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元婚約者、竜の逆鱗に触れる。

作者: 柿沢那谷
掲載日:2017/08/02

「エヴェレッタ! 君との婚約はなかったことにしてもらう!」


 王族たちも顔を出しているサロンで、ユークリードは堂々と告げた。

 驚きを隠せない参加者たちは、彼のとなりにいる低い身分の少女を見る。


「……その、となりにいる方を選ぶのですね?」


 そしてエヴェレッタもまた彼女を見た。

 どうしようもなく震えて、ソファに座り込んでしまう。


「そうだ! 私の将来は、このソフィーと歩くと決めたのだ!」


 指を絡められた手と手は、あまりに親しい。

 もう彼の心が自分にないことがわかって、エヴェレッタは前髪で目を隠す。


「もう、なにを言ってもお気持ちは変わらないのでしょう」

「すまないとは思うが、しかし受け入れてもらいたい。私は愛に生きる!」


 嬉しそうに顔を赤らめて彼を見上げるソフィーと、周囲の温度差は極端だ。

 なにも知らされていなかった王や王妃の顔は青白い。


「わかりました。……しかしユークリード様。それだけではあまりに悲しすぎます」

「……君の心を癒やすだけのものは用意しよう」


 つう、とエヴェレッタの頬を伝う涙を見て、ユークリードは首を縦に振る。

 場の空気は完全に死んだ。冬の訪れを感じたものたちは、徐々に足を引いていく。


「お心遣い感謝します。でしたら竜の、竜の逆鱗をいただけませんか?」

「竜の逆鱗……だと?」


 その申し出に、ユークリード王子は目を見開いた。

 竜とは言うまでもなく強力なモンスターで、神に数える国もある。

 逆鱗ともなれば、赤子の手ほどもあるダイヤモンドより貴重な品だ。


「そうです。それがあれば、わたくしは涙に濡れて暮らすこともありません」

「バカな! たかが婚約破棄にそんなものが必要になるものか!」


 言い切るユークリードに、エヴェレッタはソファに泣き崩れた。

 肘置きを抱いて、くぐもった涙が絡む声がサロンを冷やしていく。


「嘘だったのですね。わたくしの心を癒やして頂けるというのは……」

「あ、いや、けしてそういうわけでは。しかし竜の逆鱗というのはだな」


 そこまで落ち込まれると、彼も否定しきれるものではない。

 言いよどむ声に、しくしくと泣く彼女は顔を上げた。

 赤く染まった目と悲しげに下がる眉が、痛ましいほどだ。


「わたくしのような女は、馬小屋で暮らして藁を食めばいいと仰りますのね」

「そこまでは言っていない! しかし竜の逆鱗は言いすぎじゃないのか?」


 けれどユークリードが考えていたものは、そこそこの金銀財宝だ。

 婚約破棄に、竜の逆鱗が必要になるだなんて思ってもいなかった。


「ユークリード様には愛がなかったかもしれません。けれどわたくしは、あなたのことをそれほど深く愛していたのです」


 そうまで慕われていたと思えば、彼も悪い扱いは出来なかった。

 しかしだからと言って、竜の逆鱗を渡すことも難しい。


「ううむ……むむむ……むむ……もうちょっと負からないか?」


 その言葉で、エヴェレッタは両手で顔を覆う。

 信じられないものを見たかのようにソファにもたれかかった。


「愛に生きるというお方が、もう失ったとはいえ愛を否定なさるなんて……」

「そうは言っていない! ソフィー、私は君を愛しているからな!?」


 しっかりと手を握ったソフィーに言い聞かせる。

 彼女の赤く染まっていた頬は、ますます夕焼けの色になる。

 それに反比例して、場の空気はいよいよ氷の洞窟のようだ。


「ソフィー様への愛を証明するのなら、この愛もわかっていただけるはずです」


 ここまで言われれば、ユークリードには否定のしようがなかった。

 ソフィーへの愛を証明するためには、彼女の愛も証明する必要がある。


「……ぬ、ぬぐぐ。わかった! 私も男だ。しかし、いま城に竜の逆鱗はない!」


 当然ながら、それほどの貴重品は城の宝物庫にもない。

 一つの大陸に一つあれば良い方だろう。


「でしたら取ってきて下さいませ。婚約破棄はそれからです」

「なんだと! そんなことがあってたまるか!」


 繋いでいない方の手で目の前を払いながら、ユークリードは昂った。


「いま言ったことを翻すだなんて……ユークリード様は冷酷非道です!」


 またポロポロと泣き出して、エヴェレッタはソファに染みを作る。

 自分が言ったことだから、ユークリードも否定はしきれなかった。


「私ほど血の熱い人間はいない! わかった、竜の逆鱗を用意しよう!」


 確かに自分の要望だけ通して、約束は知らないとしらも切れてしまう。

 それではどれだけのことがあっても、信用は地の底に落ちるだろう。

 婚約破棄をしている時点で底に落ちているのだけれど。


「ありがとうございます。けれど破棄されるまで、わたくしは婚約者です」


 すがるように言うエヴェレッタを、彼は捨てきれなかった。

 自分の一方的な都合で切り捨てるのだから。


「……わかった。用意が出来るまでは、君の待遇を保証する」

「ユークリード様は約束を守って下さる素晴らしいお方です」


 頷く彼に、エヴェレッタはにこりと笑って涙を拭った。


「君も発言翻してない!? まあいい。ソフィー、すこし待っていてくれ!」


 そうして城を飛び出したユークリード王子は、わずか四年で竜の逆鱗を手にすることに成功した。

 しかし彼が戻ってきた時、婚約者を略奪したソフィーは針のむしろに耐えきれず、逃げるように去っていた。

 その間にエヴェレッタは第二王子と愛を育み、悠々自適に暮らしましたとさ。

 めでたし、めでたし。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 王子が自分で龍の逆鱗を取ってきた所。0から4年で実行できたのは有能。 [一言] ソフィーは誰も味方がおらず耐えられなかったのでしょうね。 頑張った王子に幸あれ。
[良い点] ユークリード王子が、ちゃんと約束を果たしたこと [一言]  ユークリード王子・・・自業自得とは言え応援したくなりました。 彼も幸せになってほしいです。
[気になる点] 4年の中で王子は、竜を討伐できるほどの軍の指揮経験が積まれ、民の生活を直接見る機会があるでしょうし、その経験を内政に活かせるかなと思います。そこにドラゴンスレイヤーという名誉も持ってい…
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