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王都の光と闇

【???】


第二城壁の内側は貴族達の邸宅や豪商の店が目立つ、いわゆる富裕層の区画と云われている。


実際には役人や通いの使用人、小商いの店等一般の家庭も多い。しかしながら第一城壁の一般区に比べれば、やや生活水準が高いだろう。


富裕層区という認識はこういった事から生まれたと云える。


貴族の邸宅には二種類あって、一つは地方に領地を持たず、王宮でなにがしかの職についている者の居住する邸宅。


毎日を暮らす屋敷は賑やかだ。


もう一つは領地持ち貴族、領主の別邸。


こちらは普段留守居の使用人以外に人気が無い。


どちらにしてもそれなり以上の家格の貴族である。これらは王宮城壁に程近い位置に見られる。


富裕層区の中央部分にあるのは豪商の類い。宝石貴金属のアクセサリーの店、仕立てがメインの服飾店、穀類の卸商等々…


その一つに目を向けると、夕暮れの街灯りの中、早々と扉を閉めている。


外国との取引、いわゆる為替商…とは表向き。


金貸し。高利貸の店である。


店の性質上、陽が落ちれば客も無い。客層は貴族豪商、貸し付けた元金は催促せず利鞘で儲けを出す。


やがて店内の灯も消えて居室に明かりが灯る。


深夜…ベッドの上で店の主がふと、目を醒ました。


何故、目が醒めたのか?


自分でも解らなかった。夢見が悪かった訳では無い。夜気で冷えたからでも無い。


ぼんやりと真っ暗な天井を見る。が、天井のシミ一つ見えなかった。


…そういう事もあるか。


或いは高利に泣いた者達の怨念で目が醒めたのかもしれない。


再び目を閉じた主の口を、力強い掌が塞いだのはそのせいか?


驚愕に閉じた目を見開く。訳も判らず手足をバタつかせてもがく。


店の主が最期に視たものは…


紅い瞳、二つ。


急激に意識が遠退き、もがく手足から力が喪われた。




────────


「…後金よ」


ズシリとした銭袋を渡すのは禿頭の女性。


首筋から覗く細い蔦のタトゥーが、胸の谷間からドレスの下に消えている。


「…次はしばらく休むのでしょうね?」


銭袋を受け取った紅い瞳の男に、そう確認を取る。


「なかなかに神経が磨り減るのでね、続けては出来無いよ」


「そ。でもこれで泣く人が減るわ…ありがと」


男がその場から消えると、少し間を空けてビーストマンが現れた。


「あら、いらっしゃい」


「よぉスキン姐さん…『影男』がここに来るとはね、ちょいと意外だな」


「『影男』?」


「あぁ、仇名さ、今出て行ったヴァンパイア。うちの宿屋の常連なんだ」


「ふぅん……ところで今夜は?ゆっくり出来るんでしょ、ザップ?」




【テレシア】


王宮は広いでやすね、こんな場所があるとはオイラ思いやせんでした。


狐姐さんに連れられて、やって来たのは地下でやす。


元は牢屋に使っていたそうで…鉄格子のはまった部屋がいくつもありやす。


…オイラ折檻されるんで?


王宮に来てからは何も悪い事はしてなかったと思うんでやすが?


それとも裏街で昔やった事でやすか?


陛下の旦那は、そういった事を飲み込んでオイラを雇ったと思っていやしたが。


心ン中でびくびくしながら狐姐さんの後を付いて行くと、重そうな扉の前に着きやした。


姐さんが開けた扉の向こう側は…



………洞窟。



あれ?


西門のダンジョン…じゃ無ぇですよね?


石のつららや尖ンがったにょきにょき。


「ここは王宮の北、タロン鍾乳洞です」


北ってぇと、王宮がへばり付いてる岩山ですかい?


あの下にこのショーニュードーがある訳で?


