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部長とは、部活動の『長』である。  作者: 銀煤竹
03 朱眼の魔王・碧眼のサソリ
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03-27 トレーニング

まだ太陽の光も熱も大地に影響を与える前の時間。

空は依然として月明かりのみ、それだけでも地面は明るく照らされていて、吹き抜ける風には湿度が混ざり寒さが幾分か和らいでいる。


そんな中をトロアリーヤの外周の壁に沿って走り続ける影が2つ。


「…」


無言で走り続けるのは大会に出ると宣言した鷹司。

彼に付き従う形で追走しているのは眼帯奴隷のシンだった。


あの後でシェイラを混ぜて再び話し合いをした部室メンバー。大会には出なくてはいけない。そこで誰が出るかというところでまた一悶着あったが、最終的にシン、シェイラ、雨龍、草加、鷹司の5名が出場メンバーとなった。最後までシェイラは出場を辞めさせるべきという声もあったが、どれくらい戦えるのか見るためにシンと手合せしてもらったところかなり健闘したことに加えて彼女が「ぜひ自分も」と立候補したためメンバーに加わることになった。


「…はぁ…はぁ…」


鷹司は決して運動不足というわけではないはずだが、運動部ではなかったし出場決定メンバーの中で一番動けないだろうという自覚があった。大会開催まであまり時間もないので、マッサージ屋は宣言通り休み身体を作ることに専念することにする。それでも基礎スペックが高めのおかげで、なにかスポーツを好んでおこなっていたというわけでもないのだが、体育の授業や成績では上位グループの下の方には居た。中の上というよりは、上の下と言ったほうが良いくらいの位置づけだ。今も比較的ハイペースで町の周りをグルグルとまわっている。大会までにはうまく大怪我を回避できる避け方や、誰の目から見ても大技を食らったなと思われるような負け方くらい身につけられるだろう。

だがしかし。ちらりと視線を向けた先の追走しているシンは全く息を切らしていないのが微妙にむかつく。

この世界の人間として、運動能力が違うというのだろうという事は察しが付く。触れて調べてみた結果、自分たちの身体とこの世界の人間の体の構造自体はさほど大きな違いはないが、シンの無駄のない筋肉や強化された肺機能などから、かなり体を酷使しても全く問題ないのだろうと想像ができる。その彼と同じような肉体のシェイラも、このグループではかなり戦闘力としてみることが出来るだろう。


あっさりとメンバーに迎え入れた鷹司だが、正直なところ彼女を信じきっていは居ない。シンでさえ微妙に疑ってかかっている。それでも使える駒や、切り捨てられる盾が多いほうがいい。何かあったら刺し違えてでも…という思いが少なからずあった。口には出さないけれど。


「門。一周。そろそろ、帰る?」


悶々と考えながら走っていると、シンが声をかけてきた。

彼は、鷹司がこっそりと体力作りをしようと思って早く起きたのに、外に出てみたら彼に気づかれてしまったのだ。こいつはちゃんと寝ていたのか?それとも野生動物みたいに気配を察知して起きたのかもしれない。まだ薄暗い街中、一人で行動するのも危険と言われてついてくることを許可し、それからずっと一緒に同じ距離を同じスピードで走っていたはず。それなのに、全く息切れすることなく静かに声をかけられた。

…正直に言えばかなり悔しい。それでも「鍛え方が違うんだ、そのうち追いつけるはずなんだ」とその考えを隠してちらりとシンに視線を送る。


「もう、門…に、戻ったか…。まだ、時間、ならある、が…」


視界にスタートした門が入るとそう声を返す。もうどれくらいの時間走っていたかはわからないが、真っ暗だったあたりが白み始めてきた気がする。それでもまだ気温は低めで、体を動かすには今を逃すと再び日が落ちるまでは運動に適さない。スタート地点を通りすぎたあと、呼吸を整えながら少し歩きつつ、さてどうやって戦闘の経験を積むべきかと考えていると、涼しい顔をしたシンが提案とばかりに口を開いた。


「戦う。力。絶対、違う」

「…は?」

「勝つため。力。必要。絶対じゃない」

「…はぁ」


戦うには力だけが絶対な勝敗を決める要因とはならないと言いたいのだろうか。確かに、それも一理あるとは思うのだが、シンが本当は何を言いたいのかよくわからない。呼吸が乱れている事もあり不機嫌そうに短く返事をしてしまうが、シンは気にした様子もなくまっすぐに鷹司を見ていた。


「ご主人、経験。欲しい、思う?」

「俺?…まぁ、そうさな」

「俺。戦う。経験ある」

「確かあの晩も襲撃者ばあっどいう間サ撃退したのぉ」

「俺。戦う。やり方。わかる。思う」

「…まさかお前ど戦って経験ばつめって言いてぇの?」


物事を察する能力に長けている日本人という人種。シンの発言から何を言いたいのかとあたりを付けて聞き返してみれば、コクコクと勢いよくシンは頷いた。戦闘経験があるから、自分と戦って経験をつんだからどうか言いたかったようだ。


