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「それでは、前川様。半年分200万円の領収証でございます」
お婆ちゃんのいる施設で、私の住所変更と、半年分の200万に支払を今終わらせた。
山プロの社長から借りた200万。
右から左で無くなったけど、事務長から逃げ回らなくて良くなったの!
本当に、スッキリした気分。
これで、堂々とここに来れるわ。
バイト先への挨拶と、急に辞めてしまう謝罪に行ってきたんだけど、居酒屋と銭湯は割りと和やかにお別れ言えた。
でも、コンビニがねー。
バックヤードで店長と話している時、レジから物凄い視線を感じたの。
そう、美咲ちゃん。
物凄い形相で、目なんか見開いちゃってて、怖いの何の。
「今夜アパートに行きます」
これまた、物凄い乱雑に書かれたメモを、手にギュッと押し付けられた。
美咲ちゃん、本気で怖いです!
ホラー系女優いけるんじゃない?!
引越準備、あっけなく終わったちゃった。
生まれ育った家から、この安アパートに越した時に、たいていの荷物は処分したから、何もないんだよなぁ。
何て考えてたら、相変わらず鬼の形相の美咲ちゃんがやってきた。
「これ!」
と、渡されたのはコンビニのざる蕎麦。
しかも、廃棄じゃないやつ!!!
「え?」
「引越そば、一緒に食べよ……」
その瞬間、美咲ちゃんが号泣し始めた。
ツッコミどころ、満載なんですけど?
「あ、ありがとう」
そうか、鬼の形相だったのは泣くのを我慢してたのか。
無言で、コンビニの廃棄じゃないざる蕎麦を食べた。
でも、引越そばって、引っ越した先で食べるものじゃなかった?
「意外と無言で食べ続けるって難しいね」
美咲ちゃん、それ多分、節分の巻き寿司ね。
ほんと、色々まざってるよ……。
「そ、そうだね」
「で、どういう事?」
美咲ちゃんの尋問が始まった。
「じゃぁ、その200万はお給料から返済していくの?」
すごく心配そうに私の顔を覗く美咲ちゃん。
やっと、いつもの美咲ちゃんに戻ってくれた。
「うん。並行して次の半年分のお金も貯めなくちゃだけどね」
本当、この事に関しては頭が痛い。
「頑張ってね」
「うん、ありがとう」
「折角親友になれたのに、これで終わりだね」
え?!
終わりって、何?
美咲ちゃん、すたっと立ち上がった。、
「じゃ! 次会う時は、私も芸能人になってるから! 負けないから!」
ビシッと負けない宣言して、去っていった。
なに、今の……。
軽い絶交宣言?
私も、って、私は芸能人にはなりませんけど?!
私に用意されたのは南美ちゃんが住んでる高級マンションの一部屋。
広さは6畳ほどで、私には十分過ぎる広さ。
「ちょっと、仏壇まで来ちゃったの?」
南美ちゃんを、びっくりさせちゃった。
まぁ、エントランスにシャンデリアのあるような高級マンションに、仏壇は似合わないよね。
「じゃ、明日から暫くは俺に着いて。マロンの事は100%任せたから」
マネージャーの柏田さんが、南美ちゃんを迎えに来た時、私の社員証を差し出して、そう言った。
マロンを連れて、マネージャーさんに着いて歩くのが、私の暫くの仕事になった。
勿論、マロンの健康管理、躾も私の仕事。
マロンのゲージも、リビングに置いてあってのを私の部屋に移動させた。
でも、これじゃぁ南美ちゃんが飼い主とは言えない気もしないでもないけど、そんなもんなのかな。
「さぁ、マロン、今日からよろしくね」
マロンは、思い切り尻尾を振ってくれた。
本当に、プリンにそっくり。
プリンが出会わせてくれたのかなぁ。
柏田さんから社員証と共に渡されたのは、南美ちゃんのスケジュール表だった。
すごい。
休み、全然ないじゃない。
と、いう事は、私にも休みと言う自由な時間はないって事か。
おばあちゃんの面会、いつ行けるかなぁ。
イケメンなリハビリの先生と、機嫌良くしてくれてると良いんだけどな。
最初の仕事は、マロンを美容院に連れて行く事だった。
午後から、マロンも一緒に出演する動物番組の収録があるから。
マロンが綺麗にしてもらっている間に、もう一度南美ちゃんのスケジュール確認していると、社長秘書の沙織さんがやって来た。
「さっちゃーん。おはよう」
相変わらず、胸元露出高すぎます、沙織さん。
「おはようございます」
立ち上がった私を、下から上に舐めるように見つめる沙織さん。
怖いです!!
「あの……、沙織さん?」
「悪くないんだけどな……」
何がですか?!
「あ、これ。各局の入館許可証。これが無いと入れないから、必ず携帯して、なくさないでね」
とうとう、この世界に来たって感じよね。
「はい、分かりました」
「終わる頃に太一君がここに迎えに来るから待っててね」
「太一君?」
誰だっけ?
「柏田太一」
あぁ!
「うちね、柏田が二人いるのよ。だから若い方の太一は下の名前で呼ばれてるの」
「なるほど」
「さっちゃんは、太一さんって呼べば良いわ」
「はい、分かりました。わざわざ、ありがとうございました」
沙織さん、大きな胸揺らしながら、去っていった。
美容院の表に、あの黒塗りの車が到着したのと、マロンの美容が終わったのが、ほぼ同時でびっくりした。
マンションに戻ると、もう出発時間だって言うのに、南美ちゃんはまだ寝ていた。
「なんだよ、朝起こさなかったのかよ!」
何か、私がすんごく怒られたんですけど!!
「起こせ、なんて言われてません!」
つい、言っちゃった。
「だとしてもさぁ!!」
太一さん、何か理不尽なんですけど。
南美ちゃん、後部座席でマロンのキャリーの覗き込みながら、私が叱られているのを面白そうに見てた。
なに見てんのよ!!
あんたが何時までも寝てるから、私が叱られてるんですけど!!
何て、言えるわけでもなく、助手席で俯いて怒りに堪えてた。
「太一、沙知が泣いたらあんたのせいよ。辞めるなんて言い出したら、あんたもクビね」
南美ちゃん!!
さっきは毒付いてごめんなさい!
あなた、女神だわ!!
「あたしさぁ、始まっちゃって。でもナプキン持って出てくるの忘れちゃった。沙知、持ってる?」
ちょ、南美ちゃん、男性のいる前でソレの話は……。
「も、持ってないです……」
「そっか。太一、買ってきて」
えーー!
えーー!
えーー!
南美ちゃん!
「わ、私が買ってきますよ! どこか、ドラッグストアで止めてください!」
思わず、名乗りでちゃった。
そして、一瞬、ホッとした表情をした太一さんを見逃さなかった。
ん?
今、胸が少しキュンとしたぞ……。
まさかね……。