第五章 ヒトになるまで待ちましょう (その3)
それはマサトと洞穴で野宿をしていた時の事。
逃避行生活を始めて三日目だった。
洞穴の外は雨で、二人は中で火を焚いていた。雨の日ならば煙は目立たないし、何より寒い。
ついでに、降り出す前に獲ってきた川魚を木の枝に刺して焼いていた。
「――少し、下、しし下を向いて、ください」
「ん」
背後に膝立ちする華弥が頼むと、マサトは少し顎を引く。
十河に強打された頭に巻いた包帯。それを取り替える為だ。華弥は恐る恐る包帯をほどいていく。心臓の高鳴りは慣れない事をする緊張のせいもあったが、そんな事より何より『洞穴の中で二人きりで焚火を囲む』という状況は、華弥自身とマサトの関係の進展を予感させた。昔見た映画や少女マンガでは、こういう状況下の男女には色々とあるものだった。――色々と。
「ッ――」
「ご、ごめんなさいっ!」
唐突にマサトが苦悶の表情を浮かべた。少し手元が疎かになっていたらしい。華弥は邪念を振り払い、マサトの治療に専念する。
とはいえ、傷口に当てたガーゼと包帯を取り替えるだけだ。それらは片瀬から渡されたリュックサックに入っていた。正直、片瀬の手など二度と借りたくなかったが「物に罪はない」と自分に言い聞かせて使っている。腹立たしい事に片瀬の用意は周到で、他にもサバイバルキット一式が揃っており非常に役立っていた。
「……すごい、もう、治りかけて、る」
華弥がガーゼを取ると、その下の傷痕はもうカサブタだけになっていた。本来なら何針も縫うような大怪我だったと思ったが、血が派手に出ていただけで軽傷だったのかもしれない。
華弥は新しいガーゼを傷口にあてながら「丈夫だね」とマサトに声をかける。マサトも「そうかも」と同意した。
「当たり所も良かったんだと思うよ。――いや、悪かったのかな? この程度の傷で一瞬気絶しちゃったわけだし」
「じゃあ、運がいい、んだよ。だって、すぐに起きて助けてくれた、し」
「どうなんだろ。……まあ、死んでないんだから良いんだろうな」
「そう、だよ。《大食い婆さん》に蹴られた時だって、すごい、血、出てたし」
「そんな大げさな。口の中切っただけだろ」
「口もそうだけ、ど。頭からも血、出てたでしょ? あれ、すごい恐かった」
「頭――?」
「うん」
鮮烈な記憶だった。あれほど大量の血を見たことなどなかったし、正直な所『死んでしまった』と思った。初めて目の当たりにする人の死に取り乱し、意味のない罵倒をしてしまった事は正直忘れたいところだが。
「ほんと、マサトは丈夫。よかった、丈夫で」
包帯を巻き終えた華弥はマサトの隣に腰を下ろした。――と言っても、二人の距離は人ひとり分は離れている。包帯を替えている間が近すぎた反動だ。これ以上近づくと色々ありそうで勇気が出ない。色々と。
拳をぎゅっと握って、マサトの顔を覗き見る。
が、マサトは華弥の事を見ていなかった。顎に手を当てて何か考え込んでいる。時折ブツブツと「頭を打った?」「あの時、出島さんは――」「それだと僕は、」などと呟く声が、華弥の耳に届いてくる。華弥の事など視界どころか意識にも入っていないらしい。華弥は少し腹が立った。別に何か色々とあって欲しいわけじゃない。しかし自分だけが緊張しているのは不公平だ。せめて私の事を見るくらいはして欲しい。
思わず、
「――――や、焼けました、ぞ!」
華弥は焚火で焙っていた川魚を一つ取ってマサトに差し出した。
それを見たマサトは少し呆れたように、
「…………華弥さん、まだ生焼けだよ?」
そんな事はわかっている。気を引きたかっただけだ。
だが苦笑しながら川魚を焚火の近くに戻すマサトは、華弥が膨らます頬には気づかない。
マサトは気遣うように華弥を見つめ、
「お腹減った?」
