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まさかね、まさか、太一さんも子供じゃないんだし、仕事の現場でまであからさまな不機嫌な態度するなんて、思わなかった。
「太一さん、実はこんなの用意したんですけど、見てもらえますか?」
おばあちゃんが頑張って作ってくれた、マロンの洋服と、髪を束ねるシュシュ。
商店街の呉服屋さんで買った、あの端切れ。
思ってたよりも素敵に出来て、呉服屋さんの見立て通り、生地の色もマロンにぴったり。
太一さんに了解を得てから、南美ちゃんに見せようかと思ってたのに。
「別に、俺が確認なんかしなくても大丈夫なんだろ」
って。
完全に拗ねてます。
子供か!
ゲンコツ食らわしてやろうかと思ったんだけど……。
「きゃー、沙知。何コレ!」
南美ちゃんに見つかっちゃった。
「ね、これ、使っていい?」
て、もう使ってますけどね。
髪を束ねるんじゃなくて、手首にシュシュにはめた南美ちゃん。
今日の衣装がノースリーブだったから、肩から伸びる細く長い腕の先に、マロンとお揃いの生地で作られたシュシュの映えること!
「あら、良いじゃない、凄く似合ってる!」
後からやって来たスタイリストさんまで絶賛してくれたのは嬉しいだけど。
太一さんが、どんな顔しているのか怖くて振り返れない……です。
マロンを連れて、スタジオに逃げ出してしまった。
「あー。南美ちゃん、マロンとお揃い!」
進行役の女芸人さんが、いち早く気付いてくれて、南美ちゃんも上機嫌。
マロンは相変わらず南美ちゃんの言う事はちっとも聞かなくて、笑いを誘って無事収録終了。
お疲れ様でしたー。
と、なる筈が、怖いよね、この世界。
共演者の女優さんが……。
「犬はね、ファッションアイテムじゃないのよ」
笑顔でそう言って帰って行ったの。
怖すぎるんですけど!!
「うふ、そうですよね~」
南美ちゃん、笑顔その女優さんを送り出したんだけど、女優さんの姿が見えなくなった瞬間、ふと真顔に戻っちゃった。
もっと、怖すぎる。
移動の車の中は、太一さんはブスっとしてるし、南美ちゃんは真顔で外眺めてるし。
マロンと私は、この車内の空気を1ミリも動かさないように、息をひそめるしかなかった。
『ヴァン』での夕食。
太一さんが、風子さんお手製オムライスで機嫌を直したのはどうでも良いんだけど、南美ちゃん。
現場では、アイドルらしくニコニコとしてたんだけど、それ以外は、恐怖の真顔のまま。
ところが。
「沙知、ちょっと見て!」
『ヴァン』でブログチェックをしていた南美ちゃんに、呼ばれた。
また、アンチが何か書き込んでいるのかと思ったら……。
「凄いでしょ!」
絶賛コメントの嵐。
何かと思ったら、マロンと南美ちゃんのペアルック写真を載せたブログだった。
「本当、何時もの倍以上のコメント」
まぁ、中には相変わらずアンチがいるんだけど、そんなの気にならないくらいのコメント数。
「沙知……」
暫くコメントを読んでいた南美ちゃんが、言ってくれたの。
「私、マロンともっと仲良くなりたい」
南美ちゃん、やっと決意してくれました。
さぁ、南美ちゃん、マロンと仲良くなるためのトレーニングを始めましょう!
と、行きたいところなんだけど、南美ちゃん忙しい身だから、なかなか時間も取れなくて、未だ何も始められてない。
でも、南美ちゃんなりに仲良くなろうと、少しの間時でマロンと遊ぶようになった。
「子犬の頃は、ヌイグルミみたいで兎に角可愛かったのに、急に牙をむいたり、噛んだりするようになって、かわいいと思えなくて……」
南美ちゃんなりに悩んでたのね。
オス犬は、大人になる過程でそんな風になる子も居るの。
たいていは、去勢すれば治るんだけどね。
マロンも、直ぐに去勢手術をしたらしいんだけど、南美ちゃんの心はマロンから離れてしまったんだね。
「沙知、マロンの洋服をある程度揃えておいて。太一運転手に使って良いから」
ブログに載せるんだって。
また、あの女優さんに何か言われるんじゃないかと心配したんだけど。
「ああ、あの人ね。私の若さに嫉妬してるのよ。みっともない。いつか、番組で暴露してやる」
だって。
恐ろしいので、絶対にやめて下さい。
突然の指令に、太一さんと2人と1匹で洋服探しが始まった。
南美ちゃんが、やっと取れたお休みで旅行に行っている間に探す事に。
旅行の相手は、察してください。
ああ、どうか週刊誌に撮られませんように!
「もー、さっさとしろよー」
只今、カーナビに住所入力中。
昨夜、ペットショップをリストにして、プリントアウトしておいた。
人の洋服ならスタイリストさんにお願いすれば直ぐなんだけど、犬用となると自分でリスト作るしかなったのよね。
出来るだけ、無駄を避けるために近い店から順にリストにしてみたんだけど……。
「あ、ナビに全部入れて」
え?
「だって俺、こっちの出身じゃないから、道知らないし」
いや、良く採用されたよね。
誰、この人をマネージャーに採用した人。
で、ナビに入力し始めて、さっきの
「もー、さっさとしろよー」
に、戻るわけ。
ブチと、頭の中で何か音がした。
「私が運転します」
気がつくと、太一さんを運転席から引きずり下ろして、ハンドルを握ってたの。
「なんだよ、免許証持ってたなら早く言えよ」
いつ、どのタイミングで言えってのよ。
獣医学部って結構忙しくって、帰りが遅くなるからって免許が取れた日に、パパが凄く可愛い軽自動車を買ってくれたの。
何もかも手放してしまった時、車も売ってしまったけどね。
車って、結構維持費かかるのよね。
と、言う訳で半年ぶり以上の運転。
しかも、美咲ちゃんに言わせると、怪しい高級車。
多少の緊張はあったんだけど、運転してみてビックリ。
物凄く、運転し易いの。
多分、美咲ちゃん同様『怪しい高級車』と思った人だろうね、避けてくれるの。
もう、車線変更なんてスイスイよ。
「おい、これなんかどうだ?」
お店で物色していると、太一さん、何だか適当に持ってくるのよね。
「そんなドレスみたいなの……。マロンは男の子ですよ」
「え……」
え、じゃないし。
知らねーのかよ、って突っ込みそうになった。
太一さん、そう言うフリフリしたのが好きなのね。
いえ、別に太一さんの好みなんて、どうでも良いんだけど。
何軒かお店を回ったんだけど、やっぱり男の子用ってコスプレっぽい物が多くて。
テレビや雑誌に出る事を考えると、あまりキャラクターはねぇ。
でも
「おい! これ、絶対買おうぜ!」
手に持ってるのは、アメリカンコミックのヒーローのコスプレ。
いや、その前に『おい』って、私はあなたの妻か何かですか?
「彼が気に入ったみたいよ?」
ほら、お店のマダムに勘違いされちゃったじゃないのよ。
結局、太一さんお気に入りのコスプレ服を含めて数着購入した。
「腹減らない?」
私からハンドルを取り返した太一さんに、食事に誘われた。
まぁ、行く場所は分かってるけどね。
「これ、物凄く面白いじゃない!」
太一さんが選んだコスプレ服は、風子さんの心を鷲掴みしたみたい。
「でしょ!」
風子さんのオムライスを頬張りながら、得意げにこっちを見て微笑む太一さん。
やだ、私、なんでどきどきしてるの?




