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山プロで働き始めて、もう一カ月が過ぎちゃった。
本当毎日バタバタで、その日を無事乗り越える事だけで必死よ。
何せ、ワガママアイドル南美ちゃん、本当に忙しいのよね。
これだけ忙しければ、多少ワガママになっても誰も文句言えないの。
「おい、沙知、明日マロン仕事だから洗っとけよ」
でも一番の問題は、南美ちゃんのワガママじゃなくて、この偉そうな太一よ!
やだ、思わず呼び捨てにしちゃったじゃない。
あ、因みに山プロもう一人の柏田さんは、山本社長が一番信頼を置く経理の柏田さん、御歳62歳の紳士。
出来れば、この方と仕事したかったわ!
「えっ、そんなスケジュールありましたっけ?」
慌てて手帳を広げるけど、そんな予定入ってませんが?
「良いから、洗っとけよ」
そう言ってワザと人に背中向けるのよ、この人!
これ以上何も聞くな、のポーズのつもよね、これ。
人に背を向けられるって、本当に不愉快。
あの、仕事初日にちょっとキュンとしたの、あれはきっと不正脈よ。
「マロ~ン、お風呂は入ろっか!」
一足先に、マンションに戻って、マロンを洗う事にした。
時間も遅いし、今からお店にお願い何て出来ないもの。
南美ちゃんが、戻るまでにマロンを浴室で洗って乾かして、浴室の掃除もしておかないと。
大急ぎで全てを終わらせた頃、南美ちゃんから電話。
「沙知? 今日、私帰らないから。社長にも太一にも内緒ね」
あー、またですか。
ここだけの話、南美ちゃん彼氏がいるんだよね。
相手は、あの人かなー、なんて思い当たる人は居るんだけどね。
そして、毎回お約束事の様に、社長にも太一にも内緒、って言うんだけど、知ってますよ、あの二人。
この世界、本気で怖いです。
でも!
「マロン! 今夜は二人っきりよ!」
さぁ、マロンと思う存分遊びますか!
あ、後でコンビニでお仏壇のお供え物買って来よう。
結局、南美ちゃん、明るくなる前には、帰ってきたみたい。
どうも、そのまま寝ちゃったみたいだから、早めに起こしてシャワー浴びさせなきゃ。
それとも、シャワーは向こうで浴びてきたのかしら。
予定外に入っていた仕事は、どっきり企画の番組だった。
だから、南美ちゃんに分からない様なスケジュールの書き方をしてたのね。
私にも分からなかったけど。
でも、これが小さな事件を起こしてしまうの。
どっきりの内容は、本当に簡単なありがちな物。
南美ちゃんの目の前で、スタッフが本気の喧嘩を始めてしまう……。
さぁ、トップアイドルはその時どうするか!
ね、ありがちでしょ?
番組スタッフの思惑はこう。
目の前で、大喧嘩をするスタッフ。
トップアイドル南美ちゃんは、目に涙を溜めてオロオロ。
そこへ愛犬マロンが現れて「え?」っとなったところでネタバラシ。
はい、マロンお仕事ですよー。
南美ちゃん、結構気が強いから、余計な事、しないと良いんだけど。
実はさ、沙織さんから聞いたんだけど、この仕事、山本社長は反対したらしいんだよね。
南美ちゃん、最近は少し若いアイドルに押され気味なのよね。
その風向きを変える為にもって、太一さんが社長を説得したらしい。
私達スタッフは、別の部屋でモニターを見ながら待機。
マロンは、大人しく私に抱かれて出番待ってます。
予定通り、架空番組のスタッフ二人が、南美ちゃんの前で大喧嘩を始めた。
モニターに映る南美ちゃん、目に涙……どころか、スタッフの喧嘩を完全無視。
仕掛け人スタッフも、何とか南美ちゃんを追い詰めようと、喧嘩がヒートアップしきてた。
これ、やばいんじゃない、と思った瞬間、南美ちゃんスタッフに向かって言っちゃった。
「うっせーんだよ!」
……
……
う、うっせーんだよ……
思わず、太一さんの顔を見たわよ。
うん、真っ青……。
私、慌ててマロンを南美ちゃんの元に走らせたの。
南美ちゃん、気付いて!!
「ちょっと、沙知! 何でマロンここに居るの!」
ダメだ……。
今日の南美ちゃん、特別機嫌斜。
ネタバラシ役の芸人さんが、オロオロしながら登場して、やっと南美ちゃん気が付いてくれたけど、後の祭りよね……。
ところが、南美ちゃんが突然大号泣して見せた。
「どっきりで、良かった……」
芸人さんが、急に生き生きとしてきましたけど?
「南美ちゃーん、どーしちゃったの?」
「私ぃ、どうやったら喧嘩を止められるかって、考えて、私が大きな声出したら良いのかなーって……」
南美ちゃん、本当にプロのアイドルだわ。
手まで震えてるもの。
また、マロンも南美ちゃんから離れないもんだから、何だか忠犬の様。
まぁ、私がマロンに「ステイ」させてただけなんだけど。
「マローン、こわかったー」
って、マロンを抱きしめてまた大号泣!
マロンもマロン。
南美ちゃんの涙を舐めたの!
マロン、良い子だわ。
南美ちゃん、どっきりのカメラが止まっても、車に戻るまでずっと泣いてたの。
流石だわ。
「危なかったぁ。沙知がいてくれて、助かった。太一だったら絶対マロン使えなかったね」
車が走り出して、鼻かみながら言った一言がコレだけどね。
ところで、私は今、褒められたの?
太一さん、その日は一日中、ぶすーっとした顔してた。
この南美ちゃんのどっきり、プロデューサーが随分気に入ったらしく、番組のスタジオまで南美ちゃん、呼ばれる事に。
でもさ、ナレーションの力って凄いのね。
もぅ、喧嘩を怖がってる南美ちゃんが意を決して大芝居を打ち、言った一言にしか見えなかった。
しかも、演技力もあるとか騒がれるきっかけにもなったのよ。
いや、確かに凄い演技力だよね。
一瞬にして、泣いて見せたんだから。
何日もしないで、南美ちゃん、ドラマの仕事が入ったの。
なんと、ヤンキー役。
聞いた瞬間、笑ったわよ。
演技、要らないんじゃない?
ドラマの撮影はロケなので、マロンは出番なし。
私はやっと、数日の休みがもらえる事になったの!!
勿論、マロンは私が連れて歩く事になるんだけど。
「太一さん、私が来るまでこ、んな時マロンはどうしてたんですか?」
「んー、ペットホテルに預けてた。あ、沙知も使うなら」
って、ペットホテルのショップカードを渡されたの。
「わかりました」
って、受け取った。
多分、私の都合で使う事はなさそうだけどね。
もぅ、今からお休みが楽しみで仕方ない!