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お久しぶりの続きです。
長く開いてしまってすみません。
今おばあちゃんの体に起きている事を、ゆっくりと、ゆっくりと時間をかけて説明をした。
手術をするのはリスクが大きすぎる事。
でも、治療法がないわけではないけど、新しい治療だから本当に効果があるのか分からない事。
治療しなければ、確実にゆっくりと死に向かう事。
おばあちゃんは暫く黙ってた。
「もう年だしね、病気になんかならなくたって、遠からずお迎えは来るのは理解してたつもりだけど……。もし治る可能性があるのなら、その新しい治療をしようと思うよ」
「そう、良かった! 治療しないって言われたら、どうしようかと思った」
本当にそう思ってたんだけど、言えないよね。
その治療費は、とても高い、何て。
「じゃぁ、治療しますって先生に言っておくね」
そう言って、おばあちゃんの見送りを受けて施設を出たのは、あの番組が丁度終わる頃だった。
大学を中退した事、芸能事務所で働いてる事、そして治療がとても高額な事、秘密ばかりが増えていっちゃう。
ため息をついて時計を見たら、まだ南美ちゃんは近くのスタジオで雑誌のグラビア撮影をしてる時間。
「まだ撮影終わりそうにないし、来いよ」
いつもだったら、カチンときそうな太一さんの無駄に偉そうな言い方も、今は何だか頼りたい気分になってしまう。
別に、頼りたい気分になっただけで、頼りになるわけでもないけどね。
でも、ちょっと心折れてるし、と思って行ったら、何がきっかけが知らないけれど南美ちゃんがへそ曲げてて、そのご機嫌伺いさせられただけだった。
やっぱり、何の頼りにもならないじゃない。
その夜、眠れなかった。
南美ちゃんの機嫌が良くならなかったからじゃない。
不安に押しつぶされそうで……。
払える目処のたたない治療費。
先の保証の無い仕事。
つい、高収入アルバイト、なんてサイトを見てしまったり。
眠れたのは、外が明るくなってからだった。
朝8時。
出かける準備をしていると、太一さんからの着信。
「さち、社長が呼んでる」
昨夜の南美ちゃんよりも不機嫌なんじゃないか、と思うほど不機嫌な声の太一さん。
「え?」
「直ぐ事務所に行けよ」
それだけ言うと太一さんは一方的に電話を切った。
いつもの事ですけど。
今日は南美ちゃんは昼からロケだし、マロンを公園かドッグランで思い切り遊ばせてあげたかったんだけどな。
「ごめんねマロン。先にちょっと事務所に寄るね」
マロンがブンブンと嬉しそうに尻尾を振ってくれた。
ああ、私の癒しはマロンだけだわ!
「なんじゃぁ、その顔はぁ」
社長室に入るなり、そう言われてしまった。
昨日眠れなかったせいか、酷い顔をしてるのは分かってたけど、指摘されると落ち込む。
「はぁ……」
「マロンは預かっておくわね」
沙織さんが、マロンの入ったキャリーを奪うようにして持って行った。
嫌な予感。
「まぁ、座りぃや」
社長が珍しく接客用のソファに座るよう勧めてきた。
ますます嫌な予感。
「どや、考えたか?」
タレントになれ、だよね。
「私には、無理ですよ」
笑って誤魔化そうとしたんだけど、社長の目が真剣で。
「無理かどうかは、ワシが決めるんや」
「はぁ……」
「300前借さしたるわ」
え?
今何て?
「もし、ウチのタレントになるんやったら、給料300マエガリさしたる、言うてんねん」
300万も?
「返事は今日中。電話でかまへんから」
用事は済んだ。
そんな感じで言われてしまったので、そそくさと社長室を後に。
「さっちゃん、ごめんね。マロンに聞かせたくなくて。私は反対したんだけど、社長がおばあちゃんの事調べちゃって」
そう言いながら沙織さんが、マロンの入ったキャリーを返してくれた。
「あ、いえ」
それ以上言葉が出ないよう。
どうしよう、どうする?
300万あれば、おばあちゃんに治療をしてもらえる。
もしかしてタレントとして成功すれば、お金の心配だってしなくて済む。
でも。
芸能界に入りたい美咲ちゃん、私を頼りにしてくれてる南美ちゃん、きっと私の事嫌いになるよね。
それに、おばあちゃんにだって色々ばれてしまう。
どうしよう、マロン!
助けてプリン!
もう自分じゃ、何も判断できないよう。
キャリーを抱きかかえたまま、その場にへなへなと座り込んでしまった。
事務所で一番小さい会議室。
マロンが嬉しそうに走り回っている。
座り込んでしまった私を、沙織さんが連れてきてくれたの。
「落ち着いた?」
沙織さんが、ハーブティを出してくれた。
「はい、すみません。お仕事の手を止めてしまって」
「私にも責任あるもの。おばあちゃんの件、社長に報告したの私だし」
そうだったんだ。
「でもね、さっちゃん。このままじゃ、さっちゃんの環境は何も変わらないと思うの」
「はい」
分かってる、分かってるけど。
「でも、大きく踏み出すチャンスでもあると思ったよ、私」
そうかもしれない、けど。
「大丈夫、少なくともうちのタレントであり続ける限りは、私も社長も全力でバックアップするし、守る」
「さおりさん……」
マロンが足元で、ころんと丸くなった。
「南美は、へそを曲げるかもしれないけど、あの子だって、どこかで変わらなきゃ」
そこで内線が鳴った。
「ごめんね、私、もう行かなきゃ。決めるのはさっちゃん、あなた自身よ」
そう言って、沙織さんは会議室から出て行った。
誰に相談したって、結局決めるのも行動するのも自分自身なんだ。
しかも沙織さんも社長も、応援してくれる。
物凄く心強いじゃない。
太一さんは……。
一瞬、ほんの一瞬、太一さんは、どう思うだろうって。
相談したいと思ったけど、もし反対されたら決心が揺らぎそうだった。
私は、その足で社長室へ向かった。
「お、どないしたんや」
社長、ちょっと驚いた顔をしたけど、私がこう決断する事、分かってたんだと思う。
さすがやり手の社長だわ。
だからこそ、私は決心した。
「タレントとして頑張りますので、よろしくお願いします」
マロンを抱いたまま、深々と頭を下げた。
続きまーす。




