は全て護る…余の懐は広い、この国そのものだからな、貴様の様なガキの千人二千人どうと云う事は無い!」


「…ほ、ほんと…でやす…か?」


「ようやっと言葉使いが戻ったなガキ?それで良い。貴様はその言葉使いで良い、余が許す」


…だから泣くな!それも大号泣とか止めろうるさい!




────────


ガキが泣き止んでくれた頃、爺が来客を告げた。


「若、お客人ですぞ…おや?若、いたいけな童を泣かすとは」


「余が泣かせた訳では無い!それからいたいけでも無い!……客?」


誰だ?


「やあ久し振りだねサウル!僕だよ君の敬愛する素敵な素敵な叔父様だよちょっと最近立て込んでいてねいつ以来?あ~そうだ風虎を納入して以来だった初期個体達は元気かなそれは後で確認するとして今日はちょっと君に頼みたい事が出来てしまってねいやなにそんな難しい話じゃ無いから安心したまえ実は僕が使用している」


貴様か!?


「叔父貴長い!息継ぎしろ!」


見ろ、ガキが固まっておるではないか。


何をしに来た?頼み事だと?


「あぁごめん!久し振りに人と話すものだから…おや?」


ガキが叔父貴を見上げていた。因みに今の叔父貴の姿は『他所行き』美女姿。


「叔父…え?女?」


風虎を連れて来た時にチラッと会った二人、今日が初顔合わせと言っていい。


「あぁガキ、紹介するぞ。こっちのウザいお喋り魔神は余の叔父にあたるディラン公爵だ。相手にするな…ん?叔父貴どうした?」


叔父貴がガキを見て固まっておる?


ぐぐぐっと顔を寄せ、ガキをまじまじと見据えておるぞ?


「あ、どうもこんちわ」


顔を引きつらせてガキが挨拶した瞬間、ガシッと叔父貴の両手がガキの頭を押さえ込む。


「む?むむ?むむむ?」


「わっ!なななんでやす!?」


そのままぐいぐいとガキの顔を左右に捻り、じろじろと見ている叔父貴。


ガキが慌てて手足をバタ付かせる…虫みたいだな?


「…ほぉ!…ほぉほぉ!…ほぉほぉほぉ!」


「わわ!止め!…陛下の旦那お助け!」


今度は叔父貴の奴、ガキの服を剥こうとしておる。


「叔父貴!ガキを剥くな!少なくとも公衆の面前で!」


「…公衆なんか居ないじゃないか?」


「余と爺がおる!」


全く、何を考えておるのだ?


「いやあ!我を忘れてしまったよ!君、君の名前は?御両親はヒューマンとビーストマン?それともライカン?何歳になるかね?」


いかん、長くなる!


「叔父貴落ち着け!なんだ藪から棒に…両親?ガキと結婚でもする気か?」


「なんで僕が結婚するんだよ…いやなに、この子モザイクだろ?あんまり資料が無くてね」


つまり観察したかった、と。


『全てを知りたい』欲望を持つ叔父貴にとって、ガキは格好の獲物だった。


「へ、陛下の旦那ぁ…ヒック」


見ろまたガキが泣き出したではないか!




【ヴィーシャ】


少し遅めの昼食を取っていると、食堂に凄い形相でリリアがやって来た。


…なに?またサーラに勝負でも挑むのかしら?


解決したのよね?


「妃殿下!サーラ先輩!一大事です!」


「あらリリア?」


「今度はなんですかぁ?」


サーラは明らかに嫌そうだ。


「王宮に、陛下の許に女性が!それも妖艶な美女が!」


思わず顔を見合わせる妃殿下とサーラ。


そして二人は私の方を向いた。


「リリア、ヴィーシャさんが説明してくれますわ」


………え?


…私がリリアの相手するの?


「え?ヴィーシャさん?」


思わず私は卓に突っ伏した。


二人とも、もう妖艶な美女が誰か判っているんでしょ?


代わってよ!


