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ヒトになるまで待ちましょう  作者: 忍野佐輔
第四章 そして得たモノ
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第四章 そして得たモノ (その7)

「覚えてらっしゃい、タイターッ!!」

 そう叫ぶと、刺々しいよろいまとった女が舞台袖へと走り去っていった。その後を、鎧女よろいおんなの部下達が追っていく。悪の組織が撃退されたのだ。

 途端、怒濤どとうのような歓声が沸き起こった。

 ヒーローショーを観に来た子供たちのものである。

 歓声に応えるのは、メタリックな衣装に身を包んだヒーローだ。

「ありがとうみんなッ! みんなのお陰で、この世界線の平和を守る事ができた!」

「さあ、みんな。もう一度、タイターに大きな拍手をお願いしまーすっ」

 司会の女性の言葉で拍手が沸き起こり、《仮面タイター》は手を振りながら舞台袖へと消えていく。

「タイターッ! ありがとーっ!!」

 華弥かやの隣で、由美ゆみという名の少女も声を張り上げて手を振っている。

 その姿を見て、華弥はホッと胸をなで下ろした。

 迷子の由美を連れて華弥が向かったのは、遊園地の特設ステージだった。由美の言葉から、何らかのショーを観に来たのだと推測し、近くに居た遊園地の職員へ確認。特設ステージで《仮面タイター・ショー》をやると聞いた時には、心底ホッとしたものだ。

「みなさーん、この後、タイターがみんなと握手してくれますよー? 握手したいお友達はステージの近くへ集まってくださーい」

「お姉ちゃん、行きたい! タイターと握手したい!」

 弾けるような笑みを浮かべて、由美が華弥を急かす。まるで本当の姉に接するかのような態度。人見知りをしない子供だ。自分とは随分と違うな、と華弥は苦笑する。

 今度は由美に手を引かれて、華弥は握手を望む子供達の列へと並んだ。

 それにしても凄い人気だ、と華弥は驚く。

《仮面タイター》は今、一番人気のヒーローだという事だった。悪の組織がタイムスリップして過去を変えて世界を征服しようとするのを、同じくタイムスリップしてきた《仮面タイター》が防ぐという内容らしい。華弥は初めて《仮面タイター》を見たが、確かに子供達が熱狂するのもわかる気がした。

 今回のヒーローショーでは、毎日、両親の墓へ紫苑しおんの花を供える姉妹へと、鬼を模した女幹部が『何て心優しい娘達なんだ』と近づき、嘘の未来を教えて姉妹の仲を引き裂こうとするというものだった。姉妹は未来で悪の組織が作った細菌兵器の特効薬を協力して作るので、二人を不仲にして阻止してしまおうという事らしい。

 母親を亡くしている華弥(かや)にとっては、どこか姉妹に感情移入してしまう部分があった。

 最後にタイターが「未来は決まっていない。世界線は君達の手で切り開くんだ」と語った時には、由美につられて華弥までも涙を流してしまったほどだ。

「タイターッ!!」

 順番の回ってきた由美が、興奮のあまりタイターのメタリックボディへ抱きついた。満面の笑みを浮かべご満悦。本当に《仮面タイター》が好きなのだろう。タイターに頭を撫でられて、由美の笑顔がさらに晴れやかになった。

