第一章 宇宙人の少女 (その4)
どうやら、そこは《大食い婆さん》の家らしかった。
「ほんと、久しぶりねえ」
そう言って《大食い婆さん》は、マサトの前に湯飲みを置いた。
ヤカンからコポコポと、目の前の湯飲みにドクダミ茶がそそがれる。
マサトはそれを眺めながら「うん、そ……うだね」とだけ答えた。
「いつぶりだい? 入学式以来じゃないかい?」
「そうだっけ……?」
「そうよぉ。もう正人も高校生なのよねえ、子供の成長って本当に早いわぁ」
笑いながら《大食い婆さん》は、マサトの隣に座る少女の湯飲みにもヤカンを近づける。それを見て、少女も手を震わせながら湯飲みを持ち上げた。《大食い婆さん》は「あら、ありがと」と言って、昆虫の手を器用に使いドクダミ茶をそそぐ。
そしてマサトに向き直り、
「ほんと、こんな可愛い彼女まで作っちゃって」
「いや、彼女……とかじゃないんだけど」
「いいのよ、隠さなくて。…………ああ、本当に大きくなったわねえ正人」
「うん……おばあちゃんも、ね」
「やあねえ、わたしは変わらないわよ。もうお婆ちゃんだもの」
おっほっほ、と笑う《大食い婆さん》。
あっはっは、と引きつった笑いを浮かべるマサトと少女。
「とにかくゆっくりしてってね。今、お菓子取ってくるから」
バスン、バスンと脚を床に突き刺しながら《大食い婆さん》は隣の部屋へと消えていった。
いや、部屋と呼んでよいのだろうか。
そこは木の幹を刳り抜いただけの空間だった。ただし、その幹の太さは北部に残るビルの廃墟並みである。プチが走り回れそうな程広く、天井は遙か彼方。しかもその天井はまばゆく発光している。目を細めて確認すると、光を放っているのはキノコの大群だった。まったく異様な光景だと思う。
恐らくは変貌症に罹った樹木なのだ。
そんなモノが生えているという事実が、ここが《中央禁区》だという証拠。植物は余程の事がなければ《変貌症》に罹らないからだ。
そして、その巨大なツリーハウスにマサトと少女はいた。
《大食い婆さん》に連れて来られてしまったのだ。
言葉の端々《はしばし》から察するに、マサトを孫と勘違いしているらしい。つまり『久しぶりに会った孫に《大食い婆さん》は喜び、家に招待した』という事である。勘違いを解こうにもバカでかい昆虫の脚を前にしては『勇気』の手持ちが足りなかった。
ひとまず落ち着こうと、マサトはドクダミ茶を口にする。
腰を下ろしているのはごく普通の椅子にダイニングテーブルだ。部屋の広さと比べれば、人形遊び用の玩具に思える。《大食い婆さん》は一体、これを何に使うつもりだったのか。自分達以外にも、ここに誰かを呼んでいるのだろうか。
「……ねえ」
そうして毒を盛って、動けなくなった所を食べるのか。いや、あり得ない。変貌症患者に効く毒物など聞いた事がない。変貌症は病や毒による障害程度であれば、障害ごと変貌させてしまうからだ。もし腕を欠損しても、その断面から変貌した腕が生えてくるくらいで――
「…………ねえッ!」
「痛ッ」
腕を少女につねられ、辺りを見回していたマサトは小さく悲鳴をあげた。
少女を見ると、ガスマスクの向こうで物問いたげに眉をひそめている。
「なに?」
「……貴方、あの変貌症のお婆さんと、し、知り合いなの?」
「知らないよ」
「でも向こうは……知ってる様子、じゃない?」
「みたいだね」
丘の上で《大食い婆さん》と出くわした際、《大食い婆さん》はマサトの名を呼んだ。
普通に考えれば、同姓同名の別人という可能性が高い。――だが、《大食い婆さん》はしっかりとマサトの顔を見た上で名を呼んだ。
もしかしたら本当に知り合い――それどころか《大食い婆さん》の孫、なのだろうか。
