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部長とは、部活動の『長』である。  作者: 銀煤竹
03 朱眼の魔王・碧眼のサソリ
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03-23 白い獣

アルトゥーロ達の過去話。

いつもの裏稼業である()()()()で拾った、白い髪に青い瞳の青年。彼が庭で動いているのをアルトゥーロはただぼーっと眺めていた。


「またこちらにいらしていたのですか?…そのように薄着では風邪をひかれますよ」


明るい月明かりの下で、窓辺に設置されたソファーに座って、背もたれによりかかり外を見ていたアルトゥーロに、側近であり親友でもあるエルビーが近づいて来て声をかけた。アルトゥーロは確認するように視線を一度向けるが、すぐに外へ戻して深く息を吐き出す。


「…ああ、エルビーか。ビッキーはどうしてる?」

「お部屋でお休みになりました」

「随分と泣いていたようだが…」

「無理もないでしょう。奥様が亡くなられたばかりなのです。…アルトゥーロ様もそろそろお休みください。お疲れでしょう」

「…そうだな」


自分の意思で嫁いだのか、アルトゥーロの朱眼によって嫁がされたのか、妊娠直後から妻は悩んでいた。自分は何もしていないと言っても、アルトゥーロの力は無意識に発動してる。彼女に命令をした覚えはなかったが、全く無関係であると証明することはできず、心を病んでつい先日、自ら命を絶ってしまった。


最愛の人をなくしたことで、アルトゥーロもまた心に傷を負っていた。彼女を愛したはずなのに、その愛を否定されたような気がしたのだ。いや、もしかしたら愛していなかったのかもしれない。自分の力で側においてしまったから、責任を感じていたのかもしれない。自分の気持ちすら分からなくなり、誰の声もアルトゥーロの心まで届かない。娘の泣き声さえもが鬱陶しく感じるほどに疲れてしまっていた。


そんな時におこなった狩りという名の掃除作業。

いつも通りにこのエリアからあぶれてしまった存在を処分する簡単な裏の仕事の最中に、手負いの獣のようにアロトゥーロに牙をむいて向かって来た勇敢にも無謀な青年と出会った。

かなりの重傷に、重度の火傷。死んでいてもおかしくないと思われたが、なぜか決定的な致命傷だけは避けられていたようだった。夜でも月の光によって輝いて見えた白い髪、夜の闇に解けるような青い瞳。そして何よりまっすぐに見つめるその視線は長く忘れていた「人と接すること」という行為を思い出させてくれた。


〝生きたいか?俺に従うというならば、助けてやっても良いんだぞ”


地獄に垂らされた蜘蛛の糸のように、助かる可能性をちらつかせてみたのに、彼は首を縦には振らなかった。圧倒的な人数や暴力という力の差でもこちらの優位を見せつけたのに、彼はそれを受け入れない。手下に拘束された白い獣。地面に組み伏せられていても、まっすぐな青い瞳の強い光が消えていはいなかった。

綺麗な瞳だ。強い視線だ。それはとても嬉しく思えた。


「白い獣よ、そろそろ運動はやめて配置に戻れ」

「…」

「不服そうな顔をするな。まだ怪我が完治したわけではないのだぞ?お前は俺の所有物、財産だ。勝手に壊れたら困る」

「…(コクリ)」


アルトゥーロは椅子に座って眺めていた、庭にいる白い獣に声をかけた。先日拾った青年だ。1度目の声でこちらを向くが、黙ったまま眉を寄せたので怪我を理由にしてやると、渋々といった様子でうなづく。まだ怪我が完治していないにも関わらず、戦闘訓練をするほかの奴隷に混ざって体を動かしていた。

領主であるアルトゥーロに刃を向けたという罪で彼の片目は抜かれてしまったが、それでもまっすぐな視線は変わらない。多少は戦闘時に死角が増えて負ける回数も多い…のかもしれないが、健全な状態の彼の戦闘力を知らないので、これが精一杯と言われればそうなのかもしれない。それでも、かなり健闘していると思われる。


それにしてもなぜ彼は朱眼の自分の命令を否定することができたのだろう。当時は言葉がわからない様子だったが、今では簡単な単語を理解するまでになっている。自分と対照的な青い瞳が、何か秘密を持っているのかもしれない。


