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(更新2)

【エド】


ダンジョンから戻った翌日、ヴィーシャさんの付き添いで僕とドラスさんは富裕層区の外れ、とある建物の前で待っていた。


『血液配給所』は常に何人かのヴァンパイアが出入りしている。


「正直、この場所は好きになれません」


ドラスさんが目を細めて建物を見上げる。


ドラスさんにしてみれば旧敵の根城の様に感じるのかもしれない。


「『万民協和』を考えれば、このやり方が最善なのでしょうが」


「仕方無いんじゃないかなドラスさん。ヴァンパイアが他種族を襲わない為に囚人を使うのは」


「その扱いが気に入りません」


ドラスさんが隣の建物、『採血囚生活院』と看板が掲げられた建物の扉を見た。


『採血囚生活院』要するに採血囚専用の監獄なのだけど。


監獄なら窓に鉄格子、扉に頑丈な錠前、高い塀と云うのが定番だろう。


ところが『生活院』にはどれも無い。


床面積の広い二階建て。骸骨兵の見張りは立っているけど、扉はなんと開けっ放し。


見ていると、中から男が一人走って出ようとした。脱獄?


ところが、男が一歩外に足を踏み出した途端…ばったりと倒れた。


喉を押さえてもがき苦しんでいる。息が出来無い様だ。


骸骨兵が男を引き起こし建物に入れる。


どうなったのか、と覗いて見ると男はぜいぜいと息を荒げてへたばっていた。全力疾走した後みたいだ。


「今のは入所したばかりなんでしょう…ああいうところが気に入らない」


「…なんでああなったんだい?」


ドラスさんが鼻を鳴らす。


「『暗示』です、ヴァンパイアの精神魔法。一歩でも外に出ると呼吸が止まる」


「はぁ~」


なるほど鉄格子要らずだ。


「あれがヴァンパイアの考え方です。精神魔法で出れなくすれば…鍵が要らない。鍵を開け閉めするのは面倒、錠前を付ける事すら面倒」


ドラスさんがまた鼻を鳴らした。


「今の男も後何回か脱獄すれば身に染みておとなしくなるでしょう、無駄だと。全く、ヴァンパイアは家畜を作るのが上手い」


「ドラスさん…ヴァンパイアには辛辣だね」


「ヴィーシャさんは嫌いでは無いですよ?あの方は活動的です、ヴァンパイアにしては」




────────


「待たせたわね、ごめんなさい」


ヴィーシャさんが『配給所』から出て来た。


「ノラもガンズも用があったみたいだし、ザップは当てにならないものだから」


と云う訳で僕達二人が付き添いをしていた。


「仮にも伯爵令嬢が一人歩きをするものでは無いでしょう」


「馬車を持ってるんでしょヴィーシャさん?」


以前、豪華な馬車を使っているのを見た事がある。ヴィーシャさんの持ち物だそうだけど、実家に置きっぱなしだと言う。


「あんなもの宿屋に置いたら邪魔でしょ?馬の世話も必要だし。歩いた方が経済的よ」


「エド殿、これがヴァンパイアです」


「ははぁ…」


面倒くさがり。でもそれで歩きを選択するのは面倒じゃないのかな?