「テレシア、貴女にはこれから訓練を受けてもらいます。ここで」


「訓練、でやすか?」


「まずはあの石筍、あれを跳び越えなさい」


姐さんが指差したのは地面から生えているにょきにょき。


…これを跳べと?


「早く!」


「へ、へい!」


オイラの背丈とおんなじ高さを跳ばされやす、何度も。


「まだです!もう一度!」


狐姐さんの地獄のシゴキが始まりやした!


それから毎日、にょきにょきを跳び、つららからつららへ跳び移る訓練。


どんどん高く、どんどん難しくなっていきやした。


…オイラ何やってんでしょう?


オイラの片親の力、ビーストマンの力のお陰でなんとか踏ん張りやした。


休憩してる時、よく見りゃにょきにょきやつららには削れた痕が付いておりやす。


それもアチコチにたくさん…


オイラ以外にも訓練してた奴が居たんでやしょうね、それもたくさん。


「テレシア、今日から新しい訓練です。私の投げる短剣をかわしなさい」


姐さん、それ本物の短剣…


ぴょんぴょん跳ぶのは、地獄じゃなくてまだ入口でやしたよ。




【ガンズ】


王宮城壁の前でゴルと話をしながら時間を潰す。


ゴルの傍らには以前ダンジョンで戦った獣、雪虎に似た合成生物が一頭座り込んでいる。


軍に正式採用されたそうだ。今は慣熟訓練でオーガ大隊に配属されている。


「この獣の名称は決まったのか?」


「あぁ、コイツ等は雪虎が元になってるって事だから、『風虎』って名がついた。雪虎と違って群れで行動するし、こっちの言う事も理解する。組んで動くには丁度いいぜ」


評判は上々の様だ。


「まぁ難点と云えるかわからねぇが一つ気になるのが…お?よぉ!テレシア嬢ちゃん!」


「げっ!?」


城門からテレシアの小さな姿が出て来た。こっちを見てギョッとする。


と、テレシアを見付けた風虎が走り寄り、テレシアにまとわりつく。


テレシアの頭を丸呑みに出来そうな顎を開いて、テレシアの顔面をべろりと舐めた。


「わぶっ!…お前また…こらやめ!…わぶっ!」


テレシアはなんとか逃れようとするが、図体が違う。押さえ付けられてべろりべろりと舐められたテレシアの顔は涎でべっとりだ。


「…まぁ、見ての通りさ。唯一の難点、子供が大好きでな。母性本能?雄でもああだから何て云やいいんだ?」


「ゴル、止めなくていいのか?テレシアが飴玉みたいになってるぞ?」


「面白れぇからもう少し見てようぜ」


「ゴルてめぇ…わぶっ!…おぃいい加減に…ガンズ阿仁さん助けて!」


ゴルと笑いながら風虎を引き離す。


テレシアは頭の天辺から侍女服までべったべたに濡れていた。


「…ぅう、臭ぇ」


「テレシア嬢ちゃん着替えて来たらどうだ?」


ゴルのニヤニヤした顔を恨めしげに睨んだテレシアが情けない声で言った。


「…昨日もこんなンされて替えの服は洗濯中だよ。オイラの侍女服他に無ぇんだぞゴル!」


言いながらテレシアは服の袖でゴシゴシ顔を拭う。


「…もぉいい。宿屋の風呂で洗ってくる」


とぼとぼと歩いていくテレシアを眺めながらゴルに言った。


「子供に甘い、か。子供を刺客や兵に使われると欠点になるかもな…それはそうとゴルは呼び捨てなんだな?」


「まぁそこは訓練次第でなんとかなるとは思う…テレシア嬢ちゃんは気に入った奴を呼び捨てにするらしいぜ?」


気に入った奴ではなく、自分と程度が変わらない奴じゃないか?と思ったが、口にする前に城門からヴィーシャが戻って来た。


「お?ガンズ、待ち人が来たぜ。時間潰しにはなったか?」


「あぁ、助かった」


ヴィーシャの迎えに来たといって、まさか城門の中で待つ訳にもいかない。


そこで門衛役をやっていたゴルとお喋りで時間を潰していたのだ。


