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「それは、もう、恋ですね」
マロンを美容に出している間、時間があるので美咲ちゃんにメールしてみたの。
どうやら近くにいたらしく、飛んできてくれた。
さすが親友よね。
「で、いつ山プロの社長に紹介してもらえるんですか?」
いや、そんな約束した覚えないですけど。
「そんな顔しないでよ。冗談よ、冗談」
出会った頃の美咲ちゃんは、ナイト気質かと思ったのに、ただの小悪魔でした。
「恋ねぇ……」
それどころじゃない、はずなんだけど。
「ダメよ、そんな興味ないふりしたって、身体は正直なんだから」
美咲ちゃん、どこでそんな台詞覚えたの……。
「でも、本当に嫌な奴なのに」
そうなのよね。
太一さんの良い点何て、思い浮かびもしないの。
悪い点なら、幾らでもあるのに。
「マイナスから始まる恋も、あるのよ」
B級恋愛映画のタイトルじゃないんだから。
美咲ちゃん、なんか変だよ。
「やだー、流石親友よね~。やっぱり、分かっちゃった? 彼氏ができたの」
あ、そうなのね……。
しかし、美咲ちゃんの大暴走に対応可な男性がいた事に驚きなんだけど。
「でしょ~。自分でびっくりしちゃった」
以後、美咲ちゃんの、のろけ話で時間は過ぎて行った。
今夜は、南美ちゃんが旅行から帰ってきて、明日にはドラマの撮影も再開する。
どうか、どうか、写真撮られてませんように!
南美ちゃんが仕事失くしたら、私もお役御免になるに決まってる。
たった一枚の写真で、運命を左右するこの世界って、本当に怖い。
「おはよー」
彼氏と……。
不倫でも彼氏って言うのかなぁ。
その彼氏と、温泉旅行で楽しんだらしい南美ちゃんは、ご機嫌な朝を迎えてくれた。
「今日は朝からロケなので、朝食しっかり取ってね」
最近では、南美ちゃんの朝食まで用意するようになったの。
どうせ、自分のも用意するんだしね。
でも、アイドルって、殆ど食べないのよね。
細いのも納得だわ。
南美ちゃんも、ブログで食事のメニュー載せたりするけど、あれ、大抵スタッフのだから。
私か、太一さんか、沙織さんの。
沙織さんも、モデルさんしていた頃は、殆ど食べなかったんだって。
「食べると、胃が出ちゃうでしょ?」
栄養ドリンクとか、サプリとか、それで生きてるって感じなの。
「南美ちゃん、食べなきゃ、いつか身体がクラッシュしちゃうよ?」
一応、『医』とつく学問を学んでいた立場として、意見したんだけど。
「二十歳まで、二十歳まで、これを頑張れば、終わるから」
何だか、自分に言い聞かせてるみたいで痛々しい。
じゃぁせめて、と、流行りのスムージーを用意してみたら、ものすごく喜んでくれた。
この朝も、沙知お手製スムージーを2人で飲んで、迎えに来た太一さん運転の車に乗り込んだ。
「沙知のスムージーのおかげかなぁ。最近肌の調子が良いと思ってたの。そしたら、彼にも、肌綺麗になったね、って言われちゃった」
あの彼、の物真似まで入れてくるハシャギっぷりに、思わず自分太一さんと顔を合わせて苦笑いよ。
「まさか、写真、撮られてないだろうな」
あーもー、どうしてそう、自ら地雷を運んできて踏むような事言うの。
「とられてない」
ほらぁ、南美ちゃん、一気にテンション下がったじゃない!
テンションだだ下がりのまま、ロケ地の公園に到着。
いつもなら、沢山のスタッフが色々と準備をしているハズなのに。
誰もいない。
いや、居るにはいるのよ。
公園のベンチで、日向ぼっこしてるおじいちゃん。
「誰も、居ないです」
少し大きな公園なので、マロンの散歩も兼ねて車から降りてウロウロしてみたんだけど、スタッフらしき人は1人もいなかった。
「えー、場所あってる? また、ドッキリじゃないよねぇ」
南美ちゃん、車の中をキョロキョロ見渡して、ドッキリ対策に演技しちゃってる。
「ないない」
太一さんが、大あくびしながら答えた。
予定外の散歩に、マロンは大喜びなんだけど。
「ちょっと、ちゃんと確認しなさいよ!」
ドッキリじゃないと分かったら瞬間、南美ちゃん豹変。
全身からメンドクサイオーラを出しながら、スケジュールの確認をした太一さん。
「公園に10時、集合。間違いない」
じゃぁ、どうして誰も居ないのよ。
「私、もう一度公園の中、確認してきます」
向かおうとする私の腕を、南美ちゃんが咄嗟に掴んだ。
「多分、幾ら探しても居ない」
「え?」
南美ちゃん、沙織さんに電話をかけたの。
「じゃ、確認お願いします」
南美ちゃんが電話を切って、二分程。
ピリピリした車内の空気に、マロンまで小さくなってしまった。
太一さんの携帯が鳴った。
手帳を確認する太一さんが、大量の汗をかき始めた。
ああ、これはやっぱり間違ってたんだ。
「沙織さん、なんやて」
「あの、10時じゃなくて、16時だった。良かった、逆じゃなくて」
まぁ、そうなんだけど。
怖くて南美ちゃんが見れない。
「6と0を見間違えたみたいで……」
「そうだね」
やっと南美ちゃんが、言葉を発した。
「私、子役時代から、色んな事務所スタッフ見てきたけど……」
南美ちゃん、声を荒げて怒ると思ってた。
「ミスして、良かったなんて言う人始めて」
それ以降、一言も発しなくなってしまった。
太一さんも、どうして良いのかわからないのか、運転席で微動だにしない。
「このまま車の中に居ても仕方ないですし、16時まで時間もあるので、事務所に行きませんか」
このまま、狭い車内でこの空気に耐える自信が無くて、提案してみた。
「そ、そうだな」
太一さんが、静かに車を走らせ始めた。
「南美ちゃん、折角時間も出来たことだし、少しお勉強する?」
私も、時間を持余してしまったので、南美ちゃんと勉強をする事にした。
『ヴァン』の風子さんの言う通り、南美ちゃん、本当は出来る子だったみたい。
「この分だと、クイズ番組だって出られるよ」
「まだ、ダメだよ……」
南美ちゃん、照れちゃった。
「やっぱり現場マネージャーは、沙知がいい」
嬉しいことを言ってくれるけど、そうなるとマロンの世話まで手が回らなくなる。
社長も同じ意見だった。
「そしたら、沙知に助手もかねて貰ったら」
「え!?」
突然の社長の提案に、思わず声が出ちゃった。
「勿論、その分のお手当てはつけるで」
お手当てって、愛人じゃないんだから!
って言いたかったけど、それは非常にありがたいです。
「でも、私何をすれば」
「せやなぁ、太一がミスせんように見張っといて」
「間違いがあったら、指摘をすれば良いって事ですか?」
「せや」
なるほど、それならできそう。
「それやったら納得か?」
南美ちゃん、やっと首を縦に降った。