「ヴィーシャさん!お教え下さい、陛下の貞操の危機なのです!」


「落ち着きなさいよリリア」


何よ、貞操の危機って…まだ幼年期よチビは。


「…まず訊きたいんだけど、その女性は眼鏡を掛けていた?分厚い眼鏡」


「は、はい!しかし多分眼鏡の下は美人のはずです!」


「…それから喋り方が面倒、と言うかウザい?」


「はい!話が長くて切れ目が判らなくなります」


やっぱりね…


「リリア、その人は陛下と私の叔父様、公爵様よ」


「…は?」


「叔父様は姿がよく変わるわ、男だったり女だったり。見分け方は眼鏡と喋り方…解った?」


「……はぁ…?」


リリアはいまいち解っていない様だけれど、常人に叔父様を解れと言う方が無理よね。


リリアは釈然としない顔で食堂を出て行った。


…この為に王宮を抜け出して来た?まさかね。


「リリアは何をしに来たのかしら?」


「まぁ公爵様のお姿はどれも特殊ですし」


「殿を慕う気持ちからなのでしょうね、サーラもリリアの様にとは云わないけれど、殿の御気持ちに沿う様に努めなさい」


「え?いやちょっと妃殿下?」


…なんだろう?二人とも、見てるともやもやするわ。




【???】


商会の応接室らしい部屋で、二人の男が話している。


一人は商家の主らしい風貌で、恰幅の良く、大きな口髭を蓄えている。半ば禿げ上がった髪には白いものが混じっている。


「…正直な話、スキンがお前さんを手離すとは夢にも思わなかったよ。お陰でこうして商談を持ち込めた」


「私などにお声掛けして頂き、感謝にたえません、元締」


元締と呼ばれた男は、しかし幾分眉をひそめ、困った表情を作る。


「そう云えば、うちで使っていた者が迷惑を掛けた様だ。こちらの考えでは無い事、分かって貰いたい」


…嵐の晩の事か。


「よくある事です、私どもの世界では。お気になさらず」


「ありがたい。さて、商談に移ろう」


元締は銭袋を取り出して卓に置いた。


「前金だ。初めてうちで仕事して貰うからな、少し色を付けておいた」


「…それで、“的”はどなたです?」


「ドレスデンのとこの残党からの依頼でね、連中、なけなしの金を寄越してきた」


正直なところ、誰の依頼かという話は不要だ。


万が一、捕らえられた場合に情報は少ない方がいい業界なのだから。


そういった面で、スキンよりこの元締は経験が浅い。前金に色を付けるのも、それを感じさせた。


「“的”はフェレグラン家のヴィーシャ。女魔法使いだ、お前さんと同じヴァンパイアのな」


意外にも“的”はあの宿屋で顔を知る者だった。


…そう云えば、嵐の晩、返り討ちにした男を片付ける時、隣の部屋の窓に紅い瞳を見た様な気がした。


あの時は自分の瞳が映っていたものと思っていたが…


初めて宿屋に泊まった事で警戒されていたのかもしれない。


あそこの客はほぼ冒険者で埋まっている。縄張り意識があれば警戒するだろう。


ヴァンパイアの耳なら隣の部屋で何が起こっていたか見当をつけたかもしれない。


…やはり自分はヤキが回っているのかもな。スキンに見放されるのも無理は無い。ジャスティンは思った。


「連中、頭目をやられて逆恨みしている様でな。一回きり、事の成果は問わない条件で承けた」


「あの女性には付き人がいますよ、二人程」


「知っているのかね?」


「…有名人ですからね」


黒エルフとオーガ、特に黒エルフは部屋を共にしていたはず。食堂で漏れ聞こえた話では。


本人も厄介だ。ほぼ一日部屋に籠っているし、出掛ける際に黒エルフかオーガを連れて歩く。


それ以外はダンジョンだが、自分はダンジョンを知らないし、向こうは集団で動くのだから論外。


「やってくれるかね?」


「…成果を問わない、と言いましたね?なら、ひと当てしてみましょう」


前金を受け取り、ジャスティンは表に出た。


宿屋の者に手を掛けたなら、あそこに戻る事は無い。気に入った場所だったが…


「…潮時だろう」


終わったなら、王都を出よう。これ以上この仕事は続けられない。ヤキが回っているのだから。



一方。先の応接室では。


「…ふん、一番の腕と聞いていたが、あやしいな。ま、一度きりとドレスデンのところの奴等には約束させてある。アレが失敗しようと構いはせんさ」


恰幅の良い元締はそう独りごちた。




【ザップ】


市場から第二城壁を抜けて服屋で買い物をしてきた。


俺達ビーストマンは明るい基調の色を好む。白とか黄色、ピンクなんかも人気だ。


…何でかって?


そいつぁ、簡単に云えば身を守る為さ。


昔は結構森とかに住んでいたんだ、ライカンと一緒にな。


その頃は人目が無いから上着を着ないで森の中を歩いていた訳だが、俺達は毛むくじゃらだろ?


狩人に獲物と間違われて、矢を射掛けられてよく被害が出たのさ。


んなもんだから、目立つ明るい色味の服を着る様になったって訳だ。


まぁ、最近は森に住まなくなったから、もう習慣というか、ベーシックスタイルって感じだな。


俺も街じゃ明るい服だぜ?


