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(更新9)

【サウル】


「ホルスト家のアラン子爵殿!」


朝一番の謁見は地方荘園の持ち主。


「お久し振りでございます陛下。無沙汰をお赦し下さい」


「うむ。久しいな、アラン。今日は何用で参った?御機嫌伺いか?」


「はっ、敵いませんな陛下には…私、この度結婚しまして、その報告に参った次第でございます」


御機嫌伺いの名目は結婚の報告であった。


「そうか、それは目出度い。これでホルスト家も安泰だな。して?奥方は連れて来なかったのか?」


「はっ、実を申しますと妻は結婚前に大怪我を…経過は良好ですが大事をとりました、お赦しを」


「それは大変だな…爺、祝いと見舞いを送ってやれ」


「ありがたく存じます、陛下」


ホルスト家のアラン?だったか?若い貴族が退出した後、次の謁見者が読み上げられた。


「アドレア王国使節団、代表ディーラ・アドレアル殿!」


アドレアの使節団?


………あぁ!そんな話があったな確か。


使節団代表は女だった。珍しい。


「お初に御目に掛かります魔王陛下、代表のディーラ・アドレアルでございます」


「ようこそ我国へ。『魔王』と呼ばれるのは面映ゆい、余はヒューマンの王と変わるところは無いのでな……む?アドレアル?」


「これは失礼を…では陛下とお呼びします。アドレアルの名ではありますが、私は公爵家の娘ですので」


王家の血だが王族では無い、と。


しかし使節団の代表で来るか?…じゃじゃ馬だなこれは。


「ディーラ嬢は活発な方の様だ、使節団は何名だったかな?」


「はい、私を含め三名でございます」


…それは団とは云えないだろう?


「今後使節団の人員は増やしていくつもりではございますが、最初に大勢押し掛けても御迷惑かと」


「これは気を使わせてしまったな…爺、使節団の受け入れを狐に」


「…狐?」


「あぁ、女官長の仇名だ、気にせずに」


それから暫くディーラ嬢と話をした。


…うむ、じゃじゃ馬だ。


先の光神教の一件、東側連合軍の迎撃に自ら志願したが、アドレアルートでは無くイルベルートだったので活躍出来なかった、と嘆いておる。


「…ですので、この使節団では勉強させて頂きますわ」


「うむ、頼もしい。しかしながら肩に力が入っておる様だ。まずは我国を楽しむつもりであたられよ」


「陛下の御心遣い感謝致します。では」


つい長話をしてしまったな。


さて、次の謁見は…




【???】


「今帰ったよ」


王都に設えた仮宅の一つ、先程国王との謁見を済ませた若者、子爵アランが戻って来た。


ここは寝室。


ベッドに横たわっていた彼の妻が起き出そうとする。


「あぁ、起きなくていい、長旅で疲れただろう?傷の具合の事もある、今日は寝ていなさい」


「…ごめんなさい貴方」


「いいんだ、陛下に御報告を先延ばしする訳にはいかなかったから連れて来たが、やはり無理をさせてしまった。済まない」


妻が横になるのを見届けて、アランは寝室を出て行った。


使用人へ指示を出しに行ったのだろう。


暫く横たわっていた彼の妻は、様子を伺い、むくりと起き上がる。


カーテンの隙間から王都の景色を眺めた。


「…王都も久し振り…もっとも、すぐにとんぼ返りでしょうけど」


アランとの結婚は陛下に報告された。


これで名実共にアランの妻として振る舞える。


…後は折りをみて、アランを。


公式にはエリザベート・ホルスト子爵夫人。


アランとの間に私的な秘密の名前を持つこの女は、口許を歪ませる様に微笑む。


『毒夫人ヴェラ』の姿がそこにあった…




【???】


食堂の隅にあるいつもの席で、ジャスティンはページをめくっている。


燭台の灯は小さく、文字を読むのに辛い光量だ。


手にしているのは、庭いじりを趣味にしていた老貴婦人が晩年に著した、花木の栽培法。


ジャスティンは文字であれば何でもよい質の書痴だった。


とは云え、ジャスティンの心は文字を追っていない。


(さて、困りましたね…)


