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目を開けると・・・僕は何故かバスに乗っていた。
窓の外は陽の光も差さない暗い木々に囲まれていて、どこの道を走っているのか見当もつかない。
視線を前に向けると、光る一本の細い道が伸びていて、バスはその道をゆっくりと走っていた。
次に車内を見渡してみる。
乗客は運転手と僕を除いて3人しかいない。
僕が座っている席の二つ前には、くたびれたスーツ姿の中年男性が居眠りをしていて・・・白髪混じりの、ストレスを抱えて疲れきったサラリーマンという風貌だ。
そこから通路を挟んで左側の席には、地味な色のコートを身に纏った髪の長い女の人。失礼かもしれないけれど、もう少し着飾ったらもっと綺麗になるだろうに・・・。
次に僕は運転席に近い、もう一人の乗客に目を移した。
ここから顔は見えないが、僕と同じくらいの背格好をした少年が、同じ右側の列の席に座っている。
学生服らしきものを着ているのだろうか。
気のせいかな、誰かに似ている・・・?
気にはなるが、わざわざ席を立って見に行くほどでもない。
それから何だかひょろ長い感じの、バスの運転手にも目をやる。
運転中なのだから当たり前だが、僕達に背中を向けてアクセルを踏みハンドルを握っている。通常通りの業務をこなしているのだろう。
──そして今ごろになって、僕は自分の置かれている状況と、身につけているものに気がついた。
なんだ?どうして僕はこんなバスに乗っている?
それにこの格好。
色褪せた水色の、病院でよく見かける・・・入院患者が着ている病衣とかいう寝間着。
バスが走っているこの道も・・・何かがおかしい。
もうずっと信号も標識もバスの停留所もない。前にも後ろにも他の車を見ていない。ただこのバスだけが、暗い森のような場所をゆっくりと走っている。
『・・・息子の具合が悪いんだ。早く家に帰らないと・・・』
静かすぎる車内に、気だるそうな低い声が響いた。
声の主は居眠りをしていた中年男性だった。
『あたしも彼に会いたいの。早く行かなくちゃ・・・彼を取られちゃう』
驚いた事に今度は大人しそうな女の人まで、ぼそぼそと語り始めた。
・・・この流れで行くと、前の座席のあの子も何かを話すのだろうか。
顔が見られるかもしれないと僅かな期待をしたが、業務中の運転手同様、こちらに背中を向けたままだった。
『君は?どこに行くの、そんな格好で』
中年男性に話しかけられて、思わず僕の顔は赤くなった。
そうだ、僕一人だけこんな入院患者みたいな格好なのだ。
「あ、あの僕は・・・」
困った、何と言ったらいいんだろう。
気づいたらこのバスに乗っていたんだから。
しかもこの姿・・・そもそも僕はどこに行きたいんだろう?
そしてこのバスはどこに向かっている?
『次は終点────』
今までずっと口を開く事の無かった運転手が、突然アナウンスを告げた。
終点?
よく聞き取れなかったが、やっとこの暗い森を抜けられるのだろうか。