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スライム

作者: 君和田 玲

初めて投稿しました。他の短編も出していきたいと思っています。

   スライム

          君和田 玲

  

「それで、大量のスライムが雨のように降り注ぐんだよ」

「緑色のスライムが?」

「そうそう、それであたり一面緑色になって・・・」

スライムの話をする横山の顔は、子供のように輝いてた。

 週末の居酒屋で、僕は玩具メーカーの同期社員の横山と、久しぶりに酒を飲んでいた。同期とはいえ彼は製造部、僕は営業部でそれぞれ部署が違うために、こうして酒を酌み交わすのも久しぶりのことだった。

「環境汚染で荒れ果てた地球を救うために、スライム星人が放ったスライムは、植物の数百倍の光合成をする能力をもっていて、その力で砂漠が見る見る緑の大地に変わっていくんだ」

普段、技術屋として寡黙にオモチャと向き合う横山だったが、酒が入ると陽気になった。

「ところがね、スライム星人はあることに気づくんだ」

急に真顔になると、彼は静かにグラスを空けた。

「何に気づいたんだ?」

先ほどから、クーラーの風で剥がれそうになっているお品書きを見ながら、横山の次の言葉を待った。

「環境汚染の元凶に」

「元凶?」

「そう、いくらスライム星人の力で砂漠を緑化しても、環境破壊の張本人である人間がいる限り、また砂漠化してしまうことに・・・」

「で、スライム星人が地球人を襲うって?」

「そうそう、人々の顔にスライムが被さって」

「呼吸が出来なくなるんだ」

「そういうこと。どう、この話?」

こっちを向いて、にこやかに笑う横山。同じ歳なのに年下に見える童顔な顔がそこにあった。

「すごい話だよ、小学生の時にそんな話を考えたこともすごいし、その話を大人になった今でも覚えてることが、すごいと思うよ」

お世辞ではなく、今なお少年の心を持っている横山に、僕は感心した。

「たしか、当時のスライムの版権をウチとライバル社とが争っていたんだよね」

「そうそう、たしか丸山部長が当時の担当で、後もう少しのところでって悔しがってたよ」

「残念だったね、丸山部長」

横山が、急にしんみりとした顔になった。丸山部長は、技術畑だったので入社当時は横山も世話になっていた。やり手として評判が高く、部下の信頼も厚かったが、派閥争いに破れこの春地方の支社に左遷となった。

「仕方ないよ、会社ってのはそういうもんだ」

そう言いながらも僕自身、心境は穏やかではなかった。いつの間にか自分も、丸山派に組み込まれていた。だから、新任の宮城部長とは馬が合わず、最近は仕事にも熱が入らなくなっていた。

「子供たちに夢を売ることが仕事のはずが、内情はスライムみたいにドロドロだな」

横山が何気なくつぶやいた言葉に、ふと初めて「スライム」というおもちゃと出会った日のことを思い出した。

 典型的な子沢山の貧乏所帯に生まれた僕は、近所の金持ちの友達が持ってきたスライムを、他の友人といっしょに好奇心と羨ましげな目で見つめていた。緑色のバケツの形をしたプラスチックケースに入っていたスライムは、テレビのコマーシャルそのままに緑色で冷たく、むにょっとした感触は、生まれて初めて触れる不思議な感覚だった。普段から裕福なことを鼻にかけるその友人の態度が悔しくて、僕は彼の目を盗んでこっそりとスライムの一部を持ち帰った。その場から逃げるように帰る道すがら、手の中のスライムは生暖かくなり、手垢で変色していった。それでも初めて手に入れたスライムは、充分に僕の心を満足させた。家に帰ると、家族、特に母親の目に触れないように、こっそりと机の引き出しの奥にしまった。

「あっ!」

僕の突然の声に、横山は「どうした」と尋ねた。

「いや、何でもない」

とっさにそう応えながら、僕は三年前の母からの電話を思い出した。僕はその時すでに結婚し、独立していた。

「あんたの部屋を、完全にお父さんの部屋にしたいから、お前のものは処分していいかい?」

そう尋ねる母の電話に、性格上すでにあらかた片付けられているであろうと思いながらも、

今度の週末に行くからと言って電話を切った。日曜日に久しぶりに実家に帰ると、予想通りほとんど片付けられていた。

「この引き出しだけが、どうしても開かないのよ。机ごと捨ててもいいかい?」

悪びれることも無くそう言うと、母親は奥の部屋へと引っ込んで行った。

目の前に、自分がかつて愛用した机があった。落書きやシールの後をゆっくりと指でなぞりながら、引き出しを開けた。だが、一番上の引き出しだけは、どうやっても開かなかった。もちろん何が入っていたのかは、思い出せない。こういう時意地でも空けたくなるのが人間の心理で、母に言って道具箱を出してもらうと、無理やりこじ開けようとした。数分の格闘の末、十数年ぶりに引き出しは開いた。

 中には、メンコやビー球の他、わけの分からない紙切れやおもちゃがたくさんでてきた。どれもが、懐かしく自分にとっては貴重な物だったが、商品価値のあるものは、昔のプロ野球選手カードぐらいのものだった。事実、王や長島といった名選手のカードは、カードショップで高値で売れた。もともと物にそれほど執着心を持たない僕には、それは思わぬお小遣いになった。あとのガラクタは家に持って帰っても、女房に嫌な顔をされることが目に見えていたから、惜しい気もしたが捨ててしまった。

中の物をすべて片付けたつもりでいたが、引き出しの奥になにやら黒ずんだ物体が硬くへばりついているのを見つけた。剥がそうとしても、すでにそれは引き出しの一部と化し、容易に剥がすことは出来なかった。その時、これは何なのかとしきりに記憶の底をひっくり返して思い出そうとしたが、結局思い出せずそのまま机ごと捨ててしまった。そして、その正体を今になってようやく思い出した。

「スライムだったんだ」

僕が独り言のようにつぶやくと、

「何が、スライムだったんだ?」

と横山が聞いてきた。

スライムの思い出話を横山に聞かせると、彼は「ふーん」と言ったきり、正面を見据え何も言わなかった。

そろそろ、帰ろうとしたときに、横山はふと思い出したようにつぶやいた。

「その引き出しの中のスライムって、今の俺たちみたいだな」

「たしかにね」

とっさに、横山が言おうとしていることが理解できた。

子供のころは、あらゆる遊びやおもちゃに興味を持ち無我夢中で遊んだ。その心はスライムのようにみずみずしく、様々な形に変化した。

ところが、年月を経て大人になるにつれ、そのスライムは手垢で汚れ水分を失い、やがて固まって記憶の隅に黒くへばりついてしまった。その姿は、紛れもなく今の僕たちの姿だった。

外に出ると、梅雨明けの生ぬるい空気が頬に貼りついた。

「スライム星人が襲ってこないかな・・・」

空を見上げて、横山がポツリとつぶやいた。

「できれば、一番最初に宮城部長の顔にスライムを落していって欲しいよ」

調子に乗って、僕がそう言うと、

「いや、一番の元凶である小川社長の顔の上が先だよ」

横山が笑って言った。

「まだ、開いてるおもちゃ屋ってあるかな?」

僕は急にあのスライムの冷たい感触を味わいたくなった。

「久しぶりに、買いにいくか。子供に見せたらどんな顔をするかな?」

陽気にはしゃぐ横山といっしょに、ほんの少しだけ子供に帰って、僕たちはおもちゃ屋のある駅前ビルに向かって歩いた。


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