第2話 赤子の名はオズワルド
1500文字程。
ちょっと短いです。
ーー俺、死んだのか……
「こ、呼吸をしてないぞ! エアだ。エアを使え!!」
「分かりました。エア!」
ぼんやりとした意識の中、突然、やけに焦りの混じった声が俺の耳に入った。
視線を動かし見ると、質素な服を着た膨よかな老女が、掌を向けたまま口を動かしていた。
壁も天井もあまり良くない石材を使っているのか、ところどころに小さなヒビが入っている。
全体的に薄暗く、少し汚れた印象を受けた。
ーー死んで……ない? というか、ここは…………? 病院でもないな……。それじゃあ、この人達は一体何を……
その時。俺の腹が一気に膨らんだ。
肺に直接、酸素が入ってきたような妙な感覚がした。
「やった……泣いた! 泣いたぞ!!」
「お疲れ様です。院長!」
「ーーあ、ああぁあ!!」
俺が、泣いてる!? ーーと言おうとしたが上手く口が動かなかった。
だが、代わりに出てきたのは泣き声だった。感情のコントロールが効かず、普通こんな風に泣くのかと思うような声で泣いていた。
「よーしよし、泣かないでね〜。あなたの名前は、オズワルドですよ〜」
優しげな声を掛けられ、俺は浮いた。
目の前には自分より何倍も大きい人が立っていた。
ーー俺よりもデカい……? いや
どういう訳か俺が小さくなったのだ。
とはいえ、そんな事はあり得ない。幻覚でも見てるのか、と思ったその時。
柔らかい毛布のような物に包まれた。
上を見ると、シワの多い手が離れていく。
俺は浮いたのでは無く、ただ単に持ち上げられただけのようだった。
腕を伸ばそうとして、そこで気づく。
見たところ、ムチっとした短い腕。生まれたばっかりの鮮やかな肌色をしていた。
俺自身、それを何度か見た事がある。それどころか、触った事すらあった。
「あー、あ……」
完全に赤ちゃんの、それだった。
「おぎゃああああぁぁぁぁぁああああぁぁぁあぁあああぁあああぁあッ!!」
つまり、俺は赤子に転生したーーと言う事だった。
…………普通に泣いた。
とは言え、実際に泣いた訳では無い。心の中でだ。
じゃあ、俺以外の誰が泣いているのか? すぐ隣から、欲望のままに喚き散らしたような泣き声が発せられていた。
確認しようと頭だけを横に向けようにも、上手く頭を動かせなかったから、体ごと倒してうつ伏せになる。
目と鼻の先には木製のプレートが付いてあり、名前らしき文字が日本語で彫ってあった。
ーーアウラ=ヘル=ドラネスト
と、そこでふと気付く。
このような名前は日常的に目にしていた。ただし、日本以外の国で使われる構成。
近くにぶら下がるプレートには、オズワルド……と。俺には名前しかないのに、まだまだ元気な赤ん坊には苗字と名前があった。
ーーこの違いは何なんだ? 覚えているような、覚えてないような……。授業中に先生が豆知識で教えてくれた気がするんだが……
「ああ……あぁー?」
ともかく、あの時死んだはずの俺は赤ちゃんになった……というより、生まれ変わったという方が正しいのだろう。いわゆる転生をしてしまった、という事か。
そう思い至った直後。
強烈な眠気が俺を襲った。
赤ん坊がよく眠る理由。それは、脳を発達させるという目的にある。いくら俺が前世の記憶を持っているとは言え、精神では無く体の方はまだ未熟なのだろうか。
ーー何にしても、面倒だな……
アウラヘルの耳を塞いでも隙間から入り込んできそうな、声すらもどんどん遠くなっていく。
遂には聞こえなくなり、目の前が霞んで見えた。意識が遠のく感覚すらも麻痺していく。
今眠ったらなら、どれだけの快感が得られるだろう。久々に心地良い微睡みに心躍らせる。
もう俺は俺ではないと、赤子らしく完全に欲求に振り回されていた。
ーーあ、もう我慢できない。寝よ
たった今。
迷い無く思考回路が一時的に分断され、瞼が完全に閉じられた。
すぐそばで、金髪碧眼の女の子が見ていた事を知らずに……。