第14話 冒険街オルバリス
俺の異能に飛竜を仕舞ってから、どれぐらい歩いてきただろう。
空は綺麗なオレンジ色に染まり、白い雲が漂っている。カラスが飛んでいたら、懐かしや日本の風景となっていた。
確か、歩きだした頃はまだ太陽は斜め45度ぐらいの位置にあったはずだ。それなのに、もう日は沈みかけていた。
俺、どれだけ喋ってた……?
自分でも時間の感覚が分からなくなるほど、ガルフさん達との話に熱中していたことを思い出す。
レイヴンズは幼馴染で構成されたパーティ、だった事。
実は、レイラさんとレノンさんは姉弟だという事。
天剣を洞窟で見つけた話の続きで、今度俺も探しに行くぞ、と意気込んだガルフさんに、スケルトンで隙間無く埋まっていたと教え、青ざめさせた事。
他にも、この世界の常識など、沢山の事を教えてもらった。
多分、俺からの話の方が少ないと思う。
一瞬、パーティに入る事も視野に入れてしまったぐらい、本当に充実した時間だった。
「おぉ……」
「わぁ……!」
「凄いわね……!」
「初めて見るか? だが、驚きたい気持ちは後にしてくれよ。暗くなる前に受付を済ませないといけないからな」
同じような反応を見せる俺ら三人組を見て、クスッと笑うガルフさん。
ちゃんと聴いてはいた。いたのだが……。
俺の目の前には、街と外を隔てる巨大な壁がそびえ立っているのだ。
これで、街。街を守る壁なのだ。
……巨人でも相手にしてんの?
街に壁とか、前世からは想像がつかない過保護さよ。
いや、でも。この世界では魔物がウロウロしてるのが普通だから、当たり前なのか……?
……うーん。世界が違うと、こんなに違うもんなのか。
……そう考えると、都市とか、国の場合はどんだけデカイの? 想像がつかねぇ……。
「……ガルフ!? ガルフじゃないか! お前、一体今まで何やってたんだよ。なかなか帰ってこなくて、心配してたんだぞ!」
「……すまん。ちょっと飛竜に襲われてな」
門番さんが槍を縦にして走り寄り、ガルフさんが片手を上げて笑いかける。
門番の人は、色も何もついていなく、長年使っているのか傷の入った鎧を身につけている。
ガルフさんのようなギチッとした鎧では無く、少し軽さを追求し、動きやすさを重視したような装備だ。
ガルフさんよりも年上……。大体40歳ぐらいか?
見たところ、門番だけやってきました風な男性だった。
悪口じゃないからな。
「飛竜……!? その事で、ギルドが騒いでたんだが……お前らがやってくれたのか……」
「いいや、こいつらのお陰だぜ」
後ろからはガルフさんの顔は分からなかったが、親指を俺に向ける。
この人が信じようが、信じないがはどっちでも良いんだが……そこで、俺を出すのやめて欲しいな……。
「んな、馬鹿な……。まだ子供だが……」
「いやいや、クラウス。よく見てみろって。主に男の方をよ」
あっ、この自慢げな声は。
ニヤリと笑ってる時の声だ。
そう言われて、マジマジと俺を見つめるクラウスさん。
次第に何かを感じ取ったのか、目を見開き、俺の方に歩いてくる。
「少年、名前は?」
「オズワルドです」
「……オズワルド君、キミは、邪気を知っているか?」
いや、突然言われても……。邪気ってなんぞ?
ガルフさんを見るが、首を左右に振られた。
「いえ、知りませんが……」
邪気って聴くと、あまり良い気はしないんですけど……?
え、俺。もしかして危険な存在?
いや、まあ無能が異能持ってるだけで危険ではあるんだけども。
「そ、そうか……分かった。もう入街を締め切る時間だから、取り敢えず受付だけは済ませるぞ」
そう言って、クラウスさんは背を向け門の近くの小屋に入って行った。
……俺、入街するとは一言も言ってないんだけど、ガルフさんがさっきの間に言ってくれたのかな? 手間が省けて助かったから、良いけど。
「やっと街に着いたね……楽しみだな」
セシリアは、ガルフさんに会う前から楽しみだと言っていたからな。
とても、嬉しそうな顔をしている。楽しいなら、俺も何よりだ。
「さっ、オズ! 早く行くわよ!」
アウラが俺の腕を掴んで、クラウスさんの後を追う。
アウラも、かなり嬉しそうな笑顔を浮かべている。
でも、俺が引きづられる形になるのは、どうにかなんないの……?
