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ドラマの撮影って、本当に大変ね。
南美ちゃんがドラマ撮影している間に、おばあちゃんを訪ねるつもりだったんだけど、それどころじゃなくなっちゃった。
撮影のない日は、他の番組の収録や雑誌の取材もあるのよ。
全てが不規則になってしまう世界。
そりゃ、心の安らぎを求めてしまうのは分からないでもないけど……。
「既婚者はダメだよ、南美ちゃん」
一応、意を決して忠告はしたんだけど…。
「私が二十歳になったら、彼、奥さんと別れて結婚してくれるのよ」
うん、それ浮気する男の常套句。
でも、恋する乙女には、あばたもえくぼ。
「どうして二十歳なの?」
「私の事務所との契約が、二十歳までなの」
「そうなんだ……」
どう思う?
絶対に、騙されてるよね。
でも、何だかキラキラ目を輝かせて彼の話をする南美ちゃんを見てると、それ以上何も言えないなぁ。
すっかり元気に、とまではいかないけど、随分と顔色も良くなって、太一さんが現場に戻ってきた。
「何だ、このまま現場マネージャーは沙知で良かったのに」
南美ちゃーん、どうしてそんな火に油を注ぐような事を言うのかなぁ。
嬉しいけどね。
「私じゃ車の運転も出来ないし、移動が不便だったんですよー」
太一さんの、憮然とした顔見て、慌ててフォロー、になったかなぁ。
マロンの世話をする仕事のはずが、人間関係のフォローまで仕事になってますけど?
その分、お給料上げてくれると嬉しいんですが。
「多分、山ちゃん、そこらも見込んだ上で、さっちゃんに頼んだのよ」
風子さん、今、社長の事を、山ちゃんって言いました?
「私と山ちゃんは、山ちゃん、風ちゃんの仲だから」
久しぶりに来た『ヴァン』で、思考が迷宮入り。
それ、どう言う仲なんですか……。
太一さんが現場に戻ってくれたので、久しぶりのお休み。
でも、南美ちゃんにお休みはないんだよね。
この世界で売れるって、本当に大変な事なのね。
ふと、この世界を目指してた美咲ちゃんを思い出したの。
どうしてるんだろう。
メールしてみようかなぁ。
しかし、あの絶縁宣言以降連絡してないしなぁ。
バイト中かも、と思いながら美咲ちゃんのスマホを鳴らしてみた。
「はいっ!!」
2コールで出た美咲ちゃん。
「遅い! 連絡してくるのが遅すぎる!」
はい、相変わらず意味がわかりません。
絶縁宣言したのは、美咲ちゃんの方じゃない。
「それでも、ネイル塗り直しながら近況報告するのが、親友でしょ!」
美咲ちゃん、何のドラマの影響受けてるのよ……。
と、言うわけで、マロンも連れて行けるオープンカフェで待ち合わせる事になったの。
「大変だったんだね」
美咲ちゃん待望の、近況報告。
ネイルは塗り直してないけど。
もちろん、南美ちゃんの恋人の話なんて、口が裂けても言えない。
そうでなくても、美咲ちゃん、南美ちゃんの事嫌いみたいだし。
「で、あのマネージャーとは、どうなのよ」
「どうって?」
何かありましたっけ?
「マロンを囲んで、恋が芽生えたりとか!」
しません。
あんな面倒くさい男……。
「なーんだ」
って、何を期待してるの、美咲ちゃん。
コンビニのバイト仲間の近況や、店長の誤発注、美咲ちゃんのオーディション結果何かを、聞いていたら、太一さんからの着信。
美咲ちゃん、目キラキラさせて聞き耳立ててる。
「え、ロケですか? また、急ですね。分かりました。マロンを連れて合流します」
どうやら、南美ちゃんがレギュラーで出ている動物番組で、急なロケが決まったらしいの。
「ごめんね、美咲ちゃん。こっちから連絡したのに」
「大丈夫よ。また連絡してね」
美咲ちゃん、気持ち良く送り出してくれた。
最近できたアウトレットモールに、ペットと飼い主の為のお店があるらしく、急遽そこでロケが行われる事になったらしい。
そのお店は、ペットと飼い主お揃いの洋服やグッズを売っていて、商品全てがすごく可愛いの!
マロンと南美ちゃんも、お店オススメの商品を身に付けて出演。
で、思ったの。
この間、商店街の呉服屋さんで買った着物の端切れで、マロンと南美ちゃん、お揃いの何か作れないかなーって。
小さな端切れだから、大したものは作れないけど……。
しかも、私裁縫からっきしダメなのよね。
だがしかし、私には、強い味方がいるの!
「こんにちは!」
丁度入浴が終わった直後で、介護士の石塚さんに髪を乾かしてもらってるところだった。
「あら、沙知! 久しぶりだね。大学が忙しいのかい?」
うー、またも石塚さんのおかげで、大学中退した事、言い出せないじゃないのよ……。
「う、うん」
ま、今日の目的は、その事じゃなから、いっか。
「あのね、おばあちゃん。この生地で、作って欲しい物があるんだけど……」
あの端切れと、描いて来たデザイン画を見せた。
「獣医さんになるには、こんな物も作れないとダメなのね。大変ね」
うん、石塚さん、それ違うけどね。
「沙知は、勉強はできるけど、裁縫はダメだからね。分かった、任せなさい。何なら、教えてあげようか?」
おばあちゃん、何だか楽しそう。
幾つになっても、誰かの役に立てるって言うのは、モチベーションがあがるのかな。
教えて貰うのは、今度にして一週間後にまた来る約束をして、施設を出て、マロンのお迎えに向かった。
マロンは、いつものサロンで綺麗にしてもらってるの。
現場マネージャー代行をしていた間、サロンに連れて行く時間もなくて、マンションで洗ってたの。
でも、やっぱりプロの手とは違って、細い所までは綺麗にしてあげられなくて、ちょっと悔しかったんだよね。
ま、餅は餅屋、って事ね。
もう一つ、現場マネージャー代行の間、気になった事が。
南美ちゃん、本当にマロンの事全く気にしないの。
「その為に沙知がいるんでしょ?」
って、そうなんだけど、やっぱり飼い主は南美ちゃんだもの。
マロンが南美ちゃんにヨソヨソしくするのが、動物番組でも気になっちゃって……。
「このままじゃ、マロンの南美ちゃんに対する気持ちが、視聴者に伝わってしまうよ」
つい、言っちゃった。
「何、なんでお前が意見してんだよ」
太一さんには叱られてしまった。
てか、お前って何よ。
南美ちゃん、じーっと私の顔を見つめるもんだから、『クビッ!』とでも言い出すのかと思ったの。
借りた200万円どうやって返そう、次の200万円どうやって用意しよう。
何より、今夜から何処で生活しよう。
一瞬で、そこまで考えた。
「沙知……」
覚悟決めた。
「ありがとう」
ん?
今、ありがとうって言った?
太一さんは、口をぽかーんと開けて、物凄いアホヅラ。
「沙知が一番、私を気にかけてくれてる……。太一や社長と全然違う」
いや、あの、その。
えーっと。
マンション、出て行かなくて良いのね?
「私、がんばるね」
何か、急にしおらしい南美ちゃんになっちゃって、こっちが調子狂う。
そして、何より太一さん不機嫌が、お顔にありありと出てますが?
あー、余計な事しちゃたー。