記憶のないマサトには、確かめようがない事だが。
その事を伝えると、少女の顔が怪訝そうな顔になった。
「でも、どうして? 変貌症って記憶も無くなる、の?」
「いや、そんな事ないよ。多分、別の理由」
「頭でも打ったとか。何か、大変な事でも……?」
「わからないよ。朝起きたら、何も覚えてなかったんだ」
これは本当の事だ。仮設アパートの一室で目を覚ました時、マサトは何も覚えてなかった。自分の名前すら覚えていなかった。部屋には必要最低限の家具や衣服しか残っておらず、唯一自身の手がかりはマサトが普段着けている鬼の仮面と、その裏に掘られていた《マサト》という名前だけである。
「名前だけ? 苗字は?」
マサトが差し出した鬼の仮面を見て、少女が訊いた。
「いや、わからない。今はただの《マサト》だよ」
「そう……」
少女は何故か、羨ましそうな表情を浮かべた。
何かを考えるように鬼の仮面を暫く観察してからマサトへと返す。
そこでふと気づく。
返して貰った鬼面には刀傷が見当たらなかった。マサトは違和感を覚えたが、恐らく思っていたより浅い傷だったのだろうと納得する。目立たないなら、それはそれで助かる。
それよりも、
「そういえば、君の名前は?」
成り行きでここまで一緒に来たこの少女だが、まだ名前を訊いていなかった。『正人の彼女』と勘違いしている《大食い婆さん》に合わせていた為、訊く機会を逃していたのだ。
少女は少し悩んでいたようだが、決意したようにガスマスクの向こうの目を細めて答えた。
「――華弥。難しい方の《華》に、弥生時代の《弥》」
「ヤヨイジダイ、って?」
「え?」
マサトの問いに《華弥》と名乗った少女は目を丸くした。だが、すぐに気を取り直してテーブルの上に「こんな字」と書いてみせる。一応、知っている文字だったのでマサトはホッとした。
「苗字は? 牧ノ原?」
マサトがそう問うと、少女はガスマスクをマサトから逸らして、
「ううん。ただの《華弥》」
「そんな事ないだろ。塀の外から来たんだろ?」
「貴方も、ただの《マサト》なんでしょ。だから私も、ただの《華弥》でいいじゃない」
それきり少女は口を噤んでしまった。それ以上語るつもりはないらしい。何か触れてはいけないものに触れたようだ。話し方も少し変だし、何か事情を抱えているのだろう。
気まずい沈黙が流れた。
と、
「ごめんなさいねぇ。待たせちゃって」
《大食い婆さん》が戻ってきた。
再び、マサトと華弥の間に緊張が走る。
「探したんだけどこんな物しかなかったわ。もっと色々あったはずなんだけど……」
申し訳なさそうに、《大食い婆さん》は花林糖を山盛りに乗せた器を差し出した。まともな物が出てきた事に、マサトは胸をなで下ろす。
《大食い婆さん》は危うい所で『人の心』を維持しているようだった。だが精神を病んでいる事には違いない。なにしろ自身の変貌してしまった肉体に関しては気づいておらず、本人は普通の老婆のつもりでいるのだ。また、この巨大なツリーハウスの事も《普通の日本家屋》だと思っているらしく、華弥の変貌症防護服も気にしている様子はない。
自分にとって都合の悪い部分は、全て見えていないのだ。
《大食い婆さん》はその場に腰を――腰と呼べればだが――下ろして、
「――でも意外ねえ。正人、緋衣さんと知り合いだったの?」
その言葉に、マサトの隣に座る華弥が反応した。
「母を知っているんですか!?」
さっきまでの《大食い婆さん》に怯える少女はそこになかった。
椅子から立ち上がり、《大食い婆さん》に掴みかからん勢いである。
「あら? あなたのお母さんだったの?」
「はい」
「そう。……大変ねえ、若いのに」