***
「よし、来たか」
座ってくれと促すクラウスさんが座る椅子。
指の先のは三人分の椅子があった。
俺が座ると、続いてアウラ、セシリアが座る。
「キミ達は、孤児だったらしいな」
「はい」
「昨夜は……災難だったな。とにかく、君たちが生きていて良かった」
ガルフさんの時と同じだ。
クラウスさんの先ほどの怖い雰囲気と違い、今はとても温かさを感じる。
前世以来の温かさ。
本当に、懐かしかった。
今は亡き丸眼鏡の院長、死の略奪。
そいつらの存在が大きすぎて、ずっと忘れていたようだった。
「まず、この書類に名前を書いて、この腕輪をつけてくれ」
と言って、クラウスさんが名前を書く欄しか存在しない茶色の紙を、間の机に置く。
そして、黒く何の装飾も施されていない腕輪も隣に置いた。
セシリアは忘れたかもしれないけど、俺は一応二人に自分の名前の書き方を教えておいたのを思い出した。
丸眼鏡は教えてくれなかったからな……。というか、孤児院では一般的に文字を教えてくれないらしいし。
あれ? じゃあ、クラウスさんって。
……俺らが、文字を書けるって知ってんの? それとも、一般常識が無いだけ?
「オズワルド君、キミが彼女らに教えたんだろ?」
……な、何て奴だ……!? エスパーだったのか!
クラウスさんが、肘を机につき、手を組んで問いかけて来た。
「クラウスさん、何故それを……?」
「キミを見れば、嫌でも分かる」
逆に何でそんな事を聞くんだ? と言いたげな表情のクラウスさん。
俺を見ただけで分かるとか、俺の方がやだよ。
個人情報筒抜けのようなモンだよ。
「ほら、二人はもう書き終わっている。キミも早く書きなさい」
め、命令かよ……。
クラウスさんの言葉からすると、セシリアは、ちゃんと覚えていたようだ。
良かったと思い、二人の書いた名前を見ると……。
ーーは?
いやいやいや。何でセシリアの文字、こんなに綺麗なん?
クラスメイトに、毎回毎回、習字で推薦取ってくる奴がいたけど、そいつ顔負けの文字なんだけど!?
……こ、これも才能って奴なのか……?
というか、そっち方面にも適応されるのか……。セシリアって、魔法に長けたイメージがあったから知らなかった……。
「ちょっと、オズ……。そんなに見つめられると恥ずかしいよ」
セシリアさん? 文字見てるだけなのに、勘違いするような言い方しないでくれません?
「オズ、わたしは!」
肩を揺すぶられて振り向くと、手を置いていたのはアウラだった。
次に、視線を下げると……。
セシリア時とは別の意味で、電流が走ったような気がした。
紅い稲妻は、俺自身に痛みは感じさせない。というか、単にダメージが入らない。
なのに見えたのは、紅だった。
……はっ!? まさか、異能の反乱か!?
じゃない。
この文字……。辛うじて『アウラ』と書いてあるのが分かるぐらいだ。
それに対して、アウラの自信満々の笑顔。
「守りたい、この笑顔」
「……それだけなの!?」
それだけです。
「オズワルド君、ここでそういうのは止めてくれ」
……すいません。
やれやれと言った感じ、頭を抑えるクラウスさん。
それを見て、俺は急いで名前を書いた。
かなりのチャラ書きだ。
なのに……。
「うわぁ……。綺麗な文字だね」
皮肉か?
セシリアが俺の文字を凝視している。
「いやいや、セシリアの方が綺麗だよ」
「ーーっ!?」
「……」
突然、セシリアが自分の頰に手を当て頭を左右に振りだした。
そして、ジト目でセシリアを睨むアウラ。
俺は、文字の事を言っただけだ。
俺は悪くない。
「……次に行こうか。じゃあ、この腕輪をつけて『契約を結ぶ』と、唱えてくれ」
今度は呆れた感じのクラウスさんが、教えてくれる。
どうやらこれは、この街から追放された人か、どうかを判断する魔道具らしい。
契約とは、そういう類をしない事。
そういう類って言っても、色々あるらしいんだけど……。
あ、そうこう考えている内に終わったようだ。
腕輪をつけて少し待ったら、はめられた小さな水晶玉がピカッと光り、勝手に外れた。
それだけだ。かなり呆気ない気もする。
「ようこそ、冒険街オルバリスへ。私達は、キミ達を歓迎する」
明るい声でそう言ったクラウスさんは、長方形で金属製のプレートを渡してきた。
「これは、オルバリスの入街許可証だ。追放されない限り、今後はこれを見せれば街に入れる。ほら、ガルフが待っているから早く行け」
「「「ありがとうございます」」」
礼儀は忘れない。
こういう時は、感謝を表すと、良い印象を持ってもらえるのだ。
「これが仕事だからな……あ、そうだ。オズワルド君、君だけは俺についてきてくれ」
……何故だぁぁぁぁああああ。
思い出したように付け足したクラウスさんが、俺を呼んだ。
「じゃあ、ボク。ガルフさん達と門で待ってるから、終わったら来てね」
「早く帰ってくるのよ!」
と言って、アウラとセシリアは手を振るガルフさんの方に走っていく。
心配はしないのな。何を聞かれるとか、そういう心配は。