第3話 孤児院の少年少女
セシリアとの出会いを付け足しました!
俺は、遠くにある集落を見つめていた。
ここよりも大きく、賑わっていそうだ。村というより、街という感じだった。
時々、意識が落ち掛けそうになる。
ーーあー暇だぁぁああああ。アイツ寝てるし、俺も寝ようかな……
「--ねぇ、何でキミはいつも一人なの?」
ーーん? 誰よ。ボッチな俺に喋りかける変わった人は
眠気が一瞬にして飛んだ。
突然の質問に答えず、頭だけを向ける。
「……誰?」
ーーいや、マジで誰よ。赤毛の子は知ってるけど、金髪の子は知らんぞ
すると、彼女は自分の胸に手を置いて笑顔を浮かべた。
「ボク? ボクはね、セシリア。よろしくね」
ーー女の子が自分の事ボクって言ってるやつ、初めて見た
この出会いは、実は感動的なものだったのかもしれない。
俺は、そうは感じていなかったけど……とにかく、これが俺とセシリアの出会いだった。
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晴天の青空、前髪を僅かに揺らす心地良いそよ風。太陽は、俺から見て少し西に傾いた所にあった。
今は、俺を含む孤児達のほとんどが昼寝をしたがる時間帯だ。
そのため、今の孤児院の庭には人気が無かった。なら、普通はこんな所にいる俺に昼寝をするよう促すだろう。
だが、時々ここの近くを通る先生が俺を見かけても、絶対に声は掛けてはこなかった。
決して子供達を自由にさせる方針を取っているからではない。理由は、2歳児が黙々と本を読む姿は不気味に映るらしく、気持ち悪くて声を掛けたくないからだと。
本当ならあまり良い状況とは言えない。けれど、それは俺にとっては都合の良い事だった。誰にも邪魔されない空間を作り、やるべき事に没頭出来るのだから。
ーー人は、大きく能力者と無能力者に分けられる。その中でも、能力適性検査に於いての評価は素質によって、FランクからSランクに分かれる。
パタンと。木に体を預けた俺は読み切った本を静かに閉じて、精一杯に背伸びをした。
「オズくんってさ……相変わらず、難しい本を読むのが好きなんだね」
突然、背後から声を掛けられる。
「うわっ!?」
勢い良く振り向くと、そこには透き通る金髪の美少女が立っていた。木と俺の頭の間から覗き込む瞳は、興味深そうに宝石の如く碧色の輝きを放っていた。
「ひどいなぁ、そんな反応しなくてもいいでしょ」
と、言ってる割には優しい微笑みが浮かんでいる。
木の陰から出てきた彼女は、俺のすぐ隣でしゃがみ込んだ。
「あ、いや……セシリア、ごめん。かなりびっくりしちゃって」
「もう……集中しすぎだって。でも、やっぱりオズくんって凄いよねー。5歳のボクでも、文字なんて大層なものは読めないもの。ううん、それはボクだけじゃないか」
「いや、そうでもないよ。ちょっと色々あったから……」
うやむやな返事をしたが、本気でそう思う。
プレートにアウラ=ヘル=ドラネスト、という文字が日本語で書いてあるように、この本も日本語で書かれていたからだ。それだけではない。壁に彫られた文字も紙に書かれた文字も、あらゆる文字が日本語で書かれていた。
孤児院では誰からも教えてもらえないから、理解出来ないのが普通なのだが、俺は違う。前世で日本語が生まれた国、日本で育ち学んできたから出来て当たり前なのだ。だから、ズルをしている俺に尊敬される権利は無い。
「もう、またケンソンなんかして……本当に素直じゃないんだから」
セシリアは、覚えたて言葉を使い笑った。その顔を見る度に、俺は申し訳ない気持ちで一杯になる。
セシリアは、他人の前ではあまり笑顔を見せないのだ。俺とアウラの前でしかほとんど見せた事がない。だから、そんな笑顔を向けられる資格は俺には無いと思っている。
勿論、俺の前世がどうとか、そういう話をセシリアやアウラにしても理解されないだろう。何言ってるんだ、と言われるのがオチだ。
