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ヒトになるまで待ちましょう  作者: 忍野佐輔
第四章 そして得たモノ
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第四章 そして得たモノ (その3)

「ありがとうございました。本当に……助かりました」

「――ま、ましたっ」

 歩道から頭を下げる少年と少女に、飯塚いいづかは「おう、気にすんな」と運転席から笑い返す。

 今、三人は横浜の沿岸部にいた。埋め立て地に高層マンションが乱立する地区である。そして飯塚の搬入先はこの先にある展示場。また、マサトと華弥かやの目的地も横浜にほど近い場所だと言う事だった為、ここまで乗せて来たのだ。

 マサトと華弥かやという少年少女は、微笑みながら飯塚へ何度も礼を重ねる。

 正直、悪い気分ではない。

 が、まだ最後にやっておきたい事が残っている。

 飯塚は華弥の方へ視線を向けて『ちょっと来い』と手招きした。一緒に付いて来ようとしたマサトへは「おめえはそこで待ってろ」と声を張り上げる。それからサイドブレーキを引いて、飯塚は自身の身体を助手席まで移動させた。

 マサトへ聞こえないように、窓の横に立つ少女へ話しかける為だ。

 華弥は前髪を下ろし、再びホラー映画の怨霊おんりょうと化している。相変わらずビクビクした様子で飯塚を見ていた。

 飯塚は声量せいりょうを抑えて、言った。

「おめえさ、アイツの事が好きなんだろ?」

 意味を理解出来ていないらしく、華弥はキョトンとしている。仕方なく飯塚は「アイツだよアイツ。マサトっつうのが好きなんだろ?」と言い直した。

 途端、長い前髪の下からでも判るほど、華弥は顔を真っ赤にした。

 ブンブンと髪を振り乱して、首を横に振る。

「じゃあ、嫌いなのかよ」

 更に激しく、ブンブンと黒髪が舞った。

 面白い。

「じゃあ、なんだよ」

「ま、まままマサトくんは――、い、命の恩人で! で! だから、そういうのじゃ、な、なくてですっ。そ、尊敬とか、感謝、とか。そういうので――」

 どんどんか細くなる語尾に、飯塚は微笑ましく思いながら、『これは本当に深入りしなくて良かったかもしれん』と冷静に思った。命の恩人とは初耳だった。

 まあ、とにかくそういった事を経験して、この華弥という娘はマサトという少年に惚れたのだろう。勇者に助けられた囚われの姫、のようなものかもしれん。

「だから、違うんです。好きなんて――その、そういうのは……」

「もういいよ、隠さなくて。バレバレなんだよお前」

「だから、違っ――」

「そんな『違う違う』言ってたら、あのマサトってのも傷つくぞ?」

「そ――、れは」

 言葉につ詰まった華弥に苦笑しながら、飯塚は『言いたい事』を言ってやる事にした。

「もっと積極的に攻めなきゃ、アイツは気づかないぜ? とにかく当たって砕けて来い。自分に嘘吐いてもしょーがねーだろ。そんなデカイ図体して情けねえぜ、おい」

 言うと、華弥はぎゅっと拳を握り締めて黙り込んでしまった。

 なんだ、身体がデカイ事気にしてたのか。飯塚は苦笑しながら「悪かった」と謝る。

 そして、用意しておいた封筒をダッシュボードから取り出した。

「悪かったついでに餞別せんべつだ。これをマサトくんに渡してくれ」

 受け取った華弥が『いいのか?』とでも言いたげに飯塚を見た。

 封筒からは万札がのぞいている。

「いいんだよ。一人暮らしであんま金使わねえから貯まってんだ。――でも、考えて使えよな。三十万ばっかしだが、俺のひと月ぶんの給料だ」

 コクン、と素直に頷く華弥。

 可愛い奴だな、と飯塚は心の中で笑った。

「あと中に入ってる手紙は読むな。先にマサトくんに渡して読ませるんだ、いいな?」

 コクン、コクン、と何度も頷き、華弥はマサトの方へ走っていく。

 封筒の中身を見たマサトが、飯塚へもう一度「ありがとうございます!」と頭を下げた。

 本当、感謝されるのは悪い気分じゃねえ。

 飯塚は口元がニヤつくのを感じながら、運転席へ戻り箱型トラックを発進させた。

 サイドミラーに映る少年と少女が遠ざかっていく。

 飯塚は視線を正面に戻した。

 面白い経験だったと思う。

 何より、そこそこ性格の良いガキだった事が幸いだった。今の御時世ごじせい、下手をすれば俺が逆に脅されて金をむしり取られていてもおかしくない。それをこんだけ感謝されて別れられるってのは幸運と言っていいだろう。

 しかし、楽しい時間はもう終わった。

 後は納品済ませて、弁当とチューハイ買って、狭いながらも愛しい我が家へ帰って寝る。

 それでまた――他人から見れば『つまんねえ毎日』が戻ってくる。

「ま、分相応ってもんだな」

 なにせ俺はこの生活で幸せなのだ。平凡かもしれないが、だからこそ、たまにある非凡ひぼんが楽しい。

 そう飯塚は独りごちて――異変に気づいた。

 前方に、何台もの装甲車が止まっているのだ。その周囲には自衛官がたむろしている。警察も居るが数は少なく『手伝いに呼ばれました』という風情である。

 何事だ。そう飯塚がいぶかしんでいるうちに、警官が笛と共に飯塚の箱トラを止めた。

「すみません、ちょっとよろしいですか?」

「別によろしいけどよ。なに、検問?」

「はい。免許証をお願いします」

 警官はそう言って、飯塚の免許証を受け取った。その間に別の警官が箱トラのナンバーを確認し、機械で照会していく。そして何らかの結論が出たらしく、その警官が飯塚の横に居る警官へうなずいた。

 途端に、周囲で待機していた自衛官達が一斉に色めき立った。そして装甲車の中から、大量の自衛官達が吐き出されてくる。金属探知機の化物のようなものを抱えて、飯塚の箱トラを包囲。

 彼らは一様に、迷彩柄の宇宙服のようなものを着ていた。

 宇宙人の群れだ、と飯塚は思った。

 警官も宇宙人達の存在は知らされていなかったらしい。唖然あぜんとした顔のまま迷彩の宇宙服へ飯塚の免許証を渡すと、慌てた様子で仲間の方へ駆けていく。彼らはすぐに宇宙服の群れの向こうへと消えた。

 そして迷彩の宇宙人が、飯塚いいづかへ宣言する。


「おそれいりますが、本日はお帰り頂けそうにありません」

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