《大食い婆さん》は悲しそうな表情を浮かべて、華弥を見つめる。
どうやら、あの墓の下に眠る人物と《大食い婆さん》は知り合いらしい。
そしてそれは、華弥の母親らしかった。
「母は、その……ッ」
華弥はそこまで言いかけたが、しかし続く言葉が出てこなかった。
マサトには想像するしかないがーー恐らく訊きたい事が多すぎて、言葉が喉で詰まってしまったのだろう。
そんな華弥を愛おしそうに見つめて、《大食い婆さん》は口を開いた。
「緋衣さんは、本当に出来た人だったわ。塀の建設が始まって、家に帰れなくて困ってたわたしを色々助けてくれてね。緋衣さんがいなかったら、わたしみたいなお婆ちゃんはアッという間に死んでたかもしれない。――ほら、あの時ってあちこちで自衛隊と喧嘩してる怖い人たちが沢山いたじゃない? わたしも巻き込まれそうになってね。足をくじいて歩けなくなってたわたしを緋衣さんがおぶってくれたのよ。自分も逃げなくちゃいけないっていうのにねえ……」
遠い目をして、《大食い婆さん》は語った。
その目は、あの墓が飾りではない事を示していた。
「母は、いつ……?」
「もう何年も前の事よ。わたしが、あそこに埋めたの。……本当はちゃんとした葬式をしてあげたかったんだけど。いつの間にか、この辺りにはわたし一人になっちゃって」
「そう、ですか」
華弥は力なく椅子に腰を落とす。マサトは様子を窺おうとしたが、ガスマスクが華弥の表情を覆い隠してしまった。
「そうそう、思い出したわ」
ちょっと待っててね、と言い残し《大食い婆さん》はツリーハウスの奥へと消え、すぐに戻ってきた。小さな封筒が、大きな昆虫の手に握られていた。
「緋衣さんがね『もし娘に会ったら渡して欲しい』って書いたものなの。良かったわ、わたしが生きている間にあなたに会えて」
無言のまま、華弥が封筒を受け取る。
中からは、数枚の便箋が出てきた。
緋衣という女性の、娘に宛てた遺言だろう。
長く、便箋をめくる音だけが木霊した。
「…………――かあさま、」
手紙を読み終えた華弥は便箋を握り締めて、そう、ひと言だけ呟いた。
背中を震わせ、顔を俯かせている。小さく、えずく声がマサトの耳に届いた。
ガスマスクの小さな窓に、涙が落ちていた。
「本当に……いい女だったわ」
《大食い婆さん》も、その緋衣という女性を思い出しているようだった。マサトも会った事もない《牧ノ原緋衣》という女性を想う。きっと、本当に優しくいい母親だったのだろう。両親の記憶すらないマサトには『いい母親』がどんなものか想像もつかないが。
そもそも僕の母親は、一体どんな人なのだろうか。
「それに比べて……」
唐突に《大食い婆さん》が口を開いた。
しかし、その声は先ほどまでの遠くにある人を思う悲しげなものではない。
沸々と湧き上がる、怒りの声だった。
「それに比べて、真紀は本当にどうしようもない母親だよ。正人をほったらかして……」
今度は、マサトが驚く番だった。
「マキ――?」
「そうよ。《化物病》が流行り始めた時も、正人を助けようともしないで夫婦揃ってさっさと疎開して。結局、正人を探しに来たのはわたしだけでさ。まったく、産んだわたしが恥ずかしいよ」
《化物病》とは、変貌症が初めて確認された当時の忌み名だ。治療法もなく、感染経路もわからず、ただただ肉体が変貌する人間が増えていく中で生まれた、恐怖を表す名である。二十年以上前から多神原に住んでいた人だけが使う表現だった。
その事に違和感を覚えながらも、マサトはもっと別の事が気になっていた。
「僕の親が、塀の外にいるんですか?」
本当に《大食い婆さん》が僕の祖母なら、そういうことだ。
