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(更新3)

【テレシア】


街から帰ると地下で訓練をしやす。


にょきにょきからつららに跳び移り、狐姐さんの投げる短剣を避けてつぶてを投げ返し、丸太の的を蹴りつけて…


「もっと速く動きなさい!」


「周囲に気を配りなさい!」


「蹴りが甘い!」


姐さん、狐じゃなくて鬼でやす…


「…今日はここまで」


「はあはあ…ふぃ~」


「服装の乱れはすぐ直す!」


「ハイィ!」


オイラが侍女服の汚れを払っていると、姐さんがオイラの髪を解かしなが言いやした。


「テレシア、貴女今日は街で何をしていました?」


「へ…ハイ、陛下のご指示で市場を見回っていました」


狐姐さんは溜め息をついてオイラに言いやす。


「テレシア、バランの件は忘れなさい」


「イィッ!?」


バレてやす…何で?


「あの件に関しては然るべき者達が調査しています。貴女の出る幕ではありません」


「…ハイ」


「貴女はその者達に気付いていないでしょう?あの家に居たのですよ?」


「ぅえ!?」


「報告を訊いて驚きました…蝶番に気付いたのは褒めてあげます、よく気が付きましたね」


まさか部屋ン中に居たんでやすか、その人達?


「ですが…貴女の訓練は始めたばかり。少し動ける様になったからといって危険に近付いてはいけません。下手人に感付かれたらどうします?その様な事で貴女に万一の事があった場合…陛下がお嘆きになります」


……………へい。


「貴女の訓練が修了して一人前になったなら、どの様に命を落とそうと貴女の責任です。陛下も御理解して下さいます。ですが今はいけません、陛下は貴女の死にお泣きになるでしょう…解りましたか?」


陛下の旦那がオイラのせいで泣くんでやすか?