「な~に?ヴァンパイアの怠惰さの話?」


それなら私はまだましね、歩くもの。とヴィーシャさん。


「普通のヴァンパイアは歩きたがりませんか?」


「歩かないわね」


「歩きませんな」


ヴィーシャさんとドラスさんの意見が一致するくらいとは…


「仮にさっきの『馬の世話が面倒』で歩きもしないなら…どうやって移動するんです?」


試しにちょっと意地悪な質問をしてみる。


「…そうね、そういう人は椅子に座るわ。座り心地のいい椅子」


「…は?」


「それで椅子ごと使用人に運ばせる。使用人は普段使いしてるから馬より安上がりでしょ?」


「その考え方が私には理解出来ません。ヴィーシャ殿は歩く。歩く分だけ私はヴィーシャ殿を嫌いではありません」


「…ありがとドラス。私も普通より『風変わり』な分だけ貴方を嫌いじゃないわよ?」


嫌味の応酬だけど、二人は他のヴァンパイアとドラゴニュートよりは仲がいいらしい。


「ドラスさんは風変わりなんですか?」


「元々ドラゴニュートは単独生活だったのよ、今でも集団行動は得意とは云えないわね。でもドラスは集団を指揮してる」


「あれはリザードマンの部隊ですよヴィーシャ殿」


「…そうかしら?妃殿下の直属部隊に貴方みたいなのが他に居ないとは思えないけどね?」




【ヴィーシャ】


ダンジョンからの帰り道──と言っても宿屋は目の前だけど──食堂舎から男性が出ていくのを見た。


確か常連客から『影男』なんて呼ばれている人。


私達に気付いた『影男』はこちらに会釈して中央区の方へ歩いて行く。


…愛想が悪い訳では無さそうね。


会釈を返したのはガンズだけだった。


「なに?ガンズ知り合い?」


「この間ちょっと話してみたんでな、あの会釈は俺にだろう」


「『影男』と口聞いたって?ガンズ、旦那は物好きだな」


ザップが呆れた声で言う。


「悪い人では無さそうだったぞ?多少取っ付き難いかもしれないが」


「ガンズさんは誰とでも仲良くなりますね?」


喋りながら食堂のいつもの席へ。


「あ、お帰りなさい皆さん」


「サーラ、取り合えずエール人数分頼む」


「ふぃ~、お疲れさん」


皆めいめいに荷物を下ろし、卓を囲む。


貸し借りしていた小道具を返し合い、着ていた鎧を脱いだり首の凝りをほぐしたり…


そのうちにサーラと新人の侍女がエールとつまみを運んでくる。


いつもの日常。


「なんだか大変そうですねぇ、そんな大荷物でダンジョンに行くなんて」


サーラの言葉は、ある意味本当だ。


街の中で暮らす人達にとっては、何が良くてわざわざ危険なダンジョンに行く必要があるのか、と。


「俺達にとっちゃあ、ダンジョンの中も宿屋も日常なのさ」


ザップがニヤリと笑う。


「なぁガンズの旦那、毎日エールを運んで料理を運んで…出来るかい?」


「勘弁してくれ、ダンジョンの方がいい」


「な?サーラ、俺達にとっちゃあそっちの方が大変な仕事だぜ」


「はぁ、そんなものですか」


普通の人達にとって街の生活は光、ダンジョンは闇でしょうね。


私達冒険者にとってはどちらも日常、光だわ。


…じゃあ、私達の闇は何かしら?


疲れた頭でそんな他愛も無い事をぼんやり考えながら、ガンズの声を耳に入れていた。


「そういえばさっきの『影男』だが、この間名前を訊いたよ」


「………旦那、ホントに物好きだな」


「ジュラ家のジャスティンだそうだ。父親が勲爵だそうだ。ヴィーシャはジュラ家を知っているか?」


「…勲爵なんていちいち覚えてられないわよ、国中に何百人居ると思ってるの?」


「……そんなに居るのか?」


ガンズはちょっと驚いたみたいね。


「チビや私の祖父、つまり先々王の代から生きてる人も居るわ、ヴァンパイアならね。チビはまだ勲爵位を授けてなかったと思うけど」


チビの父親、先王は在位期間が割りと短かった。事故で急死したせいで。


今は同盟している三国と、先王はその短かい在位期間に、何度も小競り合いを繰り返していたと聞いている。


「…だから戦功勲爵の叙勲は結構あったのよ」


「今は?陛下は叙勲をしないのかな?」


「骸骨兵を主力にしてるからでしょうね。勲爵への手当がばかにならないのよ」


父の様な領主貴族と違って、領地を持たない貴族や勲爵位は何か仕出かさない限り生涯を保障されている。


寿命の長いヴァンパイアがほとんどだから、結構な財政圧迫の原因なのよね。


「そうか…陛下も大変だな」


「『影男』…ジャスティンて言ったかしら?冒険者をやる訳でもなく、この宿屋に入り浸っているんだから父親のお金でぶらついてる遊び人なんだわ」


「ヴィーシャ殿の嫌いなヴァンパイアですね」


全くよ。




────────


数日後、ガンズと一緒に第二城壁を抜けて商業区の書店へ行った。


チャドラン師が新しく論文を発表したので入手する。他にもいくつかの研究書を買った。


「持とうか?」


「いいわよ…でもありがと」


第二城壁の商業区は第一城壁の市場と違い、街並みが整然としていて混雑も少ない。


市場へ抜ける中央門は目の前にあるけれど、第二城壁の西門まで歩いた方が早いわね。


「あぁ、この家…空き家になったのか」


ガンズが目を向けたのはこの前死んだ高利貸の店だった。


近付くにつれて店の静けさが感じられてくる。


周囲の賑わいと比べ、そこだけ穴が空いた様な、明るい中に暗闇が紛れ込んだ様な…そんな静けさ。


「ん?…テレシアか?」


小さな姿が辺りを見回すと空き家の中へ入っていく。


私達は顔を見合せ、その後を追った。


扉には鍵が掛かっていない。多分テレシアが開けたのか。


「…テレシア?」


「び、びっくりしやした!」


扉が開いて咄嗟に隠れたのだろう、店内の書架の陰から顔を出す。


「お前何やってるんだ?空き家に入っても何も無いだろう?空き巣の練習か?」


…ガンズがちょっとずれた事を言っているけど、まぁテレシアだしね。


「…違いやす。ちょいと調べもので」


調べもの?


「…調べものって言うけど、もう何も残って無いんじゃないかしら」


高利貸の死後、時が経っている。めぼしい物は運び出されてしまっているはず。


「まぁ…そうなんでやすが、念の為」


扉は閉めといて下せぇ、とテレシアは先に進む。


その後ろについて行き、二階への階段を昇る。


二階は居住用だ。


奥の部屋の扉を開けると、寝室だった。


多分、あのベッドで金貸しバランが寝ていたのだろう。


「この部屋だけ片付いていないな。死体のあった部屋に触りたくなかったのか」


ガンズの言う通り、この部屋の家財はそのまま残っている。


「…窓枠の蝶番が壊れてら」


テレシアが独り言を言う。


その窓は隣との間の路地に面していた。人一人が通れるくらいの狭い路地。


テレシアは続けてベッドの上や脇机の引き出しを探る。


「何を探しているんだ?」


テレシアは溜め息を付いて首を振った。


「オイラ…腑に落ちなくってね…でも」


困った様な顔で笑う。


「やっぱり勘違いでやした…バランみたいな奴が寝たまんまあの世行きなんざ嘘臭ぇって思い込んでた」


申し訳無ぇです、帰りやしょう。


そう言って階段を降りていく。


「…あの娘は嘘が下手ね」


テレシアと別れて宿屋に戻る。見送る手を振りながらガンズに言った。


「まぁ…もしバランが殺されたのだとしても、テレシアが余計な首を突っ込むのを諦めたんなら、それでいいさ」


…全く、チビの差し金なのかしら?


暗部にやらせればいいのよ、こんな事は。




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