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社長に頭を下げたその瞬間から、私のタレント化プロジェクトは一気に進んだ。
まだ美咲ちゃんには、連絡できてないけど、ね。
南美ちゃんは、一瞬目を見開いたけど
「ふーん、そうなんだ。じゃ、私のマネージャーは?」
としか言わなかった。
太一さんも、何も。
ただ、無駄に偉そうな事は言わなくなって、ちょっと距離さえ感じる。
少し寂しいって思う自分にビックリよ。
おばあちゃんには、バレた時でいいや。
そのくらい、開き直った気持ちになった。
マロンは誰が世話するのか。
勿論、私がしたいと思ってはいるけど、そもそもマロンは南美ちゃんの犬。
南美ちゃんに返さなきゃ。
ちゃんと世話してくれると、良いんだけどな。
そう思ってたんだけど。
「何を言うてるんや。マロンは沙知が今まで通りや。南美? あかん、あかん。マロンが可哀そうやろ」
社長の一言で、マロンは私の元に留まる事になった。
でも、本当にそれで良いんだろうか。
「それで良いんじゃないの?」
南美ちゃんが来てるかと思って、レストラン『ヴァン』に来たんだけど、南美ちゃんの姿はなかった。
風子さんお手製のオムライスを食べて、ついため息。
結局私社長に500万の借金をした事になる。
タレントとして、どのくらい働けば返せるんだろう。
「どうしたのよ、ため息なんかついて」
風子さんに笑われてしまった。
「これからタレントデビューしようって言うのに、そんな風にため息をつく子、初めて見たわ」
って、どうして風子さんが、その事を知ってるの?
「だって、太一が物凄く残念そうに言ってたから」
残念そう?
「どう言う事ですか?」
意味が分からず、聞いたんだけど
「また、その時が来たら言うわよ。頑張りなさい、借金返済」
太一め、そんな事まで風子さんに言ったのか!
頭にきちゃう。
宣伝用の写真を撮ったり、社長や沙織さんとテレビ局やラジオ局、雑誌社にご挨拶をしたり、エステに行ったり時間はあっと言う間に過ぎた。
初めてタレントとしてテレビに出る前日。
やっと美咲ちゃんに連絡をした。
マロンをペット美容に預けて、待ち合わせ場所はカラオケ。
あそなら、誰にも聞かれずに済むものね。
「あれ、綺麗になった?」
美咲ちゃん、鋭い。
エステで顔に塗りたくられて、体中揉みまくられてますから。
「美咲ちゃんも、なんか雰囲気違うね」
本当に。
ちょっと大人っぽくなったかな。
「分かる!? 実は舞台のオーディションに受かって、本当にちょい役だけど出る事になったの!」
凄い!
自らの手で夢を掴んだんだ!
きっとその自信が、体中から出てるのね。
そう言うと、美咲ちゃん、嬉しそうだけど、恥ずかしそうだった。
「で、前川さんはどうなの?」
いうしかない。
今日、ここまで来て言わないなんて、後から知ったら絶対に美咲ちゃん、激怒する。
話終わって数分、美咲ちゃんは無言だった。
嫌われたかな。
そう思ったんだけど
「前川さんっ!」
何故か号泣で抱きしめられた。
「美咲ちゃん?」
「お祖母ちゃんの治療費の為に、身を売るなんて!」
確かに治療費の為だけど、身は売ってませんが?
「感動した!」
いつの時代の総理大臣よ。
でも、嫌われなかったみたいで良かった。
「そうだ!」
美咲ちゃん、何を思ったか突然のメイク直し。
まぁ、号泣したしね。
「さ、撮ろう!」
来た時よりも、完璧メイクになった美咲ちゃんが、突然私のスマホで自撮りを始めた。
「美咲ちゃん?」
「いつか前川さん、あ、さっちゃんで良いよね。さっちゃんも芸能人ブログ始めるだろうし、友達として載せるでしょ?」
あー、そう言う事ですか。
でも、ちょっと嬉しい。
「ほら、さっちゃん、一緒に撮ろう!」
その後は、二人の撮影会になってしまったけど、先の憂鬱を忘れさせてくれた。
ロケが行われたのは先週。
ペットと一緒に遊べるレジャー施設や宿泊施設の紹介。
南美ちゃんはドラマ撮影の無い日で、久しぶりのオフらしく、太一さんが同行してくれた。
けど。
終始無言。
運転も若干荒い。
「太一さん?」
思わず声を掛けたんだけど
「ん?」
聞いた事も無いような低い声で、しかも「ん」だけ。
「いえ、何でもないです。あの、今日はありがとうございます」
「別に仕事だし」
あーーー!
ムカツク!
頑張れよとか、そう言うの無いんですかね!
私もムキになってしまって、結局その後は到着まで一言も話さなかった。
この施設、実は高校生の頃パパやママそれにプリンと一緒に来たことがある場所。
あの頃は、まさかこんな事になるなんて、微塵も思わなかった。
カメラが回ってるなんて知らずに、ふと昔を思い出して涙が。
心配したスタッフの人が
「どうかした? 大丈夫?」
って声を掛けてくれたんだけど、ますます涙止まらなくなって。
「すみません、少し疲れたみたいです」
って間に入ってくれたのは、太一さんだった。
「へへ、そうなんです。緊張しちゃって」
ポロポロ涙流しながら、笑ってごまかしたけど、だめよね。
こんなんじゃ。
初仕事だったのに、美咲ちゃんが聞いたら説教くらいそう。
帰りの車の中、やっぱり無言かと思ったら。
「大丈夫か?」
後部座席をバックミラー越しに覗き込んで、太一さんが声を掛けてくれた。
そのちょっとした視線にドキっとしてしまったのと、無事初仕事を終えられたのと、優しくされたのが相まって、とうとう号泣。
太一さん、慌てて車を停めて、何を思ったのか後部座席に来た。
「いやだったら、やめていい」
「嫌ではない。お金返さなきゃ」
返事が箇条書きになってしまったじゃないの。
暫くの沈黙の後
「そっか、頑張れよ」
って、頭をポンポンって。
それ、女子がキュン死するヤツ!
思わずビックリして、太一さんの方を見たんだけど、太一さん逃げるようにして後部座席から降りてしまった。
今のは、何?
番組が放送される夜、おばあちゃん対策をしなかった。
いっその事、バレた方が楽になるんじゃないかと思って。
放送は社長や沙織さんと一緒に、事務所で見る事にした。
美咲ちゃんの読み通り、番組終了と同時にブログを開始する事になってる。
ブログの内容は、一度太一さんにチェックをしてもらってから公開。
「太一よりさっちゃんの判断基準の方が確かな気がするけどね」
って沙織さんが言うもんだから、太一さん不機嫌になって、どこかへ行ってしまった。




