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(更新17)

【ガンズ】


「…で?なんだって幽霊なんかが出たんだ?俺は今までダンジョンの中でも外でも見た事無ぇんだが」


ザップは半信半疑だ。


朝飯を食いながら昨夜起こった話をしてみると、各々違う反応が返ってくる。


ノラは顔色を悪くしていた。


「故郷の森で…見間違いかもしれないが」


なるほど、体験はした事があるらしい。


「僕は『向こう』で見慣れてますから」


エドは昨夜幽霊をはっきり見てはいない。が、多分同じでしょうと言った。


「水没林には出ません。幽霊に何か出来るのですか?」


ドラスはどうでもいいらしい。何もしないなら放っておけばいいと言う。


噛み付いてきたのはザップ。


「考えてもみろ、宝箱の罠を外している時とかにうろつかれちゃかなわねぇ」


…ザップにしてみれば、鬱陶しいだろうな。


「…何故出て来たかって理由は知らないわよ。どうして見えたのか、って事なら多分魔素が濃かったからね」


「魔素?」


「私達の身体には魔力が流れているわ。それと同様に空間にも魔力がある。エド達の世界では魔素と呼んでるのよ」


だけど、とヴィーシャは続ける。


「…私達の世界では魔素が非常に少ない。幽霊の類いは多分だけどこの魔素が絡んでいるのよ、魔素が溜まっている場所に現れる」


「だったらダンジョンは幽霊だらけになりゃしねぇか?公爵様の魔力が溢れてんだろ?」


ザップの問いに茶をすすりながらヴィーシャは答えた。


「…叔父様の魔力は魔物の生成に使われているわ。恐らくだけど…何か不都合があって生成が遅れているのよ。それでいつもより魔素が増えてしまったのね」


「あぁ、それで僕に魔法を使えって言った訳ですね?」


エドが得心して頷く。


つまり、この部屋に溜まっていた魔素をエドの魔法で使い切り、幽霊が姿を現せなくした、という事だろう。


「て、事は…ダンジョンのそこら中に幽霊が居るって事じゃねぇか?見えないだけで」


おお嫌だ、気色悪ぃとザップがブルッと震える。ザップの言葉を聞いてノラまで辺りを見渡した。


「…ノラ、心配しないで。気配を感じ無いって事は、少なくともこの部屋に今は居ないわ」


「それにしても、ヴィーシャ殿は死霊術師なのですから対処法があったのではありませんか?」


ドラスが珍しく口を挟む。不甲斐無いと感じているらしい。


…やはり、慣れのせいだな。


ヴィーシャにも言ったが、今までお互い気付かなかった部分──嫌な面や癖──が気に障る時期なのだ。


「ザップ、ちょっといいか?」


「なんだい旦那?」


俺は焚き火の前から部屋の隅にザップを連れ出し、小声で話した。


「ザップ、今日は帰ろう。皆少し鬱憤が溜まっている」


「なんだいそりゃ?別に大した事じゃ…」


「大した事だ。現にザップ、お前も苛々が講じている。自分の言葉に刺があるのに気付いていないのか?」


「そうか?………そうかもしれねぇな」


ザップは少し思い当たる様だ。よし、ザップが冷静になれば…


「いつもなら噛み付かないドラスもあんな感じだ、一旦戻って何か気晴らしを考えないか?酒じゃなく」


酒だとノラが詰まらないだろう、酔わないからな。




────────


「気晴らしなぁ…」


ザップとヴィーシャの三人で卓を囲む。


あれからダンジョンを出て解散した。皆めいめい自分の部屋に戻っていく。


『幽霊騒ぎなんざ、ちぃっとばかし験が悪ぃからよ』


などと言って帰した後、改めて三人で集まった訳だ。


「まぁ…正直苛ついてたのは認めるぜ、罠外しに神経使って皆の体調に気を配って、だからな」


「…ごめんなさいザップ、無神経な事言ってしまったわ」


ヴィーシャには夜中話をしたからな。素直に謝ってくれればザップも許す。


「…で?ガンズ、気晴らしになる様な事ってあるかしら?」


そこが問題だ。


大隊ならうんと酷しい訓練を課してヘトヘトにさせる。下手にあれこれ考える暇を無くす訳だ。


後は目先を変えて野外演習などもしたな。いつもとは違う景色を観ると気分が変わる。


「へぇ、野外演習なぁ…」


