第10話 黒蛇の襲撃
「まだ、信じられないよ」
セシリアが苦しげに言った。
俺だって、そう簡単に信じてもらおうとは思っていていない。
第一、無能ーー無能力者が能力者の中でも上のAランクにも勝る能力を持っているなんて聴いても、普通は信じないだろう。
それが当たり前なのだから。
俺は、本に無能が超能に勝つという事実が書かれたのを、見たことがなかった。
そう考えると、俺は一体何なんだと思うが、それは俺自身分かっていない。
だから、セシリアは分かるはずがないんだ。
本人が理解してないのに、他人が理解するはずがない。
「でも、本当のことだったんだから、信じるしかないよね……」
でも、セシリアは納得していない様子だった。
俺は一応、セシリアの目の前で力を使っている。魔法とかとは違う、異能を。
一番手っ取り早い方法をとったが、それでも信じるまでに時間がいるのは、間違いはないだろう。
セシリアにもプライドとかはあるだろうし、俺がセシリアの立場になっても受け入れがたい事なのだから仕方が無い。
そのせいで、盗賊を全滅させたことの説明も後回しになっている。
あれ? そう考えると、アウラがすぐに信じてくれたのは何で?
本人は、オズだからとか言ってたけど……。
う、うーん……。さっぱり分からん。
「……せっかく、いいところを見せられると思ったのに……」
「ん、何か言った?」
今、何か聴こえた気がするんだけど……。
「な、何でもないよ!?」
「そっか」
空耳だったか、じゃあ、俺のぼけが始まったのか……?
やだなー、まだ8歳だぞ。
精神年齢は25歳だけど……。
そこらへんは、どっちに左右されるのか分からないから、色々と辛い。
「そ、それで……これから街に向かうんだよね?」
さっき伝えた、今後の目標を確かめるセシリア。
でも、その顔は赤かった。
脱水症状か……?
ここら辺は蒸し暑いし、早く抜けたほうがいいかもしれない。
「まだ時間はかかりそうだけど、そのつもりだよ」
と言って、俺は地図を見た。
まず道路に戻って、そこから街を目指すつもりだ。
だが、ここからはまだ、街の時計塔らしき建物も見えてきていなかった……。
……だが、アジトに来るのに見当違いな道を駆け抜けた俺だ。
そう考えると、どれぐらいかかるのか全然分からない。
俺だけでも走れば、すぐに着けそうだけど。
それは却下だ。そんなこと、出来るわけがない。
「走ればもっと早くつけるわよ!」
俺の先を歩くアウラが、そんなことを言う。
弾んだ声で、嬉しそうな声。楽しそうだな。
そういや、アウラが冒険者になりたいって言っていたのを思い出した。
冒険というのが好きらしく、冒険者が孤児院を見に来たとき、その人に質問していたのを覚えている。
ただ。
ただ、アウラの質問攻めに、冒険者さん若干引いてたな……。
「いや魔物も出るし、道はでこぼこだし、普通に危険だろ、それ」
しかもそれって、正式に言えば俺が抱っこして走れば……ってことだろ?
