03-25 シェイラ
「くそっ」
奴隷商モロンは奇襲失敗の報告を受けてテーブルを殴りつけてから腕を組んだ。あの屋敷は数日前に人が入ったばかり。家具等を入れている様子も見たので、かなりの裕福層なのだと推測できた。それなのに奴隷を入れない。
本来ならば防犯のためそれこそ即日で何十人と庭に奴隷を入れるため、財を巻き上げるつもりで見目の良い奴隷をキープし、そこかしこにうちを紹介する人物を配置しておいたのだ。それなのに奴隷を買うそぶりどころか市にすら顔を出さない。
もしかして見栄を張っただけの小物か?ならば家の持ち主をさらってきて成り変るのも手だ。蛇のマークを掲げていたし、あの家も立地が良いので正直言って欲しい。
そう思って手を出したら、その手を思いっきり払われてしまった。雑魚だ小物だと侮ったのもまずかった。
「念のためあいつらに詳細を伝えなく良かったな。朱眼の魔王の前ではどんな小細工も無意味だ。…それにしても、簡単にもうけられると思ったが…」
椅子に寄りかかって考え込んでいると、そばづかいの男が部屋にやってきた。
「モロン様。作戦は失敗のようです」
「知っている。だが何故だ。下調べの時には非力そうな若者の集団という話だったはずだ」
「それが、眼帯奴隷を1人入れていたようです」
「何だと?何時の間に。そいつにやられたのか?…おおかた殺人でも犯した犯罪奴隷で攻撃に慣れていたとかそんなところか。そろそろ戦いの季節だし、納得だな。…もしかして、あいつらも奴隷商か?だが、門には蛇の領主のシンボルが掲げてあったはずだよな」
「彼らは今噂になっているマッサージ屋の店員達だという調査結果が上がっていますが…」
ここで腕を組み直してフンと鼻を鳴らし、視線をやっと男に向けた。
「まさか、裏で何かしているんじゃないだろうな」
「分かりませんが、可能性はゼロでは無いでしょう。マッサージ屋は噂が流れ始めた時に調査の為マークした事がありますが、夜になると追尾から逃れてしまうのです。しかも街中で休んでいる姿も見かけない。家があるという事実もつかめませんでした」
「…怪しい。…もう一度調べ直せ」
「承知しました」
男が出ていくとモロンは再び机を殴りつけた。
「裏を仕切るのは此方の仕事だ。もしも邪魔をするなら…あいつらまとめてうちの商品にしてやる」
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「彼で、戦闘要員として買うことが出来る奴隷はすべてです。どうでしたか?」
「…うーむ。これだけか。もっと良いのが残ってると思ったんだがなぁ」
朝になって、ガスパールとともに奴隷市なるものにやってきた鷹司、雨龍、草加、シンの4人。後回しにするのもなんだし、忘れてしまったり後で気持ちが揺らいでもまずいので、見て回る前にシンの右肩に目立つように蛇の焼印を入れてもらって、首輪とセットで彼は正式に部室メンバーの奴隷となった。とりあえず刻印を入れてすぐは火傷と同じなので包帯を巻かれていて、ぼろ布同然だった衣類もしっかりさせた。元々見目が良かったので、眼帯さえなければ逆ナンされる事間違いなし。ただ、女性の地位が低いらしいこの世界では難しそうだけど。
そのまま追加メンバーを見るために、道に並ぶ奴隷商に顔を出して数名紹介されたのだが、性格がよさそうな奴は戦闘が駄目そうだし、戦闘が出来そうな奴はほぼ全てが眼帯奴隷で強面でかなり怖い。比較的やさしそうで戦えるシンを一番最初に入れることが出来たことはかなり奇跡に近かったのか?と思い始めた。
「悪くはないが…ほしいと感じる奴は居ないなぁ」
メンバーと話をしてその結果を商人に告げる。こういう客も珍しくないようで、特に不機嫌な様子になったりせずに「ではまた機会がありましたら」と言われ、皆はその場を離れた。
「うーん」
「まぁ、時期が時期だからな。もう大会まで日もないし、即戦力になりそうな男性奴隷はあらかた買われちまったんだろう」
「ガスパールさん、毎年こんな感じなんですか?」
「そうだな。この時期は大体」
「そうなんですか。男性奴隷だけ減っちゃいますね」
「だが奴隷を買うって事は養っていかなきゃならねぇってことで、その財力がない連中は大会が終わると売っちまうんだよ。だからあまり奴隷の数が変わらないんだよなぁ」
困った様子で唸ってから、ガシガシと後頭部を豪快にかくガスパール。彼に質問をしていた草加も腕を組んで考え込んだ。雨龍は続く奴隷との面接で精神的に疲れ始めていて無言、鷹司は合流して軽い挨拶を交わした後は一言もしゃべっていなかった。奴隷を紹介されるととりあえず軽く触れてみてから首をタテかヨコに振るだけ。恐らく筋肉量を測っているのだろう。戦えそうな強面では大体タテに、優男というか盾にしかならなそうな奴の場合では横に首を振った。
昨晩の事もありなんとなく声をかけづらく、そしてこの沈黙がとても気まずかった。
「あ」
「どうしたの?シンさん。何か見つけた?」
その時唐突にシンが何かを見つけて声を上げる。すかさず「天の助け!」と言わんばかりの勢いで草加が喰いつくと、足を止めてスッと手を伸ばして、何やら大きいテントに横に長いテーブルが並べられているカウンターを指さす。
「あれ。登録。申請?大会。出じ…」
「あぁ!いっけね、忘れてた!!」
