(更新23)
【ガンズ】
昼頃、弓兵と魔法使いの部隊が合流した。
「陛下、遅参しました。誠に申し訳もありません」
「良い。後続と決めたのは余だ。それにまだ砦は落ちておらぬ、そなた等の働き処もまだあるだろう」
ヴィーシャと公爵様が戻って来た。ヴィーシャは疲れている様だな。
「大丈夫か主人?」
「…ありがと。少し魔力を使い過ぎただけよ」
「おいガンズ!飯にしよう、お嬢さん方もご一緒にどうぞ」
ゴルが声を掛ける。
後続は食糧も運んで来た。牛車が何台も並んでいる。
「うん、なかなか風虎の動きは良かった様に思えるな!ランス大隊長はどうだい?実戦で使ってみた感想は…」
公爵様が大隊長と話をしている。その脇をすり抜け、牛車の一つから食糧を引っ張り出して草むらに座った。
「さっきの魔法援護、助かった」
俺はヴィーシャに礼を言った。
「…いやね、ほとんど叔父様の射った魔法よ」
「いや、公爵様の使った魔法とは違う。ヴィーシャの魔法が丁度俺の目の前に居た敵を射った。お陰で勢いがついた」
公爵様が大量に射った魔法とは色が少し違っていたから判る。
「…たまたまよ!たまたま…良かったわ、役に立って」
俺は城砦を見ながら飯を口にする。
城門は落ちた。後は時間の問題だろう。
「しかし、あんな手で城門を抜くかねぇ?」
ゴルが思い出して笑う。
「死霊術なんて、俺達にしてみればちょっと面倒なだけなのによ……あ、失礼お嬢さん」
まさかゾンビを『負傷兵』に見立てて送り込むとは。
更にゾンビ達には公爵様が『ゾンビ製造』の護符を持たせていた。城門の中で『補充』出来る様に。
「…まぁ、あれは叔父様だから出来る様なものよ、私のゾンビにそこまでの動作は厳しいわ」
私もまだまだね、そう言ってヴィーシャは溜め息をついた。
「オーガ大隊、集合!」
「おっと、仕事だ」
「じゃあ、ヴィーシャ、行ってくる」
ランス大隊長の声が聞こえて来る。ゴルと俺は立ち上がり、大隊長の許へ向かった。
「傾注!大隊の行動を達する!オーガ大隊はこれより城砦内へ進出、ボラス領ウォーケン公爵並びにホルスト領エリザベート子爵夫人を捕縛する。抵抗する勢力は粉砕せよ、以上!」
【ザップ】
「……眠ぃ」
陽の照り方から見るともう昼頃か、腹ぁ減ったな…
俺はベッドから身体を起こした。
「…帰るのかしら?」
スキン姐さんが同じ様に身体を起こす。
「腹減ったし、宿屋に戻るわ」
首を鳴らしながらスキン姐さんを見る。
「姐さん、夕べ陛下がすっ飛んで行ったぜ?うちの者と一緒に」
ガンズとヴィーシャ、それからノラ。
正確にはガンズがゴルに呼ばれてヴィーシャがついて行った、ノラはヴィーシャの付き添いで。
「………あら?私は奴隷売買が滞っている、って教えただけよ」
それで陛下が気付かなけりゃあ、知った事じゃ無ぇって訳だ。
「相変わらずキツいね、スキン姐さんは…じゃ、またな」
まぁ、あいつ等に限ってヘマはしねぇだろ。
【テレシア】
「陛下は大丈夫、陛下は大丈夫、陛下は大丈夫…」
リリア姐さんがブツブツ言いながら、檻ン中の獣みたいにうろついていやす。
…正直、邪魔臭いでやすね。
「リリアさん、落ち着いて」
「サーラ先輩は落ち着き過ぎです!」
…いやホント、落ち着いて欲しいでやすよ。
ここは執務室でやす。いつもは陛下の旦那が座っている執務机に、今日は妃殿下の姐さんが座って書類仕事をしていやす。
…何故かオイラを膝に乗せて。
「…ゴース王国飢饉への援助報告、これは終わり。次のは…アドレア使節団次回日程、あら、またあのお嬢さんが団長?」
オイラと大して変わらない背格好でやすからね、妃殿下の姐さんは。オイラの肩越しに書類を読んでいやす。
「ね?テレシアちゃん、またディーラさんが来るんですって」
「妃殿下の姐さん、オイラ重く無いでやすか?」
ずぅぅっと乗せてやすよ?
「オイラちょっとお茶を煎れてきやす」
「そういえばテレシアちゃんのお茶が美味しいって殿が誉めているわね?初めて飲めるわ」
「へい、腕によりを掛けて煎れてきやす」
オイラ執務室から出ると厨房へ向かいやした。
…陛下の旦那、大丈夫…でやすよね?
