(更新22)
【サウル】
骸骨兵団を先頭に、行軍の列が街道に伸びる。
「招集されて即時夜間行軍とは、ずいぶんと急ぐものだな?ゴル」
「そうだなガンズ、俺達オーガ大隊と疲れ知らずの骸骨兵団だから出来る芸当だ。向こうが態勢を整える前に叩くのさ」
余の馬車の脇を行軍するガンズ。
おそらくゴルが呼んだのであろうとは想像がつく。これは良い。
「…で?従姉上は何でおる?」
馬車には余の他に三人の『女性』が同乗している。
「…弓兵と魔法使いは後発なんでしょ?先乗り出来る者が一人でもいた方がいいわ」
一見まともな意見だな従姉上?
その割りにガンズと他愛の無い話ばかりしておらんか?
…で、隣の黒エルフは従姉上の従者な訳だからまぁ良いとして、だ。
「…何をしに来た?」
「え?僕かい?」
『外行き用』の女の身体を座席に納めている。
「『風虎』の初陣だよ?親として当然だろ。それに戦を間近に観るいい機会だ、軍事に関する兵器開発には現場というものを知らずにはいられないだろう?」
「だったらその格好はおかしいだろう叔父貴」
「『他所行き』はこれしか無いんだよ」
「物見遊山では無いぞ、全く…」
行軍はホルスト領に入り、程無くホルスト邸を囲む。
制圧は容易であった。よもや軍勢に囲まれるとは思っていなかったらしく、家人達は次々に投降した。
「エリザベート子爵夫人とはどの者か?」
投降した者達は使用人の類い。アランの護衛らしい者達も何人かいる。
「恐れながら陛下、エリザベート様は先日葬儀を終えられた後、葬儀に尽力なさって頂いたウォーケン公爵様へ御礼に参っております」
家政を取り仕切っておる執事らしき者が答えた。
間が悪い。引っ捕らえて白状させればボラス領へ攻める理由を明確に出来るものを…
ここの者達は何故余に取り囲まれたか理由が解らず不安そうだ。
「爺、一大隊をここへ駐留。逆心は無い様だが念の為だ」
「ぎゃ、逆心だなどと畏れ多い。私共は陛下に忠節を…」
「念の為だ、嫌疑が晴れたら解放する。控えよ」
ホルストの家臣達を残し、南西へ街道を進む。
夜が白々明ける頃、ボラス領へ入った。
【???】
「閣下!大変です、が、骸骨兵の群れが進軍して参ります!」
側近の者が慌てて報告してくる。
夜が明けるまでにはまだ間があった。
「な!?骸骨兵だと!?」
早い、早過ぎる。
ウォーケンは額から汗が滲むのを感じた。
「手勢を集めよ!叩き起こせ!…そうだ、買い占めておる奴隷達にも剣を取らせよ!奴隷達には、功を挙げたら身分を解放すると伝えよ」
伯爵・公爵家の館は城砦となっている。
また、私設の兵も備えているものだ。
まだ暗いなか、篝火が焚かれ、兵達のあわたたしい動きが影絵の様に映る。
「…何故だ?何故露見したのだ?」
ウォーケンは未だ行動には移していない。
テラン王国から奴隷を大量に買取り、兵力を増強して初めて動ける態勢になるのだ。
それに先駆けて国内に輸入された奴隷を大く買取った。
海運、炭坑では奴隷は多く犠牲が出る。
先行投資の名目で買い付けられた奴隷達に剣の訓練を施している最中の事であった。
よもや、王都の裏街の顔役、大貴族には取るに足らない女の一言から、国王サウルが謀反を読み切ったなどとは思いもよらなかった。
兵達を城砦に呑み込み、跳ね橋が口を閉じていく…
「…どうなさいました?ウォーケン様」
エリザベート子爵夫人が寝間着姿で寝室から現れた。
「おぉ…国王だ!あの小僧が進軍して来る」
「なんですって!?」
