邪魔者
太一を追い出してから、伊吹は戻って来なかった。
それどころか、夕飯になっても来ない。
心配になっていると、母にもう子どもじゃないのだからと笑われた。
確かにそうなのだが、最近いろいろあって伊吹とまともにしゃべっていなかった気がする。それが物足りなかった。
日曜日、すっかりよくなった海斗は、何もしないで寝ているのは退屈だと、昼頃起き出した。
「今日はいい天気だなぁ」
窓の外を眺めていると、スズメが二羽飛んで来て電線に止まった。
チュンチュン鳴いてほのぼのしている。
ぼんやりと見ながら、仲が良くていいなぁ、と呟いた。
そろそろ伊吹に転勤の話をしなければならない。
伊吹は一年生だから関係ないが、三年生は卒業式を待つばかりだ。
そして、自分も新しい学校へ移動しなくてはいけない。
伊吹に何も言わず引越しの準備をするのは不可能であった。
また明日から、いや、今夜から泊まりに来るはずだし、物が減っていれば何事かと思うだろう。
海斗は意を決すると家を出た。
この間みたいな事がないように細心の注意を払う。
「こんにちは…」
びくびくしながらドアを開けると、伊吹の母親が玄関の掃除をしていた。
「海斗くん」
ほうきで玄関を掃いていた母親が体を起こした。
きょとんとした顔は伊吹とそっくりである。
素顔でも美人の彼女はぱっと笑顔になった。
「久しぶりねっ。相変わらず可愛いっ」
「小母さん、僕、もう二十四歳なんですよ」
「見えないわねー」
彼女は笑った。
「伊吹なら部屋にいるわ」
「お邪魔します」
よかった。彼女はいないらしい。日曜日なのに珍しいな。
のほほんとのんきに考えながら伊吹の部屋に来て立ち止まった。
ドアが少し開いていた。
ノックしようと握りこぶしをして、海斗はためらった。
中からぼそぼそと人の話し声がした。
ハッとして後ずさりする。
少女のうれしそうなクスクス笑いが聞こえた。
あの子だとすぐに気付いた。
急に胸の辺りがざわざわして、すぐに帰ろうと踵を返すと少女の声に足が動かなくなった。
「先生が隣に住んでいるってうざくない? よく平気でいられるね、伊吹」
お菓子を食べている音も同時に聞こえた。
「好きで隣になったんじゃねえよ。だいたい何であいつ教師なんかになったんだ? めんどくせえ……」
その言葉に、海斗は全身を打たれたような衝撃を受けた。
思わず声を上げそうになって口を押さえる。
早くここを離れなくてはと思うのだが、足が震えて思うように動けない。
「やっぱり嫌いなんだ、伊吹」
少女の声が否応なく聞こえてくる。
海斗は耳を塞いだ。
伊吹の答えは聞きたくない。
これ以上聞いたら絶対に後悔する。
海斗は震える足をどうにか動かしてその場を離れた。
階段を下りながら、頭がぐるぐるしていた。
伊吹は何と答えた?
隣に住んでいて幼なじみでいる事が、彼にとっては苦痛だったのか? じゃあ、何で毎晩と泊まりに来るんだ?
「お邪魔しました」
そそくさと逃げるように下りてくると、玄関で靴を履いていると、
「いつも伊吹の相手をしてくれてありがとう」
と、伊吹の母親が部屋から出てきてお礼を言った。
海斗はこくりと頭を下げて、伊吹の家を出た。