俺は二人も一度に持てんのだが。
「うん、それもそうだね……。でもボク、街には行ったことが無かったから楽しみだなー」
セシリアが、突然そんなことを言い出す。
アウラが足を止め、セシリアを見た。
セシリアは苦笑いを浮かべていた。
「え、それって……」
それに対して、アウラはしまった、という感じの表情をしている。
「ボクってほら、魔法で化けても子供だったし、外に出してもらえても、街までは行ったことがなかったんだ」
「「……」」
悲し過ぎるだろ。
なのに。
なんで、セシリアは笑えるんだよ。
「あ、でも今は、オズがいるから大丈夫だよ」
セシリアの癖か、また頬をかきながら、そう言った。
俺だから。とか、俺がいるからとか、そういうのが分からない。
だが、俺は彼女にそこまで言われるようなことをした覚えは無かった。
「何それ!? セシリア、わたしは!?」
アウラが、先ほどの調子を取り戻す。
流石、アウラだ。
俺にはそういう気遣いは出来なかった。
前世も、今も。
いつも、どうしても、相手にかける言葉が見つからなかったのだ。
「ふふ、もちろん、アウラもね」
なのにセシリアは、そんな俺らの心境を知らないようだった。
少なくとも、気にしないようにしている風では無かった。
「そ、そうよね!」
相変わらずの元気が良い。
完全に調子を取り戻したアウラが大声を出して、すぐ。
「シャァァアアアアアア!」
どこからか、音が聞こえてきた。いや、音ではなく声なのか。
猫の威嚇にどこか似た響きだった。
不安を煽るように、森林内を反響している。
周りを見ると、アウラもセシリアも足を止めている。
それどころか、アウラは刀を抜いて、腰を落としていた。
マサムネとムラサメの、透過性のある青さが日光を反射させていた。
「何だ!」
俺は叫んだが、未だ正体は分かっていない。
どこを向いても、声の主らしき生き物は見当たらなかった。
だが、近づいている、ということだけは十分に感じ取れた。
「わ、分からないよ!」
セシリアの焦燥を含んだ声。
それに比べて俺は、恐怖心すら湧いてこなかった。
至って、平常だ。
いつか俺、油断して殺されそうだよ……。
恐怖心って、自分の身を守るのに役立つらしいし。
「遅い、もう来る!」
鋭い声が空気を切った。
それを合図に、黒い何かが俺の視界に入る。
だが、すごいスピードだった。
まだゆっくりに見えるけど、あれならかなりの速度が出てそうだ。
「ーーッ!」
そいつが、俺に飛んできているのが見える。
真正面から大きく開かれた口は、俺を丸のみできそうなほど広かった。
「シャァァアア!」
「危ない!」
「避けてぇえええ!」
視認するより、遅れて声が届く。
アウラとセシリアが俺の方に走ってきていた。
二人とも、かなり切羽詰まったような慌てようだ。
だが、それを見たころには俺は奴から離れていた。
「蛇かよ!? ……ちょっと待て! いくら何でも、大きすぎないか!?」
ようやく全体が見える。
そいつは黒かった。真っ黒な皮膚に馬鹿でかい図体。
普通の蛇は柔らかいのだが、そいつの皮膚は鉛のようで、見た所とても硬そうだった。
「……オズ、早ッ!?」
いや、今更だろ。
アウラが叫んだ。
前に一度見たはずなのに、アウラが驚くって……俺今、どんな動きしてたの………!?
「流石、オズだね……。本当に無能力者とは思えない強さだよ……」
いや、それも今更だろ。
今は戦闘中なのに、セシリアが足を止め、呆然と呟いた。
「ハァッ!!」
その間にも、アウラは斬り込んでいく。
交互に、素早いスピードで斬り込みを入れていく。
あの刀で斬れない物を俺は、今まで見たことが無かった。
と言っても、たった1日も満たしてないんだけどな……。それでも、山を崩せるぐらいの力はあったはずだ。
だが、そんな刃が途中で止まり、肉を斬り落とすまでに持っていけない。
つまり、それほどあの蛇は硬いってことだった。
「アウラ、危ない!」
斬る事に夢中になるアウラ。
俺が気づいた時には既に、大蛇の口がアウラの真上に来ていた。
ここから、追いつけるかは分からない。
出来るとも、出来ないとも言えなかった。
俺にはまだ、どれぐらいの力があるか分からないのだ。
こんなところで全力出して走ったら、自分やセシリアがどうなるか分からないし、ほとんどそれは自殺行為だった。
でも、それでも……。この状況をどうすれば……!?
