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一人



 太一が帰ってから、誰もいない部屋にぽつりと座って、海斗は膝を抱えた。

 今夜から伊吹がいない生活が始まる。

 隣にはもう愛しい人はいないのだ。

 自分で願った事なのに、こんなに苦しいなんて。

 胸をかきむしりたい衝動に駆られる。その時、チカチカと携帯電話が光り出した。

 マナーモードのままだったことに気付いて、のろのろと手を伸ばすと、伊吹からの着信だった。

 思わずそれを落としてしまう。

 コンと音を立てて落ちた携帯電話はいつまでもチカチカしていた。

 海斗は手に取った。


「もしもし……」

『海斗…』


「伊吹」


 昼間の事を思い出すと、言葉に詰まった。


『海斗』

「うん…? どうしたの?」


 優しい声が出た。自分じゃない気がした。


『海斗、会いたい。そばにいてくれ』


 切なげな声にぞくりとする。海斗は体を抱きしめた。


「ダメだよ…」

『何でだよっ』

「まだ引越しの片付けがすんでいないから」

『じゃあ、今からそっちに行く。手伝うよ』

「来ちゃダメだ」


 思わずきつい口調になった。伊吹が黙り込む。


『…何で?』


 ムッとした口調で返事があった。


「もう、電話しちゃダメだ」


 伊吹が息を呑んだ。それが伝わってきた。

 海斗は口を押さえて、乱れた呼吸がばれないようにした。


『一人じゃ眠れないって言っただろ。てめえのせいで俺は不眠症なんだ。責任取れよっ』


 怒りを押さえたような伊吹の声がした。

 海斗は心を鬼にして言った。


「僕のせいにするな」

『え……?』

「眠れないなら、僕の代わりを見つければすむだろ。お前はもてるし、女の子がいるじゃないか。前も言ったけど、そろそろお兄ちゃん離れしないと、結婚した時に困るぞ」

『結婚なんかしない』

「バカ…言うな」


 海斗は流れてきた涙をこすった。


「じゃあな、片付けの途中だから」


 ぷっと電話を切る。

 携帯電話を放り出し膝に顔をうずめた。


 自分でもどうかしていると思う。


 よく、こんなむごい事ができるもんだ。


 すがりついてくる弟を崖から蹴落とそうとしているのか?

 それとも自分の方から崖っぷちに立とうとしているのか?

 もうわけが分からなくなっていた。





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