「たまに外へ出るのはいいわね、でも何処がいいかしら?」


どうやら二人とも外で気晴らしの旅をしてみたいらしい。


訊けばザップは王都から出たためしがろくに無いと言う。ヴィーシャにしても子供の頃、フェレグラン領と王都の往復だけだそうだ。


「やっぱあれだな、どうせなら見た事も聞いた事も無ぇ処だな」


「そうね…水没林は?」


「ドラスが嫌がらねぇか?俺達だって言葉が通じ無ぇだろ」


「ガンズは何処か心当たり…は無いわね」


ヴィーシャは俺がラムールから王都に来て以降、旅などしていないと思い出した様だ。


クラウスに鉱山町と墓所の森に連れられて一緒に行ったが、あれは除外しているらしい。


「一応心当たりはあるぞ?皆行った事の無い場所だ」


「お?何処だいそれは?」


「俺もまだ行った事が無くてな、一度は行きたかった場所だ」


「ガンズが行きたい場所?」


ヴィーシャが首を捻る、まぁ想像つかないだろう。


「オーガの居留地だ、出来たばかりの。誰も見た事も聞いた事も無いだろう?」




────────


「それで俺に道案内しろって?」


ゴルの居る兵舎は王宮城門の内側にある。門衛に呼び出されたゴルに話をしてみた。


「場所が判る奴で頼めるのが他に居なくてな」


「まぁ、まだ休暇を取って無いから、言えば休暇は貰えるけどな」


あんたらも行くのか?とゴルは二人を見た。


「俺達も気晴らしをしようと思ってな」


「ふ~ん…じゃあちょっと待っててくれ、御伺いをしないと」


ゴルが王宮城門に消えていった。


暫くかかるだろう。


そういえば、ヴィーシャが一言も喋らなかったな、ゴルの事を知らない訳じゃ無いし、さっきまで乗り気だったと思ったのだが?


「ヴィーシャ?」


何故か眉をひそめるヴィーシャに声を掛けた。


「…ううん、何でも無いわ…ちょっと嫌な予感がしただけ」


…嫌な予感?




【ゴル】


大隊長は休暇を許してくれた。が、一応陛下に一言断れとのお達し。


陛下が宿屋に顔を出す時の護衛役だからな、言っておいた方が面倒が無いって事だろう。


「よぉゴル、城内で何やってんでやす?どら猫の世話じゃ無ぇの?」


「よぉテレシア、お前こそ何やってんだ?宿屋に行ったとばかり思ってたぜ」


二人してニヤニヤしながら挨拶を交わす。テレシアは茶器を運んでいた。


「オイラはもう戻って来たんだよ、陛下の旦那にお茶を持ってくところさ」


そりゃあ丁度いい、何処にいるか知らないからな。


「ついて行くぜ、陛下にお話があるんだ」


長い廊下と階段を進んで『執務室』に着いた。


「陛下の旦那、お茶を御持ちしました。あと、ゴルの奴が来やした」


…お前、『お茶を御持ちしました』以外メチャメチャじゃねぇか?


「おぅ、ゴルが来るのは珍しいな、入れ」


執務室の陛下に一礼すると、陛下は何やら小さな木の実を手で弄んでいる。


「…こんなもので、な。あぁガキ、ちょっと待っておれ。それでゴル、何か用か?」


「はっ!陛下、休暇を取りますので、その間護衛を替わります。その報告です」


「休暇?何だ、何処かにでも行くのか?」


「はっ!実はガンズが…」


…正直に話したのが不味かった。




【ヴィーシャ】


…………悪い予感が当たったわ。


「…ゴル、物々しいぞ」


「済まんガンズ」


「気晴らしになるのかよコレ?」


「良い気晴らしではないか!丁度余も視察の機会を伺っておったのだ!」


私達の荷馬車に、チビが馬車から声を掛けた。


周りには骸骨兵の行列、前にはチビ達が乗る豪華な馬車。


『チビ達』…グレゴリウスを馭者にしてチビ、妃殿下、チャル女史、テレシアが乗っている。


私達の荷馬車には何故かサーラとリリアまで同乗していた。グスタフが馭者だ。


因みにガンズとゴルは徒歩。


「なんだか凄い事になりましたね」


エドの言う通りよ。


なんでもゴルが私達の気晴らしを話したらしいわ…旅行先まで。


『丁度良い!爺、視察の準備だ』


…確かに、確かにね?出来たばかりの居留地が上手くいっているか視察をするのは解るわ。


で?何で私達に便乗するのかしら?


訊いてみたわよ、もちろん!


