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(更新6)

【サウル】


「…以上で報告を終わります。次に…」


……………………困った。


「…アドレア王国より我国へ使節団の派遣を…」


…………困った


「…イルベ王国国境にて…」


…困った。


「…次にゴース王国では飢饉が…」


「困った」


「左様ですな、若。飢饉に対する援助を?」


「ぬ?援助?…あぁ、うむ」


「ではゴース王国への援助の為、作物を…」


いかん、口に出ておった。


「ではこれにて終了とさせて頂きます」


会議の内容が頭に入ってこぬ内に終了か、やれやれ…


取り合えず執務室で今の資料を読むか。たいして意見が出ておらんかったし、面倒なのはゴースの飢饉くらいだろう。


爺を伴い、会議室を出る。


「陛下♪お疲れ様です♪」


「ぅおっ!?」


廊下で頭痛の元凶が待っておった…


「あ!お持ちします」


リリアが余の資料を引ったくった。


執務室までついて来おる。


「…あ~、リリア御苦労。資料をよこせ、余は今の会議内容を精査せねばならん」


「はい!…頑張って下さい陛下」


扉を閉めて息をついた。


「若、もう少し優しい態度を取りなされ。妃殿下へ対する様に。何も変わりませんぞ?」


爺…貴様なぁ…


「なんで余が愛妾を召し抱えねばならんのだ?既に奥がおるぞ」


「とは申しましても、奥方様はドラゴニュート。若との間に御子は望めません。奥方様が乗り気なのですから良い機会と考えられますぞ?」


「御子ってお前…余がまだ御子だろうが」


余が幼年期を過ぎるまで、まだ五十年程掛かるのだぞ?


「つまり後五十年は愛妾など要らぬと云う事だろうが」


爺はバカでかい口髭を撫でながら反駁する。


「しかしながら若、先も申した通り、奥方様が賛成なされている今が好機です。五十年後に奥方様が心変わりされて反対されたならば、御世継ぎが望めません」


「なら百年後にすれば良かろう!」


「若、ヴァンパイアの寿命の永い事、この老骨も重々承知致しております。が、いつなんどき若の御身に災禍があるやもしれません。それを織り込む事も大事で御座います」


はあ~。


「…覇王グレゴリウスの経験談と云う訳か?」


「左様ですな、属国の王で御世継ぎが無いまま死んだ者がおりましたな。その後の混乱ぶりは酷かったですぞ」


「取り合えずまだ保留だ。余と奥の婚儀が済んだばかりではないか」


それで愛妾など召し抱えたら、民が何と噂するか…?


「ただいま帰りや…マシタ陛下」


「………帰ったかガキ」


「ぅえ?陛下の旦那、オイラが何かしやしたか?」


「したわ!宿屋中に触れ回ったではないか!」


そこから冒険者どもがどれだけ周りに喋ると思っておるのだ?


「…まぁ良い。して、今日は街中で何かあったか?」


「へい…街じゃあありやせんが、城壁の外で貴族が死んだとかで」


「…誰だ?」


「えぇっと…勲爵?ペリエ家のササンとか云う野郎でさ」


…何処かで聞いたな?


「爺?」


「ペリエ家のササン…以前リリアにやくたいも無い難癖をつけていた男ですな」


あぁ!


「熱々の茶が好みの奴か」


「え?熱々でやすか?スキン姐さんに怒られやすよ、そんなお茶煎れたら」


「丁度良い、茶を煎れて来いガキ」


ガキを執務室から出して、爺に訊く。


「ペリエ家のササン、どの様な者であった?」


「左様ですな、若の目撃された通りの、弱い者に難癖をつけたがる男でしたな。難癖をつけては金品を巻き上げておったと噂も御座います」


「…何故余の耳に入っておらん?」


仮にも貴族の端くれ──本当に端くれ──が、市井の民に面倒を掛けるとは。


「致し方ありませぬ。庶民どもが告発出来るものでもありませんからな。噂程度では御耳を汚す訳にもいきませぬ」


「要するに勲爵位をかさにきた小者か」


「お待たせしました陛下」


ガキの茶を頂きながらガキの話の続きを促す。


「又聞きでやすので細けぇトコは判りやせんが…」


話によれば、ササンは城門に程近い街道で殺されていたという。


首を一刀ではねられており、他に外傷は無し。


死体は剣を持ち、また酒精の臭いが強く漂っていたという。


「…でやすんで、財布の類いも盗られておりやせんから、物盗りじゃ無ぇ。果たし合いで負けたんでやしょう」


大方、自分の蒔いた種というやつか。


「御苦労、ガキ。下がって休め」


ガキが出て行った後、爺が言った。


「迷惑者が一人減った、というところですな」


「まぁ、勲爵位の手当が一人分浮いた訳だが…」


…何か気になるな。


ガキの言葉を思い出し、引っ掛かる事に気が付いた。


『…でやすんで、財布の類いも盗られておりやせんから、物盗りじゃ無ぇ』


又聞きだと断りながら…何故言い切る?