ジャスティンの感覚は今、目よりも耳に注がれている。


それは食堂のジャスティンの位置から対角線上の一端、ヴァンパイア娘とその取り巻き達の動向を探っている。


(独りきりになる時間が無い。あっても自室に籠っている時だけ、ですか)


ガンズというオーガには面識がある。それを伝って“的”に近付く…と考えて。


ジャスティンはその考えを棄てる。


嵐の晩、あの娘は自分のした事を見ている。今やそれは確信だった。


何故それを騒がないのか?


…それは恐らく自分に関係無いからだ。


冒険者の生活は死と隣り合わせと聞く。ならば冒険に関係の無い他者の死には疎くなるのだろう。


(あの晩、“的”は私が宿坊に泊まる事に警戒した。だからガンズの部屋に入った…)


警戒したのは縄張り意識から。


行商の類いが泊まるのとは違う。ジャスティンは食堂の常連ではあったが常宿客では無い、“的”にとっては異物。


(“的”になる前からこちらを警戒していたとは…)


…時間はまだある。


ジャスティンはページをめくった。





【???】


「…そぅ、ジャスティンが、ね」


薄暗い店の奥、お気に入りのソファーに艶かしく座りながら、スキンは部下からの報告を聞いた。


手離した刺客はライバルの香具師の元締、ある豪商の元に身を寄せ、依頼を受けた。


“的”はどうやら、ザップの仲間の一人、国王の従姉のヴァンパイアらしい。


やはり手離して正解…さして手練れでも無い部下に様子が探れるのでは、ジャスティンはヤキが回ったと言わざるを得ない。


ジャスティンは今、“的”の動向を探っている最中だという。


スキンは考える。


国王に報せれば、ジャスティンは捕まるだろう。ザップに恩も売れる。


しかし元は小飼の刺客だ。そこから糸を手繰られて自分に繋がるのは巧くない。


ではザップにのみ教える?


事の成否が不確定だ、“的”を庇ってザップに万一の事が無いとは限らない。


それは少し嫌だと感じた…なんとなくと云う程度でしかない事だが。


ジャスティンに諦めさせる?


無理だ。刺客の思考回路は単純明快、“的”を仕留める、それ以外の思考は棄てる。途中で中止する、諦めて元締に断る事は頭に浮かばない。


過去、中止を命令した元締を、命令された刺客が葬った事例もあった。


刺客は“的”と刺し違えも一つの方法として思考する。そこまで思い詰めているところに中止の命令などすれば当然起こる事だ。


「…どれも気にいらないわ…もう少し待ちましょう」


ここは時間をかけて情況の変化を待つ手だ、とスキンは感じた。


「監視は怠らないでいて…陛下の手駒にも悟られない様に、手練れの者を使ってね」


グラスに口をつけていると、他の部下が報告を入れた。


スキンに耳打ちする。


途端に、スキンはクスクス笑い始めた。


手を振って部下を下げながらも、笑いは止まらなかった。


やがて笑いを収めるとスキンの表情は困っている様に見えた。


悪戯っ子の悪戯を事前に発見した様な、そんな表情だった。


「…全く、こらえ性が無いのかしら?今度困った事になっても助けないって言ったのを忘れている様ね?ヴェラは」


スキンの独り言は店の闇に吸い込まれていった。




【ザップ】


明日はダンジョンに行く為に、俺達は準備をしていた。


「…ノラ、買い物は充分かしら?」


「あ!携帯食糧をこの前使い切っていた。サーラさん、在庫あるか?…一人五食あればいいか、三十食頼む」


「今回こそトログロダイト狩りをしましょうザップ殿!」


わいわい喋りながらやる探索準備は祭のそれに似てるかもな?


