(更新7)
【ザップ】
ゴシャリッ。
壁に叩き付けられた魔物の頭を、ガンズの拳が捻り気味に撃ち抜いた。
壁と拳にサンドイッチされた頭が潰れて目玉が飛び出る。
そのまま壁に沿ってずるずると床に滑り落ちる魔物。
俺はガンズの背中から襲おうとした魔物にナイフを投げ付けて牽制する。
一方でエドが盾を使い魔物を押し退け、回り込んだドラスの一撃が脇腹に決まる。
少し遅れて突っ込もうとしていた魔物は魔法と矢の連弾で崩れ落ちた。ヴィーシャとノラが構えを解く。
「よし、終わったな…どれ、そこの宝箱を開けてみるか」
この部屋には扉が二つ、寝床にするにはちと難があるな。
…と言って先に寝床に良さそうな部屋は…無かった気がするぜ。
「……よっ、と。開いた」
ガンズとヴィーシャが俺の作業を見ながらお喋りする。
「鍵開けって面倒よね」
「ヴィーシャは独りで探索してた時、宝箱どうしてた?」
「魔法よ」
おいおい!?
「マジかよヴィーシャ、鍵開けなんて魔法があるのか?」
「…あるわけ無いでしょ」
はあ?
「宝箱の蓋を魔法で爆破するのよ」
「ぅわひでぇ、っつうか危険だそりゃ」
罠には何か飛ばしてくるのもあるんだからよ。刺さるぞ?
「ゾンビを盾にしてたわ」
…つくづくひでぇ。
「やれやれ…ドラス、地図見てくれ、休めそうな部屋はこの先あったっけ?」
ドラスが地図を取り出して確認する。
「ザップ殿、後は無いです。ここが休息出来る最後の部屋になります」
…やっぱりか。
「扉が二つあるが仕方無ぇ、荷物で塞いどいてここで野営だな」
皆めいめい仕事をこなす。
やがて野営の仕度が済み、車座に座ってくつろいだ。
…くつろいだ、ってのは変な話だが、ダンジョンの中で気が抜ける時間だ。
「血抜きに時間が掛かる。今夜は携帯食糧だな」
ガンズがそう言いながら鍋に干し肉と野菜を入れて、味付けをしている。
ヴィーシャはエドとお喋り、何でかは知らねぇがエドの『異世界』に興味があるみたいだ。
ノラは弓矢の手入れ。さっき使った矢を確かめている、再利用するらしい。
ドラスは何やら帳面にペンを走らせている。以前訊いたら記録をとっているんだとか。
そんな風にまったりと時間を過ごしていると、時たま扉に何かぶつかる音がする事がある。
大抵、魔物が部屋に入ろうとしての事だ。扉を荷物で塞ぐから諦めていなくなる事が多い。
…強引に入って来る奴もたまにはいるが、そん時は皆でお出迎えだ。
今も片方の扉を開こうとするのがいるらしい。
「入って来るかな?」
ガンズとエドが立ち上がり、他の皆も警戒する。
…コツコツ!…コツコツ!…
俺達は顔を見合わせた。魔物はノックなんかしねぇ。
ガンズが扉に近寄る。
「…誰だ?」
『開けてくれ』
扉をはさんでくぐもった声。ガンズが俺を見た、頷いてやる。
ガンズが構えるとエドが扉に手を掛けて、一気に開く。
「…おっと、殴らないでくれよ」
男の姿が現れた。ゆっくりと部屋に入って来る。
「誰だい?」
「俺はダン、他に四人居る。東門の者だ。…あんたら、見たところ西門だな?御一緒させて貰えないか?…この先に休める場所が無いんだ」
皆が俺を見た。
「ま、いいぜ?俺はザップ」
「助かる。…おい皆、大丈夫だ。先客が居るから行儀良くしろよ?」
「助かったわ」
「もぉヘトヘトだよ」
ダンに呼ばれて四人の冒険者が入って来る。全員がヒューマンだった。
「火にあたりな、飯の準備をしてたところだ」
ガンズが吊るした獲物の方に行った。鍋に食材を足すんだろう。
「旦那、血抜き出来てんのかい?」
「…まぁ、大丈夫だろう」
ガンズの方を向いた東門の連中、目を剥いてやがる。
「…でっけぇ、オーガだぜ?おいブラス並んでみろよ」
「あれ、吊るしてるの何?魔物?」
「おいお前ら、行儀良くしろよ…悪いな、えぇとザップさんだったか?」
ダンがリーダーらしい。
