(更新21)
【ヴィーシャ】
…道理で見た覚えのある部屋だと思ったわ。
部屋の装飾が王宮のものなんだから。
「はて?何故儂の部屋に?」
グレゴリウスは訝しそうに私達を見る。
…当然よね、自分の部屋にいくら知り合いとは云え、招かれざる客が居るんだから。
「これは失礼しました、まさかグレゴリウス閣下の部屋に繋がっているとは思わず、ダンジョンの転移陣を使用しまして」
ガンズがいち早く情況を理解して、グレゴリウスに頭を下げる。
私達もつられて頭を下げた。
「転移陣…もしや六階層の?」
「はっ、慰霊碑の如き石柱の設置された場所であります」
グレゴリウスは得心した様で、私達に席を勧める。
扉を開け、侍女にお茶を頼んだ。
「グレゴリウス?私達はすぐに戻るわ」
「いえ、ヴィーシャ様、あそこは封鎖せねばなりますまい。今手の者を向かわせますゆえ」
リリアがお茶を給仕してくれた。何故ここに私達が居るのか不思議そうだった。
「あの場所は…廃棄された骨の集積所、とでも云いますかな」
冒険者の死体は大抵破損が激しい。骸骨兵に利用するには、骨が折れている部分を取り替える必要があるらしい。
「その破損箇所を補い骸骨兵にしましてな、折れた骨などをあの場に納めておるのです」
最近は修復不可能な骸骨兵の墓も兼ねているそうだ。
「既に故人の身元など判りませんからな、せめて慰霊碑を建てたのです」
「閣下、郊外に墓場がありますが?」
「左様、しかしながら詣でる者の無い骨どもです。墓に詣でる者にとっては場所塞ぎ、故にダンジョンの一角を借り受け申した」
…あの部屋が明るかったのも、湿って暗いダンジョンのままでは哀れなので、暖かい陽射しを再現して貰ったのだそうだ。
「今後は通路を塞ぎますゆえ、転移陣は内密に願いますぞ?」
「閣下の思し召しのままに…ところで、お美しい御方ですな?」
ガンズが話題を変えた。壁に掛かる肖像画を見て評する。
「…あれは儂の妻でありますよ、記憶を辿って描いてみたのですが…下手の横好きと謂うもので」
…下手だなんてとんでもない、素人目にも見事だわ。
大昔の女性らしく服やアクセサリーは今時のものとは違うけど、それがしっくりくる。
「…愛していたのね?グレゴリウス」
「どうですかな…記憶では政略結婚でしたし、よう喧嘩もしたと思いましたが」
他愛の無い話を少しした後、私達は王宮を辞した。
「どうする?もう一度潜るか?」
「いやぁ、気が抜けちまった。宿屋で一杯やろうや」
【???】
「……ゲフッ!」
男は血を吐いて膝から崩れた。
机の縁を掴み体勢を戻す。
(いったい、どうしたというのだ…?)
先程口にした血を全て吐き出したらしい。
ヴァンパイアの吸血器官──給血器官──は古い血を選別し、口から排出する事が出来る。
故に、この行為はたまに見掛けられる事ではあるのだが…
(私は奴隷から直接飲んだのだぞ?)
貴族、それも地方の者なら必ず手許に吸血用奴隷の二~三人は侍らす。
鮮度を考え、奴隷には良い食事と軽い運動を与え、健康を維持させている。
吐き出すはずの無い血だった。
(最近は目眩もよくある…病を得るとは思えないが)
ヴァンパイアの頑健さは、吸血の際病気を移され無い為にある。
なのでヴァンパイアは基本的に病気にならない。彼が訝しむのも無理は無かった。
「…貴方?アラン?どうなされました?」
扉の向こうから彼の妻が声を掛けてきた。
「大丈夫だ、ヴェラ。ちょっと…つまづいただけだよ」
(なに、疲れているだけさ…)
今夜は早めに休もう、アランはそう思った。
【サウル】
廊下を従姉上達が歩いて城門へと向かっていく。
誰かに用でもあったか?
爺が見送っておるな?
