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私の名前は前川沙知、19歳。
半年前までは、夢だった獣医になべく大学に通っていたんだけど、よくある話、学費が払えなくなって、やめちゃった。
両親が、大きな交通事故に巻き込まれちゃって亡くなったのよ。
知らないかなぁ、半年程前に、大騒ぎになった事故。
国のナントカって言うトコロが手抜きしたから起きた事故なんだって。
それでね、パパが小さな会社を経営してたんだけど、借金まみれだったみたいで、自宅も担保になってて、住めなくなっちゃった。
保険金や何で、少しは手元に残ったんだけど……。
老人施設に身体の不自由なおばぁちゃんがいるのよね。
ここがまた、高くて。
取り敢えず、残ったお金で半年分の料金は支払ったんだけど、ソロソロまた請求が来る頃なのよ。
ほんと、どこの少女漫画のヒロインよ。
と、言うわけで大学なんで通ってる場合じゃない。
おばぁちゃん、あそこの施設でしか生きられないんだもの。
私の安アパートに、おばぁちゃんのベッド入れたら、私が寝る場所がなくなる。
一日の始まりと終わりの区別もつかない位、バイトを掛け持ちして働いたんだけど……。
たかだか19の小娘に半年で200万ものお金、用意できないわよ。
やっぱり、私の安アパートに来てもらうしかないのかな……。
一週間ぶりに、おばぁちゃんに会いに施設に行ったらさ。
毎度毎度、ホテルかよ、と思うくらいの豪華さ。
こんなトコロにお金をかけるから、高いんじゃないの?
「前川梅乃様のご家族ですか?」
入った瞬間、フロントの綺麗なお姉さんに捕まってしまった。
通されたのは事務長室。
「私共も、ご事情は理解しておりますが……」
分かってんなら、安くしてくれたら良いのに。
「他に前川様にあった施設もあるかと」
安いトコロは、既に申し込んでるけど、158人待ちなのよ。
言い換えると、158人そこの人が死なないと、入れないの。
シュール過ぎだよ。
何とか貯めていたバイト代で一月分は支払ったけど……。
「沙知よく来てくれたね」
若いイケメンにリハビリしてもらって、ご機嫌なおばぁちゃんが出迎えてくれた。
「じゃ、今日のリハビリはここまでにしましょう」
イケメンが、私に軽く会釈して出て行った。
「お邪魔だった?」
「何を言ってるんだい」
だけど、おばぁちゃん、まんざらじゃないよね。
「何だか痩せたみたいだけど、大学が忙しいのかい?」
おばぁちゃんは、私が大学を辞めた事を知らない。
ましてや、バイトで寝る間もない生活してるなんて、言えないよね。
ボロボロの安アパートに戻ると最初にするのは、お仏壇に今日の報告。
こんな安アパートには、不釣り合いな立派なお仏壇。
おじぃちゃんが亡くなった時に、パパが奮発して買ったの。
おばあちゃんの入ってる施設と言い、お仏壇と言い、見栄っ張りだったのかな、パパ。
まさか、早々に自分が入る事になるとは思わなかっただろうな。
おじぃちゃん、両親、そしてプリン。
プリンはパパが誕生日プレゼントにくれた8歳のポメラニアン。
プリンが居たから獣医を目指したんだけど、事故で一緒に死んじゃった。
相変わらず、お仏壇の前に座るとめそめそしてしまう。
奪われたもの、残されたもの、全てが大きく重くのしかかってくる。
血の付いたプリンの首輪を抱き締めて今夜も眠る事になりそう。
スマホのアラームで目を覚ますと、最初にする事は、バイトのシフトチェック。
今日は、夕方からの居酒屋でバイトをして、その後スーパー銭湯でバイト。
もっと、時給の良いバイトか、正社員の仕事を探さなきゃ。
せめて、もう少しましなマンションにでも移れれば、おばぁちゃんと一緒に住めるかもしれないし。
調べなきゃいけない事は、色々あるんだけど、何だか気力が湧かない。
夕方までには、気力振り絞らなくては……。
居酒屋ではね、まかないを出してくれるの。
あ、まかないって、働いている人用の食事の事。
しかも、スーパー銭湯のお陰で、この風呂なし安アパートでも暮らせる。
バイト後に銭湯に入れるから。
お陰で、ナントカ生きてます。
夕方まで、溜まっていた洗濯物をやっつけながらテレビを見ていたら、人気アイドルグループの子が、愛犬を抱いて出てきた。
思わずテレビに釘付けになったわ。
だって、死んだプリンにそっくりなポメラニアンだったから……。
何だか、何もかもやる気がなくなっちゃった。
このアイドルの子、18歳だって。
私と一つしか変わらない。
苦労してる人間にとって、幸せそうな姿って、毒でしかないわね。
ノロノロ洗濯物を終わらせて、ノロノロと居酒屋に向かった。
本当、キツイ毒。
「いらっしゃいませー」
それでも、いざ仕事になると心とは裏腹に身体は動くのよね。
これが若さって言うのかしら。
でも、何だか今日は全てに心がギスギスする。
大学生達が来店すると、親の脛かじって大学行ってるくせに、酒なんか飲んでんじゃないわよ、とか。
私だって、半年前までそうだったのにね。
あ、誓ってお酒は飲んでません。
まだ、未成年だもの。
あと2日で成人だけどね。
スーパー銭湯のバイトを終えて、銭湯に入って疲れた身体と心を休めて、アパートに向かったのよ。
いつからついて来てたんだろう。
何だか誰かに後をつけられているような気配がしたの。
走ったり歩いたり、速度を変えても、気配は消えない。
怖くなって、物陰に隠れてやり過ごそうとしたの。
そしたら、現れたのは、ポメラニアンだった。
しかも、何だかプリンに似てる。
思わず、両手を出して
「おいで!」
って、言っちゃった。
そしたら、そのポメラニアン、私の腕に飛び込んできたの。
プリンが生き返ったのかと思ったわ。
近くに飼い主さん居ないか探したんだけど、見当たらないし兎に角眠いし仕方がないじゃない。
「うち、来る?」
そのポメラニアンは、フッサフサの尻尾を全力で振ったのよ。
これが運命の出逢いとは、思いもしなかった。
この話は以前に別ジャンルのコンクールに応募した作品を小説化したものです。