スキン姐さんだって泣かねぇでやすよきっと。


「解りましたか?」


「…解りやした」


「よろしい。では王宮に戻って手当てをしましょう…その前に」


狐姐さんは息をすぅっと吸い込んで…


「『解りました』でしょう?言葉使い!」


「ハイッ!解りましたっ!」




【ガンズ】


パーティーの人数は最大でも十人前後だ。


これはダンジョンの十階層未満──浅層──での探索が毎回上手くいけば、全員満足のいく稼ぎが配分されるぎりぎりの人数と云える。


まぁ、そう上手くいくものでは無い。


浅層では五~六人程度が普通だ。それより少ないと厳しくなる。


戦闘型の冒険者で、宝箱無視、魔物狩りを目的にするなら少ない人数でも四~五階層くらいなら行けるだろう、俺は単独で行くが。


しかし、俺の様に狩った魔物を宿屋への土産にする目的でもなければ、やはりそんな少数で潜る事は無い。


深層──十一階層以降──への挑戦はまだ見送りだ。


深層ではパーティーの人数を十人、もしくはそれ以上欲しい。


つまりパーティーが二組、欲を言えば三組合同で探索をしないと危険度が上昇する。


既に数組のパーティーが護符を人数分手に入れた。


…その内一組が消息を断っている。


『この目で様子を見ておきたい』


出掛ける前に、そのパーティーのリーダーが言い残した言葉だ。


…救援は無理だ。


しかし、全くの無駄死にでは無い。他のパーティーが抜け駆けする事は無くなったからだ。


まだまだ深層に行けるパーティー──護符組──は少ない。


それぞれの実力、進行速度、疲労回復に掛かる日数…


それらの調整を擦り合わせなければ合同が出来無い。


理想としては食堂の壁に、出発日を書いた合同募集を貼る。


すると、準備の出来ているパーティーが必ず応じる…そんな風になればいい。


「…まだまだ先の話かな」


そう独り言を言いながら獲物を担ぎ直し、俺は一階層の出入口の前に戻って来た。


これくらいあれば、熊さんも喜ぶだろう。


一日で戻れる距離で狩りをして帰る。


パーティーで潜るのとはまた違った楽しみだ。護符のお陰で帰り道が楽だしな。


出入口を護る骸骨兵に挨拶をして開けてもらう。


その時、床に魔法陣が現れた。


転移陣だ。


見る間に人影が現れ、そして倒れた。


「おい?しっかりしろ!」


…こと切れていた。


痩せこけて、変わり果てていたが、遭難した護符組のリーダーだった。


破れた服から見える腹に丸い穴が幾つも開いている。


そこから血は流れていなかった。


「…骸骨兵、この死体は連れて帰る」


俺は男を担ぎ上げ、宿屋へ向かった。




【ザップ】


どさり。


ガンズが卓の上に男を降ろした。


サーラが悲鳴を上げる。


食堂にたむろしていた冒険者達が、男を見ようと近寄っていく。


「……こいつは」


「遭難した護符組の?」


「ひでぇ有り様だ…」


近寄りながらも遠巻きに卓を囲む冒険者達。


その中から、ヴィーシャが抜け出し男の胸元をはだける。


「………『サイフォン』ね?」


「そうらしい。もう増えたんだ」


ガンズが言うとヴィーシャははだけた服を元に戻した。


「最後の力で転移してきた」


「…よくもったものだわ、血が無くなれば魔力も消える。『サイフォン』の一番厄介な能力」


「おそらく取り付かれて血を吸われている最中に転移したんだろう」


前回、俺達が倒し切った筒野郎がまた増えたのかよ。


「…なんでコイツだけ逃げれたんだ?」


冒険者の一人が訊いた。


「…十二階層は、その仕組みからパーティーの分断があり得るのよ」


「この男は逃げたんじゃない。最後の最後まで仲間を救おうとした」


「何を根拠に言ってるんだ!?」


ガンズの言葉に別の冒険者が突っ掛かる。


「もし逃げるならとっくにダンジョンを出ている。護符で瞬時に。出発して五日、帰ってくるのが遅い。分断されたり連れ去られた仲間を探していたなら説明がつく」


リーダーだからなソイツ。俺もガンズの意見に賛成だぜ。


「彼のパーティーは全滅した。彼が帰って来た事で、『サイフォン』の復活が確認された。重要な情報だ、彼を非難する者はいるのか?」


静まり返った食堂の中を、ガンズが男を背負って出ていく。


「待てよ、旦那」


食堂を出たところでガンズに追い付いた。


「…ザップ、何処か墓を掘るのにいい場所はないかな?」


「そりゃあ、コイツも冒険者なんだ、ダンジョンの脇で眠らせてやれよ…っつ~か、手で穴掘る気か?待ってな、道具借りてくるからよ」


そう言って後ろを振り向くと、俺達の組が全員揃っていた。


「…まさか貴方達だけで弔うつもりじゃ無いでしょうね?」


「ガンズ殿、手伝わせて頂きます」


俺達が話している内に扉が開き、冒険者達が皆出て来た。


「さっきは悪かったな」


「コイツはいい仕事をしたんだ、皆で眠らせてやろう」