『良いではないか従姉上、経費こっち持ちだ』


経費云々でザップが大喜び…今は後悔してるみたいだけど。


で?何で妃殿下を連れて行く訳?


『余と奥は常日頃離れて暮らしておるからな、良い機会だ。聞けば奥は従姉上と親しくなったそうだな』


妃殿下に嬉しそうに微笑まれちゃあ、文句も言えないわね。


…でも、グレゴリウスやチャル女史は解るけど、グスタフ、サーラ、リリア、おまけにテレシアまで連れて行く必要無いでしょ!


これも訊いたわ。


『熊は狐の夫だぞ?仕事柄いつも離れ離れだからだ。子猿は余付き侍女、リリアは…置いていくと後で煩い。面倒をみている者全員が行くのだからガキは必然だ』


屁理屈じゃないかしら?釈然としないわ…


「悪ぃな熊、馭者なんかさせてよ」


「いいんだよザップさん、たまには悪くない」


「ゴル、どれくらいかかる?」


「そうだな、一晩夜営して次の夕方かな」


割と近いのね。墓所の森くらい?


「周りの景色が墓所の森に似てますねぇ」


「サーラ先輩、こんな処に住んでいたんですか?」


リリアは凄く嫌そうだ、どうもこの娘は田舎とか自然とかが好きでは無いらしいわ。


緑の森を縫う様に緩く曲がる道、木々の間から溢れる日の光り。


湿気ったダンジョンに比べて空気が健康的。流れる景色が目に優しく映る…


…骸骨兵の群がいなければね。


馬車に合わせて小走りに走っているものだから、鎧と骨の当たる音が物凄い違和感だわ。




────────


「さすがに慣れたものだな」


私達が野営の仕度を終えると感心した様にチビが言った。


ザップとエドがリリア達を手伝っている。夕日はじきに沈むところ。


「…まぁ、ね。ダンジョンでは毎日だから」


もっともダンジョンでテントは建てないけど。そちらはガンズとゴルがやってくれた。


妃殿下がテレシアを抱き抱えて座っている。母親の様なノリだが、背格好は余り変わらないのでせいぜい姉妹にしか見えない。


グスタフは夕食の仕度。チャル女史が傍らで手伝っている。滅多に見れない姿だ、グスタフは照れた様に笑いながら作っている料理を説明していた。


「…これで周りを囲む骸骨兵が見えなければね」


「それを言うな従姉上、王族としての備えだ」


…解っている事ではあるけれど、物々しい。


「遅くなってしまった、料理長使ってくれ」


見るとノラが山鳥を何羽か仕留めて来たところ。久し振りの森を満喫した様ね?


「…まぁ、皆楽しんでいるみたいだから、骸骨兵の事は我慢しましょう」


「気分転換になっておるなら重畳だ…さて、熊の料理を見に行くか」




【ガンズ】


森林地帯を抜け、遠くに見える山々に夕日が照る頃、居留地に辿り着いた。


ぽつぽつと丸太小屋が建つその間に畑を耕す姿、ミノタウロス達の鍬を振る姿が見える。


ライカン達だろう、まだ完成していない小屋に出入りして道具を振るい、鎚の音を響かせている。


十数頭の牛を連れて牛舎に戻るオーガの姿も見えた。


「これは陛下、よくお越し下さいました」


オーガの族長とミノタウロス、ライカン、エルフなどの代表が出迎えてくれる。


…まぁ、俺達は陛下の添え物だが。


「うむ。皆息災の様でなによりだ、厄介になるぞ」


「粗末な小屋で恐縮でございますが、今夜はおもてなしさせて頂きます」


一通りの挨拶が済んだ後、族長が俺に向かって頭を下げた。


「ガンズよ、御主のお陰で皆が安住の地を得た。皆、御主に感謝しておるぞ」


「族長、俺は大した事などしていない。ラムールを出たのも、この地を得たのも皆が行動したからこそだ」


俺一人声高にラムールでの危険を説いたとしても、皆が納得しなければ今日の日は無かった。


俺は大隊を離れ、皆が魔国に迎えられたのを確認した後は気儘な冒険者暮らし。


特に居留地に貢献した訳でも無く、皆と苦労を共にした訳でも無い。


「いやいや、御主は陛下と昵懇である様だ、それだけでも充分な貢献というもの…こんな処で長話をしてもよくない、さ、皆様も今宵は楽しまれて下され」


俺達は族長の案内で、陛下用の小屋の隣をあてがわれた。


「…いい処ね?皆活気があって」


そうだなヴィーシャ、あぁ。




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