いらいら
夕食のカレーはあまり喉を通らなかった。
父に、カレーがそんなに嫌いなのか、と聞かれたがカレーが嫌いなわけではない。
うまく答えられずにスプーンを置いた。
お風呂から出て髪を乾かした後、時計を見た。
時刻は午後十一時を過ぎている。
いつもなら、そろそろ伊吹が現れるが、今夜は誰かの家に泊まると言っていたのだから、それが事実なら来ないだろう。
今さらになって思うのだが、伊吹は許してくれないかもしれない。
伊吹が自分から離れていてしまう事を思うと切なくなった。
こんな日はさっさと寝てしまおう。
明かりを消して布団に入ろうとしたら、玄関のドアがガチャガチャ鳴る音が聞こえて、海斗はびくりとした。
伊吹が来たっ。
慌ててベッドに逃げ込む。そのうち、どたどたと派手な音を立てて階段を上がる音がした。海斗は心臓が縮まる気がした。
「海斗っ」
ドアがバタンと開き、部屋の明かりがついて伊吹が突入してきた。
「てめえっ」
頭上から罵声を浴びる。
「起きろっ。隠れてんじゃねえよっ」
布団を剥がされて、海斗は逃げ場をなくしてしまった。
「……ごめん」
おそるおそる顔を上げると、真っ赤な顔をしたパジャマ姿の伊吹が立っていた。
髪を乾かさずに来たのか、少し生乾きだ。
「風邪引くよ……?」
「引かねえよっ。てめえみたいに年寄りじゃねえんだよ、一緒にすんなっ」
いつも以上に激しく興奮している。
「今夜は泊まりに行ったんじゃなかったの…?」
海斗は布団を手繰り寄せ、バリケードを張ろうと試みた。しかし、伊吹に奪われる。
「てめえのせいで苛々してんだ。ひとこと言わなきゃ気がすまないんだよっ」
「ごめん……」
こぶしを震わせていた伊吹は、海斗のおびえた様子を見て、はあっと息を吐き出した。
「二度とのぞくんじゃねえぞ」
「のぞいたんじゃないよ。偶然だったんだよ」
言い訳がましいが、のぞきなんて変態みたいな事言わないでほしい。
「ノックぐらいしろよ」
伊吹はどさっと頭を投げ出し、海斗の膝に頭を乗っけた。
少し濡れている髪が手に触れる。
下から覗き込まれてドキッとすると、伊吹が目を逸らした。
海斗は伊吹の髪を撫でながら、
「靴がなかったから、伊吹一人だと思ったんだ」
と、やっぱり言い訳をした。
「あっただろ? よく確認しろよ」
言われてあの時の状況を思い出す。しかし、確かに玄関には伊吹の靴しかなかった。
首を振ると、伊吹は一瞬考えて舌打ちをした。
「伊吹?」
「何でもない」
ぶすっとした顔をすると海斗の膝に顔をうずめた。
「あー、もう海斗のせいだぞ。苛々して眠れねえよっ」
伊吹はぐずぐず言い、どさくさにまぎれて抱きついてきた。
腰を抱かれ、変な気持ちになる。
だが、伊吹にとってじゃれるのはいつもと同じ。
ベッドの上に乗ると、猫か犬のようにべたべたとしてくるのだ。
「電気消せよ」
「もう寝る? 宿題はちゃんとしたのか?」
「うるさいなっ」
やっぱり怒っている。
海斗は仕方なく息を吐いて、ベッドから立ち上がるとドアのすぐそばにあるスイッチを消した。
たちまち真っ暗になり窓の外がぼんやりと光った。