フルフルと、華弥は首を横にふる。
それを見たマサトは心底意外そうに「そうなのか……」と呟く。まるで他に理由など思いつかないという顔だった。そんなに私は食いしん坊に見えるのか。それともマサトには女子が全員食いしん坊だという思い込みでもあるのだろうか。まったく誰のせいだ。
「華弥さん、寒くない?」
マサトはリュックサックから防寒シートを取り出しながら言った。一枚きりだが、人ひとりをすっぽり覆い隠せるほど大きい。マサトはそれを羽織るように肩に乗せ、華弥を手招きする。
意味がわからないまま、華弥はマサトの対面に移動する。
すると今度はマサトが『困った奴だ』とでも言いたげな顔で、
「隣に来なきゃ、一緒にくるまれないだろ。寒いと余計お腹減るよ」
と、のたまった。
――華弥はその後の事をよく憶えていない。
◇ ◇ ◇
――よく憶えていないが、緊張を紛らわそうと《変貌症》について話したのだ。
本当は最近のテレビの内容について聞いたのだが、マサトが《変貌症》に関するニュースや特番ばかり見ていたせいで、結局は《変貌症》の話になったのだ。テレビだけでなく多神原を出る際に会った研究者から聞いた話をも合わせ、更に実体験を元にマサトが整理したそれは、ある意味《変貌症》に関する最先端の情報だった。
あの時は少し不満だったが、今となっては聞いておいて良かったと思う。
華弥はマサトに似た苦笑を浮かべて、中央禁区の森を分け入っていく。獣道すらない中央禁区の森にも関わらず、華弥は迷うことなく進むことができた。
当たり前だ、あれほど大きな目印はない。
そうして華弥は《大食い婆さん》のツリーハウスへと辿り着いた。
いつかと同じように、その樹は中央禁区の主であるかのような存在感を放っていた。
華弥は恐る恐る《大食い婆さん》サイズの巨大な入り口から、中へ足を踏み入れる。中は森の中よりも余程明るかった。天井に自生しているキノコが眩く発光しているお陰だ。
不思議に思っていた事が幾つもある。
何故、マサトは多神原で健常者の姿を保っていられたのか。
何故、《大食い婆さん》と呼ばれていた女性は、マサトを孫だと勘違いしたのか。
何故、マサトは死ぬような怪我をしても生きていられたのか。
何故、マサトは変貌症の検査で陰性と判断されたのか。
何故、マサトの変貌はあそこまで早く進行したのか。
何故、マサトは私に変貌症は伝染しないと確信していたのか。
何故、この木偶人形は今日墓の前に来た時に動いたのか。
他にも疑問は沢山あって、一度に考えようとすると頭がパンクしてしまう。
だが、ある前提を当てはめると、すんなりと筋が通るのだ。
華弥は、《大食い婆さん》が暴れた跡が残る広い部屋を進む。
あちこちに散乱しているテーブルの破片を踏まないよう、ツリーハウスの壁際を歩いていると、赤黒い跡が飛び散っている壁に出くわした。恐らく、出島が叩きつけられた場所だろう。
華弥は立ち止まり、恨めしそうにその血痕を見つめる。
そう、悔しい事にヒントは出島の変貌の仕方だった。
出島はサイボーグに変貌し、身体の傷を癒したという。
では、同じような怪我を負ったマサトはどうやって傷を癒したのか。
本当、あの傷を「見間違いだ」などと言い聞かせていた自分が情けない。そう華弥は自分自身を罵る。気づけば簡単なことだったのに。
あんな大怪我を治せるのは《変貌症》でしかあり得ない。
つまりマサトは《変貌症》に罹っていたのだ。
それを前提とすると《大食い婆さん》に弾き飛ばされても、十河に頭を強打されても生きていた事に説明がつく。それに気づけなかったのは、マサトの外見が人と変わりなかったから。
しかし、ここで新たな疑問。
では何故、マサトは《変貌症》でありながら人間の姿を保っていたのか。
《変貌症》に罹ったばかりだった?
