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(更新16)

【ノラ】


「時間もいい頃合いだ、ここらで野営にするか…ドラス、確かこの辺りに使えそうな部屋があったよな?」


「地図によるとそこの角によい部屋があります」


ドラスさんの地図をザップさんが指でなぞり、部屋の位置を確認した。


「どうだ?部屋の様子は?」


耳を扉に当てているザップさんにガンズさんが訊いた。


ガンズさんの背中には前に倒した猿熊が一頭。いつもの様に血抜きしながら歩いている。


後ろを見ると床にはもう血は落ちていない。


このやり方には少し冷や冷やする。


後ろから魔物が追い掛けてくるかもしれないから。


…まぁ、ガンズさんの場合返り討ちにするつもりらしいけど。


そうやって獲物が増えたとガンズさんは喜ぶのだ。オーガらしい、全く。


「…大丈夫そうだが、用心しろよ。開けるぜ?」


扉を開けると同時に、主人が魔法の灯を部屋に放つ。


「…誰も居ない。良かったわねザップ」


魔法の灯に照らされた部屋は、そこそこ広い。


隅に宝箱があった。


「皆、中に入って扉を固めておいてくれ…さ~て、何が入っているかな?」


鍵開けの時、ザップさんは嬉々として調べる。


斥候役であるザップさんは、余り戦闘に参加しない。剣や弓を訓練した事が無いそうだ。子供の頃から使い慣れたナイフでは大物と戦うのは不利だからだろう。


「よ~しよし、開いた!本日やっと二個目の宝箱、中身は…」


「今日の探索は外れでしたね、いつもはもう二~三個見付かるのに」


「そういう日もあります、エド殿」


今回の探索は実入りが悪い、皆そのせいで苛立っている様な感じがする。


「ノラ、焚き火の用意して…ガンズ、手伝うわ」


いつもの様に薪を組んで、腕のサラマンダーが火を放つ。


荷物から三脚を二組取り出し、鍋を掛けて、ウンディーネで水を満たした。


「宝箱の数は無かったが、実入りはいいぜ?…ヴィーシャの奴、魔物の解体なんかした事無ぇだろうに…へっ」


私の許に来たザップさんが、主人とガンズさんの姿を見て鼻で笑った。


「…ザップさん、邪推するものじゃない。種族が違い過ぎだ」


「固いねぇノラは、微笑ましくていいじゃねぇか」


微笑ましいのは………確かだな。


「…はい、お待たせ………ザップ、何ニヤついてるのよ?」


「いんやぁ、別にぃ?」


主人が無造作に肉を鍋に放り込んだ。


…そういうところ、もう少し女性らしさを出した方がいい気がするぞ?主人。




【???】


夕暮れ。王都の外壁が紫に染まる頃、城門を抜けて街道を進む馬車があった。


仕立てのいい、貴族の使う馬車が二台。先頭の馬車に目を向けると男女の姿が認められた。


「やっと家に帰れるな…」


「貴方、お疲れのようですわ」


「…なに、大丈夫だよ」


そう言った若者の顔色は悪く、目眩を感じた様に目頭を押さえる。


…少し馬車に酔ったようだ。


ホルスト家のアランはそう思った。




【ヴィーシャ】


「じゃあ…主人、悪いが先に休む」


「交替の時に起こしてくれよ」


皆が口々にお休みを言い、焚き火の前に座るのは私とガンズだけになった。


「今回の探索は…余りよく無いな」


皆が眠った頃、暫くしてガンズが言った。


「…どこが?」


「皆、少し苛ついていた様だ。大隊に居た頃にも経験がある」


薪を一本、弱くなった焚き火にくべる。


「同じ面子で長い期間行動を共にしてるとな、最初はお互いを知らなくて連携が不安定だ。そのうち慣れてきて上手くいく様になるが…更に時が過ぎると不満が出てくる」