「でも、ボクもオズくんのそういうところ、見習わないとねー。…………でさ、あ、あのね……? 良かったら、今度、読み書き教えて欲しいなーって……。……う、ううん、やっぱり何でも無い! 忘れて!」
最後辺りが大声に変わる。驚いた俺が見上げると、セシリアの顔が真っ赤に染まっていた。俺とセシリアの目線が絡み、更に蒸気が上がりそうな程赤くなる。
「いや、俺で良かったら別にいいんだけど……」
逆に俺は、唖然となった。セシリアに頼み事をされるとは思ってもみなかったから。
「でも、俺自身上手く教えられるか分からないし、院長辺りに教えてもらった方が良いと思うよ」
というか、俺は2歳児でセシリアは俺より3歳年上のお姉さん。それなのに、そういう反応をされる理由が分からなかった。
そう思いながらも、俺は真面目な声で言い放った。これで諦めてくれると思っていたから。
「…………オズくんじゃないとイヤなのに……」
その時、セシリアの口が小さく動くのが見えた。何かを呟いたのは分かったが、その言葉が何かまでは分からなかった。
俯き加減のセシリアの髪が目の辺りまでを隠しているせいで、表情までは完全に見えない。依然と赤く染まったまま、その体勢を変えようとはしていなかった。
「え、えぇ……?」
あまりにも気まずいせいで、理解が追いつかない。こんな様子を誰かに見られて勘違いされるのは勘弁願いたい。考えてもセシリアに対して何をするべきか分からず、俺があたふたした直後。
「オズお兄ちゃぁぁぁああああんっ!!」
前から何かが砲台の如く飛んできた。俺の知る中で、そんな事をするやつは一人しかいない。
他人から見て驚愕していた俺の顔は、きっと漫画とかでよく見る在り来たりな表情になっていただろう。
反応出来ずいると、そいつに勢い良く飛び付かれ、ぎゅっと抱きしめられる。小さな体が俺の右目に押し当てられた。
「ーーぶふっ!? ……って、やっぱりアウラか! お前、寝てたんじゃなかったのか!?」
左目だけで見る。燃えるように紅い髪が目の前で垂れ下がっていた。予想通りアウラ=ヘル=ドラネスト、その人だった。
「だって、お兄ちゃんがいないとツマンナイもん!」
「え、何それ答えになってない」
ーーというか、俺を持ち出すの止めてね。
「ちょ、ちょっと! そんな事ボクでも出来ないのに……羨ま……じゃない、離れて!」
ーーうん、セシリア落ち着いて。
「セシリアうるさい!!」
「っ!? ……前々から思ってたんだけど、何でアウラはオズくんをお兄ちゃんって呼ぶのに、ボクの事は呼び捨てなの!?」
「そういうセシリアこそ、オズお兄ちゃんをオズくんって呼んでるのに、わたしの事は呼び捨てじゃん!」
二つの大声で掻き消される。俺を挟んで、二人は言い合っていた。セシリアの碧い瞳とアウラの紅い瞳のプラズマが鬩ぎ合っている気までした。
ーーというかさ!? なんで俺の呼び名ぐらいで争い始めたし!
「しかもアウラは、本当はオズくんと血は繋がってないんでしょ!」
修羅場すぎて言葉が出てこなかった。それなのに俺は、どういう理由か二人を止めないと、という使命感に駆られてしまう。
「いや、そういうのは別にいいんじゃーー」
「「オズお兄ちゃん(オズくん)は黙ってて!!」」
「……ごめんなさい」
結果、今度は俺に矛先が向いた。そして、俺は謝った。何故か謝らないといけない気がして、咄嗟に口が動いてしまった。
ーー母さん、俺は一体どうすれば……?
ここに母はいない。それを分かっていても、アドバイサーの母に頼まざる負えない状況だった。俺には手に余る修羅場と化していた。
ーーうわっ、視線が痛ぇ……。
頰に冷たい目線が刺されるのを感じる。院長や先生が、それどころか孤児達が、石造りの孤児院のガラスのない窓から覗いているのが見えた。
……その全てが俺に向けられてるのは、気のせいだと思いたかった。
右目には言語理解の能力が宿っているという、地味設定を廃止しました……。