 華弥まで嬉しくなるような笑顔である。

 握手を交し、一緒に記念撮影をする間も由美は終始笑顔だった。

「お嬢ちゃん、お名前を教えてくれるかな?」

白鳥しらとり由美ゆみですっ」

「そうか。由美ちゃん、困った時にはいつでも呼んでくれ。世界線を越えて駆けつける」

 そうタイターが拳を握る。

 しかし、由美は「ううん大丈夫」と首を横に振った。

「タイターはもっとたくさんの人をたすけてあげて。――あたしにはお姉ちゃんがいるから」

 そう言って、由美が華弥を見上げてニッと笑った。

 華弥は咄嗟とっさに笑い返す事ができなかった。あまりに予想外の言葉だったのだ。

 どうやら、この由美という少女は、私を頼りにしてくれているらしい。

 私も、誰かの助けになる事が出来るのか。

「ええ、由美ちゃん。私がいるわ」

 華弥は精一杯の笑みを浮かべて、由美の頭を撫でてあげる。

 そして由美が浮かべた笑顔は、大好きなタイターに頭を撫でられた時と同じものだった。

 ――――何故か、マサトの顔が重なった。

 私も頑張れば、誰かを笑顔にする事が出来る。

 なら頑張ろう。

 今度は頑張って、私がマサトを笑顔にしてみせよう。

 私にとっての《ヒーロー》である、あのマサトという少年を。



◇ ◇ ◇



「本当にありがとうございました。うちの娘がご迷惑おかけしまして……」

 白髪に背広姿の男性が頭を下げた。随分と歳をとっているが、由美という少女の父親らしい。

 この父親には、ヒーローショーの前に、華弥が遊園地の警備員に頼んで連絡して貰っていたのだ。電話番号は由美の財布の中にあったメモ書きを華弥が発見した。由美も言い含められていたらしいが忘れてしまっていたらしい。

「ありがとうございます、ほら、由美もありがとうって言いなさい」

「だ、大丈夫です。大した事ありません、から……」

 華弥はそう返すのが精一杯だった。多少は人に慣れてきたと思っていた。だが恐縮しきりの年上の男性が相手では、何と話せば良いか戸惑ってしまう。

 しかし相手は、華弥のおどおどした態度をむしろ『謙遜けんそん』と受け取ったらしい。更に感激して、「由美に爪の垢でも煎じて飲ませてやってください」と言い出す始末。この人は苦手だ、と華弥は思う。

「それでは私と娘は、これで失礼させて頂きますが……」

 別れ際、男性は懐から名刺を取り出した。

 受け取った名刺を見ると《白鳥しらとりクリニック院長 白鳥しらとり正行まさゆき》と記されている。

「ちっちゃい病院ですけどね。内科と小児科関係で何かあれば連絡して下さい。ロハで診ますよ。往診もやりますから」

「そんな……あ、ありがとうございます」

「いえいえ、礼をしたいのはこちらです。じゃ、行くよ由美」

「ばいばい、お姉ちゃん」

 父親に連れられ、大きく手を振りながら去って行く。

 華弥も手を振り返し、そこでようやく視界の端にある遊園地の時計が目に入った。

「あ、」

 マサトを待たせたままだった。

 かれこれ30分以上は経っている。マサトは心配して私を探しているだろう。早く戻って、事情を説明しなければ。

 そう華弥がきびすを返し、駆け出そうとした時だ。

「華、弥……」

 かすれるような声が耳に届いた。

 驚いて、華弥は声の方向へと顔を向ける。

 そこには外灯へと寄りかかるマサトがいた。

「マサト? ご、ごめんなさい。勝手に居なくなって――ど、どうしたのマサト!?」

 が、

 言い訳が終わる前に、マサトは地面へと倒れ込んでしまった。

 慌てて駆け寄った華弥はマサトを抱き起こし、その顔が苦痛にゆがんでいる事に気づいた。それだけでなく怪我でもしたのか、右手をかばうように左手で押さえている。

「ま、マサト!? ねえ、どうしたのマサト! し、しっかり――」

 しかし、いくら呼びかけてもマサトに反応はない。

 苦しげに荒い呼吸を続けるだけ。

 華弥は混乱する。マサトの様子はまるで何らかの病気をわずらっているようだ。だが今までそんな様子は欠片もなかった。ずっと隠していたのか。それに右手も怪我をしているようにも思える。もしやそれが原因? でも右手を怪我しただけでこんなに苦しむような人では――。


「……柳瀬やなせ華弥かやだな?」


 頭上から無機質な声が降ってきた。

 恐る恐る見上げると、そこには黒いスーツを着た男が立っている。

 その目には感情というものが抜け落ちていた。

 あの屋敷にいた男達のような目つき。

「一緒に来て頂きたい」

 十河とうごの追っ手。華弥の脳裏にその言葉が浮かぶ。

 逃げなくては、と思った。しかし華弥のかたわらには意識を失ったマサトが居る。身長差を考えれば、少しの距離なら抱えて走る事も出来るだろうが、逃げ続ける事は無理だ。そもそもまず、どうやってこの男から逃げる。マサトを抱える前に、男に組み伏せられるのがオチだ。

「その少年は――もしや多神原たがみはらの、」

 華弥は一切答えず、男をじっと見据えた。

 考えろ、考えなさい、華弥。今、どうするべきか。今はマサトに頼れないのだから。大丈夫、さっきも一人で頑張れた。だから今度も一人で出来るはず。

 私の武器はなに? 相手の武器はなに? 逃げるにはどうすればいい?