「いいって、ダン。気を楽にしてくれ」
「改めて礼を。ここまで来たのは二度目でな…入れて貰えなければ後戻りするところだった」
ガンズがぶつ切りにした肉を鍋に足す。
「え?それ魔物のお肉?食べられるの?」
「バーサ、御厚意だぞ?俺達の為に用意して頂いてるんだ、失礼な事を言うな」
「…構わないわ、私達だって最初は驚いたものよ」
────────
「ごちそうさまでした!美味しかったぁ」
「現金だなバーサは」
飯の後、俺とダンはお互いの話をした。
ダンのパーティーは、いつもはもう少し浅い階層を探索していると云う。
「ほら、ダンジョンの深層に行けるって護符の話を聞いてな、俺達も頑張ってみようと十階層を目指しているのさ。…もっとも、なかなか厳しいがな」
ヒューマンだけのパーティーだからな、戦力的に厳しいのは解る。
「ダン、もう少し人を入れた方がいいぜ?東門ならドラゴニュートが居るだろ?」
「う~ん、ドラゴニュートは引っ張りだこでな…うちはバーサが回復魔法を覚えたし。まぁ、確かに人員不足だが」
言いながらダンは俺達を見た。
「って言ってもザップ、そっちも六人だろう?」
「うちは多種族構成だぜ?それにガンズの旦那は三人分だしな」
「…あらザップ?私はそういう数え方にならない訳?」
「ヴィーシャ、お前滅多に腕前を披露しねぇだろ?」
うちはヴィーシャだけじゃなく、皆冒険者としての腕はいい。俺はそう思ってるんだぜ?
そう言ってやった。
「…ただヴィーシャは出し惜しみしてるからなぁ。旦那と一緒に拳骨で魔物殴った方がいいんじゃねぇの?」
「…あら?か弱い女性に拳で戦わせるつもり?腕が折れちゃうわ」
ヴィーシャの冗談に俺達が笑っていると、東門の連中はキョトンとする。
「ザップ?丸腰の女性に前衛は無理だろ?いくらなんでも…」
「良く見ろダン、ヴィーシャはヴァンパイアだぞ?その気になりゃガンズの旦那を持ち上げられるだろ、ヴィーシャ?」
「…お姫様抱っこして欲しい?ガンズ」
「『あら嬉しいわ』って言えばいいのか?」
ガンズが苦笑する。
どっちかって云うと小柄な方のヴィーシャが、巨漢のオーガをお姫様抱っこかよ?
さすがにこれには東門の連中も笑ってしまったらしい。
「『ヴィーシャ』?あれ?どこかで…」
バーサという女魔法使いが首を捻っていたかと思うと、急に大声を上げた。
「ヴィーシャって『ヴィーシャ師』!?あのヴィーシャ師なんですか!?」
「…『あの』ってどの?」
「か、か、回復魔法を編み出したヴィーシャ師ですよね!?」
「…私一人で造った訳じゃないわよ?…後、もう少し静かにして」
ダンジョンの中だって忘れちまった様だな。デカイ声は勘弁だ。
【ガンズ】
「それじゃあ俺達はこれで…」
別れ際、ザップとダンが握手を交わす。
俺達は交替で見張りをしながら夜を過ごした。
光神教が居た頃には、こんな風に二つの組が過ごした事は無かっただろう、最近は東門の冒険者達も、他種族パーティーに喧嘩を売る様な真似をしなくなった。
「ヴィーシャ師!今度お話しを聞かせて下さい!」
「バーサ声が大きい。じゃあザップ、皆さんも」
「あぁ、今度は宿屋で一緒に飯を食おうぜ」
ダン達が先に部屋を出て行く。
「ヒューマンのパーティーは騒々しいな」
ノラが息を付く。
「まぁ、うちが喋らない方なんじゃねぇか?どれ、俺達も」
俺達とダンの組で一緒に動くという話にはならなかった。
合同探索には予め計画が必要だとザップは云う。
ダンジョンの中で合流しても上手くいかない。準備も目的も違うからだ。
ダン達はこれから十階層へ。
俺達はここ、八階層で狩りと宝箱探しだ。
俺達には既に護符があり、その気になればここから一階層へ転移して戻れる。以前に比べれば本来帰りに使う消耗品を気にせずに済む。
