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練習




「ただいま」


 平静を装って中に入ると、伊吹がベッドに寝そべって雑誌を読んでいた。


「お帰り」


 海斗の顔を見たとたん、ぶすっとした顔をする。


「夕べどこにいたんだ」

「先輩と忘年会をしていたんだ」


 なるべく顔を見ないように机にカバンを置く。

 伊吹の視線が背中に当たって痛かった。


「俺、眠れなかったんだぞ。責任取れよ」


 声が真横で聞こえた。

 ハッとすると背後に伊吹が立っている。耳に息がかかった。海斗はドキドキする胸を押さえた。


「練習しなきゃ……」

「練習?」


 伊吹が眉根をひそめた。


「練習って何?」

「四月から転勤が決まった。他の高校に行く」

「え……」


 伊吹が絶句する。


「な、何で……?」

「ここを出て行くから、安心していいよ」


 海斗は机を睨みつけるようにして言った。


「安心? な、何だよそれ…っ」


 伊吹は声を荒立てると海斗の肩をつかんだ。


「俺の顔見ろよっ」


 ぐいっと仰向かされ、海斗の体が揺さぶられた。


「てめえ、何の話しているんだよっ」

「四月からS市で数学を教える事が決まった。たぶん、今度は担任も任されると思う。家を出て向こうで暮らすから。伊吹はもう僕がいなくても大丈夫だよね。一人でも寝られるように、今夜からは僕の部屋に来るなよ」

「本気で言ってんのか?」

「うん…。本気」

「何で、そんな大事な事勝手に決めるんだよっ」


 怒鳴り声よりも伊吹の悲しそうな顔があった。


「俺を見捨てるのかよ……」

「え…?」

「俺の事嫌いになったのか? 海斗まで俺から離れていくのか?」

「伊吹……」


 海斗は呆然として、伊吹の落ち込んでいく様子を見ていた。

 どうして気が付かなかったのだろう。

 伊吹は家族と一緒にいる時間が少なくて自分を頼りにしていたのに。


「ち、違うよ。伊吹の事は誰よりも大切に思っているよ」

「だったら何でっ」

「でも、ずっと一緒にはいられないだろ?」

「え……」


 海斗のセリフに伊吹は雷に打たれたような顔をした。


「伊吹は愛されているよ。僕も伊吹の事、お、弟みたいに思っているし。お前には彼女だっているじゃな

いか。僕の両親だって伊吹の事、大事にしているよ。それに、お前のご両親もいつも伊吹の事を気にかけている。だから別に僕だけに頼らなくても……」


 ぱしんと頬をはたく音がした。


「あ……」


 ぽかんとすると頬がじんじんした。


 しばらくしてから伊吹に殴られたのだと気付いた。


「勝手に…どっか行け」


 突き放すような声だった。


「伊吹……」


 バタンとドアが閉まり、海斗はへなへなとその場に崩れた。


 他にどうすればよかったのか、分からなかった。






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