【???】
オーガの拳が立て続けに鉄の扉を殴り付ける。
破城槌の様だ。
蝶番が破壊され、恐ろしい音を立てて歪んだ鉄扉が倒れる。
扉の向こうで待ち受けていたボラス兵が、一斉に槍を突き出した。
何本もの槍がオーガに当たるかと見えた瞬間、オーガは倒れた鉄扉の縁を掴んで振り上げた。
ガツガツと音を立てて槍が鉄扉に当たる。
そのまま鉄扉を盾に、オーガ大隊が砦内に侵入する。扉の向こうには広い空間があった。
なだれ込むオーガ大隊が暴風となって広間に吹き荒れた。
3メートルの巨体はボラス兵の倍近い。
十人力の拳が脚が、手当たり次第にボラス兵を薙ぎ倒す様は、農夫の小屋を襲う竜巻の様だ。
「制圧完了」
「次だ」
暴れていた姿とはうって変わってオーガ達の口調は淡々としている。一瞬前に見せた嵐の様な表情は凪ぎに変わる。
オーガ大隊は雄牛の様に黙々と進む。
そして抵抗する素振りを見せたボラス兵を瞬時に粉砕していった。
「制圧完了」
「ここが最後だ」
重厚な木製の扉は、しかしオーガの拳の前に無力だ。
一撃で吹き飛ばす。
室内には一組の男女の姿があった。紅い瞳からヴァンパイアと判る。
「寄るな下郎!」
男が吠えた。
「ボラス領ウォーケン公爵とお見受けします。そちらはホルスト領エリザベート子爵夫人でよろしいですか?」
大隊長ランスが静かに問う。
「貴殿等には陛下より捕縛命令を承っております。なれど貴族たる者に縄を掛けるは失礼、御同行願います」
「……剣を預けるか?」
「貴殿が大貴族たる名誉を重んじるならば、そのままにて」
名誉を重んじるならば、護送中に抵抗する事など出来無い。
また、例え二十人力を誇るヴァンパイアであっても、オーガ大隊全てを相手取るのは無謀でもあった。
ウォーケン公爵は手に持った剣を鞘に納め、大隊長ランスの後に従った。
その後を喪服と黒いヴェールに身を包んだエリザベート子爵夫人が歩く。
ウォーケン公爵が憑き物の取れた表情をしているのに対し、ヴェールの下のエリザベートの顔は憤怒に歪んでいた。
【サウル】
「陛下、ウォーケン公爵並びにエリザベート子爵夫人をお連れしました」
ランスに引き連れられた二人の姿は対照的であった。
「ウォーケンよ、野心が潰えたか。観念した顔だな」
「…よもや行動の準備をしているうちに、陛下が察知するとは思いもよりませなんだ。これでは逃れて再起など」
ウォーケンは剣帯を外し、余へ渡した。もう謀反を成功させる目は無くなったとみたのであろう。
大貴族たる覚悟の良さと云えよう。
オーガ大隊の者達に促され、ウォーケンが去る。護送用の馬車へ歩いて行く…
「…さて、エリザベートと云ったな?ヴェールを取れ」
おそらくこの者がホルスト領アラン子爵を殺害せしめたのだ。
自ら夫のアランを殺しておいて喪服とは、笑わせよる。
「…お久し振りに御座います陛下」
「……………………貴様!?」
まさか!?
「貴様か!ヴェラ・ドーラン!」
ドーラン元子爵夫人…
「ドーランは前夫の名前ですわ陛下、かと云ってホルストを名乗る訳にもいきませんわね?なら、こういう名乗りなら如何?……テレシアが孫娘ヴェラと」
「何だと!?まさか…」
姫将軍テレシア。
我が祖父の妹にて、当時激化していたドラゴニュート・リザードマンとの戦いに終止符を打ち、平定した女傑。
終戦後は行方をくらましたと聞くが…
こやつが王家の血を受け継いでおると?
「…驚きましたわ、この国に入ってみれば祖母は自ら国を捨て立ち去った、などと…」
ヴェラは恐ろしい形相で余を睨み付けた。
「…よくもまあ…お前の祖父が闇に葬ったのだろうが!ドラゴニュートを平定する事でこの国の民は祖母に熱狂した。王権を脅かす存在になる程に」
ヴェラの存在感が膨れ上がる。闇をまとう様に周囲の景色が歪む。
「産まれたばかりの母は祖母の側近と信奉者達の手で国を逃れたわ…惨めな生活…惨めな死だった」
周囲の景色が歪んで見えるのは、ヴェラの全身の筋肉が細かく痙攣している為だ。そのせいで大気が歪み、光を屈折させている。
「母の墓に誓ったわ!王家への復讐を!この国を滅ぼす事を!」
「…なるほど?余を殺せば事実上王家を継ぐ者はおらん、という訳だな?」
叔父貴はリッチ、即ち霊体の様なものであり、継承権は無い。
フェレグランの息子、従兄上は伯爵後継。従姉上に継承権は望めぬ、祖父が女性の継承権を廃した。
祖父がそんな真似をした理由が姫将軍テレシアか!
「…一つ訊こう、我が父母とフェレグラン伯爵夫人の事を」
父母と父の妹フェレグラン夫人とは、事故により同時に死んだ。
山道を馬車が転げ落ちて。
「…あれは祖母の忠実な側近、その最後の奉公よ!」
言うなりヴェラは手にした物を口に運ぶ。
……あれは!?
