03-26 動き出すための力
シェイラと出会った後で戻ってきたガスパールに、参加登録の事よりも先に使用人のことについて聞いてみた。
奴隷と使用人ではどう違うのか。何故使用人ではなく奴隷を勧めるのか。
平和な世界の部室メンバーにとって、奴隷よりも使用人のほうが助けを求めやすく、あまり抵抗無く受け入れられたのだが…
「あぁ。使用人な。あれは…まぁ、面倒事が多いんだよ」
「面倒事とは?」
雨龍の問いかけに「うーん」と唸りながらシェイラを見るガスパール。見定めるかのようにジロジロと遠慮なく視線を向けながら、腕を組んで口を開く。
「奴隷と使用人の違いは、養ってもらって家に置いてもらっているのか、それとも稼ぐために他人の家に行って、報酬に見合った仕事をするかってところでな」
「それって、家事や仕事の手伝いをしてもらう代わりに、給与を与えるって事ですよね?」
「給与…まぁそうなんだが、大体使用人に出す給与って言うのは食事と寝床のスペースくらいなんだよ」
「食事と寝床ですか。…あれ?それって、奴隷とあまり変わらないんじゃないですか?」
「そう。そうなんだよ。奴隷と使用人は、呼び名が違うだけで全く同じことをしている」
「なら、使用人でも問題ないのでは?…俺達は奴隷にはちょっと抵抗があるんだが、使用人って形なら、まだ同じような制度があったから受け入れやすいんだ」
草加と雨龍の質問に答えていくガスパール。シェイラはそれを聞きながらにこにこしていて、鷹司はただその様子を観察しながら黙っていた。シンは1歩離れた位置で空気になっている。
「最終的に誰を入れるかは先生たちの自由だよ。でも、使用人には拒否権があるという事を忘れちゃ駄目だ」
「…拒否権?」
「そうだ。言われた仕事は一通りこなすことが雇い入れの条件だが、夜が一番防犯に力を入れたくても帰る家なんかがあるなら屋敷に住み込まないでそちらに帰るし、危険だったりやりたくない仕事などは嫌だって拒否したり、良い働きをしたら報酬に少し色を付けてくれとねだることも出来る」
「…色?…あぁ、チップみたいな感じですか。それはまぁ、文化の違いで当然と言われれば、仕方ない気もしますが」
「そして奴隷じゃないから主に縛られることもない。飼われているという印がないから、町に出たら一般人になってしまうということ」
「一般人…まぁ、そうですよね。奴隷じゃないんだし」
「それでよくあるのが、主の高価な食べ物を勝手に食べたり、勝手に売り払ったり、気づかれないように物資を拝借して自分の財産にしたり、っていう犯罪だ」
「うわぁ~。でもそれって、使用人が罪を犯したってことで奴隷に落ちるだけじゃないんですか?」
「そこが問題なんだよ」
「え?なんで?」
なかなか減らない犯罪なのだろう。腕を組みなおしてから息を吐き出したガスパールは、考え込むように唸った後で視線をシェイラから外して雨龍達に向けた。
「犯罪を犯すつもりでいる奴が、なにも考えずに裕福層の家までやってくると思っているのか?」
「…。何らかの準備をして、獲物を狙っているという事か?」
「そうだ。顔はさすがに隠せないけど、綿密な計画を立ててグループ組んでいたりして、あっという間に物資を盗んで逃げていくんだ。奴隷の刻印もないから街中を堂々と歩けるし、逃げる際に家主が口封じでもされてたりすると誰が使用人として入っていたかも分からない。だから使用人よりも、屋敷に置いて防犯させるなら完全に鎖でつなぐことが出来る奴隷が人気なのさ」
「な、なるほどね…」