「なに、心配するな。急拵えで編成した軍勢など取るに足らん!城砦を破るには兵力が足りまい」
「…そぅ、そうですわね、考え様によっては陛下が自ら首級をウォーケン様へ捧げに来た様なものですわね?」
女のその言葉にウォーケンは笑って応えた。
「そなたは寝ておれ、まだ小僧が到着するまで間があるからな」
寝室へ戻る『エリザベート』
扉を閉めながら、独り呟いた。
「決着はもうすぐよ………お母様」
【ヴィーシャ】
夜の闇に最初の光が射し込んだ時、城砦の姿が遠くに見えた。
城壁の上に篝火がまばらに燃えているのが判る。
…軍勢で押し掛けているんだから、当然待ち受けているわよね。
伝令らしい人影が城壁の上を走っている。私達の到着を知らせに行ったのだろう。
「爺、城壁を囲むように軍を展開。配置につき次第、口上を述べさせよ」
先ずは出方を見る、とチビは言った。
やがて…
骸骨兵達が城壁に沿って展開すると、一体の骸骨兵が城門の前に立った。
跳ね橋の上がった城門の上に何人もの人影が動いている。
「開門せよ!サウル国王陛下、御親征である!ボラス領ウォーケン公爵に謀反の嫌疑有り!開門し潔白を証せよ!」
ざわざわと人影達が騒いでいる。
自分達の主人が謀反人と呼ばれた事に反応しているらしいわ。
「開門せよ!ボラス領ウォーケン公爵、前に出ませい!開門せぬならば謀反の証と見なし、郎党共々処断する!」
「これで門を開けねば謀反の証拠は要らぬ」
チビの奴、本当に悪い顔で笑うわね。
「…チビ?証拠無しに軍を動かした訳?」
「チビ言うな従姉上……余は国王だぞ?余が『怪しい』と言うのに証拠は要らん!疑われた臣下が潔白の証拠を出すものだ」
「…貴方さっき気にしていたわよね?証拠が無いって」
「万が一にも門を開けられて潔白の証拠を出されると面倒だからな、『信頼にヒビが入る』というやつだ」
口上を述べていた骸骨兵の頭に矢が突き刺さる。
「よし、開戦だ」
ガンズがぼそりと口にした。
頭に矢を突き立てたまま、骸骨兵は軍に戻った。
途端に骸骨兵団全てから、剣と盾を打ち合わせる音が一定のリズムで響き渡る。
何十何百もの太鼓を鳴らす様に…
「いいねぇ!戦はこうでなけりゃあな」
「光神教の時には呆気無かったからな、戦場音楽は楽しめなかった」
「ほっほっ、御二人もお好きですな!斯く云う儂も久々に心が沸き立ちます」
ガンズとゴルが口許に笑みを浮かべ、グレゴリウスと話している。
見ればオーガ大隊も籠手と籠手を打ち合わせ、リズムに合わせていた。
その音に誘われて、城砦から怒声が上がり、跳ね橋の下りた先にボラスの騎馬兵達が走り出した…
【???】
怒声、蹄の音、怒声、蹄の音、衝突音そして悲鳴…
ボラス城砦の前に戦場音楽が響き渡っていた。
怒号と悲鳴はボラス勢からのみ聴こえてくる。気を奮い起たせる為、兵達は叫ぶ。馬上の将が大声で兵達を指揮する。
対する国軍、骸骨兵の群れは無言だ。死者の軍勢に奮起も恐怖も無い。そして慈悲もまた無い。
「騎兵の数が少なくて助かる」
国王サウルは一人ごちた。
骸骨兵は歩兵だ。歩兵は騎兵の衝突力に弱い。
騎兵の勢いを殺す弓兵、魔法使いは後発であった為、ボラスの騎兵が少ないのは有り難かった。
ボラス騎兵の練度の低さもあって、五分の戦いとなっている。
流れが変わったのは、いくつかの魔法の槍がボラス騎兵に降り注いだ時だった。
ディラン公爵と姪のヴィーシャ伯爵令嬢による支援投射であった。魔力量絶大なディラン公爵は一度に十数発の術式を展開する。
この支援投射に浮き足立ったボラス騎兵に、横合いから暴力の嵐が衝突する。
