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「さっちゃん!」

 待ってたのは、アパートの隣の奥さん。

「和江さん、こんな時間にどうしたの?」

 和江さんが抱きかかえているのは、和江さんの愛犬ごん、じゃなくてマロンだった。

「マロン!?」

 和江さんが、物凄くほっとした顔をした。

「2時間ほど前に、ごんが騒ぐもんだから覗いてみたら、さっちゃんの部屋の前にこの子がいたのよ」

 と、急に私の腕にマロンを押し付けてきもんだから、危うく落っことしそうになっちゃった。

「じゃぁ、後はよろしくね」

 和江さん、よっぽど眠かったのか、さっさと自分の部屋にもどちゃった。

 もしかして和江さん、2時間ずっとここでマロン抱いてたの?

 ちょっと、面白いんだけど。

 悪い人じゃない、と言うか、ほんと凄く良い人なんだけど、ちょっと何か違うんだよね。

 愛犬に『ごん』って、柴犬っぽいでしょ?

 違うの、マルチーズなの。

 ね、何か違うでしょ。


「ねぇ、マロン。また逃げて来ちゃったの?」

 嬉しそうにブンブン尻尾を振るマロンに、悪びれた様子は無いんだよね。

 ただただ、可愛いだけ。


「あー、もしもし」

 こんな時間だし、どうしようかと思ったけど、飼い主さんに電話をしてみたのよ。

 そした、これよ。

 なに、あー、もしもし、って。

 しかも、超不機嫌な声なんですけど!

「あの、マロンちゃんが」

「あー、急がないしこんな時間なんで、明日電話します」

 って、切れたんですけど!

 どーなってんのよ!!!!!

 って、私今日二十歳になりました。

 とんでもない誕生日になる予感。


 この日は、一日バイトを入れなかったの。

 だって二十歳だよ。

 大人になったんだよ。

 何をするにも必要だった『保護者欄』を、無視してよくなったのよ。

「マロン、今日ね、私誕生日なんだよ」

「わん♪」

 マロンが全力で尻尾を振ってくれた。


 公園に散歩に来たんだけど、飼い主さんからは何の連絡もない。

 これは、誕生日プレゼントなんじゃないの?

 ほら、実は凄いお金持ちの紳士が、可愛そうな境遇の私に同情して、こっそりと……。

 な、訳はなく、散歩から戻ると飼い主さんから電話が入った。

「あー、あのー。ちょっと今日は迎えに行けそうにないので、預かってて貰えませんか?」

 はい?

 何言ってるの、この人。

 もしかして、マロンを置き去りにするつもり?

「何を仰ってるんですか?」

「今日は、マロン必要ないんで、明日連絡します」

 って、また!

 勝手に電話切ったんですけど、この人!

 それに、必要ないって、どう言う事?

 必要な私がマロン、貰っちゃうよ?


「沙知、本当はもっとお祝いしてあげなきゃいけないんだけど、パパもママも事故で死んでしまって」

 おばぁちゃんが、そう良いながら小さな包み紙をくれた。

「仕方ないよ。これまで十分贅沢に一生分祝ってもらったもの」

「それ、帰ってから開けなさいね」

「うん、ありがとう」

 あまり長居すると、また事務長さんに捕まっちゃう。

「学校の時間だから行くね。また来週来るから」

 おばあちゃん、寂しそうだけど早く帰らないとマロンを部屋に置いてきちゃったから。 

 アパートに戻って、マロンを抱いて今後の人生設計を考えても仕方がないんだけど、ついつい考えちゃう。

 もし、施設から追い出されたら、おばあちゃんをここに連れ帰る事になる。

 流石にショック受けるだろうなぁ。


「今から迎えに行きます」

 飼い主から電話があったのは、もう夕方遅くなってからだった。

「ウチまで来てもらえますか」

 わざわざ、こっちから行ってなんかあげないんだから。


 アパートの前で待ってたら、来た来た、あのでっかい黒塗りの車。

 この間程疲れ切ってはないけれど、何だか疲労感漂ってるのよね、この男の人。

「勝手に逃げ出しちゃって。どうも、すみません。じゃ、ここに」

 感情って物はないの?