それは違う。
これだけはマサトが多神原から出られた事から断定できる。多神原の外へ出る際に検査されるのは《t要因》の放出量だ。《t要因》は《変貌症》に罹った人間から潜伏期間を経て放出され始める。だから一度多神原へ入った者は、潜伏期間を終えて発症する二週間までの検査入院が義務付けられるのだ。二週間経っても《t要因》を放出しなければ、陰性という事。マサトも当然、その検査入院を経て塀の外へと出ている。
だからマサトが《変貌症》に罹ったばかりだったという事はあり得ない。
だが、もう一つだけ放出しない存在が変貌者の中にもいる。――それは『変貌が完了した者』だ。
普通は変貌が完了している場合、外見から明らかに《変貌症》だと判る為、《t要因》が放出されていなくとも多神原から出る事は出来ない。デカチーという少女が良い例だろう。
しかし、変貌が完了した者の外見が人間と変わらなければ、どうだろうか。
通常の検査では、人間か変貌者かなど判別出来ないのではないか。
マサトがもし変貌者だとして、なおかつ多神原を出る検査をクリアするには『変貌が完了している』と考えられるのではないか。もし、マサトが人間の姿のまま変貌を完了させた変貌者なら、多神原で人間の姿を保てた事も不思議ではない。これ以上、変貌できないのだから。
けれど、通常そんな事はあり得ない。
姿かたちが『変貌』するから《変貌症》なのだから。
人間が《変貌症》に罹って人間に変貌するなんて、あり得ないと思う。
――でもそれは『人間』が変貌症に罹った場合の話。
華弥は視線を、右手に持った木偶人形へと降ろした。
もし人間の姿こそが『変貌を完了した姿』ならば、変貌症に罹ったのは人間ではないという事になる。それが一番、自然な考え方だ。
つまり、あまり考えたくない事だが、マサトの本当のすが
パキリ、と何かが踏みつけられたような音が響いた。
背後からだった。
嘘でしょう、と華弥は苦笑する。
振り返りはしない。振り返った所で答えは変わらないからだ。
この圧迫感は、余程大きな生物でなければ発することができない。
華弥は目を強く閉じて『お願いだから今だけは正気でいて』と願う。そんなに望みの薄い願いではないはずだ。母の墓に花を供えるだけの正気さえあればいいのだから。
しかし、
「…………ぁああ、」
背後から呻き声が聞こえた。生暖かい吐息が、華弥のうなじをさらう。
腹をくくった。
華弥は一度大きく息を吸い込み、吐き出す勢いで駆け出す。
「ぁぁぁああああぁぁあああああああああああぁあああああああああああぁぁああああああああああああああああうぁッ!!」
《大食い婆さん》が、突如駆け出した獲物を見て雄叫びを上げた。
華弥は身体がビリビリと震えるのを感じながら走り続ける。ああ、墓に花が供えられていた時点で気づくべきだった。あそこに墓があるのを知っているのは、自分とマサトだけじゃない。墓を作った《大食い婆さん》自身も当然知っている。それに気づいていれば、もう少し慎重に行動したものを。
そう後悔しながらも華弥の足は止まらない。床から《大食い婆さん》が動き出した振動が伝わってくる。私の歩幅では、どんなに速く走っても数秒で追いつかれてしまう。そうでなくても今の私は衰弱しているのだ。
なのに私は今、ツリーハウスの奥へ向かって駆けている。森の中に逃げ込めば、何処かに隠れてやり過ごす事も出来ただろうに。
何をやっているんだ私は。
「……決まってる、じゃない」
華弥は自身の口元が、嬉しそうに歪んだのを感じた。
そんな場合ではないのに、私はおかしくなってしまったのだろうか。
――いや、これでいい。
もっとツリーハウスの奥へと向かうのが正しい。