ガスパールの言葉を聞いて、チームに入れようかと思っていたシェイラを見た雨龍。彼女は自分たちから何かを盗むつもりでいるのだろうか?だが彼女は、この話を聞いている間もずっとニコニコしているだけで特に何も言ってこない。「自分はそんな事しません」とか「信じてください」とか言ってくるかとも思ったのだけど。第一印象というか、勘だけだが彼女は盗みなんてそんな事しないようにも見える。見えるけど…
「はぁ…。草加、鷹司。俺は人間不信になりそうだよ…」
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奴隷と違って、雇いたい人と雇われたい人の同意があれば特別な手続きを必要としないらしい使用人契約。メンバーとして迎える気満々の鷹司だが、雨龍と草加はやはり不安を完全に拭い去ることは出来なかった。
大会出場登録のほうは問題なく終わったらしく、出場者に配られる腕章を5つ手渡された。大会前からこれを付けて出歩くことで出場しますよという意思をアピールするらしい。ちなみに出場する人全員が付けていないといけなくて、出場の最少人数3名、最大人数に制限はない。それでも多すぎると〝弱虫!”と言われるのでどこも大体5名くらいらしい。なのでガスパールが持ってきたのもとりあえず5こ。出場者が少ないならつけなければ良いだけだし、もし足りなくなったらもっと貰いに行けと言われた。
面倒くさいなと思ったが、1つの家、もしくはグループで誰も付けている人が居ないという目撃情報を運営委員(腕章を取りに行ったカウンター。場所はあそこだけではなく、街中に点在しているらしい)に報告すると、結構豪華なご褒美的なものがもらえるらしく、通報された側には罰が与えられる仕組みで強制参加でもれる人が居ないかを監視しているらしい。この時期は隣人も監視人になると思ったほうがいいから注意しろと言われた。怖いな。マジで人間不信になりそうだよ。
とりあえずまだ昼前という時間帯なので、シェイラを連れてマッサージ屋まで戻ってくることにする。
「あ、お帰りタカやん、タクミン、リッヒー、それにシン君」
「あぁ、ただいま舞鶴」
「ただいま戻りました、舞鶴先輩。すぐ手伝いますね」
受付をしていた舞鶴が一番最初に気づいて声をかけた。草加は手伝いに入るべく店の中に入っていくが、雨龍と鷹司、そしてシンとシェイラはその場に立ち止った。
「どうだった?…って、彼女が新しい仲間なの?」
「それなんだかな…」
後でメンバーが全員そろったときに話したほうがいいかと思ったが、とりあえず年輩組に入る舞鶴には先に教えておくことにした。仕事の邪魔にならないよう店の前はふさがないよう立ちつつ、奴隷と使用人の違い、大会出場に関して、そのうえで彼女をどうするかを話していく。
雨龍が舞鶴と話し込んでいる間に鷹司が受付を変わり、話し込む2人を邪魔だという風を装ってさりげなく店の隅に追いやる。落ち着いて話せるように人が通るところからそっと距離を置かせたのだ。シンは眼帯奴隷という事で、店の前で目立ってるとお客さんを寄り付かせなくなってしまうと考えたのか、その姿を隠すように地面に膝をついて、目立たないようにと低姿勢。シェイラはシンのそばで体育座りをしながら話し込んでいる雨龍と舞鶴を見上げて耳を傾けていた。
「なるほどね。でもタカやんが彼女…シェイラちゃん?…を使えるって判断したなら、それなりに動けるって事だよね?そこらへんはどうなの?タカやん」
「筋肉量はシンとほぼ同じ。純粋の腕力なんかは雨龍のほうが上だが、おそらく俺らのメンバーで彼女の戦闘能力にかなう者は居ねぇだろうな」
「そんなこともわかっちゃうの?」
「…そうか、筋肉量で判断してたのか。でもいくら俺でも女性相手なら…」
「彼女に聞いて意思の確認はとってある。大会出場も問題ねぇとさ」