「白い獣?アルトゥーロ様、眼帯奴隷に名前を付けたのですか?」

「いいや、見たまんまで呼んでるだけだ」

「…そうですか」

「なんだ?気に入らないのか?」

「眼帯奴隷は犯罪者です。しかもあいつはアルトゥーロ様に刃を向けた重罪人ですよ?その場で切り伏せるべきだと申し上げたのに…」

「気にするな。先に戻っていろ、俺もすぐに戻る」

「…はい。分かりました」


ちらりとエルビーに視線を向けた。彼が心配して言ってくれているとわかっているが、なぜか彼の口から獣の悪口を喋らせていたくはなかった。当然眼を見た彼はアルトゥーロには逆らえない。気にするなと言われてうなづいた後は、すぐにアルトゥーロの方が視線を外して解放した。すると言葉に従うようにエルビーが身を翻したのを感じながら、再び外に向けた視線の先で白い獣と眼が合う。

ニッと笑ってアルトゥーロは手招きをしてみた。

一度周囲を確認してから自分を呼んでいると判断した彼は、素直に窓辺に近づいていく。


「白い獣よ。なぜお前は俺にはむかう事が出来る?俺はお前のご主人様だぞ」

「…」

「話せないのか。喉は潰れていないだろ?…何かコツでもあるのなら、エルビーにも教えてやろうと思ったのだがなぁ」

「…」

「言えないわけじゃないんだろ?ほら俺を呼んでみろよ。ご主人様だぞ?ご主人様」

「…?」

「首を傾げてるなよ。ご主人様だ。ほら、繰り返してみろ?ご・主・人・様」


屋敷で飼う事にしてまだ数日。うすうす無茶振りだとは思っていても、視線を合わせて話ができる事に調子に乗ってみたりして、自分の胸に手を当てながら「ご主人様だ。言ってみろ」と繰り返した。白い獣はじっとその様子を見ているだけで、やっぱり無理かとアルトゥーロがあきらめかけた時


