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ヒトになるまで待ちましょう  作者: 忍野佐輔
第四章 そして得たモノ
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第四章 そして得たモノ (その1)

 今年で三十六になる飯塚いいづか健成けんせいがその二人組を見つけたのは深夜の県道だった。

 とあるイベント会場へ、箱型トラックで機材を搬入する道すがらである。

 本当なら今ごろ八畳1Kのアパートへ帰り、コンビニ弁当を缶チューハイで流し込んで眠りについているはずだった。ところが夕方、什器じゅうきの引き上げに向かったイベント会場で思わぬ足止めを食ったのだ。手違いか何かで、会場側の撤収が延びに延びてしまい結局、什器じゅうきを積み込んだ時には二十二時を回っていた。それから支社に寄って什器を倉庫に戻した時点で二十三時半。珍しく残っていた所長につかまり「ついでにこれも搬入しちゃってよ」とニッコリされた時点で、飯塚いいづかは『狭いながらも愛しい我が家』へ帰る事を諦めた。

 搬入先近くのコンビニに箱トラ停めて仮眠するしかねえな。最近ようやく『コンビニ暮らし』から解放されたはずなのによ。

 そう飯塚いいづかが腹立たしく思っていた時に、見つけた二人組。

 飯塚いいづかは最初、その二人組を見てもどうこうしようとは思わなかった。そもそも、いちいち道端みちばたにいる人間を気にしたりなどしないし、気にするとすれば飛び出してきた歩行者をいてしまわないかという一点に尽きる。

 しかし、

「なんだ今の……。ガキんちょじゃなかったか?」

 自分が呟いた言葉に、飯塚いいづかは引っかかった。

 パッと見ただけだが背格好からして中学生かそこらに思えた。

 箱トラックの時計を見ると『01:24』という緑色の表示。子供が出歩くような時間帯ではない。しかもここは県道とはいえ、付近には田んぼと畑しかないような田舎道だ。まさか塾帰りで終バスを逃したというわけでもあるまい。しかも、やけに荷物も少なかった。

 飯塚いいづかは箱トラックを路肩ろかたに停めた。

 車外へ手を伸ばし、サイドミラーを動かして背後を映す。遠くてよく見えないが、随分と小柄な少年と、その頭一つ分以上高い身長を持つ少女の姿が確認できた。

 飯塚いいづかは少し考えて、ギアをバックに入れた。

 サイドミラーに映る二人を見つめながら、ゆっくりと箱トラックを後進させる。

「よう」

 隣に停まった飯塚いいづかを見て、少年と少女は表情を強張らせた。

 ――いや、少女の表情は見えない。

 前髪が長すぎて顔が半分以上隠れているのだ。しかも背中にまで届く黒髪は、長いこと手入れしていないのかボサボサで、女性としての魅力よりも野暮やぼったさが際立つ。

 まるでホラー映画である。呪いのビデオから出てくる怨霊おんりょうのようだ。

 しかも俺より身長が高い。飯塚いいづかの身長は170センチ。それはサイドミラーの位置と同じだったが、少女の頭頂部はその位置よりも更に上だ。

 正直、飯塚いいづかは引いた。

 それでも飯塚いいづかが彼女を『少女』だと判断したのは、その挙動が幼かったからだ。

 少女は、少年の背後で顔をうつむかせ石像のように固まっていた。「話しかけないで下さい。私はここにいません」と全身で表現している。目に見えているのに居留守いるすされるなんて初めてだ、と飯塚いいづか嘆息たんそくした。デカイ図体してるくせに、まるで人見知りの幼児のようだ。隣に立つ小柄な少年の方がよほど毅然きぜんとしている。こっちはこっちで随分とチビだが。

「どうした、おめえら。迷子か?」

 そんなわけはないだろう。とは思う。

 二人は随分と薄汚れた格好である。元々は上等な衣服だったのだろうが、何日も着続けているかのようにしわくちゃで裾は土や泥で薄汚れていた。その上、少年のシャツの襟には乾いて茶色く変色した血痕けっこんが残っている。

 ――命からがら逃げ出した。そんな表現がしっくりくる。

 答えを促すように、飯塚いいづかは二カッと笑う。おいっ子に受けの良い自慢の笑顔だ。ひとまずは警戒心を解かなければ始まらない。

「最終バス、逃しちゃって」

 答えたのは少年の方だった。恥ずかしそうに苦笑いを浮かべている。

 外見に似合わず落ち着いたものだと飯塚いいづかは思った。この対応は『自分が小中学生の子供に見える』事をわかってやっているように感じる。『――ちゃって』や苦笑いはその為の演技だろう。

 ――こいつ世慣れてやがる。

「なんだよ、俺はてっきり駆け落ちかと思ったぜ」

 ガハハ、と自分の冗談に笑いながら、飯塚いいづかは冷静に二人を観察する。

 少年は「あはは、そんな」とこちらに合わせてくるが、少女は相変わらず『いないフリ』である。しょーもないやつだ。

 飯塚は笑い終えると、笑顔のまま二人の言葉を待った。

 乗せてってやるか――と思っていた。

勿論もちろん、理性は「やめておけ」と言っている。鼻が曲がりそうな程ヤバイ臭いがする。食い残しのコンビニ菓子でも渡して「何もしなかったわけじゃない」と満足しておくべきだ。そう言っている。

 しかし、だ。

 ここで見逃して明日、午後のラジオで『少年少女の死体が見つかった』なんてニュースを聞いた日には一生後悔するとも思うのだ。『あの時俺が――』なんてバカな妄想に最低十年以上は付き合う事になるだろう。

 それは嫌だ。面倒だ。

 ――なのだが、踏ん切りがつかないのも確かなのだ。

 飯塚いいづかは悩んだ末、決断を少年と少女に委ねる事にした。

 少しでも助けを求めたのなら、続きは聞かずにトラックに引っぱり込んでしまおう、と。

「――あの。もし、」

 少年が飯塚いいづかの意図を察したのか、口を開きかける。

 ――が、思い直したように背後に立ち尽くす少女へ振り向いた。

華弥かやさん」

 それ以上は何も言わない。少年は《カヤ》という名らしい少女を、無理矢理自分の前へと立たせてしまう。「え、え、」と戸惑う少女に少年は微笑みかけ、その背中を押した。

 少女が箱トラックの横に立つ。

 前髪越しに目が合った。

「おう、なんだ嬢ちゃん」

 飯塚いいづか華弥かやという少女の言葉を待った。

 少女は助けを求めるように視線を泳がせ、両手を所在しょざいなさげに握ったり開いたりしていた。しかし背後の少年は少女を助けようとしない。

 面白い構図だな、と飯塚いいづかは思う。

 さあ、この嬢ちゃんは何て言うのかな。

 少女が口を開いた。「ごめなさい、さような――」という言葉まで飯塚いいづかの耳に届き、


 腹の鳴る音がした。


 飯塚いいづかではない。

 恥ずかしげに、華弥かやという名の少女がお腹を押さえていた。

「乗れよ、メシおごってやる」

 ニカッと、飯塚いいづかは笑った。

 ま、これで及第点とするか。


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