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「それ、絶対有名な山プロの山本社長!」
美咲ちゃん、スマホで画像検索して、
「この人!」
って、見せてくれた写真が、間違いなく、あの小さいおじさんだった。
「まぁまぁ、ここに座って!」
勢いよくビルの中に入って行ったものの、この小さいおじさんの、とてつもないウェルカムモードに押されて、社長室まで来て、とてつもなく古そうな応接セットのソファに勧められるがまま、座ってしまった。
「ほら、マロンおいで!」
私がキャリーの蓋を開けると、おじさん、全力でマロンを呼ぶのに、マロンは、全く行くそぶりなし。
「マロン、出ておいで」
私が声を掛けると、マロンたらスタスタキャリーから出てきて、膝の上にピョンと飛び乗ったの。
もう、可愛くて食べてしまいたいっ!
「マロンは誰の言う事も聞かんのに、あんたの言う事は聞くんやな!」
おじさん、ビックリしてる場合じゃないです。
こんなに何度も脱走させて、事故にでもあったらどうするんですか。
と、つい言ってしまったの。
そしたら、
「じゃぁ、あんた面倒見たってくれへんか?」
だって。
何言ってるの、このおじさん。
「あんた、苦労してるんやってな」
え?
「あの事故で、家族亡くしたんやってな」
って、言いながら、おじさんの目から涙が……。
え?
なに、なに、なにが起きてるの?
次のバイトの時間は迫ってくるし、おじさん泣いちゃうし、何なのよコレは。
「で、そのまま、泣いてる山プロの社長とマロンを置いて、帰ってきたのね」
何だか、美咲ちゃん、尋問してる刑事みたいですけど?!
「だって居酒屋のバイトが……」
「親友に芸能界を目指す者がいる事も忘れて?」
え?
今、親友って言った?
「言った」
「美咲ちゃーん!」
思わず美咲ちゃんに抱きついたわよ!
親友!
し・ん・ゆ・う!
誰にも譲らなかった、廃棄のオムライスおにぎり、美咲ちゃんに譲ったの。
でも、この友情も数日で脆くも崩れちゃうんだけどね。
世の中、確かなものなんてないのよ。
それからマロンは脱走してくる事もなく、また日常に追われる日々に戻った。
はず、だったんだけど……。
コンビニのバイトを終えて、居酒屋のバイトまでの時間が少しあったんで、洗濯でもしようかも思って帰ってきたら、あの黒塗りの高級車がアパートの前に停まってたの。
和江さん、うろたえちゃって。
「さっちゃん! 悪い人から、お金借りてたの? 2時間もこうやって待ってるのよ!」
あ、因みに和江さんは1時間越えると全て2時間って、言うから気を付けて。
「借りてないけど……」
この車、あの車よね。
恐る恐る運転席を覗き込もうとしたら、ドアが開いて……
「やっと帰ってきたんかいなー。2時間も待ったがな!」
と、降りてきたのは、小さいおじさんだった。
誰も、待ってくれなんて頼んでないし。
「ほな、ちょっと乗って」
は?
「何の御用ですか?」
「ちょっとな」
和江さん、すっかりうろたえちゃって。
「さっちゃん、私警察に電話しようか? ちょっと! あなた! 強引な取り立ては法律違反なのよ!」
って、和江さん、私借金はしてません。
だめだ、和江さん、私が借金取りに追われてると信じこんじゃった。
映画の見過ぎだよー。
仕方がない。
「和江さん、私が朝まで帰らなかったら警察に電話して下さい」
って、言っちゃった。
と、いう事で、小さいおじさんこと、山本社長の運転する、あの黒塗りの車に乗り込んじゃったわけよ。
連れ来られたのは、そこそこ高級マンションの一室。
そこに、ゲージに入れられたマロンが居たの。
「あんた、ここに住まへんか?」
はい?
愛人にでもなれっての?
「おくれましたぁ」
そこにやって来たのは、あの南美って子のマネージャーだった。
「おう、遅かったのう。南美は?」
「いや、あの……」
「何や、またか!」
「すみません……」
「写真、撮られんなよ」
「はい……」
相変わらず疲れ切ってる。
「あのー」
私の存在、忘れてませんか?
「おお、忘れとった」
忘れないでよ。
マロンは、私の所に来たいのか、ゲージの中で大騒ぎしてるけど。
「マロン、出してあげて良いですか?」
「頼むわ! ほんで、マロン連れて事務所行こか」
まだ、どっか行くの?
マロンは、ゲージを開けると飛び出してきて、高級そうなソファの上に飛び乗って、おしっこしちゃった。
「マロン!」
ウチでいた時は、そんな粗相しなかったのに……。
「ああ、良いです。あのソファ、来週捨てるんで」
んー、そう言う問題じゃないんだけど。
取り敢えず、粗相の後始末をした後、マロ ンと一緒に事務所に向かったの。
ん?
何で私が粗相の後始末したの?
「まぁ、こう言う訳なんで、あのマンションに住まへんかなぁ、と」
別に、私が会話を省略した訳じゃないわよ。
事務所に着いて、古いソファセットに座った途端に、山本社長が放った言葉。
「何の事ですか?」
誰でも、そうなるでしょ?
そこに、新しい登場人物がお茶を持ってきてくれた。
「しゃちょぉ、それじゃ、何の事か分からないわよ」
物凄い露出の高い、と言うか胸元全開シャツに真っ赤なタイトなミニスカート、と言う典型的愛人秘書なお姉さんだった。
「初めまして、私、しゃちょぉ秘書の沙織でぇす」
「あ、初めまして。前川沙知です」
「お金、要るんでしょ?」
順序立てて話せる人は居ないのか?
「沙織さん、僕が」
社長デスクの上の書類に埋もれてたマネージャーさんが、書類を一冊もって現れた。
「これ」
それは探偵事務所からの書類だった。
私の事調べたんだ。
なんか、凄く嫌な気分。
「ごめんね、うちで所属するタレントや社員は皆調べるんだよ。悪い人達と関係してるといけないから。社長の主義でね」
だからって、私が調べられる筋合いはないんですけどね。
「ワシ、スカウトしやたん」
された覚えありません。
「ワンコの面倒見てくれって」
それ、スカウトじゃないですよね?
「ウチで働き」
だから、唐突だってば!
しかも、ここで働くって……。
社長室には、このプロダクションに所属する人たちの、際どい水着ポスターが。
ポスターを見てる私に、マネージャーが気が付いたみたい。
「いや、働くって、そう言う意味じゃないから」
「そうよぉ、沙知ちゃんのおっぱいでは、ちょっとね……」
失礼しちゃう!
「ちょっと、沙織さん、話をややこしくしないで下さい」
マネージャーさんの話を要約すると。
最近売れっ子のアイドル南美は、愛犬家としてもブレイクしたんだが、実は全く世話をせず、誰にも懐かない上に、マネージャーさんは犬が苦手。
なのに、愛犬家としての仕事が増えたので、マロンの面倒を見るスタッフが欲しい。
そしたら、マロン自身が見つけたので、調べた。
と言う事。
納得出来るような、出来ないような。