僕を知る人間が、塀の外にいる。マサトは興奮せずにはいられなかった。
記憶のない自分。どこから自分が来たのか分からないという恐怖に、マサトは今まで耐えてきたのだ。確かに数ヶ月程度の事である。だが、その間にマサトが経験した孤独は計り知れない。周囲には化物のような姿の人間しかおらず、日に日に精神的に追い詰められていくのを感じていたのだ。
ひと月前に一志達と出会わなければ、マサトも《大食い婆さん》のように心を病んでいただろう。地に足がつかないこの怖さは、恐らく経験した事のある人間にしか分からない。
だからこそ、一志やナツメやデカチーという《仲間》を失う事を恐れ、一度は華弥に対して殺意すら覚えてしまったのだ。
「母親が、父親が塀の外にいるんですか!?」
マサトは《大食い婆さん》への恐怖を忘れ、昆虫の脚に掴みかかっていた。
そこで、ようやく気づいた。
「まったく……ま、正行さんも、真紀きききも――こ、子供を放って――」
歯を食いしばっていた。
その顔はもう、先ほどまでの優しげな老婆のものではない。見開かれた両目は血走り、口元は溢れる怒りに歪んでいる。数十本の昆虫の脚が何かに耐えるように蠢いていた。
まずい、と思った時には遅かった。
衝撃。
「――ガッ、」
巨大な昆虫の脚に弾き飛ばされ、マサトはツリーハウスの壁面に叩きつけられた。
口の端を血が流れる。
「マサト君ッ!」
華弥が慌ててマサトに駆け寄り、崩れ落ちていた身体を抱き起こす。
その様子も目に入っていないのか、《大食い婆さん》はあらぬ方向を見据えたまま「あぁああああぁああ――」と言葉にならぬ呻き声を発していた。見れば、二つの眼は互い違いの方向へ向けられている。恐らく、もうその目には何も映っていないのだろう。
「マサト君、マサト君、マサト君!」
華弥がマサトを揺さぶり、何度も名前を呼ぶ。一瞬にしてパニックに陥っていた。これじゃ癇癪を起こした子供だな。と、朦朧とした意識の中でマサトは思う。
マサトは華弥を落ち着かせようと喉を震わせるが、言葉にならない呻き声しか出ない。その間も華弥は「死んじゃやだ! 死んじゃダメなの、死んだらダメだよっ」とマサトの手を握り締めて叫んでいる。
「自殺させてくれなかったくせに、勝手にしなないでよ。やめてよ、私、これからどうやって生きたらいいのよ! 死ぬなら私を殺してから死んでよバカァッ!!」
なんだそれは。と、マサトは思う。
この人は別に死にたいわけじゃないのか。
この人はまるで――、
「……だ、大丈夫」
マサトは華弥の防護服を押しのけ立ち上がる。
ふと、頬の生温い何かが伝った。指で触れると、ねっちょりと血が糸を引く。どうやらこめかみの辺りを切ったらしい。
マサトは血を拭ってから、華弥を落ち着かせるため笑ってみせた。
「大丈夫なの? 本当に大丈夫なの? だって、あ、あんなに飛ばされて、」
「うん、大丈夫だよ。多神原の人間は丈夫だって聞いた事ない?」
「けど、でも、」
「だから大丈夫だって」
変貌者の身体は普通の人間より丈夫だ。《変貌症》がそうさせるのだ。
だが、マサトにこの常識は当てはまらない。マサトの肉体は健常者と変わらないからだ。全身が軋むように痛み、視界が揺れていた。このまま眠ってしまえばどれだけ楽か。
しかし、それだけで済んで良かったとマサトは思う。
身体が消し飛んでいてもおかしくなかった。それほどの衝撃だった。
しかしマサトが弱音を吐けば、華弥はパニックを起こすだろう。
マサトは「それ、返して」と華弥から鬼面を受け取った。血の赤は、華弥のパニックを増長させるかもしれない。
マサトは鬼面をつけて傷を隠すと、《大食い婆さん》へと向き直った。
「ああああぁああぁあッ!」