俺は溜め息を付いて言った。


「お前等…冒険者の癖にタダ働きするつもりかよ?」


「茶化すなよ?たまにゃいいだろ?」


「そうそう!」


いやはや、揃いも揃って…


「よ~し解った!葬式が済んだら報酬代わりに俺が呑ませてやる!キリキリ働け野郎共!」




【???】


ヒューマンにはごくまれにヴァンパイアの特徴を持つ個体が生まれる事がある。


発現する能力や規模には個体差があり、その数は大陸中でヒューマンの一世代に数人程度の割合である。


異常な怪力、非常識な魔力量、種の限界を超えた寿命。


全てが発現する訳では無く、逆に肉体の崩壊や欠陥が発現する事例もある。


この原因を求めれば、遠くヴァンパイアによるエルフ品種改良の歴史に辿り着く。


エルフ作出の為、ベースに使用された霊長類にヴァンパイアは自らの因子を注入した。


自分達に合う血液を求めた為に。


エルフがヴァンパイア化する可能性はあったが、品種改良の際に一部のみ顕在する様に操作する事で解決した。これがエルフの長命の理由である。


エルフのベースとなった霊長類から自然進化したのがヒューマンである。


因みにこの霊長類はベースでは無いもののビーストマン及びライカンスロープ作出にも使用されている。この為、これら四種族は各々交配が可能である。




────────


裏街の顔役、香具師の元締であるスキンは、余程の事が無い限り自分の店から出る事は無い。


彼女は全ての差配を店のソファーで行う。


『無毛のスキン』


“スキン”の呼び名は、生まれながらに全身の体毛が喪失している事に由来している。


本名は無い。裏街の貧民区で生まれ落ちた者達の例に漏れず、彼女はそのみてくれから自然にそう呼ばれた。


彼女が自分の店から出ないのも、無毛という欠陥から外気に弱い特性による。睫毛や鼻毛も無いのだ、外気は過敏な反応を引き起こす。


その特徴的な姿が気に入られたのか、幼い頃に先代の顔役に養女──と称した妾──に迎え入れられ、先代の死後今の地位を引き継いだ。


店のある建物全体に元素魔法による大気操作が常に掛けられている。


ヒューマンらしからぬ圧倒的なスキンの魔力量に支えられた大気操作だった。


近しい友人ザップはスキンの生い立ちを、先祖の何処かで混血があったヒューマンと考えている。彼女の無毛はそれによるものだと。


『無毛のスキン』


彼女の闇色の瞳は光の加減で時折紅く染まる。




────────


「前金よ」


ソファーの上のスキンから卓に置かれた銭袋。


それを眺めた彼は、その膨らみから金額を予想する。


「…随分と、難しい“的”のようですね?」


「そうね、後金も併せてバランの倍かしら」


彼は暗い店内に目を向けた。


思案中の癖だった。


店内の闇と燭灯の間を縫う様に、半裸の女達が酒杯を運ぶ。


客達の吐き出す紫煙が灯の中を漂い、闇に消えていく。


数人の楽士が奏でる緩やかな音色。曲に併せて紫煙と灯火が踊る。


「………それで“的”は?」


ようやく口を開いた彼に、スキンは微笑む。


「“的”はペリエ家のササン。……勲爵よ」


「では腕が立つ?」


「そう。そして悪い奴なのよ」


「………期限は?」


「一月というところかしら」


「それはまた早い」


「一月後にはササンは自分の荘園に戻ってしまうわ」


彼は溜め息を付く。


「自然死に見せる必要は無いわ。乱暴者でしょっちゅう決闘騒ぎを起こしているから」


やがて…


彼は銭袋を懐に収めた。


書物を片手に立ち上がる。


「…本が好きね?」


「読み終えたので差し上げましょう」


卓に置くと彼は出て行った。


スキンが本を手に取り確かめる。


『小鳥と三匹の魔物』


子供用の童話だった。


以前彼は同じ様に本を置いていった事があったが、それは郷土料理の本だった。


読めれば何でも良いらしい。


スキンはくすくす笑い、ソファーにもたれる。


首筋の両側から流れる黒い蔦のタトゥーが胸元へ、胸の谷間の間から襟具りの広いドレスの奥に抜けている。


ぴたりと身体に貼り付く白いドレスは薄く、タトゥーが透けている。


蔦は荊に変わり、臍の下で一輪の紅い薔薇が咲いているのが透けて見えた。


大気操作で周囲の気温は快適にしている。薄いドレスを好んでスキンは着こなす。


燭台の灯火が揺らめき、黒いソファーにもたれるスキンは、闇が産み出した幻の様だ。


「…さて、と。疲れたわ、奥で休みます」


店の者に断ると奥の闇に消えていく。


香具師と刺客は信頼関係で結ばれている。その信頼は細い蜘蛛の糸だ。


下手な対応は殺し合いに繋がる。スキンでさえ気疲れを感じる程に。


広いベッドに微睡みながら、スキンは彼の仕事の成功を確信していた…




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