 華弥は答えを出した。

「キャァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

「っな、」

 華弥の悲鳴が遊園地中に響き渡った。

 予想外の反応に、男はたじろいでいる。

 チャンスだ。

 華弥は周囲からわざと男を選び、彼らに助けを求めるように黒スーツを指差した。

「助けて下さい! このストーカーが、お、弟を殴って! 誰か、助けて下さい!」

「何を言う、柳瀬華弥っ――じ、自分は、」

「や、やめて下さい! 殺さないでください!」

「殺すなどと、何を――」

 と、

「おい、やめなよ兄ちゃん」

 慌てる黒スーツの肩へ、ガタイの良い男が手を置いた。

「暴力はいけねえよ。好きな相手の嫌がることはしちゃなんねえ」

「いや、自分は、」

「言い訳するなって」

「そうだ、ストーカーなんてクズのする事だぞ」

 つられて次々と黒スーツを囲むように人が集まりだした。遊園地へ遊びに来ていたカップルの彼氏、親子連れの父親、遂には遊園地の職員までも騒ぎを聞きつけやってきた。

 黒スーツと華弥の間に割って入るように、次々と人が集まる。

 遊園地の職員が華弥へと声をかけた。

「大丈夫ですか、お客さま」

「はい、すみません。弟が……」

「救護室が向こうにあります。さ、早く」

 華弥はマサトを抱きかかえ、職員に連れられてその場を後にする。

「ま、待て柳瀬華弥。自分はじ――――」

「言い訳は警察にしろや兄ちゃん。おとなしくしてろ」

 背後から黒スーツの声が響くが、それだけだった。華弥を守ろうと集まった人々が黒スーツが逃げないように囲んでいるお陰だろう。職員の後に続いて、華弥は急いで黒スーツから距離を取る。

 一か八かのつもりだったが、成功して良かった。

 マサトが言っていた。『華弥さんは美人だ』と。それを信じようと思ったのだ。遊園地にそぐわない黒スーツの男と、地面に倒れ込んだ少年を抱きかかえる女性ならば、私の言葉を信じるのではないか。助けを求めれば、助けてくれるのではないか。それが追い詰められた華弥の出した答えだった。

 正直、良い気分はしない。大勢の人を騙したのだから。

 善意で行動してくれた人達を、私は騙した。

 もちろん、男に捕まっていれば危害を加えられる可能性もあったのだから、全てが口から出任せというわけではない。ただ自身の利の為に、善意を利用した事には違いないのだ。

 華弥は何度も心の中で謝る。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

 ふと、抱きかかえるマサトを見やる。

 マサトくんも、一志かずしくんを撃った時、似たような気分だったのだろうか。

「こちらが救護室です。弟さんを――」

 救護室までやって来ると、職員がマサトをベッドへ寝かそうと華弥の方へ手を伸ばした。

 それを華弥は一歩下がって避ける。

「あの、お客さま?」

「ごめんなさい」

 華弥は踵を返し、救護室から一目散に逃げ出した。

 ここに居ては、病院へ連れて行かれるか、警察に事情聴取を受けるかするだろう。そしてそれらには全て、十河の息がかかっている可能性がある。心配してくれた職員には悪いが、彼らに頼るわけにはいかないのだ。

 華弥は救護室から離れた後、一度アトラクションの裏手に身を潜めた。

 闇雲に逃げていても見つかってしまう、と思ったからだった。

 何しろこれだけの騒ぎを起こしたのだ。人ひとりを抱きかかえて走るような目立つ事はするべきではない。どこか安全な場所へ身を隠す必要がある。

 脳裏に浮かんだのは《日ノ出町ひのでちょうスラム》だった。

 しかし遊園地から《日ノ出町スラム》までは、恐らく二キロはある。マサトを抱きかかえて走るには遠すぎる距離だ。道半ばで捕まってしまうだろう。

 どうすれば良い?

 いや、一か八か、人込みに紛れ込めば――

 焦った華弥は、物陰から飛びだそうとして――慌てて足を止めた。

 園内放送を聞いたのだ。

 内容は至って普通の観光案内。だが、華弥にとってはそれが天啓のように感じられた。



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