1-13
社長から兼任を言い渡されてから、バタバタと時間が過ぎていった。
流石の太一さんも、本気出したのか偶然か、今の所大きなミスはなく、無事過ごしてる。
南美ちゃんは、忙しい合間を見てマロンと遊んでくれて、すっかり仲良し。
問題は、仲良しなんだけど、南美ちゃんの言う事は聞かないのよね。
犬って、序列をつける動物だから、マロンの中では南美ちゃんが下なんだろうな。
あ、太一さんは敵みたい。
今朝も、
「おはようございます」
車に乗った瞬間、マロン太一さんに威嚇してたし。
毎朝の光景で、叱るのもやめちゃった。
「なんだよっ!」
って、毎朝マロンに対抗してる太一さん、まんざらでもなさそうだし。
連ドラの撮影も、残すところ後1週間。
ドラマの放送も始まって、視聴率が気になるところなんだけど……。
正直、予想より低いらしく現場の士気を高めようと、主役の俳優さん主催でスタッフ総動員の食事会が開かれたの。
私は、マロンが居るからってお断りしだけど、南美ちゃんに押し切られて出席すること事になっちゃった。
有名イタリアンシェフの経営するレストランを貸切で食事会。
いやー、これ、美咲ちゃんが見たら、卒倒するんじゃないかなぁ。
すごいメンバーなんだもん。
で、気付いてしまった。
モデル出身で、最近人気の出て来た若手イケメン俳優、吉田君。
ドラマでは南美ちゃんの恋人役。
彼、絶対南美ちゃんを狙ってる。
レストランでも、南美ちゃんの隣から離れないのよ。
でも、ここで問題発生。
その吉田君を気に入っているらしき女優さんがいるの。
現場でも、明らかに可愛がり方が違う。
撮影中も、仲良さそうな南美ちゃんと吉田君を見て、
「本当の恋人みたいに仲良しね」
何て笑って言ってたけど、目が笑ってかなった。
その女優さんが、離れた場所から、物凄い目で南美ちゃんを見てるのを目撃してしまったの。
だめ、これはだめ。
急用の振りをして、レストランから南美ちゃんを連れ出す事に成功した。
「なに、社長から電話って」
ごめんなさい、社長。
勝手に名前使いました。
「ごめんね、電話じゃないの」
「え、じゃぁ、何?」
「あの女優さんが、南美ちゃんを、物凄い目で見てたの。ちょっと怖かったから、注意した方がいいと思って」
私、見栄っ張りのパパのおかげで、小学校から有名女子校に通ってたから、女の危険な目線には敏感に反応してしまうのよね。
「ああ、あの人だったんだ。大丈夫、気をつける」
ん?
南美ちゃん、何か知ってるの?
マンションに戻って、台詞の練習中に南美ちゃんが突然切り出した。
「まぁ、沙知だったら信用できるし、言ってもいいかな」
「え?」
「吉田君さぁ、あの女優さん1回ヤッちゃったんだって」
信用していただけるのは有難いけど、それ言ってしまって良いの?
「お酒も入ってて、ノリで。なのに、あの人は本気だったみたいで。ストーカーされてるって笑ってた」
いや、笑い事じゃないですけど。
で、南美ちゃんはイツそんな話を吉田君から聞いたんでしょう。
あー、だめ、詮索するのは止めよう。
だって、私まだ……。
「え、沙知もしかして処女?」
そんなの、はっきり聞かなくても良いでしょ!
「二十歳、過ぎてるよねぇ?」
過ぎてますけど、何か?!
「誰か、手ごろなの紹介しょうか?」
結構ですっ!!
南美ちゃん、ドラマ撮影も終わりが近づいて、開放感からなのか、私への絡み方が酷い。
その前なんて、太一さんにまで、私が処女だって言いそうになってたし。
いや、あれは絶対太一さんも勘付いたよ。
南美ちゃんの、ばか!
