(更新4)
【サウル】
「貴様!なんだこの茶は!?」
余が書類仕事を終えて、ランスの処へ向かう途中の事だ。
風虎の訓練の具合はどうか視察目的で廊下を進んでいると、突然響いてきた怒鳴り声。
思わず爺と目を見交わす。…爺に目は無いが。
「何事ですかな?」
声の聞こえてくる部屋を覗いてみれば、リリアが男に怒鳴られていた。
「どうしたのだ?」
リリアが余に気付いて深く頭を下げる。
「おい!聞いて…こ、これは陛下!?」
男は怒鳴る事に夢中だった様で、慌てて一礼をする。
「何事だ?…あぁ…」
「ペリエ家のササン殿、勲爵位の方で御座います若」
爺が耳打ちをしてくる。
「ササンか。如何したかなササン?」
「は…いえ、侍女に茶の煎れ方を指導しておったところであります」
「茶…なんだ?火傷でもしたか?」
熱々の茶はいかん、茶の煎れ方に関しては狐を覗けばガキが一番、子猿が二番だな。
「い、いえ、ぬるい茶を出されまして」
ぬるい…?
余は試しに茶器に触れた。続けて空いていたカップに注いで口にする。
「茶葉が蒸されるのに良い温度だぞ?ササンは熱い茶が好みか?」
「は…これは失礼を…」
「よい。今度からササンには熱い茶を運ぶ様に…あぁ済まぬササン、この侍女を探しておったのだ。連れていっても構わぬかな?」
リリアを連れて、部屋を去る。
「…ああいう手合いはかなわんな、宿屋には居らんかったか?」
「あ、あの陛下?御用は何でしょう?」
……はあ?
「あれは貴様を部屋から連れ出す方便だ、普通解るだろ?…だいたい茶を運んだらすぐ下がれ、絡む者は結構居るのだ」
リリアと別れ、爺と話ながら中庭に向かった。
「リリアは客の前でよく長居をするな?なんでだ?」
「若、あの者は婿探しをしている様ですぞ」
…あぁそれで。玉の輿狙いというやつか。
「見る目が無いな?ササンとか云ったか、あの様な者の気を惹こうと考えるとは」
あの娘も少しは懲りるだろう。
しかし勲爵か…
「勲爵がもう少し減れば、予算なども楽になるのだがな」
「若、その様な事を口にしてはいけませんな。国に対する功績を讃え叙勲されておるのですからな」
────────
「オ茶をオ持ちシマした陛下」
奇妙な声の主はガキだった。
狐にしごかれているのだろう、最近無理な言葉使いで茶を持ってくる。
…何故かリリアが一緒に来ていた。
「御苦労、ガキ。そこの卓に置け」
応接卓に座り直し、茶を頂く。
…………うむ。
「やはりガキは茶を煎れるのが上手いな。自慢してよい腕だ」
「へへっ、そうでやすか?」
…すぐに言葉は崩れるが。まぁガキに言葉使いは期待しておらん。
「うむ。狐を除けば貴様が一番だ、子猿が二番…あぁ子猿には言うなよ?子猿は菓子の方が得意だからな」
「へい、オイラも子猿姐さんのお菓子は好きでやす…転んでぶちまけなけりゃもっと好きでやすね」
ガキと二人で悪い笑いを交わす。
「あ、あの陛下!」
あぁ、リリアが居たんだった。
「リリアか、余に何かあるのか?」
リリアは勢いよく頭を下げると、泣きそうな顔で言った。
「さ、先程はお助け頂きありがとうございます!」
「先程…?あぁ、何だあんな事か。気にするな。次からは客を見て応対せよ」
途端にリリアの顔がパアッと明るくなる。
…頬が上気して瞳が潤んでおるぞ?
なんだか寒気がしたのは気のせいか?
「陛下…嬉しゅう御座います!私に気を配って頂けるなんて…!」
「ん?…あぁ」
夢でも見ている様な顔付きになっておるぞ…?