今はその時期だな、とガンズは言った。


「…そういうものなの?」


「長く一緒に居ればそれぞれの嫌な面、気に入らない面は見えてくるものだ。現にヴィーシャもザップが戦闘に加わらないと不満をもらした、だろう?」


「…それは、だって」


「ザップは斥候役だ。軍では斥候は情報収集が任務で、よほどの事が無い限り戦闘はしないものだ」


「…そう云えば」


元々ザップはドラスと二人組の頃、戦闘を避けて探索していた。


ザップは別に戦闘訓練を受けた戦士じゃ無いわ…


「…ごめんなさい」


「いや、ヴィーシャだけじゃ無い。皆それぞれ苛ついていた。よくある事だ」


「そんな時、大隊ではどうするの?」


ガンズはニヤっと口を歪める。


「どうもしない。そうだな、訓練を厳しくしたり、いつもとは違う訓練をしたりはするが」


時間が更に経てば、相手の性格を受け入れる。


ガンズはそう言ってまた薪を放った。




────────


ふと、扉を見た。


何かを感じた訳じゃなく、本当にふとした弾みで。


特に変わったところは無い。音もしない。


溜め息をつく。


さっきのガンズの話を聞いて、少し気持ちを入れ替えよう、そう思って気を張り詰めていたのかしら?


ガンズを見ると、やはり扉の方を向いていた。


「…何かしら?」


ガンズは黙ったまま、暫く扉を見詰めていた。


やがて首を捻りながら。


「気のせいか…」


と呟く。


気のせい…


…そうね。


ほっとして溜め息をつく。白い息が消えていく。


ちょっと待って!?


何故、息が白いのだろう?


目の前に焚き火があって、部屋は暖かい。


別に寒気は感じられない。


見ればガンズも、寝ている皆からも白い息を吐いている。


…扉の立て付けが悪くて、冷たい空気が流れている感じはしない。


「…おかしいわ」


見ればガンズは、また扉を見ていた。


…暗い………暗い?


広い部屋という訳でも無いのに、部屋の四隅に焚き火の光が届いていない。


私は火を強くする為、薪を追加した。


炎が強くなる。


四隅の闇は変わらない、それどころか徐々に暗がりが増えていき、壁も見えなくなる。


「……ガンズ?」


ガンズは扉から目を放さず、睨み付けている。


ガンズの左手が、外していた籠手を掴み、ゆっくりと右腕をはめていく。


音を立てない様に静かに…


片膝を立て、飛び掛かれる体勢を整えていく。


私も扉に向かい術式を展開させて待つ…


…いよいよ辺りは暗く、横で寝ているノラの顔も判別し難い程。



……さらり



私の顔の横で髪が肩に掛かったのが視界の隅に映る。


私の髪じゃ無い!?


私の肩に顔が…誰かの顔が肩に乗る様に…



私を視ている。



首を動かせなかった。いえ、身体が動かない、術式が消える。


「ヴィーシャ伏せろ!」


ガンズの怒鳴り声で瞬間的に身体を伏せた。頭の上を籠手が唸りを上げて振り抜かれる。


気配が消えた…


「大丈夫か?」


「…………えぇ」


あの怒鳴り声で、誰も起きなかった。


「まだ…居るのか」


恐る恐る身体を上げて、辺りを見回す。


まだ暗い。


扉以外部屋の壁は闇に隠されている。


「ヴィーシャ、灯りだ」


ガンズの言葉に術式を展開させて部屋全体が明るくなる光量の魔法の灯を点した。


魔法の灯は少しだけ部屋を照らしたけれど、それでも以前として暗い。


「ヴィーシャ…死霊術でなんとかならないのか?」


「…ちょっと待って…確か…」


霊の仕業なのかしら?