無意識に掌に力を込め、大蛇の頭だけに狙いをつけた、その時。
「グァアアア!?」
突然、大蛇の眼が潰れ、アウラとは違う方向へ倒れた。
まだ、俺は紅い稲妻を放っていない。
なのに、何故。
「ボクのこと、忘れてもらったら困るよ!」
セシリアだった。
その声には、俺の知る彼女とは違った雰囲気がある。
かなり、頼り甲斐のある声だった。
そして、右手に持つのは、緑色のオーラが漂う短剣。
【纏 風】の効果だ。
あれってさ、セシリアの|腕(技術)だけで当ててるんだよな……。
ということは、拳銃でアイツの眼を打ち抜いたようなもんなんだよな……!?
……セシリア怖ッ!
だけど、この状況下なら……。
「ナイスだセシリア!」
と安心するのも束の間。
「シャァァァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
大蛇は、追撃のチャンスは与えてくれなかった。
森中を鳴き声が支配する。
それだけで、近くの木々の葉が揺れていた。
「クッ!」
「キャッ!?」
俺は何ともないようだが、アウラとセシリアは違うようだった。
二人とも、両耳に手を当て耐え忍んでいる。
「大丈夫か! ……って、まずっ!?」
セシリアを丸のみにしようとしているのか、大蛇が大口を開けて彼女に迫った。
先ほどと比べて、スピードは遅い。
それを見て、俺も走り出す。
今度は、大丈夫だ。うまくやれる。
何の根拠も無い自信が湧いてきた。
そして、地面を強く蹴る。
風圧が、大気の揺らぎが靴越しに分かった。
「シャァァアアア!」
途中で、大蛇の速度が急激に上がる。
それと同時に、音による束縛から解き放たれたセシリアが大蛇を見た。
しまった、という顔をしている。
だが、もう遅い。彼女が逃げることは不可能だ。
横から見た所、セシリアと大蛇の間の距離は、おそらく10メートル。
だが、それぐらいの距離では2秒も満たず、彼女を呑み込んでしまうだろう。
「--セシリア!」
俺が。
大蛇のスピードを上回ってなければ……!
叫んだ俺は、セシリアに衝撃が届かない程度で大蛇の顔の側面をぶっ叩く。
「グァッ!?」
魔物でも人間みたいな反応をするんだな。
今まで遭遇した中には、それらしい反応をするやつがいなかったから驚いた。
というか、今のでもかなり手加減していたとは言え、それを耐えるのか……。
叩かれた衝撃で奥の木々にぶつかっていくが、まだ生きている。
普通に凄いわ、アイツも。
「お、オズ……」
そう情けない声を出すセシリア。
やっぱり脱水症状でも起こしているのか、顔が赤い。
大蛇から遠ざけるために、俺はいつぞやの姫様抱っこして走りだした。
「大丈夫か?」
だが、多分アイツもすぐ起き上がってくるだろう。
セシリアが辛くならない速度に調節する。
その確認も兼ねて、声をかけると。
「う……うん」
見事に顔を逸らされた。
……俺、何か悪い事したっけ。
まだ顔が赤いせいなのか……?