余裕を持って帰る様にはしているが、それでも残る消耗品は少ない。それだけ長居をしている訳だ。
今ダン達と行動を共にして、帰る途中で転移なんかしたら恨まれるだろう。
「さて、どうする?宝箱はもう無さそうだぜ?」
「魔物もあらかた倒したみたいですね」
「…九階層に行ってみる?ダン達が先に『掃除』してるかもしれないけど」
ザップは手持ちの消耗品を確かめて言った。
「帰ろうぜ、だいぶ稼いだ。無理する事は無ぇ」
俺達は護符のお陰で一階層の階段まで戻る。
出入口から出る時、ヴィーシャが俺に言った。
「…ダンジョンから出る時って、何か寂しく感じない?疲れてるのにまだ居たい…そんな気分になるわ」
「それはあるかもしれないな、祭の後みたいな気分…かな?」
「そんな感じ…あぁ、だからまた潜るのね、ダンジョンに」
────────
ダンジョンの外はどしゃ降りの雨。
「ぅわマジかよ!?」
ダンジョンへはさすがに雨具など持ち込まない。全員小走りに駆けた。
こういう時、宿屋が目の前で助かる。それでもずぶ濡れになりながら食堂に入った。
食堂はがらがらだ、こんな雨では客の入りも悪いのは当然か。
「ひでぇ雨だ。サーラ、荷物頼む。風呂入って来るわ」
ザップは毛皮だからな、身体中に雨が染みて冷えるのだろう。
「…ガンズも入ったら?風邪引くわよ」
ヴィーシャが気を利かせて言ってくれる。
「俺なら平気だ」
「…上半身裸でしょ、冷えるわよ?」
「俺達オーガは雪の中でもこの格好だが?」
ラムールも雪深い国だったな。雨もよく降った。
「…頑丈よね」
呆れられてしまったらしい。
「皆さん、タオルどうぞ」
サーラが俺達にタオルを配る。
「…ほら後ろ向いて。拭いてあげる」
「あぁ、済まんヴィーシャ」
背中を向けて自分は前を拭く。丁度視線が食堂の隅に留まった。
ジャスティンが本を読んでいた。こんな雨でも来るのか。
「ちょっと?しゃがんでくれる?届かないわ」
「ん?あぁ」
「ヴィーシャさん、世話焼き女房みたいですね」
「…サーラ、喧嘩売ってるの?」
「恐っ!ヴィーシャさん冗談ですよ~」
俺達が卓に付くとティナとシェラの双子がエールを運んで来た。
「そういえばザップさんてまだシェラの存在に気付いてないんですよね?」
「ザップ殿の鼻で判らないと云うのも凄いものです」
「女好きの癖にな」
皆で笑っていると。
「あ~いい湯だった!温まったぜ!」
身体から湯気を立てながらザップが入って来る。
「お前らも風呂……………ティナが二人!?」
途端に皆が大笑いしてザップがキョロキョロと俺達を見た。
「…ザップ、本当に気付いて無かったのね」
「ど、どういう事だこりゃ?」
「紹介しますザップさん、私の後輩のシェラ。ティナの双子の妹ですよ」
サーラの紹介で、やっと情況が飲み込めたらしい。
「お前ら知ってたのかよ!?」
「…いえ、ザップ殿だけです知らなかったのは」
そんな風に笑い合っていると、ジャスティンが近寄って来た。
「失礼、宿をお借りできますか?一晩だけですが」
「あ…はい、ちょっと待って下さい」
サーラがカウンターに宿帳を取りに行く。
「ジャスティン、珍しいな?泊まるのか?」
「ガンズさん、どうも…この雨です、今夜は止みそうに無いですから」
ジャスティンは困った様に微笑んだ。
「何だったら俺の部屋に来るか?宿代が浮くぞ?」
「いえ…ご好意はありがたいですが」
一人の方が落ち着くもので…
「そうか」
ジャスティンは一礼してカウンターに行き、鍵を受け取って出て行った。
「…ガンズ?」
「何だ?ヴィーシャ」
「…いいえ、何でも無い…そうだわ、ガンズの部屋に泊めてくれる?私達の部屋一番遠いでしょ…ね、ノラ」
「主人がそれでいいなら」
「…『それでいい』って何よ?」
「私はお邪魔では?」
「な!?何言ってるのよ!…ガンズ?誤解しないで」
ヴィーシャが顔を赤らめる。何故だ?