ガキの推測では…無い。


断言している、という事は…実は見に行きおったか?


城壁の外まで探れとは命令しておらん。


何故行った?


ガキは何かを確かめに行った。それ以外に理由が無い。


…何を?


ササンとガキに接点があったとは思えぬ。誰が死んだのかを確かめる為では無い。


…なら?


『寝てる最中に息が止まっちまった、って事らしいでやすが…』


『…って事らしいでやすが…』


『…やすが…』


金貸しバラン?


ガキはバランの死因を疑っておった。


自然死を疑う、つまり他殺。


余は問うたが、ガキは口を閉ざした。


そしてササンの死体を見に行った。


「繋がるのか…?」


「若?如何なされた?」


バランとササンの死が繋がる?


…どこがだ?何が繋がるのだ?


片やベッドの上で息を詰まらせ。


片や酒に酔い首をはねられ。


まるで違う。


その時、ガキの言葉をまた思い出した。


『命は惜しいでやすから』


…命は惜しい…つまり、話せば命が無い。


下手人を、知っている?


下手人が誰かを確かめにササンを見に行った?


バランとササン。


全く違う殺しのやり口だというのに繋がる?


下手人は同じだとガキは見抜いたのか?


「…何故判る?」


「若?」


「爺、狐を呼べ!」




【テレシア】


「スキン姐さん、オイラ訊きてぇ事があるんでやすが…」


「あら、何かしら?」


オイラはスキン姐さんに確かめに来やした。


「…ジャスティンの事でやす」


「なぁに?陛下に訊いてこいって言われたのかしら?」


スキン姐さんは笑って言いやした。


「いえ、オイラが訊きてぇからでやす。陛下の旦那は知りやせん、ジャスティンの事は」


オイラの答えに、途端につまらなそうな顔をしやす。


「あのねぇ“猫”?それじゃあ答えられないわよ?」


「…そうでやすか」


スキン姐さんが教えないと言うんなら、絶対に教えちゃくれやせん。


「…お邪魔しやした、オイラこれで」


「聞き分けが良いわね…“猫”、一つだけ教えてあげるわ」


オイラなんだか背中がぞわぞわしやす。


スキン姐さんが一体何を教えてくれるんでやすか?


スキン姐さんがニンマリ口の端を吊り上げやす。


…この顔は…やべぇ。


「ジャスティンねぇ…もぉいらないわ」



…もぉいらないわ。



「…へ?」


「だって貴女に目を付けられる様じゃ…いらないわね、やっぱり。貴女もそう思うでしょ?“猫”」


「…失礼しやす」


「陛下によろしくね、テレシア」


オイラ…オイラ…


姐さんの店から出ると走りやした。


宿屋までずっと。


震えが、止まらねぇ!


………おっかねぇ…




【ヴィーシャ】


夜、読んでいた論文を投げ出して伸びをしていた時に、ノラが戻って来た。


「主人、先に食事してきた。そろそろ主人も行かないと食堂が閉まってしまうぞ?」


…もうそんな時間?


