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アパートに連れて帰って、改めて見ると、フッサフサの毛に隠れて外では気が付かなかったけど、それはそれは高級そうな首輪をしてた。
この首輪一つで、私の一月の食費になるくらいのブランドの物よ、これ。
こんな高級な首輪、毛で見えなきゃ意味ないんじゃないのかなぁ。
首輪をよく見ると、名前と電話番号が書いてあったのよ。
「お前、マロンって言うの?」
「わん!」
お返事ワンコだぁぁぁぁ。
だめ、可愛い、返したくない!
けど、今の私の生活では1日の大半はお留守番だし、シビアな事言うと経済的にも無理。
もう、夜中の2時だけど思い切って首輪に書いてあった番号に電話してみただけど。
出ない。
「ねぇ、マロン。飼い主さんは、何をしてるのかなぁ」
スマホでSNSの迷い犬情報とか見たけど、それっぽいのは無いし……。
いつの間にかマロンを抱いて寝ちゃってたんだよね。
お仏壇の前で泣かなかった夜は、この半年で初めてだった。
目が覚めた時、外が明るくなってて物凄く焦ったの。
だって、9時からコンビニのバイトがあるから。
隣で寝ている見知らぬ男、ではなくポメラニアンを見て更にパニック。
プリンなの?
今までの事は全部夢で、私は今日も大学へ行くの?
あ、違う、夢なんかじゃない。
ここは風呂なしアパートで、このポメラニアンは昨夜保護したマロンよね。
慌ててスマホを探したんだけど、見当たら無い。
もしかして、と思って機嫌よく寝ているマロンを退けてたら……、あった。
良かったぁ、まだ朝の6時、でも、しかも、物凄い数の不在着信履歴。
おばあちゃんに、何かあったのかと焦ったけど施設の番号じゃない。
「マロン!飼い主さんから電話あったよ!」
慌てて折り返し電話したんだけど……。
待ち合わせた公園にやって来たのは、物凄い黒塗りの高級車。
まぁ、あの首輪だもんね、飼い主の車も高級よね。
でもね、車が近づいてもマロンが喜ばないの。
普通、飼い主さんが近くに来ると、犬は気が付いて喜ぶはずなんだけど……。
車から降りてきたのは、ボロボロに疲れ切った男性。
「本当に飼い主さんかどうか、電話鳴らしますね」
ほら、飼い主のフリして犬盗む人いるでしょ?
でも、本当に飼い主さんだったの。
「じゃぁ、マロン、ここに入れてください」
って後部座席を開けるのよ。
おかしいでしょ、それ。
ちゃんと、抱きしめて再会を喜んであげてよ。
って、マロンもちっとも喜んでない。
もしかして、犬を後部座席に乗せようとした瞬間、後ろから押されて誘拐されるとか、そんなんだったら、どうしよう。
誘拐されても、身代金ないわよ。
どうしよう、殺されるの?
とか思ってたら
「ここに入れてください」
と、後部座席からキャリーケースを出してきた。
「はい」
恥ずかしい、思い切り勘違い。
ちょっと離れがたかったけど、マロンを高級なキャリーケースに入れたの。
「これ」
と男が突き出して来たのは、高級果物店のメロン。
「え、そんな」
「いや、急いでるんで、そう言うの良いです」
って、無理矢理私にメロン押し付けて車に乗って行っちゃった。
バイバイ、マロン。
安アパートに戻ったら、また急に悲しくなってしまった。
アパートに似ても似つかない高級メロン。
あの飼い主、本当にマロンを可愛がっているのか疑問よね。
何なら、電話なんかしなきゃ良かったよ。
今度は、腹がたってきちゃって、メロン冷蔵庫に放りこんじゃった。
「いらっしゃいませー」
気分がスッキリしないまま、コンビのバイトに来ちゃった。
近くに専門学校があるから、昼時はそこの学生さんや会社員の人達で、物凄く混雑するの。
何とか無事にピークを越えた頃には2時近くになってた。
バイト仲間の美咲ちゃんと、本当はダメなんだけど、店頭から引き上げてけたお弁当やサンドイッチで、お昼ご飯。
このお弁当やサンドイッチは、廃棄と言って賞味期限が近くなってしまって売れない物。
勿体無いし、バイトも食費が助かるしね。
美咲ちゃんは、今年高校を卒業して、女優さん目指して養成所に通ってる女の子。
普段は早朝勤務なんだけど、時々こうして一緒になる。
年も近いし、結構仲が良いの。
きっと、半年前の私だったら知り合う事すら無かった子よね。
パパは私がバイトするのを、凄く嫌がったのよ。
休憩中に激安コスメ情報とか教えてくれるの。
私が教えてあげられる情報と言ったら、普段は昨今の介護事情くらいなんだけど、今日はポメラニアン保護した話で盛り上がっちゃった。
バックヤードで騒いじゃったもんだから、オーナーに叱られちゃった。
でも、今日コンビニのバイトが終わったら、美咲ちゃんがメロン食べに来てくれるの。
マロン以外では、初めてのお客様。
ワクワクしちゃう。
「凄いね」
美咲ちゃんが、我が安アパートに来た最初の言葉がこれ。
そらそうよね、まさか今時風呂なしアパートなんてね。
私も見つけた時、驚いたもん。
それだけ家賃が格安なんだけどね。
「どうぞー」
あのメロン、切ってみたんだけど、凄い。
もー香りからして違うのね。
安アパートに驚愕してた美咲ちゃんも、メロンを見たらアパートの事なんかすっかり忘れちゃったみたい。
「おいしー!!」
一口食べて、2人同時に叫んじゃった。
「やっぱり、その飼い主さん、凄いお金持ちなんだよ、きっと」
美咲ちゃんは、あまりにものメロンの美味しさに興奮気味。
「車も凄く高そうだった」
「愛人にでもしてくれないかなぁ」
時々、美咲ちゃんは突拍子もない事を言いだすのよね。
「えー、何で愛人なの?」
「だって、きっと結婚してるよ」
「若かったよ?」
「えっ、そうなの?」
確かに私よりは年上だろうけど、結婚してそうな年齢ではなかったような気がするんだけど。
「もう一回電話してみなよ」
「え? どうして?」
「マロンが気になってぇ、とか言って電話してデートの約束するの!」
「そんなの、無理無理!」
「じゃ、私がしてあげる。演技は得意だもん。スマホは? 履歴、残ってるでしょ」
「ダメダメ」
慌ててスマホを隠すと、美咲ちゃんが取り上げようと私を羽交い締めにしようとして、し損ねて、2人でゴロンと転がっちゃった。
もー、久しぶりに涙が出るほどわらった。
そして、思い切り泣いた。
「ごめんね、急に泣いちゃって」
「私が、無理強いしようとしたから」
「違う違う。凄く楽しかった。こんな安アパートだけど、また遊びに来て」
「うん、じゃ、明日バイトで」
美咲ちゃんが、帰って行った。
半年前までの友人達は、私がこのアパートに越してからは、誰も連絡して来なくなった。
多分、どう気を使って良いのか分からなくて、連絡できなかったんだと思うの。
そして、私もそんな友達達と話す時間も無くなってしまった。
この日も、夕方から居酒屋、その後はスーパー銭湯で働いて帰って来たの。
美咲ちゃんと思い切り笑って、そして泣いたから身体は疲れてても、心は少し軽くなったみたい。
そして
アパートまで帰って来たら、ドアの前で待ってたの。