調子に乗ると駄目ね。
芸能界独特の、浮かれた感じの日々を送っていたの。
あ、浮かれた感じって、私のバイト掛け持ち生活に比べたらって事よ。
ヘルパーの石塚さんから、連絡が入った。
おばあちゃんに、何かあったのかと泣きそうになりながら、施設に向かった。
「おばあちゃん!」
部屋に駆けつけると、おばあちゃんは元気にリハビリの真最中。
あれ?
「あら、沙知。どうかしたの?」
え?
おばあちゃん、自力で歩いてますけど?
良くなってますけど?
石塚さんは、どこ。
今すぐ説明して下さい。
「ええ、リハビリは凄く順調で手すりがあれば館内も自由に歩ける程になってますよ」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
って、言うしかないじゃない。
ここは相談室。
施設の利用者や家族と、施設が話し合いをする部屋。
「実は先日の健康診断で、少し問題が見つかりました」
全然、少しじゃない問題だった。
石塚さんと、同席していた看護師さんは、私を不安にさせないように言ってくれたんだろうけどね。
「何があったか知らないけど、凄く酷い顔してるよ。明日は太一だけでいいから、マロンと休んでで」
南美ちゃんなりに、私を気遣ってくれた。
1日かけて、おばあちゃんの身体に起きている事、治療法を調べた。
おばあちゃんは、元々心臓が弱くて手足もリウマチで最近やっと自力で歩けるまでに回復。
そして高齢。
手術をするには、悪条件すぎて出来ない。
ただ、高齢であるため進行も遅いであろう。
絶望的じゃないの……。
そりゃ、おばあちゃんだって永遠の命じゃない事くらい分かってる。
どうしたらいいんだろう。
私に何ができるんだろう。
気が付いたら、美咲ちゃんに電話してた。
マロンを美容に預け、待ち合わせたカラオケボックスの中。
美咲ちゃんと2人、スマホで出来る限りの情報を集めた。
「何か凄く高い治療で治ったって!」
見付けたのは美咲ちゃんだった。
美咲ちゃん、小悪魔なんて言ってごめんなさい。
貴女はやっぱり私の救世主よ!
思わず美咲ちゃんに抱き付いたら、耳元で囁かれた。
「で、社長にいつ紹介してもらえるの?」
やっぱり小悪魔なんじゃ……。
「お前さ、何かあった?」
何事もなかったように振舞ってたんだけどな。
撮影終了後、南美ちゃんが友達とご飯に行くと言うので、太一さんと風子さんのオムライスを食べに来たの。
「え?」
「いや、昨日休んでたし、今日はマロンが何か変だったし」
事も無げに言わないでマロン、結構気にしてるんだから。
今日の最後の収録は、南美ちゃんがレギュラーで出演している動物番組。
南美ちゃんは収録中、マロンを抱いてたの。
退屈になったマロンが、南美ちゃん腕からすり抜けてスタジオを好きに俳諧し始めちゃった。
今までなら、そんな事なかったのに。
私の心がぐらぐらしてるのを、マロンも敏感に感じてたんだろうな。
「マロン、ごめんね。気持ちがマロンに行って無かったね。マロンは悪くないよ」
思わず撮影の合間に、マロンを抱きしめて謝った。
「別に……」
「何かあったんなら、溜め込むより、言った方が良いぞ」
太一さんは、頭と口が直結してますもんね。
思わず笑ってしまった。
今日も、南美ちゃんに、
「その衣装、足太く見えるな」
って、余計な事言って、スタイリストさんを真っ青にさせたのよ。
でも、さすがスタイリストさん。
靴を変えるだけで、問題解決。
「へぇ、さすが!」
の一言で、スタイリストさんも、南美ちゃんも満足気な顔したたんだよね。
多分、こう言うところは見習うべきなのかな。
「何笑ってんだよ。人が心配してるのに」
心配してくれてたんだ……。
この人、時々人の心にふわふわと入り込んでくるのよね。