────────
どしゃ降りの中、俺の部屋の鍵を開ける。
隣の部屋は空き部屋──長期契約されていない部屋──だが、今夜は灯りが漏れていた。
「開けるまで食堂で待っていれば良かったんだぞ?」
暗がりで鍵を開けるのは結構手間だ、お陰でヴィーシャもノラもまた濡れてしまった。
「…大丈夫よこれくらい」
「お邪魔します」
俺は燭台に火を灯して、台所で湯を沸かす。
台所と云っても簡単な造りだ、食堂を利用出来無い時に湯を温める程度。
「…少し気温が下がってるわね」
言うなり、ヴィーシャが魔法を使う。
『大気操作』と云うやつだ、話によれば同じ名前で色々種類があるらしい。汚れた空気を清浄にするとか、温度を管理するとか。
「疲れるだろう?」
「この部屋程度ならたいして魔力は使わないわ」
「あぁガンズさん、お茶なら私が煎れよう」
ノラが台所に立つ。
「以前来た時よりましになったわね?家具とか」
「まぁ、飯代くらいしか金を使うあてが無いからな」
ヴィーシャ達の部屋によく遊びに行ったりするが、色々物が多い。家具とか小物類とか、女性の部屋だからな。
殺風景な部屋にいつまでも住んでいるのも味気無い。折りをみて買い揃えていた。
「お茶がはいった。ガンズさん良い茶葉を使っているな」
「口にする物だからな」
茶を飲んでいるうちに部屋が暖まる。
三人でとりとめの無い話に興じる。こんな雨の日には一人で居るより賑やかな方がいい。
屋根に打ち付ける雨音が強くなる。
「嵐だな」
「早目に帰れたって事ね…雨音、消しましょうか?」
『大気操作』には消音もあるらしい。
「いや、外の音が聞こえないのは落ち着かない」
「軍隊暮らしの弊害ね」
夜襲があった時には音が頼りだ、部下にも見張りは耳を済ます様にいつも注意していたな。
「ガンズさん、こんな嵐の時でも夜襲は警戒するものか?」
「こういう嵐の時だからこそ、だ。こちらが襲うにも都合がいい。音が聞こえなくなるし、火はつき難いが一度ついたら消せない」
夜営のテントに火をつけられたら、風の強さで勢いがつく。雨では消えない。
「嵐の時だからこそ火の元には注意が必要だな」
まぁ、ここは戦場じゃ無い。襲う者などいないのだから、やはり軍隊暮らしの弊害と云うやつだろうな。
【???】
吹き付ける風と地面を叩く雨が、他の全ての臭いと音を呑み込んでいる。
そして夜の闇は視界を呑み込む。
その影は長い時間立ち尽くしていた。
油を塗った防水のマントを頭から被り、口許を布で覆って白くなる吐息を抑えている。
マントの下には最低限身体を守れる程度の革鎧。金具の類いは付いていない。
頃合いと感じたのか。
影は宿舎の一つに近寄ると、窓越しに中を確める。灯が消えて一時間以上経過していた。
部屋の暗闇に動く気配は無い。
カーテンの隙間越しにベッドの位置を確認する。ベッドは膨らんでいた。
部屋の鍵を開ける。どの部屋が使われるか判らなかったが、全ての鍵は複製してあった。
扉を少しだけ開ける。静まり返った部屋の暗闇には温もりも無い。
中に入り扉を閉めると、影はマントを脱ぎ捨てる。油を塗っていても雨水を吸った重いマントは邪魔だ。
ベッドの膨らみに近寄り、致命の毒を塗った短剣を腰から抜くと一気に貫いた。
瞬間的に感じる違和感。
短剣から伝わる衝撃に肉の感触が無かった。
「迂闊だな」
命の最後、耳に入った音を、声と認識する時間は無かった。
「さて……スキンの手の者、では無い。さすがに口封じは考え無いか、あの女の場合は」
秘密を隠す為に、こういう真似をする者もいるが、スキンなら自分の秘密すら売り物に変えるだろう。
要らなければ、ただ手離す。そういう女だ。
「…私を倒して名前を売る…功を焦った同業者、と」
鼻を鳴らす。面倒な事だ。これからも出て来るだろう、この手合いは。
「さて、片付けるか。こんな嵐に外出しないといけないとはね…あぁ、このマントを借りようか、濡れずに済む」