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(更新5)

【サーラ】


「はい、それでは買い取り額は…」


ダンジョンから戻って来たミルズさん達が魔物の心臓を持ってきた。


食堂のカウンターはギルドの受付にもなっていて、隊商の護衛依頼や近隣の魔物討伐依頼なども扱っている。


『心臓の買い取り』も業務の一つ。


………うえぇっ!


厨房でグスタフさんの解体はよく見るけど、カウンターに心臓がゴロゴロ置かれると…ちょっと、ね。


袋に詰めて厨房の小さな氷室に保管する。


カウンターに付いた血糊を拭き取っていると新人侍女のシェラがエールを取りに来る。


ティナとシェラはどちらもライカン。


王宮の侍女はライカンが多い。


昔々、ライカンはヴァンパイアの護衛だったとかで、その習慣というか風習?よく解らないけど侍女にライカンが多いんだそうだ。


ティナとシェラは双子の姉妹で、どっちがどっちなのか最近までは見て判らなかった。


どうもティナは大人しく、シェラが活発な子らしい。


因みにザップさんはシェラの存在を知らない。


ティナの名前を訊いたそうだけど、シェラの事もティナと呼んでいる。


新人侍女が一人だと勘違いしてる。ザップさんらしくもない。


シェラもシェラで、よくティナの真似をして大人しい応対をわざと冒険者の人達にしてるものだから、賭けの対象になってる。


『今来たのはティナかシェラか?』


…私の転ぶ回数とか賭けたり、ダンジョンにいない時は駄目な大人だ、冒険者。


「いらっしゃ…あ、テレシアちゃん!…とリリアさん?」


珍しい。リリアさんが来るなんて。


宿屋から王宮に交替して初めて来たわ。あんなに宿屋を嫌がってたのに。


「お久し振りですサーラ先輩」


「久し振り~元気だった?」


「…お?リリアか?珍しいな。テレシア、こっち来な。妃殿下が菓子作ったんだ、食ってけ」


グスタフさんが厨房から顔を出してテレシアちゃんを呼ぶ。


「…熊の旦那、またオイラに毒味役を」


「上達したって、サーラが教えたんだから」


「…しゃあねぇ」


テレシアちゃんが厨房に消える。


それを見計らった様にリリアさんが私の顔に人指し指を突き付けた。こう、ビシィッ!…と。


「サーラ先輩!私リリアは先輩に宣戦布告致します!」


………………はぁ?


「リリアさん、言ってる意味解んない」


「ですから!私とサーラ先輩で闘うんです!」


「……なんで?」


「決まってます!陛下の御寵愛を受けるのはどちらかをハッキリさせる為です!」


ゴチョウアイ。


……何それ?


「えぇっと?」


「今は先輩の方がリードしています。えぇ、それは認めます。『子猿』という可愛らしい仇名で呼ばれていますし」


「いや可愛くないよ?馬鹿にされてるだけだよ?」


「誘拐騒ぎの時も陛下はそれは心配しておられましたし」


「誘拐された人を心配しなかったら、人でなしだよ?」


「助かった先輩の頭を撫でて慰めてらっしゃったと聞きました」


「陛下は人の頭を撫でるの結構好きだよ?テレシアちゃんの頭とか妃殿下の頭とか」


ふと視線を感じて横を見ると、厨房からグスタフさん、テレシアちゃん、更に妃殿下が首だけ出して覗いていた。


「とにかく!私と先輩どちらが陛下の妻に相応しいか勝負です!」


ツマ?………妻?


「リリアさん、陛下の妻は妃殿下でしょ?ですよね妃殿下?」


グスタフさんとテレシアちゃんが笑いを堪えていた。


悪戯っ子の様に微笑む妃殿下に、今頃リリアさんは気付いて、コホンと咳払いをする。


「言い間違えました。愛妾に相応しいか、です」


「リリアさん…なんでそんな話になったの?」


だいたいどこをどうすれば、私が陛下の愛妾になるのか?


「聞きました!女官長から!先輩の父上からの紹介状に陛下の御寵愛を御願いしたいと!」


……………………は?


「はあああああああああぁぁっ!?」


な、なななななに?


「何それ!?何それ!?聞いてないよ!?」


紹介状って?初めて王宮に行く時に持たされたアレ?


「ぶっぶぶぶぶぶっ!」


「ぅひゃひゃひゃ!」


そこの二人笑うな!


「ちょっといいかしらリリア?」


妃殿下が私達に近付いて呆れた顔で言った。


「愛妾なんて別に何人居たっていいんじゃないのかしら?少なくとも私は構わないけど?」


「…スゲー!本妻の余裕でやすよ?熊の旦那」


「うちの女房は間違っても言わねぇ台詞だ、さすがは妃殿下だね」


…野次馬二名黙って。


「二人で競うよりも、殿を支えられる女性になる様努めなさい、二人とも」


「は、はい妃殿下!ありがとうございます、私頑張ります!……ほら、先輩も言って!」


…え?私が愛妾になるのって決定事項?