「出来る事も限られてるし、やてみっか」


本当にシンが伝えたかったのはこれで合っているのか、何が本当に言いたかったのかはわからない。しかしそんなことどうだっていいのだ。まずは大会でうまい具合に負けることが出来る能力を手に入れよう。自分で「負けた」と降参することも出来るらしいが、全く動かず開始直後に降参するのは罰になると聞いた。かなり横暴な気もするが、これがこの世界のルールなら従う必要がある。戦いたくないから怪我する前に辞めるという事も出来ないならば、うまく攻撃を受け流しつつ、出来るだけ負傷せずに負ける方法を考えなくては。

シンの戦闘は直接見ていたわけでは無かったが、残った戦闘の跡で彼が強いという事は理解できた。彼との戦いであまり傷を負わずに負け宣言が出来るようになれば、少なくともほかの大会出場メンバーに迷惑はかけないだろう。


…いや、彼らを守るためにも本当は勝てたほうがいいのだけれど、短期間でそこまで自分に求めるのは無謀と言えるだろう。



**********



「そこ!もっと腰に力を入れるネ!そんなんじゃ、簡単に吹っ飛ぶヨ!?」


早朝ランニングと組手を終えて、空が大分白み始めた頃に帰ってきてみると、雨龍と草加がシェイラとともに庭で体を動かしていた。シェイラは帰る場所があるという事で、屋敷に泊まってはいなかったが、雨龍と草加が朝練として体を動かしているときにやってきた様子。そのまま戦闘訓練に突入したらしかった。


「あ、おはようナガレ。どこ行ってたの?朝起きて姿が見えないから、心配したよ。シン君も」

「猫柳か。早朝ランニング。シンは勝手についてきた」


首にかけたタオルで汗を拭きながらそう答えると、少し申し訳なさそうに眉を寄せる猫柳。

出場者を決定する際の話し合いで、鷹司が名乗りを上げたら「俺も、俺も」状態になりほぼすべてのメンバーが名乗りを上げた。だが全員で出場するのはいただけない。そのために大会出場メンバーは最初に受け取った腕章の数である5人と決めて、猫柳はそのメンバーから漏れたのだった。

猫柳も弓道部の練習もかねて体を動かしていたのだろう、持っていた飲み物を鷹司にスッと差し出した。


「飲みなよ。汗ずいぶんかいてる」

「…悪いな」

「良いんだ。…ねぇ、やっぱり僕が変わったほうがいい気がするんだけど」

「出場者?」

「うん。…だってナガレ、文化部だったし。確かに運動は出来るほうだけど、いきなりこんなことになって…」

「戦えるのか?」

「そ、それは…」

「戦闘経験が無いのは皆も同じだ。誰が一番適してるかは、実際やってみんと分かんねぇ。…確かに純粋な力だば、雨龍が一番強いだろう。だが、あいづは…」


受け取った飲み物を口に含みながら、シェイラたちと体を動かしている雨龍を見た。それにつられて猫柳も彼らを見るが、言いよどんで口を閉ざした鷹司のほうにすぐ視線を戻す。


「何?」


そして誤魔化したり遠まわしの質問に変えたりせずにまっすぐ鷹司に問いかけた。それを受けて鷹司も、視線を猫柳に移して同じく誤魔化すことなく口を開く。


「心がよ…。優しすぎ。いざって時に、あてに出来ん」


弱いと口にしかけて、優しすぎると言い変えた。決して弱い訳ではない。痴漢相手とか、ひったくり犯とか、そういう犯罪者と遭遇した場面では相手を倒すのに何ら迷いは見せない。だが、今回はどうだ?相手は犯罪者ではない。だが、相手は殺すつもりで仕掛けてくるだろう。それが、この大会のルールだからだ。そこで優しい雨龍がいったいどこまで戦えるのか、鷹司は冷静に判断して彼を一番の戦力外として見ていた。


「正直、雨龍と変わってほしい」

「僕?…飛び道具専門の僕がはたして戦力になるかというとちょっと心配だけど。でも雨龍さんよりは卑怯者だからね」

「生きるのに卑怯もなにもねぇよ」

「うん。…でもきっと雨龍さんは譲らないと思う」

「面倒だの」


冗談交じりに笑い飛ばしながら言葉を交わしつつも、鷹司は部室メンバーのだれよりも先に出て、後に回さなくて済むように勝つ方法を考えるべきかもしれないと考えていた。その横顔を見ていた猫柳が心配そうに眉を寄せるが、気付かない。

そのまま視線を落とせば低姿勢を保っていたシンと眼が合う。


猫柳も眼帯奴隷のシンを純粋に心から信じている訳では無かったが、物思いにふける鷹司を一瞥してからそっと膝を折って視線を合わせた。


「僕もしっかり見ておくけれど、今日みたいに勝手に居なくなると本当に心配するんだ。黙って無茶する家系みたいでね。…だから彼を頼むね、シン君。…何だかとても、無茶しそうだから」


シンが眼を見開いたような、驚いた表情を見せた…気がした。

その変化は一瞬で、一度しっかり頷いてから頭を深く下げたため、見間違いだったかもしれない。

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