「爺、従姉上は何の用事だったのだ?」
「いえ、用事ではございません。誤って集積所の転移陣を作動させた模様です」
集積所?…あぁ、ダンジョンにある骨の棄て場か。
爺の部屋にはダンジョンを行き来する転移陣があったな、それを作動させたのか。
「以後、ダンジョンから入れ無い様、入口を封鎖致します」
「爺、その転移陣、王宮内から移動させよ。もしもの事があっては困る」
仮に戦が起こって王都まで攻め込まれた場合『ダンジョンから王宮への抜け道』になってしまうではないか。
王宮に繋がる転移陣は、他に叔父貴の研究室がある。
叔父貴の研究室は閉鎖空間だからまだしも、この集積所は考えものだな。
「御意。では外壁駐屯所では?」
「そこなら良かろう」
爺が破壊された骸骨兵に情をもって埋葬したいのは解るが、自分の部屋を使うのはいただけない。
王都防衛について後で叔父貴と相談するか。
────────
「ボラス領ウォーケン公爵殿!」
謁見の間に厳めしい面の男が入って来た。
南西部の海岸線から内陸部へ広がるボラス領、その領主ウォーケン公爵。
こやつが顔を出すとは珍しい、こちらから召喚状を出さない限り王都に来ようとしない男だ。
「陛下には御機嫌麗しく、御壮健で何よりでございます」
「うむ。そなたも息災で何よりだ」
こやつが王宮に来たがらない理由、それは『万民協和』
要は反対派なのである。
ボラス領は海運が盛んだ。船の漕ぎ手には大量に奴隷が要る。内陸部には小さいながら炭坑も所有しておる。これまた奴隷が必要だ。
『万民協和』を推し進めていけば、奴隷解放も視野に入れねばならん。
もっともそれはかなりの時を要するだろう。例えば奴隷は駄目で採血囚は良いのか?という議論も出てくるはずだ。
すぐにどうこう出来る事では無いのだが、ウォーケンにとっては打撃となる話だ。
「それでウォーケン公、この度は何用か?」
「は、交易についての御相談に参りました。ゴースの東、テラン王国との交易路の開拓を御了承願いたく」
テラン?
「それは難しいのではないか?テランと云えば魔族排斥の気風強き国柄、我国との国交も無い」
我国と同盟を果たしたゴースとまで国交を断絶する様な連中だぞ?
「は、彼の国は海岸線が非常に短く、それ故にゴースの海産物を珍重しておりました。ゴースを経由し海産物を流せば或いは、と」
確かテランには港が一つあるきりだったな。
ゴースの飢饉も我国とイルベとの援助で持ち直したところだ、間接的に潤うか。
「良かろうウォーケン公、ただし国交が開けるとは思うな。あそこの魔族嫌いは当分治らんだろうからな」
「は、そこはそれ、如何様にもなりますので。ではお暇させていただきます」
「なんだ、もう領地に戻るか?」
「商機は逃せませんので。ではこれにて」
ヴァンパイアにしては商魂逞しいというか、気概のあるというか。
『万民協和』に理解を求めたいものだ。
【???】
数日後の事である。
ボラス領はホルスト領に接する土地であった。
ここはボラスの所有する別邸。ホルスト領との境に程近い。
「それではウォーケン様、陛下との面談は上手くいったのですわね?」
「ふっふっふっ…これでテランからの奴隷を買い占める事が出来るというものよ」
ウォーケンは女を抱き寄せる。
「それで?そなたの方は上手くいけそうなのか?」
「もうじきですわ、もはや立ち上がる事も…」
しなだれかかる女の言葉に、ウォーケンは再び笑いが漏れる。
「怖い女だ、そなたは。しかしお陰で…」
現国王の治世では先細りになるとウォーケンは予想していた。
彼の領地では奴隷の需要が高い、海運に炭坑、農業にいたるまで。
テランでは知的種族──魔族──の奴隷は非常に安値で取引されていた。
(小僧めが…頭を下げるのもこれきりよ)
ウォーケンは女にのし掛かっていった…
【テレシア】
「最近、奴隷売買が滞っているらしいわね…ドレスデンが居なくなったから、という訳では無いけれど」
スキン姐さんはそう言って、困った顔をしやした。
「陛下には奴隷売買に関する税を緩和する様にお伝えしてね?…まだまだ奴隷解放なんて先の話なんだから」
「へい、スキン姐さん…じゃあオイラはこれで」
変な話でやすね?スキン姐さんトコじゃ、奴隷なんて扱っていないでやしょうに…
だいたい、王都じゃ奴隷はあまり見掛けやせん。貴族様ントコじゃあ居るんでやしょうが、外に出やせんからね。
奴隷商に頼まれたんでやしょうか…?
裏街を出て、西門宿屋へ向かいやす。
「よぉテレシア、スキン姐さんトコからの帰りか?」
「ザップの旦那…あれ?皆さん方も御一緒で?」
第二城壁の門からザップ組の連中が現れやした。ダンジョンとは別方向でやすよ?
皆さんどう見てもダンジョン帰りの格好でやすがねぇ。
「結構臭いやすね?」
「…言わないで。これで王宮から出て来たんだから」
うへぇ、そいつは狐姐さんが怒りそうだ。
「じゃあヴィーシャ姐さん、戻ったらお風呂御一緒しやしょう」
最近はオイラも結構ミダシナミにゃあ気ィ使ってんでやすよ?
────────
「おい子猿!飯を食いに来たぞ」
「こ!こ子猿じゃ…ありません!」
子猿姐さんはまだ照れてるんでやすかね?
さっさとくっついちまえばいいんでやすよ、妃殿下の姐さんがいいって言ってんでやすから。
そんな事を言ったらヴィーシャ姐さんがおっかねぇ目で睨みやす…なんでだ?