ダンジョンじゃあ目立つからな、仕事着は黒とか灰色とかになるけどよ。


で、まぁ俺好みの明るい赤があったんでな、ほくほく顔で店を出た。


市場の方に戻ろうとすると、向こうの方から馬車がやって来て王宮の方へ向かって行く。


…危ねぇなぁ、もうちょいゆっくり走りやがれ。


ありゃあ何処かの領主かなんかだろう、良い仕立ての馬車だが、ヴィーシャのに比べりゃ安っぽい。


ん?王家に連なる大貴族と一緒にしたら可哀想だ?ごもっとも。


この道はよく田舎から領主の馬車が来るのさ、陛下に御機嫌伺いする為にな。


一人の領主は年に一回は王都へ来るらしい。ヴィーシャから聞いた話じゃな。


自分の領地はあぁだこぉだ、この度結婚しました云々、息子に跡を継がせますだとかなんとか…


理由を付けては王都に来る。陛下に顔を売っとかないと、いざ面倒が起こった時困ると云う訳だ。


陛下も大変だよなぁ、連中が来る度に時間を割かないといけないんだから。


面会時間が短けれゃあ、蔑ろにされたんじゃねぇかと疑われるんだろうし。


時間を長く取ったからって、大した話をされる訳でも無ぇ。だろう?


ま、俺達冒険者にゃ関係無い事だけどよ。


城門越しに市場を見ると、馬車が通る為に空いた道は既に人混みで埋まってた。


市場で見知った顔に出くわす、熊だ。


「お、ザップさんよ、ちょっと荷物運び手伝ってくれよ」


「…いいけどよ?その代わり持つのは野菜だけだぜ、服買ってきたとこなんだから」


肉だの魚だのは勘弁だ、服に臭いが移っちまう。


「洒落者だよなザップさんはよ、俺なんか着た切り雀だ」


「カミさん文句言わねぇか?」


「俺が野暮ったい分、女房は陛下の御世話をしてるのさ。母親替わりだ」


ま、どの種族でも子供は可愛がるもんだが、陛下をねぇ?


「っても、ちっとは服に気を付けな、愛想尽かされるぜ?」


「大丈夫だ、向こうがこんな俺でいいって結婚したんだ」


ぅ~わ、嘘臭っ!


「まぁ、俺もそう思う。チャルは…面倒な仕事をしてるからな、俺とくっついたのもその流れなんだろうよ」


偽装結婚てやつかい?


「変な顔するなよザップさんよ、俺は結構気に入ってるんだからな」




【ヴィーシャ】


最近は交流目的になってきた研究会が終わった。今日は光神の奇跡で使われた、病気治療用回復魔法の解析について。


廊下に出ると窓には断崖の岩壁、タロン山がそびえている。


窓を開けて手を伸ばせば岩肌に触れる程近い位置にあるこの山は、王都の北の護りだ。


…その代わり廊下が暗くなるけど。


「お?従姉上、研究会はどうか?何か入り用なものなどあるか?」


「…そうね、色々必要だわ。発想の転換とか」


「余に用意出来るものを言え」


「まぁ、今のところは人材の育成ね、冒険者も前衛役ばかり増えて斥候や魔法使いが少ないし」


「人材か…魔力量に優れた種族に触れを出すか」


「回復魔法に関しては魔力量はあまり関係無いけど…専門化すると光神教の二の舞になるかもしれないし…そこは任せるわ。じゃあ」


王宮城門の前でガンズが待っていてくれた。


「お疲れ様。宿屋に戻ろうか」


中央の通りから西へ曲がり、商業区を通って第二城壁へ。


この界隈は地方に住む荘園領主などの仮宅が並ぶ。


大貴族や王都に住む貴族と違い、地方の小さい荘園の持ち主では王都に別宅を用意するのは難しい。維持費の面で。


なので、こういった仮宅を王宮が用意している。


王宮へ参内しに来た別宅を持たない小貴族の滞在用。さすがに宿屋へ泊まらせる訳にはいかない。


今も丁度仮宅の一つに馬車が停まって、小貴族らしい若者が降りて、使用人に荷降ろしの指示を出していた。


大貴族なら家政を取り仕切る者の仕事だけど、そこは切り詰めているのだろう。


通り過ぎる時、私の目に馬車の窓から、静かに座る貴婦人の姿が見えた。


あの貴族の若者の妻かしら。


仮宅に荷物を運び入れるまで待っているのだ、普通なら若者の代わりに荷運びの監督をしそうなものだけれど。


…何処かで会ったかしら?


貴婦人に見覚えがある様な気がした。多分気のせいだろう。父とは違い、私に小貴族の知り合いはいない。


第二城壁の西門に着く。


「そう云えばノラがクラウスの店にいたな、寄っていくか?」


「またミーシャと遊んでいるのね?仕事の邪魔になっていなければいいけど」


…その時、何かを感じて振り向いた。


誰も居ない。


気付くと、ガンズもまた振り向いていた。拳に力が入っている。


「…なんだったのかしら?」


おかしな感じは消えていた。


「この前も似た様な事があった」


ガンズが溜め息をついて首を振る。


「気のせいなんだ、多分」


気のせい。


……………二人同時に?





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