失礼します、とリリアは浮かれた足取りで出て行った。
…ガキと目を見交わす。
「こりゃあ…陛下の旦那、リリア嬢ちゃんに目ぇ付けられやしたね?次はツバ付けられやすぜ?」
「目を付けられてるのもツバを付けられてるのもお前だガキ、風虎達にモテモテではないか」
「ひでぇ!」
ま、冗談はさておき、リリアには誰か良さそうな男を見繕ってやらねば…余の愛妾になるなんて言われたら、従姉上に何を言われるか解ったものでは無いからな。
【ヴィーシャ】
護符組がなかなか増えないからと云って、探索自体をしない訳にもいかない。
冒険者にとってダンジョンは生活の糧だ。魔物を狩り、宝箱の中身に一喜一憂し、焚き火を囲んで仲間達と寝食を共にする。
私は単独でダンジョンに潜り、倒した魔物をゾンビとして護衛に用い、宝箱は魔法で蓋を開けていた。
独りで薪に火を起こし、薄暗い中で携帯食糧をボソボソとかじる…
「ヴィーシャ、ヴィーシャ、起きな、交替だぜ?」
ザップに揺り動かされて目を醒ます。
独りで探索してた頃の夢を見ていたらしいわ…
「結構眠れたな、どれ、血抜きは済んだか?」
起き出したガンズが、欠伸をしながら部屋の隅に吊るされた獲物を確かめる。
「主人、眠気覚ましの茶だ」
ノラからカップを手渡されて飲む。
…苦い。
焚き火を前に腰を降ろし、カップからお茶を啜る。
「どん詰まりの部屋があって助かった。気兼ね無く朝飯の仕度が出来る」
血抜きされた獲物の生皮を、ガンズが器用に剥いでいく。
今日の獲物は『吸血猿』
「…これがノラの御先祖様なんて信じられる?」
「そうなのか?じゃあ共食い…ノラ、嫌なら他に」
「何万年前の話だと思っているんだガンズさん?」
ノラが頭を抱えながら笑った。
「…まぁ、正確には御先祖様から枝分かれした魔物ね、兄弟?従兄弟かしら?」
「主人もひどいぞ」
ヴァンパイアが血液補充に利用した猿。
ヴァンパイアの因子を与えて血液を自分達に馴染む様に改良を重ね、そうしてエルフが作出された。
『吸血猿』はその際に出来た失敗作。ヴァンパイア因子が強く出過ぎて凶暴化した魔物。
「…エルフの元になった猿は一部がヒューマンに進化して、ビーストマンやライカンを造る時にも利用されたわ。四つの種族が混血するのはこのせい」
混血にはある一定の法則が認められている。
エルフは上位種なので、片親がエルフの場合エルフの肉体的特徴が強く出る。所謂ハーフエルフ。
「ミーシャが解りやすい一例ね、耳が笹穂型で毛が生えている。ライカン・ビーストマンの特徴が混ざっているわ、多分ミーシャは獣化出来るはず。もっともライカン自体滅多に獣化しないけど」
ライカンとビーストマンの組合せの場合、子供は純粋に母親の種族になる。
「これはライカンとビーストマンが同種の証拠ね。歴史的・便宜的な分類だから」
ヒューマンは下位種。ライカン・ビーストマンとの混血は両者が混ざった姿になり、個体ごとに見た目がまちまちだ。
「テレシアは見た目が結構整っているわ、左右対称だし。たまに顔半分形が違う者も産まれるわ…」
「それは何だか…」
「元々混血を前提に作出していないから仕方無いのよ」
「なぁヴィーシャ、ヴァンパイア因子が四種族に共通してあるから子供が出来るんだな?ならヴァンパイアとは子供が出来るのか?」
嫌な事を訊くわね。
「…ガンズの考えている通りよ。理論的には可能だわ」
苦いお茶を飲む。
「ただ、前例は無いわね。ひょっとしたら有ったのかも…でも闇に葬られたでしょうね」
「そういう事になるか」
ヴァンパイアと他の四種族との混血は、恐らく有ったでしょうね。
ただし、それは最上位種であるヴァンパイアの優位を覆す事になる。
混血ヴァンパイアが純正ヴァンパイアより肉体的に劣っていたらヴァンパイア全体にショックが生まれるわ。