 って言いたくなるほど、ぶっきら棒にキャリーを渡すのよ。

 信じられない。

「マロン、元気でね」

 マロンをキャリーに入れて、また後部座席に置いた。

 ん?

 後部座席に、物凄くヒラヒラしたドレスが置いてあるんだけど。

「あのー」

 つい聞いちゃうわよね。

「飼い主さんって、女の人なんですか?」

 男が、それはそれは面倒臭そうに言ったの。

「あー、それ、答えなきゃダメですか?」

 何なの、この人!

「じゃ、これ」

 って、何か紙袋を押し付けて、車は行ってしまった。

 正直、凄く寂しい。

 マロン……プリン……。

 パパ、ママ、私、二十歳になったよ……。

 部屋に戻って、思い切り泣いた。


 コンコンコン。

 泣きつかれていつの間にか寝てしまったみたい。

 扉をノックする音で目が覚めた。

 外はもう真っ暗。

「はーい」

 多分、顔物凄く泣き腫らしてるんだろうけど、

「前川さん、私、美咲」

 美咲ちゃんだった。


「はい! お誕生日おめでとう!」

 バイトしてるコンビニのケーキを、買ってわざわざ寄ってくれた。

「ありがとう……」

「もー、何で泣くのー」

 また、泣いちゃった。


「じゃ、また明日!」

 美咲ちゃんが玄関の扉を開けたら、居た。

 もう、何が居たか、分かるよね。

「マロン!!!!!」

「え? この子がマロンなの?」

 美咲ちゃんも、ビックリよ。

「夕方迎えに来たんじゃないの?」

「そうだけど……」

 動揺する私と美咲ちゃんの足元をすり抜けて、我が家のごとくマロンは部屋に入ってきた。

「ねぇ、美咲ちゃん、今から飼い主に電話するから、一緒に居てくれる?」

 思わず美咲ちゃんに頼っっちゃった。

 だって、変なんだもん、あの男。


 美咲ちゃんって、ナイト(騎士)気質なんじゃないのかなぁ。

 ここ数日、ここって時にソバに居てくれてるもん。

「来た、あの車」

「ほんと、怪しいね!」

 怪しいってったって、黒塗りなだけなんだけどね。

 美咲ちゃんのテンションに、ちょっと笑っちゃった。

 男が車から降りてきた。

「本当、前川さんの言うとおり、疲労感ハンパない。やっぱり怪しいよ」

 疲労感漂うだけで、怪しいって言い切っちゃう美咲ちゃん……。

「どうも、何度もすみません」

 そう言って、後部座席からキャリーを出してきた。

 チラっと見えた後部座席には、夕方見たドレスは無かった。

「あの!」

 突然、美咲ちゃんが大きな声を出したので、びっくりしてマロンを放してしまったの。

「マロン!」

 マロンは私の部屋へ一目散。

 扉は閉めてあったので、中に逃げ込むことはなかったけど……。

 その騒動で、美咲ちゃん言おうとした事、忘れちゃったみたい。

 あらためてマロンをキャリーに入れて、男にキャリーを手渡したの。

 そしたら、キャリーの中からマロンが怒って唸る声が聞こえてきた。

「うるさい!」

 男が、キャリーを少し乱暴に叩いたのね。

 そしたら、マロン……

 中でおしっこしちゃって、キャリーから漏れてきちゃった。

 私も美咲ちゃんも、大爆笑。

 マロン!

 ナイス逆襲!

 男は、どうして良いのか分からないみたいで、オロオロするばっかり。

「笑ってないで、手伝って下さいよ。俺、犬苦手なのに」

 そんな気はしてたんだけどね。

 

 男は、居心地悪そうに、シャンプーをしたマロンが乾くのを座って待っていた。

 美咲ちゃんは、汚れたキャリーを嫌がりもせず綺麗に拭いてくれたの。


「お礼は、また日を改めてしますので……」

 男がモジモジと言って、黒塗り車とマロンは去っていった。

「美咲ちゃん、ごめんね、帰るの遅くなっちゃうね」

「大丈夫、私、今日泊まる」

 ああ、美咲ちゃんは、やっぱりナイトよ。

「でも、あいつ、結局名前も名乗らず逃げちゃったね」

「あ、ほんとだ!」

「前川さんって、結構抜けてますよね」

 美咲ちゃん、きつい……。



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