唸り声がツリーハウスに響き渡る。《大食い婆さん》はマサト達から十メートルほど離れた場所でテーブルに怒りをぶつけて叩き割っていた。その破片が、マサトたちを掠めて背後へ飛んでいく。
マサトは華弥の手を引いて、ゆっくりと移動し始める。《大食い婆さん》に気づかれないよう慎重に距離を取った。
だが、そこから先が問題だ。
遠くに外界へと続く唯一の出口が見える。ツリーハウスに穿たれた巨大な穴だ。
しかしそれは、マサト達から見て《大食い婆さん》を挟んだ向こう側にある。
巨体の向こうに見える森は、とてつもなく遠く思えた。
「ああぁ……」
机を破壊しつくした《大食い婆さん》が視線を巡らせていた。巨大なアケビに包まれた頭が、左右へせわしなく動き――マサト達を視界に捉えた。
ニタァ、と《大食い婆さん》の口が嗤う。出会った時のような優しい笑みはなかった。
バスン、バスン、と杭を打ち込むような足音がマサト達に近づいて来る。
「マサト君、どうしよう。ねえ、どうしようっ」
華弥がマサトの腕を引っぱる。
マサトは華弥の方へ視線を向けて、その向こう側にあるものを見た。
心の中に、安堵と感激が溢れてくるのを感じた。
流石だ、と思う。
「大丈夫。動かないで」
マサトは親が子に話すように、優しく諭す。
そうした方が、華弥が落ち着くかと思ったのだ。今のうちに落ち着かせておいた方がいい。
「ああああああああぁぁあああああああぁううううううああっ!」
《大食い婆さん》が口の端から涎を撒き散らしながら、マサトと華弥に迫る。
華弥は恐怖で固まり、自分よりも小さなマサトの腕にしがみついて身をすくめた。
マサトもその場から動かない。
しかしマサトが動かないのは、恐怖からではなかった。
「あああああぁぁうううううあッ!」
《大食い婆さん》の昆虫の脚が、振りかぶられる。
――が、その脚はマサトに届く事はなかった。
それどころか、次の瞬間には《大食い婆さん》がツリーハウスの壁に叩きつけられていた。
轟音と共に《大食い婆さん》は甲虫に似た腹を見せて崩れ落ちる。
「――だから、」
頭上から聞き慣れた声が降ってくる。
「中央禁区には近づくなって言ったろ」
「ごめん」
言って、マサトは顔を上げる。
そこにはプチの背に乗った一志の姿があった。
マサトが動かなかったのは《大食い婆さん》の背後にプチが見えていたからだった。少しヒヤリとしたが、間に合って良かった。
一志は親指でプチの背中を指差し、
「帰るぞ、デカチーの居場所がわかった」
まるで《大食い婆さん》の事など見えていないような口ぶりだった。
プチが器用に前足だけを折って、首の後ろに乗るようマサトを促した。
「華弥さん、早く」
プチの前で固まっている防護服の背中を押してから、マサトはクリーム色の毛皮を伝ってプチの背中へと移動する。その後、恐る恐る登っていた華弥の手を掴み、一気に引き上げた。
「誰だソイツ」
一志が怪訝そうに華弥を見る。ピクピクと、狼耳が神経質に震えていた。
「後で説明する。それより早く逃げよう」
「んだなッ」
既に《大食い婆さん》は起き上がり、怒りの視線をマサト達に向けていた。
一志が「もういいぞ」とプチの首筋を叩く。
途端、プチは身体を翻して一目散に走り出した。
吹き飛ばされそうになり、マサトは必死にプチの毛皮にしがみつく。
それほどプチの足は速かった。振り返れば、巨大なツリーハウスは木々の陰に没しようとしている。
「ああああああああああおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああうう――――ッ!!」
中央禁区に《大食い婆さん》の唸り声が木霊した。