混血が進めば弱体化が進行して、ドラゴニュートとの覇権争いに負けるのが予想出来たでしょう。
優れていても、これはこれで問題。
純正ヴァンパイアと混血ヴァンパイアの間で争いになったでしょうね。絶滅戦争が起こっていたはずよ。
だから、生まれた子供は闇に葬らざるを得なかった。
「旧い種族は大変だな、私達は面倒事が少なくて済む」
「あらノラ?エルフもかなり旧い種族よ?旧い種族は新しい種族に駆逐されない様に気を付けないといけないわ…例えばヒューマン」
東側諸国でエルフがヒューマンに森を逐われるのは、表面的には政治、光神教の教義に後押しされたものだけれど…
…生物としては、自分達の生活圏を拡大する為よ。
「森はヒューマンの生活圏じゃ無いけれど、木を切り倒せば平地だわ。エルフ達が森を護るのは生活圏を奪われない為。生存競争ね」
私の言葉にノラが頭を抱える。
「…負けているじゃないか」
「だからチビ…陛下が林業をエルフにさせているのよ。それを材料に交易をする事で、エルフの生活圏を他種族、ヒューマンに認めさせる為に」
「あの陛下は出来物だな、本当に」
「まぁね…そうやって他種族それぞれの生存を認める事で、逆にヴァンパイアの生存を認めさせている訳よ…ホント、いけすかないチビ!」
「なんでそこで怒るんだヴィーシャ?」
「怒るわよ!怠惰なヴァンパイアでも矜持ってものがあるのよ?誇り高き古の種族!太古から大陸を統べる知的種族第一位!それが……か弱い他種族のお情けにすがって生き延びているのが実情。チビは弁えているのよ…」
ガンズが薪をくべて鍋に切り分けた肉を入れる。
「ふむ、いい味だ…ヴィーシャ、俺は今の話で陛下への尊崇の念が更に高まったぞ」
「そうなのかガンズさん?」
「俺達オーガも少数種族だ。ヒューマンの隆盛を近くで見て、俺達が消えるのも已む無しと感じていた」
ガンズは鍋をかき混ぜる。
「しかし陛下はそれに抗っている。恥も外聞も、矜持もその為に捨てて。見習うべき事だ」
そうね、えぇそうねガンズ。
問題は他の、チビ以外のヴァンパイアがまるで解って無い事よ…
【???】
第二城壁内の商業区。
城壁を隔てて外側に一般区の市場が在り、城門から商業区へ人の出入りがそれなりに多い。
一般区の市場が特に食料品を扱うのに対し、第二城壁内の商業区は雑貨、工具、書物、服飾品など、生活用品から贅沢品までを取り揃えている。
城門に近い店舗は生活用品を扱い、離れるにつれて服飾・宝飾の店が増え、棲み分けがされている。
「おい貴様!無礼な奴め!」
人通りが多ければ、それに伴いいざこざも起こる。
今も貴族らしい身なりの良い男に、行商らしい男がぶつかってしまった様だ。
「へ、へい、済みやせん」
「貴様のせいで服が汚れたではないか!」
周囲の人々は遠巻きに二人から距離を置く。誰の顔も迷惑そうだ。
ヴァンパイア貴族の中にはこういった手合いも少なからずいる。特に然程身分の高く無い者ほど、小さな事を騒ぎ立てる。
「まぁまぁ、御同輩。弱き種族は礼儀を知らぬものです、貴方の様な御立派な御方が懲擲なされば御身が穢れるというものですよ」
いつの間にか近付いて来た、これもヴァンパイア貴族らしい若者が、怒る男を宥める。
「うぅむ…それは確かに。おい貴様!この方に免じて許す!さっさと失せろ」
若者の、ほんの少しのおだてに気を取り直した男。
これで面倒事は無くなった様だ。
「貴公、名は?私はペリエ家のササン」
「私はジュラ家のジャスティンと申します。ササン閣下」
「いや閣下とは面映ゆい」
「如何でしょう閣下、御近付きのしるしに…」
そう言って若者はササンを連れて、近くの酒場へ誘った…
その後ろ姿を、人混みに紛れた小さな姿がじっと窺っていたが、やがて踵をかえして市場へ消えていった。