【ザップ】


「…てな事があったんでやす」


テレシアの話に俺達は爆笑した。


いやすまん、笑っていないのが二人程居たわ。


ドラスが笑っていないのは、サーラとリリアが愛妾になると妃殿下が蔑ろにされるんじゃねぇか?って心配してるからだろう。


当の妃殿下が気にして無いんだから、ってか、テレシアの話ぶりじゃ妃殿下が二人を陛下にくっつけようとしてるフシがあるし、心配しても仕方無いだろうに。


もう一人笑って無いのはヴィーシャ。


頬杖をついてムスッとしてやがる。


「おいヴィーシャ、そんなムスッとすんなよ。上手くいけばお前が愛妾にならなくて済むだろう?」


「…紹介状云々は聞いてたわチ、陛下から」


鼻を鳴らしてヴィーシャが続ける。


「それをリリアが暴露するなんてね…全く。こんな話、父上が聞いたら逆に私の事を蒸し返すかも」


だから笑っていられないわ、と溜め息を付く。あぁ、なるほどな。


カウンターに目を向ければサーラが顔を真っ赤にしてそっぽを向いている。


…テレシアの奴、あちこちに吹聴したんだなありゃあ。もう怒る気も失せたらしい。


「しかし、そうなったらこの宿屋が陛下の愛妾になりたい人の登竜門になっちゃいますね?」


「おいおいエド、何だそりゃ?ま、美人さんが侍女になりに来るってんなら大歓迎だがよ」


全くダンジョンから帰るそうそうに、こんな笑わせられるとは思っても見なかったぜ。


「それはそうとテレシア、王宮に戻らなくていいのか?もう暗くなるぞ?」


「あぁ、ガンズの旦那、今日は陛下の旦那が宿屋に来やすから、一緒に帰るんでさ」


ははあ、それでこれ幸いと喋っていたのか。


…ん?て事は?


「おいテレシア?陛下はまだこの話知らねぇんじゃ…」


「…どうでやしょう?リリア嬢ちゃんがあの調子で陛下の旦那に直接言ったかも知れやせんし」


おいおい、そいつぁ見物だな?


噂をすれば…


「子猿!飯を食いに来たぞ!」


来た来た!


陛下御一行様は俺達の隣、いつもの卓に陣取る。


骸骨爺さんとゴルが俺達の卓に移って、妃殿下が陛下の隣に座る。


…ここまではいつも通り。


「子猿!エールを持て」


「ハッハイッた、たたただいま!」


ぶふっ!


いや俺達だけじゃ無く、宿屋に居る冒険者達皆が笑いを堪えてやがるぜ。


「…何やら不穏な?」


「グレゴリウス閣下、まぁお静かに、陛下に害はありませんから」


見てるとサーラが陛下と妃殿下にエールを運んで行く。


…すんげぇ転びそうな案配だ。


「おい子猿、転ぶなよ?よし貰おう」


陛下が気を利かせてサーラからジョッキを受け取ろうとした瞬間。


「ぅ、ひゃあああぁっ!」


サーラが跳び上がった!


「うお!?っとととおっ」


ひっくり返りそうになったジョッキを陛下がキャッチする。


さすがにヴァンパイア、溢さねぇ。


その代わりサーラは床にひっくり返ったけどな?


「あ痛たたたた…」


「子猿は変わらんな、どれ、手を伸ばせ」


尻餅を突いたサーラに陛下が手を引こうとすると、サーラが真っ赤になりながら首を振る。


「い?いえいえ!自分で立てます!」


「貴様の場合立とうとしてまた転ぶだろうが?ほれ……手!」


「キ、キャアアア!」


…サーラの奴、四つん這いで逃げてったぞ!


辺りから爆笑の渦が巻き起こる。


「…何だ?子猿は具合でも悪いのか?」


訝しげに首を捻る陛下。


それを微笑みながら見守っていた妃殿下が口を開いた。


「殿、御願いが御座います」


ぶふっ!


誰かがまた噴き出した。


「ぬ?奥よ、改まって何だ?」


「はい、サーラとリリア両名を殿の愛妾にお召し下さい」


ニッコリ。


………………シーン。


「…は?」


硬直する陛下。


「ですからサーラとリリアを」


「ちょっと待て!?何だ?何がどうした!子猿とリリア?あ愛……え?」


ぶわっはっはっはっはっ!


またも巻き起こる爆笑の渦!