「ほら、あった」
華弥が見つけたのは、人間サイズのドアだった。
とても《大食い婆さん》が入れるような大きさではない。
このツリーハウスで必要のないはずのもの。
華弥は迷わずそのドアを開き、中へと飛び込んだ。途端、《大食い婆さん》が壁にぶつかる轟音と衝撃が華弥を襲う。ドアの向こうで蠢く甲虫の足から逃れる為、華弥は急いで自身の胴体ほどもある閂をかけた。さして間を置かず《大食い婆さん》がドアを引っかく音が響いてきたが、ドアは軋みながらも《大食い婆さん》の侵入を防いでいる。
華弥は安堵し、同時に当然だという気もした。
何しろ、母様が暮らしていた部屋なのだから。
あの《大食い婆さん》の言葉を信じるならば、母様と《大食い婆さん》は暫くの間、共同生活を送っていたはずだ。なら母様の部屋がツリーハウスにあってもおかしくはない。付け加えるなら共同生活の間、《大食い婆さん》が常に正気を保てていたかは怪しく、その際の逃げ場所があったと考えるのが当然だ。でなければ、手紙など書く余裕はなかったはず。
正直、華弥自身でも当て推量もいいところだと思ったが、かつて《大食い婆さん》がツリーハウスの奥から母親からの手紙を持ってきた事もある。もしかしたらそれは、母親の部屋から持ち出したものだったのかもしれない。そう考えて、この部屋がある事に賭けたのだ。
未だドアを掻きむしる音が聞こえたが、華弥は大きく息を吐き、部屋を見渡した。
さして広くもない部屋だった。木の幹に偶然出来ていた空洞を利用しただけらしい。発光するキノコに照らされた部屋は、綺麗に掃除された洞穴という印象だった。それでも、どこから持ち込んだのか、仮設住居にあったものと同じシングルベッドが置かれている。
華弥はそのベッドに、木偶人形を横たえた。
「やっぱり……そうなの、ね」
木偶人形の姿を見て、華弥は確信する。
――逆だったのだ。
マサトという人間が、木偶人形に変貌したのではない。
木偶人形が、マサトという人間に変貌していたのだ。
そう考えれば色々と辻褄が合う。
例えば、マサトの変貌が急激に進行した理由。
華弥はかつて十河を殺そうとマサト達と協力した日の事を思い出す。
マサトが持っていた鬼の仮面。あれもツリーハウスに来た時には角が伸びていた。つまりそれは《t要因》の影響を受けて変貌していたのだと思う。そしてツリーハウスから出ると、さして間を置かずに仮面の角は元の長さに戻ってしまっていた。それは恐らく《t要因》の濃度が低くなり、変貌が解けてしまったのだ。
なら、木偶人形が変貌した存在であるマサトにも、同じ事が起るのではないだろうか。
『モノ』が変貌するには《t要因》が必要。
なら、もし《t要因》が周囲から得られなくなれば。生物の『脳』で増幅する事が出来なくなれば、しかも肉体の治癒に《t要因》を大量に消費してしまったのであれば――もしかしたら変貌は解けてしまうのかもしれない。
多神原を出て、頭に強い打撃を受けて、それを治癒したマサトは、まさにそういう状況だったのではないだろうか。
鬼の仮面の角のように、急激に変貌が解けていったのではないだろうか。
ひょっとすると、マサトはそこまで判っていたのかもしれない。
マサトが知っていた事を聞いて、私が考えついた事だ。本人が気づかないはずがない。
だからマサトは、変貌が解ける間際に『華弥には伝染しない』と言い切ったのだろう。
《t要因》が変貌を進行させると消費されるのなら、変貌が解けた理由はマサトの体内から《t要因》が失われつつあったという事。それなら体内の外へ《t要因》が漏れる事はないだろうし、そうなる前までマサトは変貌を完了させた状態を維持していたわけだから、やはり伝染する事もない。