ランス大隊長率いるオーガ大隊が、騎兵の馬ごと凪ぎ払う。オーガ一人一人が小型の竜巻の様だ。
大隊と行動を共にするのはディラン公爵謹製軍用魔獣『風虎』
騎兵の脇を護る歩兵達が風虎の姿を見て恐慌に陥る。襲い掛かられた歩兵の首が飛ぶ。
「退け!退却だ!」
ボラス勢が城門を目指し退却を始めた。
「爺、深追いは避けよ。再編だ」
国王サウルは追撃の機会を捨てた。
城壁の上には退却を支援すべく弓兵が並んでいた。不死の骸骨兵と云えど損害は出る、未だ後続の弓兵・魔法使いは到着していなかった。
骸骨兵達が、仲間の残骸を運ぶ。
運ばれた残骸は破損箇所を取り外し、他の残骸から流用された部品と組み合わされる。
組み替えられ完成した骸骨兵が立ち上がった。こうやって骸骨兵は再編されていく。
その逆に、ボラス勢の死体は一ヶ所に集められた。
その死体の山に、先程支援攻撃で活躍したディラン公爵とヴィーシャ伯爵令嬢が近付いて行った。
「さて、ヴィーシャ。もう一仕事しようか」
「…叔父様、魔力量に余裕が無いのだけど?」
ディラン公爵の勢いに引っ張られ、つい魔力を消耗してしまったらしい。
「ん?まぁ仕方無いか、僕がやるよ」
ディラン公爵の前にいくつもの術式が展開するのをヴィーシャは感じ取った。
基礎式は死霊術のものだった。
────────
「おい!味方だ!味方が戻って来たぞ!」
城壁の上から見張りをしていた兵の一人が大声を上げた。
見れば怪我をして戦場に取り残された兵達の姿。
ある者は槍を杖の代わりにし、ある者は仲間を支えながら、よろよろと城門の前へと近付いて来る。
皆が泥にまみれ、血に汚れている、力無く俯いた姿は体力の限界を感じさせた。
不意にドン・ドン・ドン・ドン、と骸骨兵が盾を打ち鳴らす。
「いかん!間合いを狭めて来た!」
砦の内側の兵達が慌てる。このままでは城門の目の前まで来た負傷兵達が骸骨兵の波に押し潰されてしまう。
「急げ!跳ね橋を下ろして中へ!」
骸骨兵達の足並みは遅い、急げば助けられる。
目の前で仲間が殺されていくのを見るのは誰もが嫌だった。
鎖がガラガラと音を立てて、跳ね橋が下ろされる。城門の扉が開かれ、よろよろとした足取りで負傷兵達がなだれ込んだ。
「よし、跳ね橋を上げろ!」
「療兵!療兵を呼べ!」
城門が閉められた。
跳ね橋が上がっていく。
「よく戻って来てくれた、さぁ傷を癒して…」
声を掛けながら近寄った将が足を止める。
おかしい。何かが…
負傷兵の一人を見た。
首が肩からズレて繋がっていた。
負傷兵達の瞳はどれも白く濁っている。
「……ぅ、うぎゃああああぁっ!?」
将に一人が噛み付いた。
それをきっかけに『負傷兵』達が一斉に他の兵達へ襲い掛かる。
城門の内側は阿鼻叫喚の坩堝となった。
襲って来る『負傷兵』の群れ。
訳も解らず逃げ惑う兵士達。
襲われ絶命した兵士に、『負傷兵』の一人が紐で首に掛けてあった護符をかざす。
護符の術式が発動され、死体だった兵士が起き上がる。
次々に起き上がる死体達が、更に死体を増やす。
跳ね橋を操作していた兵士が殺され、そして起き上がった。
「いかん!跳ね橋が!」
「砦の中へ!急げ!」
ガラガラと跳ね橋が勢いよく下りた。
もはや城門は護れない。兵達は砦の中へ逃げ延びる。
開かれた城門に骸骨兵達の姿が現れた。もう矢を射掛ける者は居なかった。
「後続を待つつもりだったが、存外早く城門を取れたな」
国王サウルは、砦の中へ兵を進める様に命令した。