霊には大別して二通りに分けられるわ。


一つは魔力がわだかまって形を成すもの。


一般に云われる霊は殆どこれね、実は死んだ人の魂がどうのって事じゃなく見る人の影響を受けてそれらしく見えているだけ。


もう一つは本当に魂が浮遊しているもの。


死ぬと魂は直ぐに霧散してしまうわ、魂を留めておける条件が無いと。例えば魔力溜まり。


「…ダンジョンは叔父様の魔力が充満しているわ、どちらも有り得る…けど」


あの霊は意志がある様に見える。


「…でもそんな、今までダンジョンに幽霊なんて」


死霊術は仮の魂を造る事は出来るけど、逆に魂を霧散させる方法なんて…


「どうすればいい?」


ダンジョンには叔父様の魔力が充満している。魔物を生み出す為に。


魔力が…少なくとも部屋から無くなれば…


「ガンズ!エドを起こして!」


ガンズはいぶかしんだけど、今はエドの力が必要だわ。


「エド?……おいエド!起きろ!」


「ん…ガンズさん?…交替じゃ…」


私はまだ眠気の覚めないエドを揺さぶって言った。


「エド?貴方の力が必要だわ。貴方の使う魔法、思いっきり使ってちょうだい!」


エドは最初何を言われているのか解らない様だったけど、直ぐに気が付いたみたい。


「あまり使いたくないんですけど…どれくらい?」


「この部屋から魔力が無くなるくらいよ!」


仕方無いなぁ、癖になるから止めていたんだけど。と言いながら剣を鞘から引き抜いた。


剣の刀身が徐々に光り輝いていく…


エド達の『世界』では人の体内に魔力が少なく、代わりに空間に魔力が多い。


その空間魔力──魔素──を消費して魔法を使う。


私達には魔素が減ったのか判らないけれど、部屋の闇がどんどん消えて弱くなっていく…


それにつれて部屋の感じが良くなっていく様に思えた。


「こういうの、部屋の中で普通使わないんですよ?」


刀身を光らせながらエドがぼやいた。


「因みに何故だ?」


「閉鎖空間だと使える魔素の量が少ないですから。他の人が魔法攻撃とか回復とか使えなくなりますので……ほら、無くなりました」


エドの剣が光を失っていく…


鞘に剣を収めると、エドが不思議そうに私に訊いた。


「…ところでヴィーシャさん?なんで僕の魔法を?」




【テレシア】


「ノラ姐さんトコは穴蔵ですかい」


「穴蔵って…ダンジョンじゃよ、冒険者の連中が聞いたら気を悪くするわい」


「ふふっ、テレシアちゃん穴蔵って面白い呼び方ね」


ミーシャ姐さんのトコに初めて顔を出してみやした。


前に風呂に入った時、遊びに来てって誘われていたんでやす。


髭もじゃの親方さんは口が悪ぃですが、なかなかのお人の様で。


「こんにちは」


お喋りをしてたところにお客人。


たまに食堂で見掛けるミノタウロスの阿仁さんが来やした。


「おやミルズ、どうしたね?」


「親方、刃零れが出来てしまって」


「どれ…」


親方さんが仕事を始めやしたね、オイラもお暇しやしょう。


「またねテレシアちゃん」


ミーシャ姐さんに手を振って、陛下の旦那からの頼まれ事を終わらせやしょうか。


えぇと、熊の旦那は…


「お?テレシア、厨房に何か用かい」


「熊の旦那、陛下の旦那から頼まれやして…ええと…?」


陛下の旦那が紙に書いてくれやした…口で言われても覚えられやすが、これも読み書きの練習でやす。


「…アマル…の実…が有るなら…ひちつ寄越せ。でやす」


「ひちつ?…一つか、一応有る事は有るけどな、どうするんだ?ヴァンパイアには毒だぞ?」


「毒なんでやすか!?」


「ヴァンパイア以外には美味いもんだよ。ヴァンパイアだって一つ二つ食っても具合が悪くなるだけだが、ま、料理人なら皆知ってる話さ」


熊の旦那が戸棚を開けてオイラに一つ放りやした…小さい実でやすね?


「まぁ料理の添え物だからね、宿屋じゃあんまり使わないよ」


陛下の旦那はどうするんでやすかね?こんな実。匂いはいいでやすが。


オイラ、侍女服のポッケに詰めて熊の旦那に手を振りやした。




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