「教えてあげる。私は特異体質でね?アマルの実に耐性があるの」
その瞬間、ヴェラの姿がブレた。
余の身体を衝撃が走り、地面を転がるのを感じた。
「アマルの実は痙攣を引き起こす、並みのヴァンパイアは息が出来無くなるけどね!」
ヴェラの姿を捉えられんだと!?
またもや余は転がった。
「…身体に力が入り過ぎて筋肉が痙攣するから呼吸が止まるのよ。でもそれで一時的に力が増える。私ならね」
ほう、火事場の馬鹿力という訳か。
ヴェラの姿は余の目に映らぬ程に早さを増した。
何度となく吹き飛ばされて、服がボロボロになっていく。
「…ドレスデンが古風な技を使いおったのは…貴様の入れ知恵だな?」
「余裕があるわね…えぇそうよ『血族の闘い』なら拒否出来無いでしょうからね!」
ゴロゴロと余は大地を転がされる。しかし…
…余が会話出来ている事に違和感を感じていないらしい。
「側近とやらはどうやら貴様に戦って欲しくは無かったらしい」
「なんですって!?」
「ヴァンパイアの身体はなヴェラ、瞬発力に特化しておるのだ」
ヴァンパイアは霧に化けると、ヒューマンの流言にある。
ヒューマンの目には追い付けない速度で移動出来るからだ。
「特化し過ぎて造血能力まで落とした…そのせいで」
「うっ…!?」
見えなかったヴェラの姿が余の前に現れる。
ヴェラの膝がガクガクと震え、全身から汗を噴き出す。
呼吸が荒くなり、倒れ込んだ。
「これが『血族の闘い』の理由だ、ヴェラよ。肉体的に闘うと先に手を出した方がスタミナ切れを起こすのだ」
瞬間的な強さなのだヴァンパイアの力とは。血が足りないと顕著に差が出る。
ガンズがヴァンパイアの刺客に勝てたのもこの為だ。持久力ではオーガに軍配が上がる。
側近はヴェラにそれを教えていなかったであろう…
…おそらく王家の事など忘れて暮らして欲しかったのだ。
ヴェラはアマルの実で更に瞬発力を上げた。つまり体力切れも格段に早い。
余は立ち上がった。
体力を使い果たしたヴェラが、余にひざまづく格好になる。
「若、御無事で?」
「…大事無い」
いくら余の目に映らぬ程早くても、蹴りの風圧は読める。自ら蹴りと同じ方向に跳べば威力は減らせる。
だからヴァンパイア同士では先手必負なのだ。
爺が剣を抜く。
「姫将軍テレシアの孫よ、先王殺害教唆、及び王家転覆を謀った罪。あがなってもらう」
…爺の一閃でヴェラの首が落ちた。
【ヴィーシャ】
「姫将軍テレシアの孫よ、先王殺害教唆、及び王家転覆を謀った罪。あがなってもらう」
ドーラン子爵夫人、いえホルスト子爵夫人の首が転がる。
斬れた首の付け根から血が勢いよく噴き出して、チ…陛下の小さな身体を紅く染めた。
「何も教わっておらんかったのだろうなぁ…王家の仕組みも、ヴァンパイアの弱みも」
実際のところ、陛下が倒されても議会が招集されて新しい王家が生まれる。叔父様が死なないのだから権威は保たれる。
王家簒奪は出来ても、国家転覆は無理なのだ。
陛下は首を拾うとその場に座り込んだ。
ヴェラの顔をじっと見ている。
「…先々代も罪な事を。もしも…先々代がテレシアを殺さなければ…」
私はチビの隣に座った。
「…姫将軍を殺さなければ、今頃もドラゴニュート達は、陛下に恭順していなかったかもね?」
「では奥を妃には出来んかったな……ははっ」
陛下は力無く笑った。
姫将軍テレシアが、殺されなかったら…
王家を護る公爵家が一つ増えていたかも…
テレシアが王位を簒奪して、違う世の中になっていたのかも…
そうしたら、陛下も私も産まれていなくて…
…ガンズと、逢えなかったかも。
「従姉上…従姉上は王権は欲しいか?」
「…要らないわ…貴方には悪いけど」
幼い頃、一緒に遊んだチビ。
貴方に重荷を背負わせ続けるのは…本当に悪いけど。
「…まぁ、要らんだろうな…誰がやっても変わらんのだがな…」
「…そんな事無いよチビ」
「そうかな?」
「…貴方は色々と変えているわ…世の中を…他の誰かじゃ…無理ね」
元気付けているのか、絶望させてるのか判らない。
でも、それは確か。
「余しか無理か…そうだな!まだまだやる事が多い、こんな事で足踏みなどしておれん!」
陛下は立ち上がり、皆に撤収の命令を下す。
私はガンズの許に行った。
「ガンズ!怪我は無い?ゴルも大丈夫?」
「もののついでで心配されちまったぞ?」
「まぁ、大した傷も無い。久方ぶりに暴れられた」
私達の馬車を先頭に軍団は走り始めた。
夕暮れが迫っていた。