シンの指さす方を全員でみて、彼が片言の単語を紡いでいくのを聞いていたが、その途中で何かを思い出したガスパールが手を叩いて大きな声を出した。思わず驚いてビクッてなってしまった草加とシンだが、誤魔化すように視線をガスパールに戻す。
「ど、どうしたんです?」
「あそこ、大会の出場者登録所なんだよ。先生たちは、まだしてなかっただろ?」
「あぁ、そう言えばしてませんね」
「してないな。強制だと思ってたから登録なんてする必要無いと思っていたぞ?」
「雨龍さんもですか?僕もですよ。半強制って話でしたしね。…そのシステムはどうなってるんだろ?って思ってましたけど。ナガレ先輩は?」
「…あぁ」
あぁって何?と、突っ込みたいのをぐっと我慢。何となく明るめのその声色から、鷹司も登録しないといけないという事を考えていなかったんだろうと推測する。すると、ガスパールが数歩だけ前に出た。
「悪いな、先生たちがこういう情報に疎いってすっかり忘れてたわ。お詫びに登録してきてやっから、ちょっと待ってな。それか(奴隷の)店を先に見て回ってて良いぜ」
「え?って…おい、俺達出場者本人チームが行かなくて良いのか?…って聞いてないな」
言いたい事だけ言って走り去ってしまった。一緒に行っても良かったのだが、彼の好意(好意だよな?)をむげにも出来ないし、戦力アップは確かに必要。でも奴隷商に自分たちだけで入るのはぶっちゃけた話ちょっと怖いし不安。正しいレートも分からないし。
「行っちゃった。どうしましょう?ガスパールさんの後追ってみます?」
「いや…暫く待ってみるか。だいたい、普通は出場者本人かそのグループが登録しにいくもんだろう?」
「普通はそうですよね、雨龍さん。うちの学校のスポーツ大会でも代理申請って無いですもんね」
動くべきか、動かざるべきか。雨龍と草加で話している間、鷹司は周りの奴隷商の中の品物と思われる奴隷を見ていた。檻の中は女性が多く、やはりこの時期になると男性奴隷が人気商品ということで、売れ残ってるのはヒョロい奴だったり眼帯奴隷で絶対ヤバそうな奴が殆どだった。
「はぁ…」
仲間2人の会話をBGMの如く聞き流しながら思わずため息を吐きだした鷹司。と、そんな彼に声がかかる。
「ため息駄目ネ。幸せ逃げるヨ?」
「…?」
声のした方を見ると、日光から肌を守るためだろう、フード着きマントのように布を巻いて顔を隠している人がそばに居た。身長は目線より下で恐らく…160後半くらいか?特徴のある言葉づかいに声色は高めで、女性だろう。布からはみ出している足は浅黒い肌、そして裸足。もしかして奴隷か?と思いながら、当たり障りのない返事をするために口を開く。
「あぁ。そうだな」
「だいいち、この時期に奴隷探しは遅すぎるネ。この町、来たばっかか?」
「まぁ、そうだな」
「あんた達ちょっと見てたヨ。男の奴隷探してタ、おおかた仲間の戦力足りてないネ?自分で戦えない、この町多いヨ」
「うむ。そうだな」
「…さっきから返事同じネ。私の言葉、通じてないカ?それとも聞く気が無いカ?どっちネ??」
「そうさなぁ…」
話は聞いている様子。しかし右から左に言葉が流れているのだろう。途中で気付いた雨龍が鷹司を注意するように肘で小突きながら、改めて声をかけてきた女性を見る。
「仲間がすまない。確かに奴隷を探しに来たんだが…なにぶん初めてで尻込みしてしまって」
「なに弱みば見せるような事言ってんだ。強気に出とけ」
「あんたも言葉おかしいネ。でも私気にしないヨ!」
「ほっとけ!…で?何か用か?」
女性の言葉でだいぶイラッとした様子の鷹司だが、大事になるのはまずいと自制している様子でとりあえず相手の話を聞くために質問をかえす。そして、皆が改めて全員で聞く体制に入った。
「戦闘用に奴隷探してるなら、私がなても良いヨ?でも今は一般人ネ、奴隷じゃなくて使用人。それでも良いなら、助けるネ」
「使用人…そんな制度もあるのか?」
「知りませんでしたね。というか、何で教えてくれなかったんでしょう?」
女性の言葉に驚きを隠せない雨龍と草加。鷹司は彼女をジッと見ていたが、スッと手を差し出す。一瞬頭上に「?」を浮かべた女性だったが、すぐに「あぁ!」という顔をして手を出し、握手した。その瞬間に読みとったデータで少し驚いた顔をして見せるが、直ぐに此方もニヤリと笑って口を開く。
「お前、名前は?」
不敵な笑みを浮かべる鷹司と、彼と握手する女性。何だか底知れぬ不安を感じて、草加はゴクリとつばを飲み込む。
その気配にフードを軽く持ち上げて素顔をさらすと、二カッと笑った。はみでていたので気付いていたが、かなり綺麗な白い髪、そして今持ち上げられて曝されたその瞳は月が綺麗な夜空のような、深い青色をしていた。
「私はシェイラ、でも好き呼ぶと良いネ!」
シェイラと名乗った女性がエヘンと胸を逸らすと、マントに隠れていて良く分からなかった胸が揺れた。
女性の武器に周りから視線が集まるが、そんなものに全然興味を示さず「こいつ、戦える」と判断した鷹司、「どうしよう?どうしたらいい?」という様子の草加、「使用人って…そのままの意味で良いのか?」と悩む雨龍。
健全な男子として、ちょっと不安になるけれど、この状況では仕方ないと言えない事も無い。
それよりも、あなた(シェイラ)何しているのさ!?
皆の後ろで、何か言いたそうな顔をするが、諦めて若干呆れたように息を吐きつつ目元を押さえるシンが居た。しかし、誰も彼の様子には気付いていない。