「ガキ!なんだ風呂に入っておったのか。さっさと帰って来ぬか」
「へへっ、陛下の旦那が宿屋に来る日でやすからね」
「…目敏いなガキ。それで?スキンは何だと言ってきたのだ?」
オイラ、陛下の旦那のお側に寄って、スキン姐さんの話を耳打ちしやした。
「…スキン姐さんは奴隷なんざ扱って無ぇですが、そんな話でやした」
「奴隷の税だと?………ぬ?税は高めておらんが…滞る?奴隷の輸入は減っておらんかったはず…」
陛下の旦那が黙っちまいやした…
何考えてんでやしょう?
「輸入量は変わらず、税も変わらず、王都への供給量が減った?何故だ」
あ、狐姐さん!
なんだか急いでいやすね。
「陛下、御報告申します」
「何だ?」
「伝令より、ホルスト領アラン子爵死去との事です。子爵夫人エリザベートより領主代行の願いが届いております」
「何だと!?」
知らせを聞いた陛下の旦那が顔色を変えやした。
「アランはまだ若かったはず…何故死んだ?」
「病死との事です」
「あり得ん!若いヴァンパイアが病死など!」
「陛下の旦那、アランてお人は?」
「む?アランは荘園領主でな、王都から南西にある領地の……………南西?」
また黙っちまいやした。
「狐!ホルスト領の向こうは?」
「ボラス領。領主はウォーケン公爵です」
「ボラスならホルストを通る、顔を出すくらいはしそうなもの…噂くらいは聞いていてもおかしくない。何故黙っていた?」
「…すいやせん、そのウォーケンてお人はアランさんて人と仲悪いんで?」
仲悪ぃなら黙っててもおかしくねぇ。
「いや。取り立てて不仲では無い。どちらかと云えば余と仲が悪い。それというのも…」
まただ、何を考えてんでやしょうか。
「ガキ…スキンは王都に入るはずの奴隷が滞っていると?」
「へぃ」
「ウォーケンの領地では奴隷が必須だ…買い占め?……確か謁見の内容は…テランとの貿易、海産物だと?では奴は何を買う?テランで安く手に入るのは……奴隷か!?ヒューマン以外の奴隷は安く買い叩ける!」
陛下の旦那、物凄ぇ考えてやすが、それがアランてお人が死んだのと何が関係あるんでやしょう?
「ボラスから王都へはホルストを抜ければすぐだ…狐!エリザベートとか云う女は何者だ!?」
「…申し訳ございません!調べが足りておらず」
「爺!急ぎ骸骨兵団を招集しろ!ゴルは大隊を招集!帰るぞ!…奥、王宮に戻れ。余の代行を務めよ」
陛下の旦那が立ち上がって、オイラ達皆食堂を出る事に…
────────
「お茶をお持ちしました……陛下の旦那、どうなってんでやす?」
陛下の旦那は執務室で地図を広げていやす。
「ぬかったわ…スキンめ、迂遠な物言いをしおって。ウォーケンめがのこのこ現れなんだら気付かぬところであった」
オイラからお茶を受け取るとオイラに言いやした。
「ウォーケンは『万民協和』に反対だ、奴の領地経営に奴隷は必須。奴隷解放となれば家産が傾く」
儲けが無くなるんでやすね?
「この前来た時、奴はテラン王国と貿易をしたいとほざきおった。テランは魔族排斥の国、本来なら貿易など無理だ」
あ~仲悪ぃんでやすか。
「だがテランでは魔族…知的種族の奴隷が安い。こちらの十分の一だ」
ぅえ!?一人分で十人買えるんで?
「大量に買い叩き、例えばボラス領で身分を解放すれば?」
え?買ってすぐ解放でやすか?そりゃあ有り難がるでやしょうね。
「そうだ、有り難がる。ウォーケンの忠実な兵隊になるだろう」
兵隊って…何処かに攻め込むんで?
「ここだ!」
ぅえぇっ!
「ボラスから王都に攻める。その間にはホルスト領、大きくは無いが邪魔だ」
ホルストって、病で死んだアランて御方の…
「我等ヴァンパイアは病気にならん!血を飲む相手から移されてはかなわんからな、その様に身体が出来ておる」
あ~なるほど道理でやすね。
「しかし!エリザベートとか云うアランの妻と、ウォーケンが結託したならば…病死に見せ掛ける事も出来よう」
げっ!なら奥方とウォーケンて野郎デキてやがったって訳でやすかい?
「…で、あろうな。これでホルストを障害無く兵が通れる」
…冗談じゃ無ぇ!
「陛下、骸骨兵団及びオーガ大隊、集結致しました。御下知を」
「爺!敵はボラスのウォーケン!途中のホルストも傘下にある!蹴散らすぞ!」
陛下の旦那はオイラの頭を撫でて、奥を頼むと言いやした…
陛下の旦那ぁ…!




