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目が覚めると・・・ここはどこだ?
白い天井に白い壁。
繋がれた点滴、消毒薬のにおい。
病院の中だよな・・・。
「ああ、良かった!目を覚ましたわ!」
母親の声でようやく、この場所は現実世界だと理解した。
あのバスでの出来事は夢だったんだろうか・・・。
どうやら僕は熱中症で病院に運ばれたらしい。
母親がパートから家に帰ると、僕は猛暑の中、締め切ったサウナのような自分の部屋で、真っ赤になって倒れていたそうだ。
・・・やはりあれは夢だったのだ。
熱にうなされてあんな夢を見たのだろう。
最近、この付近で発見された自殺と思われる焼身死体と、海を漂っていた腐乱死体が引き上げられたニュースを見たせいだ。そしてバスの運転手の死神は、以前見た映画か本のイメージが残っていた。
伊藤が出てきたのは、自殺というこの夢のカテゴリーに加わっただけ。
そう思い込みたかったけれど。
自分の着ている病衣の袖に、血のついた伊藤の手形らしきものを見つけて、僕は泣いた。
ひょっとしたら僕も死にたかったのかもしれない。
伊藤を追い詰めた連中の次のターゲットは明らかに僕だったし、気になっていた女子も離れてしまって、成績も下がって部活も辞める事になった。
何もかも上手くいかなかった。
夏休みが終わった後の事を考えるだけで、消えてしまいたかった。
けれど炎に焼かれるのも、海で溺れて魚のエサになるのも、飛び降りて全身グチャグチャになるのも怖い。
熱中症が一番、苦しまないで済むと考えていた。実際はとんでもなく苦しかったが・・・。
偉そうに三人の幽霊に説教しておきながら、一番弱かったのは僕だったのだ。
伊藤は以前、死神の事をタナトスと呼んでいた。
自分を殺めようとするのはタナトスに魅入られたからだと。
タナトスに魅入られたら、どんな手段を用いても消える運命だと。
僕はあまりに中途半端過ぎて、タナトスにも見捨てられたらしい・・・。
次の日には僕はもう退院して、残り少ない夏休みを宿題と塾の課題に費やしていた。
あのバスの出来事は忘れようと思った。
いつも通りの生活を送ってさえいれば、きっと忘れる───。
夕方になって蜩が鳴き始めた。
不意に寂しさでいっぱいになる。
去年もこうして蜩の鳴き声を聞くと、悲しさと寂しさでいっぱいになった。
あれは伊藤の通夜に向かう時だったっけ。
学校からは先生と僕しか訪れなかった、寂しい通夜。
全身、包帯でぐるぐる巻きにされた伊藤の亡骸は何か言いたそうに見えた。
バスで最後に聞いた伊藤の声を思い出す。
『君とずっと一緒に居たかった───』
「ちょっと、どこに行くの?もうすぐ夕飯なのに」
「伊藤の家に行ってくる!」
母親が引き止める声も僕の耳にはもう届かない。
西日で真っ赤に染まった坂道を、僕は自転車を懸命に漕いで伊藤の家に向かった。
伊藤の家は去年、通夜に行ったきりで場所は忘れたが、何とかなる。
伊藤の事だけは忘れちゃいけない。
伊藤が自らの命を絶った理由も忘れちゃいけない。
僕が変われば、伊藤の両親も変わってくれる。
そして周りの状況を変えるんだ。学校も教育委員会も動かすんだ。
僕の終点は険しそうだが、登り坂でも、自転車のペダルは何だかいつもより軽かった。
【 終点 】〜終〜