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ヒトになるまで待ちましょう  作者: 忍野佐輔
第四章 そして得たモノ
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第四章 そして得たモノ (その6)

 あの観覧車で過ごした十五分の間に、寿命が三年は縮まった。

 一人ベンチに腰かけている華弥かやは、しみじみと思う。

 色々な意味で火照ほてった顔に、冬の木枯こがらしがむしろ心地よかった。風をもっと感じようとベンチの背もたれに深くもたれかかる。そのまま首を後ろへ傾けて空を見上げた。

 途端、ズキリ、と後頭部に痛みが走った。

 天井にぶつけた部分だ。

「頭が……痛いなあ」

 色々な意味で。――と、華弥は心の中で付け足した。

 人を初めて好きになった。恋、という意味で。

 しかし、その相手は本当に人間なのかと思える程、そういった機微きびうとい。

 飯塚いいづかから「積極的になれ」と言われ頑張ってみたが、まったく気づいて貰えなかった。もう色々とヤケになって「好きだ」と告白しようとしたが、それも失敗。というか、例え言ったとしても、ちゃんと通じたかどうか。下手をすると『恋とは何か』という部分から説明をしなくてはならない気がする。

「はぁぁぁ…………」

 重く、深いため息が溢れた。

 もしかしてマサトは、私の事が実は嫌いなのだろうか。華弥の中に一抹いちまつの不安が過ぎる。

 マサトは私の事を『生きる目的』だと言ってくれた。私がハッキリと、マサトに恋をしていると自覚したあの言葉。だけどその言葉は――厳密には愛の告白ではないのだ。

 マサトが私の中に何か価値があるものを見出しているのは、自惚うぬぼれではなく確かなのだと思う。だからこその『生きる目的』という言葉だ。けれども『生きる目的』という言葉の意味に、何も『愛情』を込める必要はないのだ。もっと別の何か。『哀れみ』や『優越感』。もしくは十河とうごのように『金』の為に売るという事を『生きる目的』という言葉に込めていてもおかしくはない。

 もちろんマサトに限ってそんな事はないと思う。ただの杞憂きゆうだ。

 こんなんではダメだ。華弥は頭を軽く振って自省じせいする。四年以上、監禁されて生活していたせいで、被害妄想が酷くなっているみたいだ。

 心の中でマサトが『一度、深呼吸しようか』と笑った。

 それに従って華弥は眼を閉じ、大きく息を吸い込み吐き出した。

「よし、私がんばり、ます!」

 そう自分を鼓舞し、華弥(かや)は勢いよく立ち上がって拳を握った。

 途端、――――ハーフコートのすそを引っ張られる。

 何だろうと思い見下ろすと、少女がいた。

 ボブカットの活発そうな少女だ。だいたい小学校低学年くらいだろうか。

 そしてその少女は、何故か華弥のコートの裾を掴んでいる。

 数秒間、華弥と少女はジッと見つめ合った。

「な、なんでしょう……?」

 少女の視線にややたじろぎながら訊いた。何しろ少女の表情はこれから断頭台にでも向かうかのような深刻さを湛えている。ギッと睨むように開かれた目元にはうっすらと涙がにじんでいた。

 少女が口を開く。

「タイター、どこ?」

「た、たいたー?」

「きょう、くるの。会いにきたのに……どこか、わ、わ、わかんなく、て」

「ああ、泣かないで! だ、大丈夫だから泣かないでっ」

 華弥は慌ててしゃがみこみ、少女に視線を合わせて慰める。

「迷子になったの? 今日は、だ、誰と来たの?」

「――ひとりで」

「え? ひとり?」

「パパも、ママもおしごとだから、って。だから、でんしゃのってきたの」

 その言葉に華弥は驚いた。どこから来たのかは判らないが、こんな人の多い場所まで本当に一人で来たらしい。活発なだけでなく、頭も良いのだろう。

「ねえ、おねえちゃん。タイター、どこ? どこに来るの?」

「え? えっと……」

 訊かれても判らない。そもそも華弥には『たいたー』が何なのかが判らない。

 だが、どうやらこの少女は、この近くへやって来る『たいたー』に会いに来たようだ。芸能人か誰かだろうか。なら、この横浜の遊園地にまで来るのも頷ける。

 そしてこの少女は、その『たいたー』に会う前に迷子になってしまったのだろう。

「きょうはぜったい、だ、だいじょうぶって言ったのに……。タイターど、ど、どこぉ」

 少女の言葉は両親に向けられたものか。とにかく心細くて仕方がないのだろう。もう物事を順序立てて説明できる精神状態ではない。あと数秒もすれば泣き出してしまいそうだ。

 とにかく落ち着かせなければ。

「だ、大丈夫だよ! ちょっと待っててね、もうすぐ『たいたー』を知ってる人が来るから」

「…………………………ほんと?」

「ほ、ホントホントっ! すっごいホント! だから泣かないで、もう少しだけ待ってね」

 正直、口から出任せだった。

 けれど、もう少しで助けが来るのは本当だ。

 そろそろマサトが戻ってきても良い時間だ。きっとほんの一、二分待てば、マサトがやって来る。そうしたらマサトと相談して『たいたー』を探せば良いし、もしかしたらマサトが『たいたー』というものを知っているかもしれない。

 そう華弥は自分と、少女を鼓舞こぶしてマサトを待った。

 待った。

 二分はあっという間に過ぎ、五分が過ぎ、十分が過ぎた。

 けれどマサトは戻ってこない。

「お、おねえちゃん。タイターぁ……し、し、しってるひと、は?」

 少女の声には再び吃音きつおんが混じり始めてしまった。泣き出す一歩手前だ。

 正直、泣き出したいのは華弥も同じだった。

 どうしてマサトは戻ってこないのだろうか。汚れを洗い流しに行っただけではないのか。何か気を利かして食べ物でも買いに行っているのだろうか。そんな事はいいから、早く戻ってきて欲しいのに。

 と、少女が華弥のコートの裾を強く引っ張った。

「たいたぁ……、はじま、ま、まっちゃう。どこぉ、たい、タイター」

 始まっちゃう――?

 タイターが来る。どこか判らない。始まっちゃう。

 華弥の脳裏にひらめくものがあった。

「ねえ、お嬢ちゃん。お名前は?」

「……由、美」

「ゆみちゃん、大丈夫よ。お姉ちゃんに任せて」

 がんばる、と決めたばかりではないか。

 いつまでもマサトに頼ってばかりではダメだ。

 頼ってばかりではマサトを支えられない。

「一緒にタイターに会いに行きましょう」


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