「きりが良いから行ってくるわ」


「あぁ…テレシアが」


「…?何?」


「いや、なんでもない」


モーテル型の宿舎のあちこちから灯りが漏れて食堂への道を照らす。


夜空は厚い雲のせいで暗く、星明かりも無い。


「…こんばんわ」


「あ!いらっしゃいませヴィーシャさん、間に合いましたね」


丁度最後の客が支払いをしているところだった。


「ごめんなさいサーラ、手間を掛けるわ」


「いいえ、今運びますから」


いつもの席に腰掛ける。燭台の灯はあちこちの卓から消えて、部屋全体が薄暗い。


…隅の暗がりにうずくまる小さな姿があった。


「……テレシア?」


テレシアは両膝を抱え、顔を埋めていた。


「…夕方来てからずっとなんです」


料理を運んで来たサーラが言った。


「話し掛けても揺すってもあんな調子で」


少し放っておいてあげようと、忙しさにこんな時間になってしまったらしい。


「…そう」


「済みませんけど向こうから片付けさせてもらいますね」


サーラ達侍女が奥の卓から拭き始めると、厨房から妃殿下が現れた。


妃殿下はうずくまるテレシアを抱え上げ、私のそばに腰を降ろす。


「こちら座らせてもらうわね?」


「…どうぞ」


テレシアは赤く腫れた目で、時折しゃくりあげる。


妃殿下はそんなテレシアの頭を髪を解かす様に撫でている。


テレシアは顔を見られたくないのか、妃殿下の侍女服に似せて仕立てられたドレスにしがみつき顔を埋めた。


「…何があったのかしら?」


「さぁ?話したくなれば話すでしょう、今は訊かないわ」


妃殿下は慣れた感じでテレシアをあやしている。


こうやって見ればテレシアも年相応に見える。いつものスレた口調や行動が消えている時は。


「…慣れてますわね、妃殿下?」


「え?…あぁ、故郷では大きい児が小さい児の面倒をみるの。リザードはすぐ先に大きくなって私達を追い越すけど」


私もよく小さい児をこうやってあやしていたのよ?と妃殿下は笑う。


「…こうして改めて顔を合わせるのは初めてね?」


…それもそうね?


以前から居るのが当たり前だったわ、お互いに。


「では改めまして。フェレグランの息女、ヴィーシャで御座います妃殿下」


「これは御丁寧に。水没林族長カラバーンの娘、九姫ですわ」


「…九姫?」


妃殿下がクスクス笑う。


「ドラゴは成人まで名前が無いの、昔々は成人まで育ち難かったから付けなかったのね。子供に名前を付けて育たなかったら悲しいでしょ?だから子供のうちは通し番号。私の上に八人兄姉がいると云う事ね」


因みに、ドラスは『八息』だったそうだ。


今生きている兄姉は妃殿下も含めて四人。


育児の為にリザードマンを作出してそれだ、昔々はもっと…


「他種族の習慣って奇妙に思えるけど、裏に理由があるものね」


「そうね。因みに私達はドラゴ、リザードって略すけど、他種族に略されると怒る人もいるわ…多分習慣じゃなくてプライドの問題かしら」


頭の堅い人は困るわよね?と妃殿下は笑う。


「テレシアちゃんくらいの児が一番可愛いわ…すぐ私を追い抜いちゃうけど」


妃殿下がぐずるテレシアの頭に頬擦りをする。まるで母親の様に。


妃殿下の背丈はチビと同じくらいで、テレシアより少し大きいくらい。


さほど変わらない背丈だけれど、何人もの弟妹達を育てた姿がそこにある。


「でも妃殿下、育児の為にリザードマンを作出したのに、逆にリザードマンを育ててません?本末転倒じゃないかしら」


「あら?それは考え方が堅いわヴィーシャさん。大きい児が小さい児の面倒をみる、私が面倒をみたリザードの児が、大きくなったら今度は私の面倒をみる。合理的でしょ?」


「…じゃあ、妃殿下付きのリザードマン侍女とかって」


「私が卵から孵した児達。ドラスに指揮を任せてる部隊の半分もそうね」


……はぁ。


「…ガンズが聞いたら感動するわ、結束力の強さが尋常じゃ無いじゃない」


謂ってみれば皆妃殿下の弟妹であり、兄姉であると同時に妃殿下の子供みたいなもの。


妃殿下の命令なら拒否も躊躇も…裏切りも無いわ。


ガンズじゃ無いけど、妃殿下の力を認識したわ。


政治的にも軍事的にも一大勢力よ。


…なるほどね、ドラゴニュートが反乱を企てた時にも、チビが離さなかった訳だわ。


「…あら、寝ちゃたわ」


あやされているうちに、テレシアは眠りに就いた様だ。


テレシアを抱えて妃殿下が立ち上がる。


「じゃ、おやすみなさいヴィーシャさん。楽しかったわ、またお話ししましょう?」


「…おやすみなさい妃殿下」


食事を終えて食堂を出る。


「おやすみサーラ」


「ありがとうございました~、おやすみなさいヴィーシャさん」


小雨がパラついてきた。私は小走りにノラの待つ部屋へ戻った。



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