「…あら、待っていたの?もう護衛は大丈夫だと思うけど」


「まぁ、暇潰しにな」


以前拐われた事から、ヴィーシャが研究会に行く時はノラが、迎えには俺が付く様になっていた。


「じゃあまたなゴル」


俺達はゴルに別れを告げて宿屋へ向かった。




────────


ヴィーシャと二人で富裕層区から第二城壁に向かう。


ぶらぶらと歩きながら、ふと思い出してヴィーシャに言った。


「そういえば、親父さん、フェレグラン伯爵には会ったのか?領地に戻る前に」


戻る前に一度顔を見せろとか言っていたはずだったが。


「…いいのよ、父も私が来ると思って無かったでしょうし」


「素直じゃ無いな」


ヴィーシャは顔をしかめた。少し頬が赤くなっている。


「…まぁ、ね。会いに行こうとは思ったけど…あら?何かあったのかしら?」


俺達の前方、建ち並ぶ店の一つに、人だかりが出来ていた。


骸骨兵が数体、人々を店に近付けない様に整理している。


「…失礼、何かありましたか?」


野次馬の一人に声を掛けた。


「あぁ、金貸しバランが死んだってさ」


「金貸しバラン?」


「高利貸だよ、この店の店主。両替商だけど、外国人なんてそうそう来ないだろ?貸付の方がメインでさ」


「こんなに人が見に来てるのは事件ですか?」


「いや、寝てる間におっ死んだらしいよ?まだ寿命って歳でも無かったんだけどね」


人だかりを抜ける。


「金貸しバランって、有名人だったのか?」


「…そうね、私の家は借りてないけど、借りていた貴族や商人は多かったみたいよ」


俺達冒険者風情は相手にされない様な高利貸という訳だ。


自然死らしいし、今頃借りていた連中は大喜びしている事だろう。


「確かヒューマンだったかしら。脆弱な種族だから何かの拍子に息が止まったのかもね」


「まぁ、俺達には関係の無い話だな」


そんな話をしながら宿屋に着いた。


ヴィーシャと別れて食堂に入ると、エドとミルズが話をしていた。


「あ、おかえりガンズさん」


「ただいま。次の探索の打ち合わせか?」


「えぇ、効率よく十階層に行く方法は無いか、話し合っていたんですよ」


十階層の宝箱、そこにショートカットを可能にする転移護符が入っている。


深層探索には必需品と言っていいだろう。しかし個人用である事と、一日に補充されるのは一枚だけの為、パーティー全員にいき渡るには何度も探索行をしなければならない。


問題は転移護符を欲しがるパーティーは結構な数だという事。


運が悪ければ他のパーティーが既に入手した後、階層に冒険者がいるうちは補充もされないので、引き返すはめになる。


順番を決めて…という話も出たが各パーティーの進行速度や突発的に起こる問題を考えれば無理な話だった。


結局、早い者勝ちの状況。元々公爵様との取り決めで、こうなる事は解っていた。


「それは仕方が無い話だエド。十階層に何度も辿り着く事が、深層探索の為の実力があると判断しているからな」


最短で護符を集めたいだろうが、深層探索の難しさを考えれば、護符を早く収集する事は決して喜ばしい事では無い。


「ミルズ、逸る気持ちは解るが、護符が補充されなくなる様な事は無い。まずは実力をつける事だ」


「護符は無くなりませんか?」


「あぁ、深層はキツい。勢いで進める場所じゃないからな。全滅するパーティーも出てくる。公爵様は継続的にデータが欲しいから、ダンジョンがある限り護符は補充される」


なにしろ不死のリッチだ、俺達に寿命が来ても…千年でも二千年でもデータ取りを続けるだろう、あの御方は。





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