「っていうか、戦闘能力って…本当に彼女を大会に使うつもりで入れたわけ?」
「…」
お客さんも居るし、一応小声での会話。舞鶴から話をふられると、対応していたお客さんを中に案内してから鷹司はスイッと視線向けた。呆れているのか怒っているのか、はたまた何も感じていないのかわからないが、視線は若干冷たい気がする。
「…大会には俺が出る。シン、シェイラ、俺の3人。最低人数だが規定通りルール違反でねぇから問題ねぇべ」
「な!?何を勝手に決めてるんだ鷹司!」
「そうだよタカやん!…っていうか、タカやん運動部でもなかったのに出るつもりなの?」
「まぁ、確かに動ける体は必要だ。頭で理解していても、体力が続かんくては意味がね。だから明日からマッサージ屋に顔ば出さず、大会サ備えらごどにすっから」
「そういう事じゃなくて…」
色々と大会の話を聞いてきたが、どうも穏便に済みそうではなかった。死者も出るほど過激なバトルらしいのだ。ここに居る以上強制的に出場しなくてはいけない。ならば、確かに誰かが出なくてはいけないのだが。
「鷹司、もう一度考え直そう。せめてシェイラさんはやめて俺が…」
「何が悪いネ?」
メンバー最少人数3人で出るという事も衝撃だが、運動部ですらなかった鷹司が自分で名乗りを上げたことに驚いた。それでもやる気があるならば良いかもしれない。しかし、シェイラは使用人として入れるとしても雑用くらいしかさせないと思っていた。使用人として屋敷の管理を任せて、最終的に移動後の屋敷の譲渡のために必要な人材だと考えていたのだ。だいいち女性だし戦闘をさせるわけには…と雨龍が思っていると、今まで黙っていたシェイラが立ち上がって腰に手を当て、横槍を入れる。思わず雨龍と舞鶴が彼女を見るとキリリとした視線で真っ直ぐ見つめていた。
「シェイラさん、だってあなたは女性だ」
「だから何ネ?女は引っ込んでろと言うカ?」
「いや、そうじゃなくて…」
「見た感じ、この中で使える思うの、そこの変なしゃべり方の兄ちゃんだけヨ」
「え!?嘘でしょ?…いや、でも女の子に荒事なんて…」
「何甘っちょろい事言ってるネ!?そんなんじゃ、私にも勝てないヨ。言っとくけど、私は強いネ。やる気があるネ!」
鼻息荒くまくしたてるシェイラ。女性には怪我をさせたくないと思うのは、男として決して悪いことではない。だが、その考えを押し付けるのはどうだろうか?
その様子を店の中でジッと見ていた草加。店でお客さんにマッサージをしている天笠のサポートとして傍にひかえていたが、顔ごと視線を出入り口付近の雨龍達に向けてその会話に耳を傾けていた。
草加はこの前に奴隷商がらみで自分の無力さを痛感したばかり。タイムリーな事に強くなりたいとも思った所だ。少なくとも運動部ではない鷹司よりは動ける身体を持っていると思ってる。けれど、動き出すための勇気という力は、全く彼に及ばない。何故鷹司が「自分がやる」と言っているのか。何も言わないから本当の所は分からないが、馬鹿にしたり貶したりしているように見えて、本当は自己満足では無く他者の為にやっている彼の姿を過去にも見た経験があった。
流石は園芸部部長、八月一日アコンの血縁者。
八月一日は笑顔で真実を隠し、鷹司は真実を突き付けて突き放す事で他人を守ろうとする。
ギュッと拳を握ってから、草加は静かに立ち上がって天笠にそばをちょっと離れると告げる。そして話し込んでいる雨龍達の傍へ近づいた。
「ナガレ先輩」
「…ん、何?」
「決めました。僕も大会に出ます」
「「「…え?」」」
驚いた顔をした、雨龍、舞鶴、鷹司の3人。
しかし、驚きに思わず声を出したのは、雨龍、舞鶴、シンの3人だった。