陛下が辺りをキョロキョロする。


「殿、私は異存御座いませんわ、良い話と思っております」


途端に食堂中のあちこちから口笛と妃殿下万歳の声があがる。


「…これはまた」


「お、おいガンズ?どう云う事だよ?」


爺さんとゴルが唖然としている、そりゃそうだ。


「あぁゴル、実は…」


ガンズが丁寧に事のあらましを語った。


それをゴルだけでなく、食堂に居る皆が拝聴した。


………もちろん陛下もな。


「…と、云う訳だ」


「ははぁ、なるほどなぁ」


「『なるほど』じゃ無い!おいガンズ!貴様何処でそんな話を?」


「はっ!陛下。テレシアからであります」


「ガ!ガキ!?おいガキ貴様こっちに来いこら逃げるな!」


「若、おめでとうございます」


「何がだ!?」


いやもう。


この夜の事は後々まで語り草になったぜ。




【???】


馬車は第一城壁の門をくぐり、王都郊外の道を進む。


城壁の外は田舎道だ。田園風景の中、月明かりに照らされて馬車は静かに進む。


やがて、一軒家が馬車の前に現れた。


農家の田舎家では無い。それなりに金の掛かった造りだが、貴族の本邸にしては慎ましく感じられる。


「拙宅へようこそ、あばら家ではございますが、歓待させていただきますササン閣下」


馬車を先に降りた若者が、客である男を邸宅に招いた。


「ふむ、こじんまりとしているが…田舎には合う。ひなびた風情と云うものか」


感心している様に見えてその実、無礼な物言いである。


男はこれでも褒めているつもりだった。


「おお!?…なんと!」


邸宅の中には薄絹一枚のみを纏う女性達が数人、どの者も皆美しい。


「ほぉ?ジャスティン殿も隅に置けんな、この様な美女達を侍らせておるとは」


ササンと呼ばれた男の顔がやに下がる。


「彼女達は私の…血液提供者です。いやお恥ずかしい、趣味が講じまして」


「はっはっはっ!いや解るぞジャスティン殿!昨今は血を吸うにも面倒が多い。『配給所』などと、馬鹿にしておる」


「閣下の様に高潔な御方には、薄汚れた囚人の血など口に合いますまい」


それから小一時間程過ぎた頃…


「いや、旨い酒だ」


「閣下のお口に合って幸いです…実はちょっとした趣向がございまして」


若者が呼鈴を鳴らす。


部屋に入って来たのは先程の美女の二人…そしてその間に支えられた幼い容貌の全裸の娘。非常に美しい。


二人の美女は娘を椅子に座らせ、一礼して出て行く。


娘の瞳は宙をさ迷っている。


「…この者は?」


だらしなく座った娘は全身がほのかに赤く、惚けた顔をぐらつかせている。


「同好の知人から聞きましたところ、酩酊した者の血は酒精が合わさり、非常に甘美であるとか…是非とも閣下に味わって頂きたく、予め用意しておりました」


どうぞご賞味下さい…あぁ、私は席を外しますのでごゆっくり………


一時間程後…


若者の足許には酔い潰れ、意識を喪ったペリエ家のササンと、血を吸い尽くされた娘の死体が転がっていた。


「可哀想ではあるけれど、予想した通りではあるか」


若者は剣の一振りでササンの首をはねる。


娘はこの為に買われた奴隷だった。


娘に強い酒と睡眠薬を併用で飲ませ、その血をササンに吸い取らせる。


ヴァンパイアの血液を選別する器官は血の古いものを選り分ける機能があるが、酒精や薬物はその限りでは無い。


そして、その器官は心臓に直結している。


武功勲爵位を正攻法で降す事は難しい。若者をもってしてもまず五分の勝負だっただろう。


「…“的”と御近付きになる仕事は格別に疲れる…スキンには暫く仕事を回さない様に頼むか」




【ガンズ】


「おはようございますガンズさん」


朝飯を頼むと、サーラが運んで来た。


「おはよう…なんて呼べばいいかな?御方様?御部屋様?御愛妾様は良くなさそうだな…御側室様?」


「もう!サーラでいいんです!」


「いや、今のうちに慣れて置かないとな」


「からかうの止めて下さいよも~!ザップさんじゃないんですから」


この間の事を種にサーラをからかう。


本人は否定しているのだが、こうやって話をしていると、満更でも無い様に感じた。


「ごちそうさま」


食器をカウンターに持っていく。


本来なら侍女が片付けるのだけれど、朝飯時で混みあっている。サーラだと転びそうだ。


食堂を出て背伸びをする。


いい朝だ。


チャーリーとステラの治療院は朝から混んでいる。大概朝の患者は年配者だそうだ。


冒険者がたむろするこの通りに年寄りが集まっているのは奇妙だが、何やらほのぼのするな。


さて、また狩りに行くか。熊さんに土産を…



…ざわり



背筋が冷えた。


振り向く。瞬間的に身体の筋肉が盛り上がり、身構えていた。


目の前の通りはいつもの風景が広がる。


市場への道を行き交う人々。屋根の上から飛び立つ小鳥…


目に映る風景におかしなところは無い。


「…あぁ、どうも」


通りの向こうから男が近付いて来た。


「どうしました?」


『影男』…いやジャスティンだったか。


ジャスティンは俺を見て、怪訝な顔をする。


「……あぁ…いや、なんでもない」


「すごい汗ですよ?」


「大丈夫…大丈夫だ。勘違い…だな」


全身の力を抜いて冷や汗を拭う。


「そうですか…では」


ジャスティンはそう言って食堂に入って行った。


…今のは、殺気だった。


戦場で感じるものとは違う。戦場の殺気は高揚感に近い。


獣の殺気、それも争いの直後。そんな感じだった。


もうそれは感じない。


俺が反応した直後に殺気は消えていた。


「験が悪い…かな」


今日はダンジョンに行くのは止めておこう。俺は踵を返して部屋へ帰った。




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