普通に生活してる連中には、こんな姿は見せられねぇ。理解の範疇を越えてる。


だってそうだろ?一つ間違えば死ぬ様な場所に、わざわざ行くんだぜ?そしてそれを喜んでんだからな。


「はい、ノラさん携帯食糧。…結構重くなりますね」


「ところでエド、ミルズは最近どうだ?」


「矢が足りないか?買い足しておくか」


そうやってわいわい騒いでいると、テレシアが現れた…後ろにヒューマンを引き連れて。


「あ!丁度良かったでやす、ザップの旦那」


「俺か?何だよ嬢ちゃん?」


「こちらがザップ…殿でやす、ここらの冒険者パーティーじゃ腕っこきの組でやすよ」


後ろのヒューマン三人に俺達を紹介するのはいいが、何の用事だよ?


「ザップの旦那、陛下の旦那からの御依頼でさ。名指しでやす」


「はぁ?何で陛下が俺を指名するんだよ?ヴィーシャかガンズだろ普通」


「ザップの旦那はリーダーでやしょう?だからでやす」


「用件を言いな?それとそっちの御方達はどなた様だい?」


俺が顎をしゃくって示すと、一人が前に進み出た。若い女だ。貴族…?


「名乗りもせず大変失礼しました。私はディーラ。ディーラ・アドレアルと申します」


「御丁寧にどうも。おいテレシア!こういう時はお前が紹介するもんなんだぞ?」


引き合わせる為にお前が付いて来たんじゃ無ぇのか?


「あ!そうでやした。こちらのディーラの姐さんはアドレアから来たんでさ」


…お前ね?もうちょっと言葉使いってものを…まぁ俺が言えた義理じゃ無ぇけどよ。


「はい!アドレア王国より使節団として参りました、後ろの者達はイライザとアイシャ。私の付き人兼使節団員です」


…実質一人じゃねぇの使節団?


俺はテレシアの首を羽交い締めにしてディーラ達に背を向ける。


声を潜めてテレシアに訊いた。


「…おいテレシア、こんなん連れて来て陛下はどうしろってんだ?」


「…へい、何でも使節団はこの街をシサツ?されたいんだそうで。で、ダンジョンの話を聞いて…行きたいそうでやす」


「…それと俺が何の関係があるんだよ?」


「…へい、探索するのをシサツしてぇと。自分達も混ざりてぇらしいんで」


はぁ?


「ザップ殿、よろしいでしょうか?話を続けても?」


「あ~ハイハイ!今こいつから訊きました。て言いますか、『殿』は無しで。堅っ苦しいのは苦手でね」


ドラスはまだしも御貴族様方に『殿』呼ばわりはちぃっと勘弁だ。


「では、ザップ様、どうか私どもをお連れ頂きたい。私どもも腕にはそれなりに自信が御座います」


「…いや、連れて行くっても、ダンジョンですぜ?カビ臭くて湿気った中をうろつくんですぜ?魔物にゃ噛み付かれるし、泥だらけになる。わざわざ外国からやって来て…」


…おいお前ら、ニヤニヤしてねぇで加勢しろや!


「御心配頂いてありがとう御座います。その点でしたら御安心を。私ども皆軍籍に就いておりますので、泥だらけ雨ざらしは慣れております」


いや、にこやかに言われてもよ?


「噂に名高い『ディラン公爵のダンジョン』さわりだけでも足を踏み入れたとなれば、良い土産話になりましょう」


「土産話と云うのはいただけないな」


ガンズが言った。


「ガンズの旦那、貴族様の相手は任した!」


「おいザップ…まぁいいか。ディーラ嬢、元ラムール王国オーガ大隊部隊長を務めておりました、ガンズと申します。不躾な発言、御許し下さい」


「これは御丁寧にいたみいります。ガンズ…おぉ!貴方があの『ラムール救国の英雄ガンズ』様?御目にかかれて光栄です」


「なに、昔の話。ラムールも今は既にありません」


「左様でした。しかし光栄です。それで、土産話ではいけない理由が御座いますか?」


「ダンジョンは我々冒険者にとり、生活の場、命を懸ける場所。軍人にとっての戦場に等しい。ディーラ嬢が軍籍にあるならば、戦いの最中に物見遊山の客が現れたならどうなるか?御想像頂きたい」


ディーラはガンズの言葉に顔を青ざめた。


…いや、そこまで御大層な話じゃ無ぇと思うんだが。


「…申し訳もありません。侮辱するつもりでは無かったのです」


「物見遊山の客は迷惑…」


おい旦那?泣かすなよ?