セシリアが大丈夫か心配だが、今はそれよりも。
「よし、アウラ! あれ使うから、離れろ!」
アイツを潰すことが最優先だ。
アウラに声をかけ、セシリアを預けた。そして、俺から離れてもらう。
こうでもしないと、かなり危険だから。
コレを使うのは二度目だけど、どれだけ凄まじいかは、一度目で十分に分かっている。
ーー下手すれば、仲間が死ぬわ。
「分かったわ!」
俺でも引いたレベルの技だ。
強い返事をされたけど、流石に怖がるかな、と思っていた。
けれど、その考えは甘かったことをすぐに知る事となる。
見ると、アウラは俺をキラキラした目で見つめていた。
間違いない。それは、キラキラという擬音語が一番似合いそうな眼差しだった。
前々から思っていたことがある。アウラと言い、セシリアと言い……。
……やっぱり超能って色々と変だ。
俺の知る中では、アウラは一部の虫にしか怖がったことがなかった。
そう。Gとか、Gとか、Gとか。
俺は今、右腕を高く上げ、五指を曲げている。
そう考えている内にも、俺の手のひらには、紅い槍が出来上がっていた。
「--シャ!?」
それを見て、本能的にアレはまずいと悟ったのか、大蛇が身をくねらせ木々の間を抜けて逃げていく。
木を登り、消えたと思ったら今度はまた別の木から降りてきて、と。
俺に狙いをつけさせないようにしてるらしかった。
だが。
残念だが、こいつは追尾式だ。
だから、アイツはどこに逃げても、結局は避けることは出来ないのだから……。
「もう遅い!」
そう言って、右足を前に置き、もう片方の足を引く。
そして、肩ごと腕を後ろに引きーー。
顔を下にし、思いっきりブン投げた。
俺でも捉えきれない速度だ。
全力で振った。例え、地形がどうなろうが俺の知ったことでは無い。
「さ、流石、オズね!」
「すごいね……流石だよ」
と、二人は褒めてくれた。
ただ。
ただなぁ……。
やりすぎた、調子に乗りすぎた。
前よりも深く地面が抉れ、射線上の木々は完全に消えた。
それどころか、周りの影響も凄いことになっている。
まず草が無い。一面茶色だ。
ハゲだ。
そして、葉っぱ。無い。
ハゲだ。
それから、以下略。
「--確か、こっちから飛んできたはずなんだが……!?」
そんな声が、割と近い所から聞こえる。
俺が頭を抱えているときだ。
やっちまったぁぁぁぁぁああああああああああ!!
と悶絶してるところに、来た。人が来ちまった。
また盗賊か、と思いながら声の方を向いた。
だが、違った。
ハゲた地面を歩くのは、一人の男だ。
赤い鎧を着こみ、大剣を背中に携えた、25歳ぐらいの男性だった。
どこかの薄汚れた連中とは違い、清潔感のある。
明らかに盗賊ではない。
それは分かった。
だが、この惨状を見た彼がどう思うだろうか。
そこに、その原因を作った犯人がいたなら、面倒ごとに巻き込まれることは間違いない。
……犯人、俺なんだよね……。
「うおっ!? 何だよこれ!」
男が驚き、着実に俺らの方に近づいていた。
その間に俺は、アウラとセシリアに黙っていることを促す。
下手に動くとばれる。だから、彼が消えるまで、ただただ待つしかない。
だが、男の声に合わせて、後ろから4人の男女が出てきた。
嫌がらせか!?
一人は、赤い鎧の男とは違い、青い鎧を着こみ、顔も甲冑で覆われていた。
右手にランス、左手には大盾がある。
顔は見えないが、おそらく男だ。
また別の人は、布でできた服を着ているのか、全体的に緑色の軽装で、胸当てを付けていた。
そして、背中に大量の矢が入った矢筒を背負い、右手に弓を持っている。
頭に耳が生えた女性だった。
三人目は……。青いローブを纏い、左手に杖を持っている。
なんだアレ、杖を持ち手の上に水晶玉があるんだけど……。
まあ、いいや。まさしく、魔術師という風の女性だった。
ちなみに、フードはかぶっていない。
そして、最後は、弓を持った女性とはまた違う軽装の男性だった。
腰のホルスターに数本のナイフが刺してあり、右手には短剣を持っている。
計、男性三人と女性二人が歩いてきていた。
鎧の人は分からないけど、それ以外は見た所25歳前後だ。
で、年齢がどうとか、見た目がどうとかは別にいいんだが、今は……。
頼むから気づかないでくれ!
そう願うが、ここに俺らを隠すようなものは存在しなかった。
なぜなら、それら全部俺が吹き飛ばしたからだった。
ハゲにしたのが悪かったのか。
やっぱり願ってもやっぱりどうにもならない事はある。
自業自得だ。
真っ先に赤い鎧の男が、真っ先に俺に気づいた。
「何で、こんなところにガキが……って、おいちょっと待て……そこの赤毛のやつ、どっかで……」
そして、アウラに気づき、そんなことを言い出したその瞬間。
あ、終わったわ。
と、俺は思った。