1-19
美咲ちゃんの出るお芝居を見に、小さな劇場にやってきた。
何だろう凄くわくわくする。
客席はパイプ椅子が並べてあって、舞台は目の前。
少し早めにきちゃったんだけど、ほぼ満席。
「マスクしていけ」
太一さんにそう言われて、マスクして来たけど……。
「あのー。もしかして沙知さんですか?」
隣に座っていた女の人に声をかけられた。
「あ、はい」
そう返事した瞬間、照明が落ちてお芝居が始まった。
美咲ちゃんの役は、いじめられて自殺をしようとしている高校生の役。
SNSに悪口や、個人情報なんかを書き込まれたり、学校では一人。
お芝居の詳しい内容は、見に行ってあげてください。
美咲ちゃん、物凄くお芝居がうまいの。
目の前にいるのが美咲ちゃんだって、忘れてしまうくらい。
「応援してます、頑張ってください」
って、帰りにさっきの女の人が言ってくれて、凄く嬉しかった。
劇場を出ると、太一さんが車で待ってた。
女の人にお礼を言って、車に乗り込んだ。
太一さんが迎えに来るなんて予定外。
「どうしたんですか?」
今日は南美ちゃんに付きっ切りの筈。
「打合せが入った」
そうなんだ。
私何を期待してたんだろう。
ちょっと、がっかりしてる。
ペットサロンにマロンを迎えに寄って、打合せ場所へ向かってるんだけど。
美咲ちゃんのお芝居の事を思い返してた。
あの子は、SNSに書き込まれた内容に次第に追い詰められていった。
見ない方が良い、って言うのは分かってたけど、スマホを取り出した。
あの子と同じように、恐る恐る名前で検索。
沙知 マロン
この二つで十分よね。
『マロンも沙知に世話された方が幸せなんじゃないの?』
『法的な所有権は南美だろ』
『沙知とか南美とかどうでもいい。マロンかわいい』
『獣医学部の件はどうなったの?』
『さちやんは、そんな子じやない。わたししてる。うちのゴンも可愛がてくれてた。がんばりやさん』
え……。
今の何。
和江さん?
もしかして心配してくれてるのかな。
ちょっと、怪しい日本語な感じだけど。
突然引っ越したまま、不義理してしまってる。
今度時間が出来たら、ゴンのおやつを買って遊びに行こう。
『大学一緒だった』
げ。
覚悟はしてたけど。
誰だろう。
『一度だけデートした事あるよ』
ないない!
『この前見に行ったお芝居で、沙知が隣の席だった。マロンはいなかったなぁ。マスクなんかして、自意識過剰だった』
えーーーーー!
隣って右? 左? どっち?
右の人は、帰りにも言葉交わしてるし、こんな事かかないよね。
って事は、左隣だった人。
どんな人だっけ。
覚えてないなぁ。
『昨日、うちの店に飲みに来てたよ。凄く偉そうで最悪だった』
行ってません。
はぁ……。
つい、ため息が出ちゃった。
こうやって火の気の無い場所に、煙をたてちゃうんだね。
「事務所ないでさ」
「はい!」
つい落ち込んでると、太一さんが唐突に話しかけて来るもんだから、大きな声で良いお返事してしまったじゃない。
「やっぱりマロンは南美に返して、沙知には新しい犬をって話が出てる」
世論って言うの?
やっぱり逆らえないわよね。
でも、私、マロンなしに、この世界でやっていけるんだろうか。
「と同時に、マロンとセットの仕事が来た」
え!
あの番組以外で?
「そう、その打合せに行くんだから、そんなショボイ顔すんな」
ショボイ顔で悪かったわね!
あっかんべー。
子供みたいな事をしてみたら、バックミラー越しに太一さんに見られてた。
「ばか」
そう言って太一さん、ちょっと笑った。
新しい仕事は、犬用フードの広告。
打合せは和やかに進み、数日マロンにも食べさせてブログにも掲載する予定。
これで諭吉さん、何人返せるんだろう。
新しいフードと少しづつ切り替えて、マロンの健康状態を確認。
皮膚を痒がってないか、お腹の調子はどうか等々が大丈夫そうなら、このお仕事は順調に進む。
マロンファーストって言うの?
それ以外にもバタバタとお仕事の話が舞い込んで、あっと言う間にあの安っぽい週刊誌の発売日。
もう見たくもなかったんだけど、太一さんが見ろって言うから。
え、社長?
2ページに渡って、社長の写真入りでインタビュー記事。
『ああ、沙知とマロン? そもそも沙知は、南美がマロンの世話をせんし、マネージャーは犬が苦手で、頼み込んでマロンの世話係になってもろたんや』
『世話もせん南美に、なつくかいや』
『沙知はなぁ、苦労人なんや』
『おお獣医学部におたんはほんまや。中退しとるけどな』
しゃちょぉぉぉぉぉぉ。
しゃーべーりーすぎぃ。
「太一さん、これ!」
「うん、社長が全部ばらした」
って太一さん、平気な顔してるけど。
『沙知が作った南美とマロンのお揃いのん、あれ可愛かったやろ』
っしゃっちょーーーーー!
私が作ったんじゃない、おばあちゃん。
あー、もう!
どうしよう。
動物番組の収録。
レギュラーの南美ちゃんも当然来るわけで。
「南美ちゃん、おはよう……ございます」
廊下ですれ違ったので挨拶したけど、返事しないどころかマロンの事まで無視。
ちらっともこっちも見ない。
ただ、収録終わりに、マロンを抱いて廊下を歩いていたら、突然南美ちゃんが背後にやって来てスマホを構えたた。
「ほら、ブログ用の写真撮るから笑って」
マロンを抱く私に、べったりとくっついて最高の笑顔の南美ちゃん。
私も何とか必死に笑う。
とても仲良さそうな写真が撮れた。
「沙知にも送るからブログに載せてよね。私だけ載せてたらおかしいから」
そう言って、振り向きもしないで去っていった。
数分後、確かに南美ちゃんから、さっきの写真が送られてきた。
うわぁ、私完全に顔が固まってる。
それに比べて南美ちゃんは、いい笑顔。
格の違いを見せつけられちゃった。
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