それでも私が《変貌症》になったのは、マサトの身体の一部を飲み込んでいたから。
十河がマサトの頭を割った時に口に飛び込んで来たアレは、やはりマサトの身体の一部だったのだ。そこから私は《t要因》を取り込んでしまったのだろう。十河や片瀬が《変貌症》に感染したのも、同じ理由のはずだ。マサトはその瞬間は意識を失っていたから『伝染しない』と言い切ってしまったのだろう。
そして、最後の疑問。
何故、今日、母様の墓の前で、木偶人形が動いたのか。
考えるまでもない。
単に濃い《t要因》に反応しただけだろう。
「……なんだ、つまんないの」
別に、私の涙を拭ってくれたわけじゃないのか。
華弥は自嘲するような笑みを浮かべた。
でもいい。お陰で望みを持つ事が出来た。
外からは《大食い婆さん》がドアを破ろうと暴れる音が続いている。体当たりでもしているのか、部屋全体が揺れてパラパラと埃が落ちてくる。ミシミシと軋むドアは永遠に《大食い婆さん》を食い止められるとは思えない。
だが、そんな状況でも華弥の心は穏やかだった。
そういえば、と華弥は思い出す。《大食い婆さん》はマサトを孫と勘違いしていた。もしかしたら、この木偶人形が変貌していたのは《大食い婆さん》の孫の姿だったのかもしれない。木偶人形の足にはしっかり『マサト』と彫られている。もしかすれば、その『マサト』と《大食い婆さん》の孫の『正人』は無関係ではなくて、名前まで彫って大切にしてくれていた主人の姿に化けたのが、マサトなのかもしれない。
もちろん、状況証拠すらない想像でしかないが。
でも、もしそうなら望みは少しだけ確かなものになる。
再び涙を拭ってもらえる望みを――――マサトを甦らせる望みを。
「また、同じ姿に変貌してね……マサト」
華弥はそっと、ベッドに横たえた木偶人形の頬を撫でる。
その木偶人形は今や、掌サイズから幼児ほどの大きさに成長していた。
中央禁区の濃い《t要因》を全身に浴びて、変貌が進んでいるのだ。
ヒトになろうと、しているのだ。
この為に《大食い婆さん》のツリーハウスまで来た。中央禁区でも《t要因》の濃度が高く、死にかけていた出島ですら生き返らせたこの場所なら、マサトを甦らせる事もできるかもしれない。そう考えて、華弥はここまでやって来たのだ。
しかし、甦ったとしても恐らくそのマサトは私に関する記憶を持たないだろう。なにしろ出会った時のマサトも目覚める前の記憶はないと言っていた。悔しいが、きっと今回も全部忘れてしまっているに違いない。
それでもいい。
――いや、その方がいい。
華弥は自身の髪の一部を持ち上げる。
かつて鴉の濡羽色と言われたこともある黒髪は、深い緑色へ変貌していた。
中央禁区の濃い《t要因》は、木偶人形にだけでなく、華弥自身にも影響を与えているのだ。頭髪だけでなく髪を梳く指さえも、既に黄緑色へと変色し葉脈さえ浮かんでいる。
どうやら私は植物へと変貌するらしい。と、華弥はどこか達観した心境で思った。
きっとマサトが人間へと変貌を完了させる頃には、自分も変貌が完了しているだろう。きっと、今とは似ても似つかぬ姿に違いない。もしマサトの記憶が残っていても、私だと気づいてくれないかもしれない。
だとしたら少し寂しい。いや、すごく寂しい。
なら、一からやり直そう。
新しい私になって。《柳瀬》なんて名前は捨てて、新しい名前を自分で名乗ろう。
ただの『マサト』のように、ただの誰かになろう。
新しい私。
どんな名前がいいかな。
まあ、急がなくてもいっか。
マサトが、ヒトになるまで待つあいだ――ゆっくり考えればいい。
それから、数ヶ月が過ぎた。