「…ご…主人?」

「お!!?」


アルトゥーロに向かって声をだした。初めて聞く彼の声に意味もなくテンションが上がる。アルトゥーロをご主人と呼んだ彼は、今度は自分の胸に手を当てて軽く頭を下げた。


「シン」

「…ん?」

「ご主人。シン」


アルトゥーロを指さして「ご主人」と。自分を指して「シン」と告げた彼の様子にはっとする。きっと名前を教えてくれたのだと思い至るのは簡単だった。


「シン、シンか。それがお前の名前だな?…本来眼帯奴隷は名前を必要としないのだが…お前は特別だ。俺がお前の名を呼んだら、どこにいても飛んでくるんだぞ」

「…(コクリ)」

「というか俺の名前はご主人じゃないが…まぁ良いか。その体に刻んだ『蛇の刻印』が、俺の所有物である証だ。忘れるな」


何を言われたのか分かっているのかいないのか。アルトゥーロの言葉にシンはだまって頷いただけだった。



**********



「どうだった?エルビー」

「はい。マッサージ屋の彼らは奴隷を入手しに出かけました。戦闘能力の高い奴隷を斡旋するよう、すでに話は通してあります」


マッサージ屋に与えた屋敷に襲撃があった事件から一晩あけて時刻はすでに昼間近。

獣が屋敷に繋がれていた時によく腰かけていた椅子に座って外を見ながら、エルビーの報告を聞いていたアルトゥーロは頷くだけで先を促した。


「あと闘技場での大会の案内もして出場登録は完了したことを確認しました。大会開始が25日後であることは連絡したので、それまでに参加メンバーの編成を整えるでしょう」

「よし。いつまでもあのメンバーだけでは危険だと、昨晩の襲撃事件で身に染みたようだし、これで心配事が1つ減るというものだ。何名くらい奴隷を買い入れた?」

「俺が確認した時は、まだ2名ほどと面会しただけでした。ですが、これが確定するかもイマイチ不安なところです。彼らは人を使うという事に慣れていない」

「確かにな。だが、慣れてもらわなくては困る」

「ところであの眼帯奴隷ですが」

「…なんだ?」

「刻印を入れる際に上の服を脱がせたところ、全身に傷痕が…」

「あいつは奴隷だ。それくらいなら珍しくもないだろう。どうした改まって報告なんて…」

「傷痕だけならそうですが、傷痕のほかに火傷の後も残っていました。それと、右わき腹付近に新しい火傷も」

「新しい火傷…」

「彼、刻印を焼いて消したんじゃないですか?…本来は、どこか別の場所で買われていたのかもしれませんよ」

「…。…新しい刻印のマークは?」

「アルトゥーロ様が刻印入れを負担されるという事で、うちの奴隷商人にお願いしました。なので、蛇の刻印を刻みましたよ」

「…そうか。引き続き彼らを見ていてくれ」

「命令ならば従いますが…いえ、わかりました。失礼します」


口答えを一切しないエルビー。彼が去っていくと姿が見えなくなった出入り口に視線を向ける。

そしてそのあとでため息を吐いて目をつむった。


「…彼らが希望となる人物なのか?…シン。俺はお前を信じて良いのか?…」



**********



気まぐれで救ったシンだったが、気が付けばアルトゥーロは彼をかなり気に入っていた。

戦闘要員として申し分ない体力と技術を持っていたし、奴隷同士でもいざこざを起こすようなことはなかった。

そうじゃなくても眼を合わせても逸らさないし、言葉を理解し始めたという事もあり、畏怖されるばかりのアルトゥーロに対してかなり砕けた片言の言葉を話すようにもなった。片言、とも言うか。

周りの者にばれると色々面倒なので、アルトゥーロと2人の時以外は喋るなという命令には従ってくれているが、恥ずかしかったり理不尽だったり従いたくない命令は簡単に突っぱねることが出来た。本当なら眼帯奴隷が飼い主に対してそんなことをしたら罰せられるのだが、アルトゥーロはそれすらも楽しんで、わざと嫌がることを命令してみたりもしていた。


妻の死から立ち直れたのも、彼の存在が大きかっただろう。しかし屋敷にシンを入れて約6ヶ月程が経過した頃だった。


こっそり呼び出して他愛ない会話を楽しむ。そんな日課となった時間の中で彼は唐突に頭を下げた。


「…ご主人」

「なんだ、どうしたんだ。これくらいの命令だったら簡単だろ?」

「…ご主人。目指す。山の上」

「…あぁ。戦いの季節のことか。だがお前は大会には出られないぞ?領主チームは大会なしで有力者を送り出す権限があるし、だいいち…お前を出す気は無いしな」

「山の上。楽園。違う。行っても無い。何も無い」

「…。…何だと?…」

「話聞いた。色々覚えた。俺はシン。俺はサソリ。山から来た。だから分かる」


片言の言葉でシンは山の上の事を話し出した。

今まで目指してきた目標地点。誰も見てきた者がいないのだから、嘘だと笑い飛ばす事はできたはずだった。しかしアルトゥーロは相槌すら打たずに話を聞いているうちに返す言葉をなくしてしまった。


「…だから、行く。別の人。呼ばれる。一緒にいる、出来ない」

「…」


『別の人間に呼ばれる。だから一緒に居る事は出来ない』彼の片言の言葉も脳内翻訳が上手くなったものだ。しかし返事をする事が出来ない。


「ごめん」

「だ、駄目だ。認めないぞ、お前はうちの眼帯奴隷じゃないか!」

「見ていて。逃げる。防ぐ。脱走。だから、逃げた。自由。認める?」

「脱走を防げと?ここから逃げ出すことが出来たら自由を認めろというのか?」


あまりにも突然なことで動揺が隠せず自然と声が大きくなった。慌てて周囲に誰もいないことを確認してから不機嫌そうにシンを見る。


「この屋敷の警備がどれほどすごいのか知っているだろう?今日から専属でエルビーも付けるぞ?それでも逃げられると思っているのか!?」

「(コクリ)」


かなり難易度をあげたはずなのに、シンはやはり諦めない。あっさり頷くその様子にいっそ清々しさまで覚える。しかもアルトゥーロの言葉に笑顔でうなづいたの見せられて、毒気を抜かれてしまった気分になった。


「…もしも逃げる事が出来たら、な。だが、逃がすつもりはない」

「逃げた。一緒。いない。でも、ご主人。忘れない…」


たどたどしくも、一生懸命にシンは言葉を紡ぎだした。



〝逃げたら一緒にはいられないね。でも忘れないで。

これはご主人のためになる。ご主人を助けられる存在を俺が見つける。

屋敷の外で出会ったら、俺の新しい主人と仲良くなって。たぶん優しい人だから、何があっても嫌わないでいてくれると思う。

信じてほしいけど、信じられないのはわかる。


もう一度いうよ。俺は屋敷からいなくなる。

俺はご主人を助ける、トロアリーヤを救える存在のそばに行く。”



そんな事出来るわけがない。そう思いながらも「良いだろう」と返事をした。


その後数ヶ月が経ち、再び戦いの季節が近づいてこの口約束も忘れた頃。

シンは宣言通り、唐突に姿を消した。

BL発展はありませんよ。


…あれだな。女の子要素が無いな!だからこんな展開になっちゃうんだな…

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