しゅんとしたディーラ嬢にガンズが続ける。


「…ですが連合軍の参加であれば歓迎致します、ディーラ嬢」


「おぉ!それでは同行を御許し頂けますか?」


「ではこれよりは貴族として軍人としてでは無く、冒険者としての流儀で参ります…ザップ?ヒヨっ子冒険者が三人だ、一人前にしてやれよ」


…て事は貴族様扱いしなくていいって事だな?


「よ~し分かった!あんたらも面倒な喋り方は抜きにしてくれ?」


「はい!いや…解ったザップ」


へぇ、適応力はありそうだな?


「んじゃあ、俺達は明日から潜る予定だった。付いて来る気なら今から準備して宿屋に泊りな。今夜は軽く歓迎会といこうぜ皆!」




────────


ディーラ達を参加させる為に、準備をし直して俺達はダンジョンにやって来た。


「これが入口ですか?何と云うか…」


「ディーラ、言いたい事は解るぜ。俺も最初は何だこれって思ったものさ」


何せ岩の混ざった土盛りだ、ゴブリンの住んでるほら穴の方がましに見えるくらいだ。


それでも出入口の封印が解ける様子には、ほぉ、と感心していた様だ。


「中の方が広い?これは…」


「…ディーラ、叔父様の魔法よ。ここは外からは遠く離れているの、別の場所よ」


ヴィーシャの言葉を聞いてディーラは足許の床の土を摘まんでみる。


「…土の質が外とは違う。なるほど」


…土の質なんて判るのかよ?学があるな。


「ここからが一階層、探索の始まりだがそんなに気を張るなよ、力を抜きな」


「もっとも、抜き過ぎ無い様に気を付けてくれ」


一階層目で魔物に出会す機会はよほど運が悪くなけりゃまず無いが注意はしなけりゃな。


二階層、三階層と進む。最近は護符を探す為にそれぞれの組が探索の頻度を上げているからな、魔物も減ってきてる。


「…来たぞ」


減ってるだけで居ない訳じゃねぇ。


猿熊が一頭、俺達の前に立ち塞がる。三階層で出て来る奴じゃ無ぇ。


「俺がいく」


ガンズがディーラ達を押し退け前に出る。猿熊と云っても一頭、それに棍棒の類いは持っていない。


突っ込んで来る猿熊の鼻面に向かって、ガンズが大きく一歩踏み出すと振り上げた拳をカウンターで叩き込む。


勢いのついたところにガンズの拳だ、魔物はもんどりうって転がっていく。


ガンズは痙攣している猿熊の頭を掴むと首を捻って折った。一丁上がりってやつだ。


「あっさりと…流石です」


「働き処を奪って済まないな、先に進みたかったから手早く済ませた」


ガンズはいつもの様にナイフで魔物の首を斬ると、肩に担いだ。


「取り合えず飯の確保だ」


あぁやってガンズは血抜きをしながら歩く。


血が俺達の痕跡になる。余り褒められたやり方じゃ無ぇ、血の跡を追って魔物が寄ってくるかもしれないからな。


もっとも、獲物が増えるとガンズは喜ぶ。だから旦那はいつもしんがりだ。


「あの箱は何です?」


「…あれが宝箱、冒険者の収入源よ。ザップ御願い」


俺が宝箱の罠を外して、ディーラに開けて見せる。


銭袋と宝石の付いた短剣…飾りだな、普段使いの物じゃ無ぇ。


銭袋の中には金貨が五枚ほど。まぁ三階層だ、こんなものだろう。


「一般家庭の生活費を考えると、いい収入ですね」


「ディーラ、一般家庭の仕事で命のやり取りはしないものよ」


「なるほど」





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