確信犯
また今日も、長い夜が始まる。
「お邪魔するわね」
ノックもせずに部屋に入ってきた女を部屋の住人である少女―――土岐凛香は睨みつける。
その少女らしい容貌に精一杯の憎しみを浮かべるも、大人へと変わっていく少女特有のみずみずしさと色気の入り混じったようなその容姿では特に相手に恐怖を感じさせることもない。
現に睨み付けられた相手であるこの部屋の主であり、凛香の叔母の柊翔子はその視線を受けてもクスリと艶笑を浮かべるのみだ。
「そんな態度でいいのかしら?」
クスクスと。決してこちらを傷つけることのできない小動物が必死にこちらに噛みついてこようとしているのを嘲笑うかのように。彼女は嗤い、スルスルと夜着を床に擦らせてベッド上の凛香へと近づいていく。
いや、きっと本当は小動物程度とすら思っていないのだろう。その瞳に映っている愉悦は明らかに自分と対等な者では無く、自分より立場の弱い者を思うがままに嬲るもの特有の嗜虐心を抱えていた。
常に微笑を浮かべ続ける翔子に対して、凛香はむっつりと黙ったまま言葉を返さない。心中を占めていたのは絶対にこいつの思い通りになんてしてやるものかという拒絶の意思だ。
凛香にとって何よりも憎い女の指が伸ばされ、こちらの口腔を無遠慮にかき回してくる。赤ん坊でもなければ自分の指を口の中に入れるのに抵抗があるのに、他人の指なんて口に入れられたら尚更だ。食いちぎって吐き出してやりたい気分を誤魔化して歯を食いしばるしかない。
睨み付けて口を閉じている私に抵抗の意思ありと見做したのか。しばらくその潤んだ目を細めて、感触を楽しむようにしていた変態は、ふっと口から吐息を吐き出すと、ぐいっと耳元に口を近づける。
そして彼女の抵抗を剥ぎ取る魔法の言葉を呟いた。
「今日は香子ちゃん遅いわねえ?」
「っ!?!」
それが疑問の形をした脅迫でしかないということを知っていた私は、ギリギリと喰いしばっていた歯の力を抜くしかない。
抜いた瞬間に侵略してきた暴虐の使徒が、私の舌を捉え、弄び、征服する。
「~~~~~む~む~むむむむ!」
「あらあらあら」
お仕置き、とでも言うのだろうか。凛香の口に突っ込まれた翔子の指は凛香の舌を引き摺りだし、彼女が口を閉ざせないように上に引っ張り上げる
畜生。畜生。ちくしょう。こんなやつ、香子が人質にとられていなければぎったぎたのぐっちゃぐちゃに殺してやるのに。
あの時差し出された手が。両親の棺桶の前で途方に暮れていた私たち二人の前に差し出された手を、どうして取ってしまったのだろう。
そんな幾度となくした後悔を再び繰り返し、葛藤の中たっぷりと舌に指の味を刷り込まれる。
おぞましい。吐き気がする。そう思いながら、彼女は蹂躙を受けるしかない。
何よりも大切な妹の為に。生活の為に。
「あむ」
「んっ」
引っ張られて伸びた首に、幾度となく刻まれた所有印をまた一つ。
これのせいで、学校では性に奔放な人間として遠巻き気味に見られるのだ。思わず睨むと、それ以上の色気を含んだ視線で見返される。
底のない夜を覗き込んだ。そうとしか言いようのない気分にさせられ、
呑みこまれる。
――――がぶっ
「あつっ!」
意識を逸らした内に、また一つ熱を与えられる。
そして凛香は今日も無抵抗で蹂躙を受け続けるのだった。
★ ★
「ふふふ……今日も可愛かったなあ。凛香ちゃん」
そんな呟きを口にして、今の今まで少女を弄んでいた女――――――翔子は一人、廊下を歩く。
その口からは涎を垂らして完全にその美貌は台無しだが、その歩き姿には生まれ持った気品というものが感じられる。
そして唐突に、懐のポケットが振動する。
「ねえ、今どうなってる? ……え? 堕ちちゃった? あらあら」
翔子の腹心の部下からかかってきた電話の内容は、彼女が支持していた作戦の進行状況を伝えるものだった。
伝えられた内容は、彼女の預かっているもう一つの娘についてだった。
翔子が仕組んでいた作戦は、凛香の妹の香子にひも男をあてがうというものだった。
外面だけがよく、一度はまったら抜け出せない。ただじわりじわりと金も体も貪り、最終的には骨も皮も残らない。今回使った男はそんな下衆の人種であり、翔子の子飼いにしている手駒の一人だ。
そしてその企みは見事に成功し、香子は見事、翔子の手中に堕ちた。
翔子のたくらみ通りに。
翔子は夢想する。
身を挺してまで守りたかった妹が既に毒牙にかかっているとしたら。
それを知った姉は、どうなるだろう?
「ふふふふふふふ」
翔子はニヤけた笑みが止まらない。
あの少女は。自分が姉であることを選んた少女は。自らを犠牲にした愛しい姪は。兄夫婦を殺してまで手に入れた一番お気に入りの玩具は。どんな表情をして壊れてくれるだろうか?
それはどんなにか美しいだろう。強い意思が崩れ落ちる瞬間は、きっと翔子の独占欲と飢えに乾いた心を満足させてくれるだろう。
昏く身勝手な欲望が漏れだして彼女の口元で笑みを形作る。だというのにその容姿から漂うのは、見たものに嫌悪を催す醜い妖気で無く、見るものの視線を独占せざるを得ないほどの凄絶なまでの色香だ。
艶とでも言うべき色気と年齢すら感じさせない美貌を持ちながら、どこまでも邪性を感じさせる声。それを聞いていたフクロウがどこかへと飛んでいく。
凛香の生き地獄は、まだ始まったばかり。